最終話 9
中村誠と約束したその日、僕と戸田翔子は完成した童話とイラストを持って、秀巧社の児童書部門の打ち合わせ室にスタッフと一緒に座っていた。村口勉は、「いや、ごめんなさい。渋滞しててね」と、約十五分遅れでやって来た。村口勉は、今年八十歳になる老人だった。僕と戸田翔子は始めて目の前で見る村口勉を前にやや興奮ぎみだった。
出版五十周年記念事業の打ち合わせが終わる頃、中村誠がタイミングよく打ち合わせ室に現れて、彼の同期の男性社員と一緒に、僕たちのことを村口勉に紹介してくれた。村口勉は、僕の書いた原稿や戸田翔子が描いたイラストに目を通してくれ、しかも、中村誠は、僕たちが、佐藤みつる☓村口勉のデビュー作「宇宙から来たコロボックル」に、どれだけ思い入れがあったかも説明してくれた。すると、村口勉は笑顔になり、「そうでしたか。そんなことがあったんですね」と言った。
「はい。僕の亡くなった知人も先生の大ファンだったんですけど、戸田さんのお母さんも大ファンだったんです。勿論、僕も戸田さんも先生の大ファンです。だから、図書館で、先生の本を巡って彼女と奪い合いの大喧嘩をしてたんですけど」
「はっはっはっ、そうでしたか。でも、そんな古い本を二人が同時に探していただなんて、不思議な縁ですね」
「そうですねぇ、今、考えれば不思議な話ですよね。それでですね、先生にお会いできると聞いて、是非伺いたいことがあったから、今日はお邪魔させて貰ったんです」
戸田翔子が言った。
「と言うと?」
「『宇宙から来たコロボックル・初版本』と、第二刷以降の『宇宙から来たコロボックル』のイラストがところどころ違っていて、どうして差し替えになったのか、ずっと気になっていたんです」
戸田翔子がそう言うと、村口勉の顔が急に神妙になり「ああ、あれにはね、理由があるんです。読者さんとの深い繋がりがね……」と、懐かしそうに話し始めた。
「デビュー作はご存知の通り、一九六七年に発行されました。それまで、佐藤も僕も苦労していましたから、デビューが決まったときは、本当に飛び上がるほど喜んだんです。でも、デビューできたのは良かったけれど、本は全然売れませんでした。佐藤も僕も、自分たちは、やはり才能がないのかと落ち込む日々を送っていたんです。けれども、ある日、小さな可愛い女の子から、自分の写真付きのファンレターが届いたんです。なんでも、『宇宙から来たコロボックル』が大好きだから、早く続きを書いて下さいという内容のものでした。その小さな僕たちのファンは、僕たちのために一週間に一回はファンレターを送って来てくれるようになりました。時には、手紙ではなく、彼女が描いたクレヨン画だったりしました。僕たちは、その手紙を読んで大いに励まされ、出版されようがされまいが、売れようが売れまいが、とにかく次回作を作ろうということで奮起しました。すると、第二作『コロボックルの宇宙旅行』は、やはり気合が違っていたのか、デビュー作より出来の良いものになったようで、これならということで、早々に出版が決まったのです。やはり、売れ行きも二作目のほうが断然良かったのですが、二作目が売れたおかげでデビュー作も売れ始め、デビュー作の重版が決定しました。それは、すごく嬉しいことで、僕たちは小さな可愛い読者さんに、そのことを手紙に書いて送りました。すると、暫くして、女の子ではなくお母さんから返事が届きました。そこには、『娘は先生方の絵本が大好きで、毎日毎晩、読んで宝物のようにしていました。けれども、実は彼女は白血病を患っていて、治療の甲斐なく、ちょうど十日前に亡くなりました。闘病生活は大変苦しいものでしたが、先生方の絵本でどれほど娘が励まされたことでしょう。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました』と書かれていました。僕たちはそれを読んで泣きました。男泣きに泣きました。だから、コロボックルの本の中に、彼女を登場させることにしたのです」
「そうだったんですね……。それで、二刷以降には女の子が描かれているんですね」
僕がそう言った。
「そうです。だから、初版本が幻になってしまったんですけどね……」
「本には書く人、読んだ人の色んな思いが詰まってるものなんですね」
「そうだと思います。僕たちもね、本を作ることは大好きでした。けれども、これだけ長く続けられてきたのは、読者さんのおかげなんです。読者さんの喜ぶ顔が見たいからこそ続けられてきたんです。僕たちが楽しんで作っている物を『ありがとう』と言って、喜んで下さる方がいる。しかも、お金を払ってくれてですよ。こんなありがたい素晴らしいことってありますか? 僕はイラストレーターになって、本当に良かったと思っています。佐藤も同じことを言っていました」
「そうですか……」
「頑張ってください。僕もあなた方を応援していますから。諦めないで頑張ること。だって、あなた方にはこんなに素晴らしい才能があるんですから」
村口勉は、手に持った僕の書いた原稿と戸田翔子の描いたイラストをぽんぽんと軽く叩きながら、笑顔で僕たちに言った。
村口勉が帰った後、児童書部門の担当者は僕と戸田翔子に言った。
「一応、原稿とイラストはお預かりして、協議にかけようと思ってますが、正直なところ、どうなるか分かりません。勿論、ボツになる可能性は大です」
「はい、分かってます。でも、僕たちも新しくブログを開設しましたし、そこに載せることは大丈夫ですよね?」
「著作権はあなた方にありますから、私たちが口を出す権利はありません。勿論、出版が決まったら、ブログからは削除してもらいますけど」
「分かりました。よろしくお願いします」
村口勉と話をすることができて、本当に良かった、そう思いながら、僕と戸田翔子は秀巧社を後にした。