最終話 8
どう考えても、酷い。酷過ぎる。こんなのが童話のエンディングであっていい訳がない。しかし、田中の爺さんが言っていたように、おそらく、これは僕の前世で実際に起きた出来事なんだろう。でも、やっぱり、これをこのまま残すわけにはいかないので、僕はこの最後の部分を消去して、続きを必死になって書いていた。そして漸く完成し、原稿を戸田翔子に見せるために、彼女が勤める書店に会いに行った。すると、書店の前に、この間と同じように中村誠がいた。僕は彼に声を掛けた。
「中村さん! やったじゃないですか! 放火犯を捕まえたんでしょ? 新聞を見ましたよ!」
僕がそう言うと、中村誠は満面の笑みになった。
「あれ? でももう事件は解決したんでしょ? どうしてここに? 戸田さんに用事があるんですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
中村誠がそこまで言いかけたとき、僕たち二人に声をかける者が現れた。
「お久しぶり!」
振り返るとそこに秋川緑がいた。
「え? なに? どういうこと?」
僕はびっくりして中村誠に訊いた。すると、彼は、照れながらも「どういうことって、そういうこと。でも、二人っきりじゃないけどね。翔子ちゃんも美紗ちゃんも一緒だし。篠原さんも良かったら一緒においでよ。すぐそこの居酒屋だから」と言った。
そして、三十分後、僕たち五人は件の居酒屋の真ん中に陣取って大騒ぎしていた。店主は、うんざりした顔をしていたが、「まぁ、あんたらが来たら、楽しいといえば楽しいけどね」と苦笑いしていた。
「えー、なになに? 童話が完成したの? 私にも見せて!」
秋川緑がそう言い、原稿を読み始めた。
「へー、それで、イラストを翔子ちゃんが描くんだね」
「そう」
「私ね、自分は絵の才能がないんだけど、家が画廊をやってて、翔子の絵を父に見せたことがあるの。そしたら、才能あるって言ってたの。だから、大丈夫よ。いつかきっと認められるよ」
出口美紗がそう言うと、中村誠が「そういえば、なんでだか翔子ちゃんの絵を真剣に見たことが無かったな。見せてくれる?」と言った。戸田翔子は、いつも持参している大き目のほうのスケッチブックを中村誠に見せると、「うーん」と唸った。そして、まだ気になったのか「そっちのほうの小さいスケッチブックは?」と言った。
「え? こっちは遊びで描いてるの。だから、見せられない」
戸田翔子はそう言ったが「いいから、見せてみて」と中村誠は言い、小型のスケッチブックを開いた。すると、途端に、中村誠の目が輝き、「こっちのほうが、いいじゃん!」と言った。中村誠がそう言ったので、僕もスケッチブックを覗いたのだが、大きいスケッチブックと似たような感じの絵ではあるが、人物が自由に飛び跳ねていて、タッチももっと曲線がかっていた。直線が一つも描かれていないのに、どうしてこんなに調和が取れているのだろう?というような自由さがあった。
「もしかして、翔子ちゃんって、村口勉さんのファン?」
中村誠が戸田翔子に訊いた。
「ええ、やっぱり分かる?」
「うん。あのね、児童書部門の同期が言ってたんだけど、来年、佐藤みつる先生と村口勉先生の出版五十周年記念事業が計画されてるらしいんだよ。それで、来月、たまたまその打ち合わせで村口先生が会社に来るみたいなんだよ。良かったら、同席させて貰う?」
中村誠のその言葉を聞いて、僕も戸田翔子と同時に「ええっ? ほんとにっ?」と叫んでいた。
それから、五人で飲み明かしたが、出口美紗は途中から机に突っ伏して寝ていて、戸田翔子と秋川緑は、他所のテーブルに溶け込んで大騒ぎしていて、残された男二人、僕と中村誠は、仲が悪かったはずなのに、今となっては、なんでだかこれ以上の親友はいないというくらいの絆を感じ、酒を酌み交わしていた。本当に、不思議で楽しい夜だった。