月蕾 VOL II
あれは・・何だったのか。
怖くて手が震えビールを飲んでも体の真からくる震えは止まらない。
小枝子は台所で吐きまくってる。
落ち着け・・俺・・って頭の中でぐるぐるし、口の中が乾き起きている状況についていけない。
愛美の所にいってこうなった。それだけが、わかっていることなんだ。
このドシーン、ドンドンドンって玄関に体当たりするガキは愛美の家からずっと俺の後をついてきているんだから。
愛美とも、別に結婚を考えているわけじゃないし、29歳過ぎたからと言って先を急いでるわけじゃない。人生は時計みたいなもんで、10歳は10分、20歳は20分、30歳は30分、60歳で一周だとすると、29歳な俺は後40分残ってるわけだが最近結婚を迫られてるのも事実だ。小枝子とは3年前出会ってまぁ同棲してる。小枝子は最初から結婚狙いだったんだろう。女ってやつはやたらオンリーワンだのダイアモンドだの好きだけど、俺は別に1回きりの人生を1という単元で縛る必要はないと思って生きている。 っていうより、小枝子にプロポーズせずに3年間同棲してきているから、世間で言う内縁の妻ってやつになるのか?
妻ってそういえば毒って漢字に似ているな。男にとって女はポイズン以外の何物でもないって、イタリアのなんたらっていう詩人もいってたっけな。だがここまで結婚を迫られるとさすがに結婚しないと周囲の目が気になる年齢でもあることは事実だしな。
一昨日か。愛美とエッチしたのは。昨日か?一昨日だ。
小枝子には別に何も言ってない。どうせ俺と別れられないのはわかってるし。結婚してもこの調子でいればいい訳だ。
「あ、もしもし、あのさ飲んでたんだけど、畑専務がさ、酔い潰れちまって家まで送ったら、泊れ泊れいうのよ。だから泊まるわ。」
愛美が来た。
「わりぃ、電話切るわ。」
ちなみに、俺はビール1日1缶くらいしか飲めねぇから、介護人として重宝してるらしい。
「お待たせぇ」と愛美
「俺も今来たところだから」
デートって何すればいいのかわかんねと思ったのは高校出て社会人になった時のことだった。食事して買い物してホテルに行く。これがデートコースぽいが、ホテルいって食事して買い物してとかだと女ってのは何故か嫌がる。順番重要ならできちゃった結婚なんか間違いじゃないのか?
「小銭ないかなぁ?」
愛美のいいところは語尾が可愛いところだ。ぶりっ子って昔の言葉では言うらしいがブリって魚のことだろ?
「あ?あるけど500円玉でいいか?」
「300円欲しいのぉ。」
「あるある。」
歩きながら愛美はコインロッカーに向う。なんでだ?
「ロッカーにさぁ荷物入れたいんだよねぇ、500玉使えないでしょ?」
「俺、荷物もてるよ車だし?」
「えーっ。ホテルからそのまま荷物持って会社に行けって言うのぉ」
最初から時系列立てて説明しろよ。順番が逆だろ。
ロッカーの前に着くとどう見てもホスト2名、いやキャッチ?がロッカーに荷物をがさごそやってる。
「Gくん、パーティーの時この方が楽だからな」と変わった整った顔の男がロッカーの扉を閉めながら言う。
「そうですよねDさん~現場から行くと大荷物になりますよね」
人の良さそうな後輩が小銭を入れながら言い返す。
この2人俺よりかっこいいスーツきてるなぁ。
絡まれたら・・どうしようかな・・・。俺の心配癖が始まる。
「すみません~」と愛美が割り入ってこの2名は草々に立ち去った。
「やだぁ。15番あいてなぃ」愛美は15番が大好きだ。
「ほんとだ使われてるな、隣の16番でいいだろ?」
「うん。サイアクゥー。」小枝子ならサバサバしそうなもんだがOLってのはジンクスが好きなんだな。あ?小枝子もOLだったか。
ロッカーのドアを開ける俺。
「あ?紙がはいってるな?」
チラシだろうとおもって取ってそのまま床に捨てた。
「ねこのバカ」
「やだぁ。猫の馬鹿ってかいてあるぅ。」
「猫嫌いな人多いしな。猫田っていうおれの苗字もあだ名はネコダって呼び捨てだったしな」
300円入れてドアを閉めた。
「さて、行くか」
ご飯なんて食う時間じゃねえけど・・・車で適当なラブホに入ればいいか。
ふと思い出してるわずか30秒、玄関に激突するガキの音が止んだ。
「まさる・・」吐きながら小枝子も音が止んだから見てこいって俺にせっついてる。
何故か子供の頃やったドロケイの泥棒の気分で忍び足で玄関ののぞき窓に向った。のぞいてみる。
廊下しか見えない。ガキの姿はどこにもない。
「おい。いなくなったぞ」
何故かひそひそ声で言う。こっから台所まで声届かないのに。
俺は忍び足で台所に戻った。
「おい。いなくなったぞ」と小枝子に囁く。
「あの子なんなの??」吐きまくり涙目になった小枝子が俺を見ながら
言う。普通の声の大きさで。
「しらねぇよ。部長の家から帰る時から後ろにいたんだ。」と俺はひそひそ声で言う。
「何者なの・・?」
「部長の隠し子かな?」と受けない冗談を言う俺。隠し子ならきっとあれは井戸から這い上がってくる髪の長い女ともうけた子供だ。
「ちなみに・・一昨日は専務の家に泊ったんだよね?」
あっ・・やべ・・・そうだった。専務の家に泊まったことにしてたんだ昨日のことは。こんな状況でもそんな些細な役職の違いに気づける小枝子。勿論疑ってるわけじゃないだろうけど。
「そうそう。あんなガキの突進のせいで間違えただけ。」
兄貴が言ってた。嘘はシンプルにつくべし。
「だよね。警察に電話する?」という小枝子。
「あれ警察でどうにかしてくれるもんなのか?霊だろ絶対。じゃなきゃアスファルトの上をひたすらきれいな前転開脚でついてこれないよ。」
愛美とラブホに泊まった次の日のことだ。
思い起こせば、女はラブホ行く時なんで黒い下着なんだ?愛美も黒だった。それにどうせ、暗いし脱ぐわけなんだから色なんてどうでもいいと思う。それともアダルトビデオみたいに下着着たままで奉仕でもするつもりなんだろうか?と考えて退屈な電車に揺られていると携帯が鳴った。
優先席近くでは電源切れって書いてあるが優先席に座っている妊婦はどうして電源きってないんやつがいるんだ。勿論俺も切っていない。
と思いつつ電車の中で話すとさすがに白けた目で見られるから留守電にしてっと。
留守電対応が切れたから愛美にメールだ。
今電車なんだ、なにかあった?
送信。
俺は絵文字とアスキーアートの顔文字が大嫌いだ。いや29歳になるまではバリバリに使ってたが最近では顔文字メールを見るのも恥ずかしい。勿論使うなんて恥ずかしすぎる。後、w。これって笑の意味らしいがおかしくもないことにwってつけるのはどうなんだ?
小枝子の今日のメールがそうだ
「ごめん。帰りに牛乳買ってきてw」
牛乳買うことが笑?意味がわからん。最近のw。後あれだlol。これローリングオブラフって意味だが、アメリカで言うと「笑い転げるぐらいお前の言うことはキチガイ。」とか「キチガイしか笑えない」とかそうニュアンスだ。失礼だな。
おっ受信だ。
携帯を開き、メール受信を見ると2通来てる。
1通目は愛美だ。
「いそいではなたい」ダッシュで打ち込んだんだろうな。ひらがなだけだ。駅に着くから降りて電話しよう。
2通目も愛美だ。
ししししししししししししししししし
しししししししししししししいししし
ししししししししししししししししし
ししししししししししししししししし
し。だけ書いてある。おいおい。やばいぞこれは。誘拐とかそういうトラブルにでも出会ってるんじゃないか?
緊急自体に電話をかけてこそ、携帯電話の本来の使い方だ。俺は迷わず電車の中でダイヤルを押した。
「愛美。何があったんだ?」
はぁはぁ言っている愛美。おいおいおいおい。まさか・・・・
「助けて。子供が襲い掛かってくる。」
ドーン
ドーン
鈍い音が響き渡る。
「平気か?いまどこだ?」
「家。子供が玄関にぶつかってくるのぉ」
キックしてるんだなドアを。
「解った。今すぐいけるよ。ちょうど駅だし。」偶然にもそうだった。
「おねがい。私、警察にも電話したからぁ」
「包丁とかもっておけ、いざというときのために」
ドンドンドンドン
詰まった音だがドアを殴ってるんだかけってる音だ。
「うん。」
ドンドンドンドンドン
このときだった。電波の調子が悪くなり突然、この世のものとは思えない声が聞こえた。
しいしししししししししししししししししししししし
「うああああっ」電車のドアが開いたのと同時に俺は叫んでしまった。
笑い声なんだろうか?しししって言い続けることは難しい。
男の声?女の声?ばばあ?わからないが確かに聞こえた。
「愛美?愛美?」
電話は切れていた。
俺は走った。赤信号は全部無視。横っ腹がいたくなったので歩くことにしたが歩いても痛いのでやっぱ走ろう。
15分小走りして、愛美のアパートについた。階段を駆け上り愛美の部屋の玄関をあけようとすると・・カギが閉まってる!
合鍵はない。
「愛美!」ガチャガチャ
鍵が開いた・・・。
ドアを開くと誰もいない。
1ルームだから見渡せる。じゃあ誰がドアを開けたんだ・・・。
怖い・・・お化け屋敷や心霊スポットより怖い。
メールしよう。
「いないから帰るよ。」
駅までさっき小走りした大通りを歩く。
路上喫煙を普段はしないおれもさすがにここで一服したい。
ポケットから煙草を出そうとすると、手に紙らしきものの感触。
なんだ?チラシか?
取り出して目を疑った・・・
ねこのばか。
濃い鉛筆で書かれた文字。間違いない。猫って俺のことだ。
紙を急いで丸めて横にぽいした。瞬間だった。
ドッゥ
ひざ裏に鈍い衝撃を感じて振り向いた。
なにもいない。
と前に向きかえった瞬間!
なにもいない。
ドキドキしながら道を歩くのは初めてだ。
ドゥッス
まただ・・後ろから何か足めがけてぶつかってくる。
振り返るとそこには
血だらけでいや・・血だらけじゃない。たくさん血がついた、いやなんでもいい・・・血だ。顔に血のついたガキが、体操の先生みたいにきれいな前転をしながらおれの足にぶつかってくる。
眼は・・眼球はない。そこは黒く・・口も黒い。唇も黒い。
震える俺は完全に後ろを振り返りガキを見た。おれの足で体育座りの姿勢から次の前転の為に立ち上がり
にゅーーーーーーーーーっと首をのばした。なんたら首っていう妖怪みたいに。
そしてその顔を左にかしげて
ししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししいししししししししししししししししししシシシシシシシシシシシシシ
シシ
うわあああああああああああああああああああああああああああああああ
大絶叫して俺は走った。
なんだあれはなんだ。怨霊か?悪魔か?
俺は走りながら苦しさのあまり空を見上げた。
振り返ると遠くでまたガキが転がり始めてる。テケテケだっけな?すげえ早さで走ってくる怨霊。それとは違ってあいつは前転の早さ。人間の早さだ。走れば余裕で振り切れる。
俺を無慈悲に追いかけてくるのはガキと、空にある月だけだ。
タクシーすらいない大通り。
俺は自宅まで2駅を完走するちもりだ。
ガキがみえなくなったので体を丸めてゼィゼィした。
「こんばんは。お話はいかがですか?」
誰だ?突然心が落ち着いた。その声はハープのように綺麗でクラシックのように荘厳だ。
ふと大通りを見ると、真白な礼服?ワンピース?を着た超綺麗な女が中央分離帯でダンスしてやがる。
自殺したいのか?あいつは・・・。
車がクラクションをならさないまま通過する。テールランプがその女の為に地上に堕ちた流星のように見える。
あれも霊だ・・・今夜はハロウィンか・・・。
「いえ。あれは霊などど言う存在ではありません。貴方が今目にしているのは、全質量、名のある者、名のなき者、存在、非存在、考えれるすべて、想像すらつかない全ての定を支配する者 フェイト。その御姿です。」
月が・・・俺にしゃべってるとでもいうのか!!!
大通りで繰り広げられる不思議なワルツを俺は見て空車が数台通過するのを止めなかったことに気がついた。いかん、ガキにおいつかれる。
遠くにうずくまる姿がぼんやり見える。
タクシーを止めて俺は家に向かった。
鍵をあけると小枝子が出迎えてくれた。
ピンクの下着姿で。だがそんな気が起きるわけはない。
「お帰り。ねぇ・・・じっとしてて・・」期待させられるセリフだが状況が状況だ。
「おい」ジッパーに小枝子の手が伸びて俺は説明をしようとした瞬間
ドンドンドンドンドン
玄関にぶつかる音。ガキだ・・。来た・・・
「小枝子!見ろ!!!!!!!」俺は小枝子の肩を押してのぞき窓においやる。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
何を見たらそんなリアクションになるんだ?
俺も覗く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
どこからそんな声がっていうくらいな声だったと思う。
見た瞬間あまりにもの恐ろしさに記憶がプツっと切れた。ガキがドンドンとドアに突進してる。
台所に走る小枝子。
俺も走る。
ビールを飲む。小枝子の飲みかけだが。喉がカラカラだった。
小枝子は怖さのあまりに吐き始めた。
こうして俺は愛美のせいで襲われている。
「お前、霊能者とか知り合いいないのか?陰陽師とか」
ダメ元で聞いてみた。
「会社の後輩のこのおじいちゃん。前テレビで特集してたよ。確か」
「それだ!それを呼べ。」
「その子のおじいちゃん?もう死んでる。」
「じゃあどうする?あ!塩塩!」
そうだ塩をまけばいい。
台所の上の収納に手を伸ばす。
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
ガキがゴロンと狭い収納から転がり落ちてきた。
そしてすくっと立ち上がり俺に血だらけの手を伸ばしこういった。
「しねこのばか」
真っ黒な何かの中俺は落ちていくんだか上ってるんだか分らない。
ベランダの窓越しに見えるしゃべりかける月が俺にこういった。
「おやすみなさい。」
全身が痛い。手も足も動かせない。しゃべることもできない。
痛い。痛い。痛い。
目覚めたとき、看護師がたってるからここが病院だとわかった。
小枝子は?横を見ると点滴をしている小枝子とおっさん2名が見えた。
おっさんら、メモしてるな。
看護師さんが「痛いですか?」という。
「はい。」
しゃべれない。
からだも動かせない。瞬きもできない。
痛くて。
心臓が大きく・・ドキンドキンと聞こえる。
「死ねこの馬鹿」
ガキの声を思い出す。あれは誰だ・・・。
ドキンドキンドキン
スッーぱたん・・・どん。スッーパタン・・・・ドン。
もうやめてくれ・・・・・・こんなとこまでお前はでんぐり返しでこれるのか・・・。
スッーぱたん・・・・・・どん。
スッーぱたんドン ドン ドン
「キャップ」年若のおっさんが病室のドアをみてそういった。
「ん?若林かな?」
いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
小枝子の絶叫にみんなびっくりしてる。
ドンドンドンドンドンドンドンドン。
病室のドアにガキは突進してるんだろう・・・。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
おっさんが叫ぶ。
最後に俺が覚えてるのは、小枝子にガキがこういったことだ。
「ママ。でんぐりがえしできるようになったよ」
月蕾 VOL III へ続く
月蕾IIIは9月18日0時更新予定です!