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3.状況整理

 異世界での知り合いに出会い、衝撃で気絶し、失われた記憶を一気に思い出すというトラブルもあって、なかなか帰宅時間が予想以上に遅れてしまったがなんとか帰ってくることができた。


 慣れた手つきで鞄から鍵を取り、鍵穴へ吸い込ませる。カチャリという音のあと、ドアノブをひねりようやく帰還を果たした達成感でそっと息をつく。

 背後を伺うときょろきょろとどうしたら良いのかわからない様子の金髪が視界に入った。


「どうぞ、入って。」


 そういうと礼を言って笑う。本当によく笑うやつだ。帰り道は保健室とは違ってほとんど話しかけてはこなかったが、終始ニコニコと笑っていて少し引いたものだ。


「お邪魔します。」


 意外と礼儀正しいこともある。と思ったが、そういえばこの人貴族なんだったと思い直す。クロードは玄関に入ると物珍しそうに周りを観察し始める。


「ちょっと、そんなにじろじろ見ないでよ。人が来る予定なんてなかったから、全然片付けてないし。」

「ああ、ごめんねリョウ。でも向こうでもリョウの家には行ったことなかったから…。」

「そう、だったわね。…あ、そこ靴脱いで上がってね。この国、そういう文化なの。」


 そのまま奥へ歩を進めようとしたクロードに声をかけた。そうかあ。土足文化との違いをこんなところで感じるとは…。

 とにかくいつまでも玄関にいるわけにもいかないため、リビングまでクロードを案内する。案内、といっても大して広い部屋でもない。父は海外で、母は幼い頃に他界しており、私は日本で一人で暮らしている。小さい頃は祖母の家で過ごす時間が多かったが、高校生になり忙しくなってきてからは一人で住める小さめの賃貸を借りて住むようになった。

 クロードにお茶の準備をしてテーブルに持っていく。大して広い部屋ではないとはいったが、一人暮らしとしては十分な広さをしていると感じていた我が家だ。しかしクロードがいると一気に狭く感じる。でかいな金髪。


「どうぞ。粗茶ですが。」

「ありがとう、いただきます。」


 こんな美形金髪が普通のアパートで麦茶をすする図はちょっと面白かった。だから頬を緩めてしまっていたようだ。


「リョウ、よかった。さっきまで難しい顔していたから、心配だったんだ。リョウは、その、僕のこと覚えていてくれていると思っていいんだよね?」


 伺うように、ともすれば怯えたようにも見える感じで私に問いかけてきた。


「うん。覚えている。というよりも、さっき思い出した。」

「思い出した?」

「そう。あなたが正門に突然現れて倒れたでしょう?そのとき夢を見ていたの。それで思い出した。」

「…そっか。」


 そう急に思い出したのだ。私の中ではまだ整理がついていない。だって、一度異世界に転生して魔術を習って、世界を救うために働き、そしてまたここに戻って来ただなんてそうそう信じられる話でもない。

 ただ、目の前に証拠がいるんだよなあ。


「じゃあ、リョウ。僕まず言っておきたいことがあるんだ。」


 そう言って真剣な目でこちらを射抜くように見つめてくる。思わずたじろいで目をそらそうとすると頬に手を添えられた。目をそらすなという無言の圧力を感じる。仕方なく再びクロードの目を見やると、その奥底には怒りが灯っていた。


「ねえ、リョウ。僕ね、大概のことは怒ったりしないし、特にリョウに対してなんて怒ること何かないと思っていた。だって大好きなリョウならどんな我儘だって聞いてあげたいし!何を言われても好きだって思えるから!」


 急に告白のような言葉が始まって、混乱する。何を急に…。というか恥ずかしげもなくよくそんなこと言えるな!イタリア人か!


「…でもね、リョウが僕の目の前からいなくなるっていうのだけは許せない。あの時、どうして何も言わずに消えるような真似したの。どうして…どうしてリョウは!いつも何も告げずに勝手に決めて、いなくなっちゃうの!?」


 息を詰めた。怒りと悲しみと悔しさ、そんな心にくすぶった思いがクロードの瞳から伝わってきて、こんなにも辛い思いをさせてしまったのかと後悔の念を抱いた。


「…あの時はあれしかないと思って。私一人で世界が救えるなら安い買い物だって。」

「リョウ!リョウ一人が消えて続く世界なんて、僕にとっては何の価値もないんだよ!僕だけじゃない、リョウのことを好きだったみんなを置いて勝手に消えるなんて、そんなのでみんなが幸せになれるわけないのに…。君は…僕がどんな思いで…」

「…うん。…うん。ごめん、ごめんね。ありがとう。」


 クロードは私のことをバカだと何度もつぶやきながら、私の背中に手を回した。それを受け入れた私は、あの時のことを再び考える。多分、私の選択自体は討伐隊として間違ったことはなかった。ただ、私は事前に話さなかった。あの時は、心配をかけたくないとか、それしか方法がないのに止められたら困るとか、色々と言い訳をしていた。しかし、私は唯々怖かっただけなのだと思う。先に別れがあることを告げて、それを実感するのが。私が何より別れに恐れていたのだ。今だからこそ分かる。だから私の我儘でいつも明るく毅然としているクロードがこんなにも憔悴しているのは私の所為だと申し訳なく思った。

 どれくらいそうしていただろうか。体勢的にちょっと足がしびれてきたなというところで、ゴソゴソと金髪が動き始めた。


「…リョウ、ごめん。もう、大丈夫。」

「そう。」


 そう言って体を離すと寂しいような気がしたが、気の所為だと首を振り、彼と向き合う。


「リョウ、約束してもう勝手にいなくならないって。」

「…わかった。約束する。」

「うん、じゃあリョウのこと今回限り許してあげる。でも二度目はないから。もしそんなことがあるようだったら、リョウのことどこにもいけないようにずっと僕と二人でいれるように監禁するから。」

「あはは!監禁って!怖いよクロード!」


 と笑っていると、僕は本気だよ。という声が聞こえた気がした。これは本格的に恐怖を感じてきたので聞こえなかったふりをした。うむ、ヤンデレはお呼びでないのだよ。

 これ以上藪をつついて蛇を出さないために話題を変える。


「ひとつ気になっていたのだけれど、聞いていい?」

「?何でもどうぞ。」

「あの、クロードってもしかしなくても成長した?」


 そう。記憶にあるクロードと同一人物だとは認識していたのだが、記憶よりもがっしりして顔つきも精悍になっていると思っていたのだ。身長も私が階段の一段上に登れば私の方が高いくらいだったはずなのに、今は一段登ったくらいでは抜かせそうにない。


「うん。向こうではあれから5年経ったんだ。リョウは変わってないみたいだね?」

「5年!?」


 そんなにも経っていたのか。ということは学院を卒業したのは16歳だから、今クロードは21歳!?

 まじか、そりゃ男の子だし成長するわな。


「そうだよ、5年間ずっとリョウに会うことだけ考えて生きてきたんだ。リョウがちゃんと目の前に生きていてくれて本当に嬉しい。」

「そっか。こっちでは私が帰ってきてからまだ1年くらいしか経ってないの。だから見た目とかはほとんど変わりがないんじゃないかな。」


 そう私は転生したというのに今の容姿とほぼ変わりなく転生していたのだ。摩訶不思議なこともあるものだとその時は考えていたが、こうして再びこちらの世界でクロードと会うのなら、見た目が変わってなくてよかったと思った。クロードには他の世界で生きていた記憶があるというのを話していたため、私が向こうと見た目が違っていたらどうしたの?と聞くと、


「リョウはどんな姿でもリョウだってわかるから大丈夫。」


 と返されて思わず閉口してしまった。


「で、本題だけどどうやってクロードはこの世界に来たわけですか?」


 これ本当に大事なこと。そもそも世界を渡る魔術なんて古の寝物語のようなもの。現実に存在するとは誰も考えていない伝説的な魔術なのだ。


「それは話すと長くなるなあ。とにかく僕がリョウに会いたかったから頑張った!じゃダメ?」

「いや、ダメでしょう。」

「そっかあ…。」


 そうして、しぶしぶといった体で話し始めたクロード。その内容に私は驚く。


 曰く、私が封印を成功した後、つまり私がいなくなった後だか、クロードは私が存在力を代償として封印を行ったことに気づき、あらゆる手段を用いて私を探していたらしい。

 その手段というのは貴族という立場をフル活用した伝手と言っていたが詳しくは教えてくれなかった。問い詰めるとまだ話したくないとの回答で、後日また詳しく教えるという約束を取り付けた。

 そこのところはさておき、彼の話をまとめると、魔の者封印の際に残っていた私の魔力の流れを解析することで、私がどこかに飛ばされたということを突き止めたそうだ。その後はどこに飛ばされたかをさらに解析し、執念で異世界にいるのを見つけたとか。

 ちょっとストーカーもいきすぎていやしないかと思いはしたものの、口には出さなかった。

 そしてクロードは異世界に私がいると分かったやいなや、異世界転移の術を研究した。

 異世界転移の術など聞いたことのなかった私はどうやってその術を研究したのか聞くと、


「うーん、ちょっと協力者に頼んだんだよ。まあ、知識だけは無駄にあるジジイかな。」


 と爽やかな笑顔で流されてしまった。基本温厚な貴族スタイルを崩さないクロードが「ジジイ」と呼ぶ相手。これはまだあまり深く聞かないようにしようと思い流されておくことにした。

 まあそのように、協力者の存在もありクロードは異世界転移の術を完成させ、私の目の前に現れたらしい。

 結局詳しいことは何もわからなかった気がするが、そもそも異世界転移ということ自体が机上の空論と言われる奇跡に近い所業だ。深いところまで聞いてもわからないことも多いだろう。


 そうクロードの説明をなんとか呑み込んだところで、大事なことに気づく。


「ねえ、クロードは異世界転移の術によってこっちに来たって言ってたけど、それって帰れるの?」

「うん。それは大丈夫。というか、リョウも一緒に帰れるよ。」

「え?私も?」

「そう。リョウも限定的にだけどむこうに行けるんだよ。だから、これからはずっと一緒に居られるね!」


 どういうことだろう。私は確かに魔の者封印の際に存在力を使い切ったはずだ。そうでなければ、魔の者を封印する対価が足りないからだ。

 存在力というのはその世界での私という人を成り立たせるためのエネルギーとでも言おうか。産まれる時から、他者からの認知や属する集団や国、世界に対して影響力を持つことでその存在力は成長とともに増大していく。簡単に言うと、私を知る人が増えれば存在力は増大すると言うことだ。存在力の大小については、人々への影響力の少ない平民より貴族や王族の方が存在力は大きいなど、様々な議論がされる分野ではあるが、存在力自体を認識できる人がいないため憶測の域を出ない。

 話を戻そう。

 この存在力がなくなった場合ーつまり私がしたようなことだがーどうなるか。それは存在力を失えば、私を知るものは世界からいなくなる。世界に根付いていた私という存在そのものが消えてしまうからだ。だからこそ、多くの人や物に複雑に結びついた存在力というのは、どんな対価よりも大きいエネルギーと言っても過言ではない。

 ただ、存在力は目に見えるものでもなく、あるとされてはいるものの実際にそれを使った例は聞かない。

 私は魔力操作だけは誇れるほどうまかったこともあり、存在力という不確かで揺らぎのあるエネルギーでさえも掴み取ることができた。そのため自身の存在力を対価にすることができたのだが、これをできる人はそうはいないと思われる。

 ここまでの話をしてわかるように、そもそもクロードが私を覚えているということ自体おかしいのだ。

 ましてや、世界の存在力を失ったはずの私が世界に渡れるなんてことはありえない。


「それはリョウがしたことが大き過ぎたからだよ。」


 思考が口から漏れていたのか、疑問に返事が返ってきた。


「大き過ぎた?」

「そう。リョウがしたのは世界を救うことだった。あのとき復活した魔の者は世界を滅ぼす可能性だってあったんだ。でも、それはリョウによって防がれた。つまりリョウは救世の英雄なんだよ」

「…英雄」

「うん、リョウは確かにあのとき存在力を使い切ったのは確かだ。でもそれと同時に行ったことは世界に名を刻むには十分すぎるほどのことだった。つまり今までの存在力が消え去る瞬間にリョウはあの世界での新たな存在力を得たんだ。」

「はあ」


 話のスケールが大きくなってきて思わず、気の無い返事をしてしまった。

 つまりなんだ。私は私がそれまで積み上げた存在力は失ったものの、魔の者封印という世界に大きな影響を及ぼした結果、その瞬間に新たな存在力を得ることになったということか。

 …世の中何が起こるかわからないものだなあ。


「と言っても、新たな存在力が世界に定着する前に存在を排除する力が働いたせいでリョウは飛ばされちゃったんだけどね。あと、リョウのことを全て覚えているのはあの時、あの場にいた人たちしかいないんだ。救世の英雄の存在はみんなに認知されているんだけど、リョウ本人のことはそれまでの存在力廃棄に伴って消えたみたい。」

「その話だと、なんでクロードが覚えているかわからないんだけど?新たな存在力ができたことで私はまた向こうの世界にいける可能性があることはわかったけど」

「愛の力さ!!……ごめんってそんな目で見ないでよ。」


 アホなことを言い出したので思わず殴りそうになったがぐっと堪えた。私ってばなんて心の広い!


「…あの封印の場は世界にとっても、不安定な場所となっていたんだ。なんてったって世界が滅ぶが存続するかの分岐点だったからね。だからあの場は封印の瞬間、世界の法則から一時的に外れた空間となり僕たちはリョウの存在力消去の波を受けなかったんだ。世界はあの時あの場所から存続へと舵をきり、世界を構成し始める点となったんだ。」

「おーけー。話が壮大でもう何となくの理解になってきたけど、要するにあの場だけは例外で私についての記憶は保たれ、その他のところでは私の存在力は消えているものの、新たな英雄としての存在力があるため私はあの世界に行くことができるってことか?」

「そうそう!さすがリョウ!学院の学科首席は伊達じゃないね!」


 くっ!嫌味かこいつ!嫌なことを思い出した!

 私は魔力操作という緻密なことが得意という頭の構造をしているように、学院の学科は苦にならなかった。しかし、学院での成績は学科実技の合算で評価される。実技は苦手というわけでもなかったが、合算評価では私は万年二位。

 そう、この今呑気にキラキラを振りまく男こそが学院の首席だったのだ。

 学科では何とか私に分があるものの、実技ではクロードに軍配が上がった。そして実技で断トツの成果をあげるクロードに毎度私は総合では負けていたのだ。

 謂わばこいつは学生時代、私の目の上のたんこぶ!倒すべき敵に他ならなかった。


 とりあえず状況はわかったし、今日はもう遅い。一度お帰り頂こう。

 さあさあ!お帰りはあちらですよ!もう外は暗いからお気をつけて!

 そうクロードを立たせさっさと玄関へ向かわせようとする。

 急に態度がおかしくないかって?怒ってるって?

 そんなわけないじゃないか。

 私は決して古傷を抉られて怒っているわけではない。断じてない。私はそんなことで起こるほど狭量な人間ではない!

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