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2. 記憶

 懐かしい夢を見た気がする。

 隣にはいつもその温もりがあって、鬱陶しいと口にしながらも心の中ではいつも安心させられていた。顔が見たくなって呼びかけようとする。

 しかし、かけるべき名が浮かばなかった。仕方なく袖を引くと嬉しそうにこちらを振り向く。

 ああ、そうだ。

 この人はこういうふうに笑うんだった。花が咲いたように、ともすれば犬が飼い主を見つけたときのようで少し笑えた。不思議そうな顔をする彼に、胸の奥で熱く燻る思いを伝えたくて私は体温の高いその手を握った。


 ———————————————————————————————————


 薄っすらと光が感じられて重たい眼をこすった。

 するとその手とは反対の手に感触を感じて顔を向けた。

 金髪?

 どうやら金髪の誰かが私の手を握っているらしい。

 誰だ君は。

 とりあえず引き抜いてしまおうと力を入れてみるがビクともしない。

 なんだこの馬鹿力。私が自分の手を取り戻そうと必死になっていると金髪が動きはじめた。

 起きたのなら丁度いい。状況は分からないがとにかく離してもらおうと口を開きかけた瞬間、


「リョウ!!起きたんだね!体調はどう!?どこか痛いところは!?お医者さんのような人かな?よくは知らないけどその人はただの貧血って言ってたんだけれど、心配で心配で…!」


 とかナントカカントカすごい勢いで身体チェックをされる。

 心配されていることはわかった。しかしだ!

 腕を掴む力が尋常じゃなく強い。端的に言おう。


「ねえ!痛い!!つーかどさくさに紛れてどこ触っとんだ!!」


 スパンッ!といい音がした。



「…反省した?」

「…はい。ごめんなさい。」


 現在金髪はベッドの下で正座反省中です。

 はあ、なんか疲れたわ。で結局この人は何なんだ?確か正門に立っていたキラキラ王子だよな。

 今のところ人が眠っている間に人の手握ってきた変態野郎ってしかわかっていないんだが…。

 金髪は何か言いたげにこちらをチラチラと伺ってきている。


「何?」


 問いかけると少し嬉しそうにこちらを見る。

 本当顔は無駄に整ってキラキラしてるな、日本人…はないな。どう考えても外国人だ。の割にかなり日本語が達者なようだが。


「いえ、リョウはやっぱりリョウだなと思って。少し懐かしく思ってました。」


 本当に反省しているのかしていないのかわからない感じで、えへへと緩む頬。その様子と言葉に思わず眉をひそめる。

 私を知っているかのような口ぶりだ。しかし、こちらにそんな記憶はない。


「どういう意味?」

「え?」

「だから、なんだか私のこと知っているようだけど、どういうことかと思って。」

「…もしかして、リョウ。僕のこと覚えて、ない…?」

「そうね、あなたに会った覚えは私にはないけど…って、え!?どうしたの?だ、大丈夫?」


 金髪はその場に項垂れるようにして正座のままうずくまってしまった。さすがに心配になり近くに寄ってみると


「ウソだ。リョウが僕のことを忘れるなんて…。いやでも、そんなはずは。ああ、でもリョウは特殊だから。そもそもリョウがあの時と同じ姿っていうのもおかしい。いや、でも確かリョウは生まれ変わったとか言ってたか?じゃあ今の状態は…?」


 ちょっとブツブツが早いし長いしで所々聞き取れなかったが、やはり私と彼は知り合いということらしい。人違いの可能性もあるがとりあえず


「私、吉野涼。あなたの名前、教えてくれる?」


 彼に手を差し伸べて初めましてから始めることにした。一瞬彼は目を丸くさせたが、手をとった。


「僕はクロード・クロムウェル。よろしく。」


 こうして、私たちは再会を果たしたのであった。


 話してみて分かったことがある。

 彼はけっこう好感の持てそうな人物だということだ。クロードはキラキラしい見た目とは裏腹に気取ったところもなく、案外話しやすい人だった。


 体調確認やらなんやら取り留めもないことを話して落ち着いて来たところで、彼の事情を詳しく聞いていると何やらトンデモ話が出てきてしまった。

 曰く、クロードはこの世界とは異なる世界から来たという。そして、私に会うためにここまで来たと。


「...えっと、クロードさん?それは何の冗談かしら?」

「クロードさんだなんて!クロードでいいよ!リョウ!」

「...いや、そんなことはどうでもよくて」


 言いかけたところで、また詰め寄って来そうだったので、仕方なくクロードと呼ぶと嬉しそうに顔をほころばせる。

 何なんだこれは。犬?

 何だか話がまたそれそうだったので、咳払いをして話を戻す。


「で?あなたの言うことを信じるなら、私とあなたはその異世界とやらで、その...」


 私が次の言葉を口ごもっていると、顔をクロードが顔を覗き込んできた。


「婚約者、だったんだよ。リョウ?もしかして照れてるの?」

「べ、別にそういう訳じゃ...!」

「... ...かっわいいなぁ!」

「わっ!ちょっ、抱きついて来ないで!ドンットタッチミー!!」

「つれないこと言わないでー」


 引っ付いてくるクロードの胸をぐいぐいと押しのける。というか、流石にちょっとイラッとしてきた。


「話しが進まないからいい加減にして」

「はい」


 彼は居住いを正してこちらをじっと見てくる。

 実はクロードの話に思い当たる記憶があった。

 正門でクロードに出会って倒れている間、ずっと夢の様なものを見ていた。その中で私は確かに彼と過ごしていたのだ。



 --------------------------------


 去年の夏休み、私は祖母の家に行っていた。

 しかし着いた翌日には何故か全く見覚えのないベッドの上で眠っていた。

 いや、噂に聞く朝チュンとやらではないぞ。

 信じられないことに私は子供-それも生まれたばかり-になってしまっていた。はじめは訳が分からなかったが、時が経ち言葉を話せるくらいになると状況が分かってきた。どうやら私は生まれ変わりというのをしたらしいということを。

 転生した世界には魔術が御伽噺ではなく、本当に実在していた。

 さらに私が生まれた国はヴァルシャーナといい、世界最大の魔術師が集まる国だった。

 私にも魔術適性があったようで、そこからすくすくと育った私は王都の王立学院に通う。

 王立学院は建国時から続く由緒ある魔術学院で、身分や実力など何らかの秀でた者のみが通うことを許された場所だった。私は魔術が得意な方だったようで、市井に住む平民ながら入学を許された。学園での生活は充実したものであった。


 しかし、私が15歳になる年に"魔の者"が復活した。

 遥か昔、北の果てに封印されたという魔の者。人間のような形をかろうじてとってはいるものの、その様相は禍々しく私たち人間とは比べものにならぬほどの大きさをしていた。

 魔の者について知ったときには人に災厄を及ぼす存在が人の形をとっているなどと何たる皮肉かと考えたものだ。


 ヴァルシャーナは大陸でも北に位置しており、大陸は北に向かうにつれ細く小さくなっている。

 つまりこの先端に封印場所は存在し、ヴァルシャーナが一番に魔の者の被害を受ける地理というわけだ。

 もちろん封印場所と人々が住む地域は大きく離れてはいるが、有事の際、最も危険がある国には間違いない。


 実は遥か昔に魔の者を封印した魔術師は初代ヴァルシャーナ国王である。世界一の魔術国家は始まりからして、魔の者の討伐を目的とした国といっても過言ではないのだ。

 そのため国には魔の者をかつて封印した初代国王が残した魔の者に対する知識が代々受け継がれてきた。

 しかし、魔の者が封印されてから千年以上の年月が流れ、その間に人々の魔の者に対する危機感は薄れつつあった。

 そんな中での魔の者復活。


 あらゆる災厄を齎すと言われる魔の者は復活してすぐ、大地を割り、嵐を巻き起こした。

 最も封印場所に近い村が被害を受けたという知らせにより、国は魔の者の復活を知ることとなる。

 ヴァルシャーナは直ちに討伐隊を編成した。

 その間にも魔の者によって被害は増える一方だった。

 ヴァルシャーナの先鋭が集められ、皆不安を抱えながらも、先鋭部隊が必ず封印を達成すると信じていた。


 しかしながら、現実は非情であった。

 投入された討伐隊は防衛戦線を張り、半年と少しそれを守り通した。

 だが次第に防衛線は崩れ始め、一年が経とうとする頃には討伐隊は半数以下となっていた。


 国は第二陣を投入することとなる。

 もっと早く第二陣を送るべきだという声もあったが、いくら魔術国家と雖も討伐隊に編成できるほどの人材は限られている上、国防上すべての優秀な人員を割くわけにもいかなかった。


 その時、私は16になる年。つまり学院を卒業する年だった。

 第二陣の討伐隊の選定は困難を極め、最終的に人材不足のなか白羽の矢が立ったのは、その年学院を卒業する者であった。

 私はそれに選ばれた。


 この選定には人材不足以外にも魔の者に対抗できる適性など色々と事情があったが、それはさておき私は前線へ赴くこととなった。

 学院を入学した時からなんだかんだで仲良くしていた同学年のクロード・クロムウェルもこの時いっしょにいた。


 前線に向かって一年、魔の者が復活してから二年が経った頃ようやく魔の者を封印する時がやってきた。


 それは、私にとってもあの世界で最後の時。

 私は彼を、彼が生きるこの世界を守りたいと願った。

 だから、全てを掛けることに決めた。

 魔術には対価が必要だ。それは普段は自身に流れる魔力であったり、自然物に宿る魔力であったりする。

 討伐隊の総力を持ってしても魔の者をあと一歩に追い詰めるまでしかできなかった。

 魔の者を封印するためには膨大な対価を支払う魔術が必要である。私たちにはその対価に見合う魔力量が足りない。これまでそれを何で補うか考えていた。

 私が討伐隊に選ばれたのは類まれなる魔術の操作能力。私にしかできないと思った。

 後悔はない。


 そうして封印のための言の葉を紡いでいく。


 封印はうまくいっているようだ。

 災厄を体現する者は黒い光の粒となり、その粒は封印場所へと飛んでいく。

 よかった。

 自然とそう思えた。

 ホッとした瞬間私の周りも光り始めた。ああこれまでか。

 私は自身の存在力、それを対価とした。

 次第に魔の者と同様に光の粒となり天へと登っていく私に気づいたクロードが駆け寄ってきた。もうほとんど音は聞こえなかった。

 私は抱きしめる彼がどんな顔をして、どんな表情をしていたのか知ることはできなかったけれども思いの外愛されていたのだとわかって気恥ずかしくなった。

 彼の耳に唇を寄せ、言葉を紡ぐ。


「さよなら、クロード。ありがとう。」


 そうして初めて私から彼の頬に唇を触れさせた。


 ------------------------------


 みたいなことがあった...のだと思う。

 それが去年の夏休み。

 要するに私は夏休みの一ヶ月少しの間に別の世界に転生し、16年過ごした後、魔の者を封印する魔術のため自らの存在エネルギーを対価とした。

 そのため、世界から弾き出されこのまま死ぬのかと思いきや元の世界に記憶のない状態で戻ってきたようだ。

 しかし、一気にこんな記憶が戻っても凝った夢だとしか思わないだろう。

 が、目の前にそれを証言する金髪が現れた。


 これはいよいよ実際にあったことだと認めざるを得ないかもしれない。


 まあとりあえず、これを認めるとしよう。記憶が戻ったばかりで混乱は否めないがそれも良しとする。存在力を糧としたためにあちらの存在もその記憶もなくしたはずにもかかわらず記憶があるというのも、納得はいかないが目をつぶる。


 さあ、本題だ。先ほどの回想、最期の別れのシーン。あんなにも感動的に、恋愛ものとしては悲劇的な結末ではあるものの美しく終わったはずであるのだ。物語はあれで綺麗に完結した。

 なのに!こいつはノコノコと私の前に現れている。

 今目の前で正座をして、こちらの表情を伺っているのだ!


 何より、こいつさっきなんて言った?

 たしか、婚約者とか。

 いやね、たしかに学院入学から彼とは知り合いで、なぜかいつも私の周りをちょろちょろしているとは常々思っていた。お貴族様の考えることはよく分からないと放置していたのだけれど、それなりに仲良くはやっていたと記憶している。

 そして卒業をあと一年に控えた15歳の年、卒業式のエスコートをしたいと申し出てきた。これには学生らしい意味があって、卒業式でのエスコートは家族でなければ意中のお相手、或いはそれに近しい間柄を選ぶ。要するに、エスコート役を申し出ることは告白に他ならないのだ。

 それによって彼の気持ちを知ることとなったが、いかんせんこちらにそんな意思はなかった。

 だから、エスコート役はお断りを続けたが、クロードはしつこかった。

 ええ、もう心底面倒くさいと思うほどに。

 粘り抜いた彼は、私の方にはそんなつもりはないというのを公言することと、平民ではなかなか手に入れられない魔術書を引き換えにエスコート役をもぎ取った。

 本当に疲れる一年間だった。

 まあ、その後さらに一年間、魔の者討伐という濃い月日を共に送り、私の方も最期には絆されて……その、なんだ、最期のときの…ちゅー紛いの件くらいには彼のことを想っていた。


 それはさておき、これまでの中でたしかに最期には想いが互いにあったのかもしれないが、婚約者などというものには一切なった覚えがないという話である。


「ええと、クロード。」

「なに!リョウ!」

「あなた、なんでこんなところにいるのかな?」

「そんなこと、リョウに会うために決まっているよ!」


 ああ、キラキラしい。


「そう、しかしね。具体的な方法はこの際置いておくとしても、わたしたちはそれなりに感動的な別れをしたのではないかと思うのだよ、クロードくん。」

「感動的!? とんでもない! 僕、リョウがいなくなってどんなに辛かったか…。リョウはいつも勝手に決めて勝手にいなくなる。それが僕にとってどれだけ…。怒ってるんだよ僕は!」

「あのときのことはあれしかないと思ったから。勝手をしたことは悪かったとは思ってはいるよ…」


 剣幕に押されて思わず謝ってしまったが、つまり私がなにを言いたいかというと、あんな小説みたいな別れ方をしたのに今更どんな顔をして接したらいいか分からないということだ。

 状況にも混乱しているし、気まずい気持ちもあるやらでとりあえずどうしようと思っていると救世主の声が保健室に響いた。


「吉野さん。調子はいかがてすか?」


 白衣を着た女性がカーテン私がいるベッドのカーテンを開けながら問いかけてきた。


「先生。もう大丈夫そうです。」

「それは良かった。親御さんとか迎えに呼ぶ?」

「あ、いえ。私一人暮らしなので。それにもう本当に大丈夫なので、もう帰りますね。下校時間後なのにすみません...。」


 そう言って頭を下げると、にっこりと笑い、気にしなくていいという返事が返ってくる。しかし先生はその笑顔を少し曇らせ、困ったような感じで金髪に視線を向けた。

 そりゃそうだ。先生からしても誰だこいつって感じだよな。


「ええと、彼は身内だって聞いているのだけれど...。」

「ああ、実は父は長い間海外で働いているんですけど、彼はそこでの古い友人の息子さんなんです。なので昔から私も彼と親交があって。今日は久しぶりに日本に来るからというので会う約束をしていたんですが、私が倒れてしまって心配して離れなかったみたいです。何か先生にご迷惑をお掛けしてませんか?」


 咄嗟に誤魔化すと先生は納得したようで、顔の緊張が緩む。ちなみに父が海外で長く働いているのは本当のことだ。


「そうだったのね。じゃあ、今日は彼に送ってもらうといいわね。もしまだしんどいなら先生が送っていくことまできるけど?」

「いえ!僕が責任を持って送り届けますので!」


 なぜそこでそんなに張り切る。だいたい家知らないだろう。と思いながらも、もう早く帰りたい気分なので話しに乗っておく。


「ということなので大丈夫です。ありがとうございました。」


 お礼を言って、ささっと身支度を整えた私は保健室を後にした。

 ちなみに一緒に帰ろうとしていた藍先輩と増川は先生が危ないからと帰したらしい。クロードだけは帰らないと動かなかった上、身内と言い張るものの素性がはっきりしなかったので私が起きるまで様子見をしていたようだ。

 あと、私が起きたときは怪我をした生徒の処置に行っていたとか。異世界云々の話をしている時にいなくてよかったと胸をなでおろした。


 クロードはニコニコとついてくる。機嫌の良さそうな彼とは対称的に、私はまだまだお互いに話すことは多そうだと憂鬱な気分になりつつ早い帰宅を目指した。

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