『異世界将棋食堂マンガ先生・オンライン』①
ここは都内の某喫茶店。
入社五年目の若手編集と、デビュー作の一作のみヒットを飛ばしてそれ以来鳴かず飛ばずのライトノベル作家が打ち合わせのために店にやって来た。
店内奥にある静かな席で、今日も二人の不毛な打ち合わせが始まる。
「先生。今日は担当編集として先生の今後についての大切なお話をしに来ました」
「ほー。初回の打ち合わせでそんな大切な話をするのか。了解。心して聞くよ」
「まずは先生がこの間出版された前作についてのお話からです」
「うん」
「先生の前作『トマト畑でぶち殺せ』は我が出版社始まって以来の発行部数、百十八部という圧倒的なダメ新記録を打ち立てました」
「あーあれね。売れなさ過ぎてヤフーニュースになってたな」
「うちの編集部では誰もが『お前が死ね』と言っていました」
「はははは。そりゃ傑作だ」
「わざわざ大手本屋とコラボしてリリースイベントとしてサイン会までやったのにあの体たらく。当たり前ですが死ぬほど赤字です」
「私もサイン会に親族しか来ていなかった時にはさすがに戦慄が走ったよ」
「わが社は先生の親戚の集まりのためにイベントをしたのではありません」
「いやーすまん。冷やかしでもいいから一人くらいいてもいいのにね。はははは」
「まっったく笑えません」
「はははは。まあそんなに恐い顔するなって」
「正直に言いますと、私は編集長に『あんなアホ作家は日本海に沈めるか契約を切るかどちらかの手を打つべきです』と直談判したんです。ですが編集長は『次は頑張ってくれるよ』と受け入れてくれず……」
「編集長もこのご時世に呑気なもんだな」
「呑気なのはあなたですから」
「いやー。はははは」
「ははははじゃなくて。先生。真剣な話です。次の作品はヒット作にならなかったら筆を折る覚悟で書いて下さい」
「そんな簡単に言われてもね」
「簡単には言っていません。先生が本気になってくださればヒット作が作れるんです」
「私は常に本気で書いているけど」
「……では聞きます。先生。前作の『トマト畑でぶち殺せ』。あれはどんな作品だったか覚えていますか?」
「そりゃあ自分で書いたんだから覚えているさ。トマトギャングたちの血みどろの抗争を描いたハードボイルド小説だ」
「……まずトマトギャングって何ですか?」
「トマトのギャングだよ。トマトを賭けて拳銃で撃ち合う」
「トマトを賭けて拳銃で撃ち合って……。撃たれた人は?」
「そりゃ死んじゃう。撃たれたんだから」
「撃って殺した人は?」
「トマトがもらえる」
「なんだその話!売れるかそんなもん!読者なめんな!」
「え? そうか? 面白いと思ったんだが」
「あの話を奇跡的に編集会議で通して出版までこぎ着けた鈴木は、先週『月刊蚊取り線香』の編集部に異動になりました」
「そんなピンポイントの月刊誌を出しているのか。君の会社も大概だな」
「うちの会社の話はいいんです」
「鈴木くんにそっちでも頑張ってとメールをしておこう」
「先生。先生はここ三作品連続で大コケをしています。しかもどの作品からもヒットさせようという気持ちが一ミリも感じられません」
「全部面白いと思って書いたんだがね」
「前々作が『第一次墓参り大戦』。その前が『洗濯機地獄』。どの層を狙って書いているのかが全くわかりません」
「思い付いたアイディアをそのまま文字にしているだけなんだけど」
「デビュー作は超王道の作品であんなに売れたじゃないですか。それがなんで洗濯機地獄になっちゃうんですか」
「あーデビュー作は売れたね。十五巻まで出したしアニメ化もしたし。私は今もあの時の本とグッズの印税で生活をしているよ」
「その印税もいずれ底をつきます。先生。もう一回あの時のような作品を、いや、あの時以上のヒット作を作りましょう」
「そうしたいのは私もやまやまだが……」
「何か引っ掛かることがあるんですか?」
「私にはわからないんだよ。最近のトレンドとか流行りのようなものが。ヒットしたデビュー作だって、たまたま私が書いたものが王道だっただけで、王道を書こうと思って書いたわけじゃないんだ」
「大丈夫です先生。そのために私のような編集者が存在するのですから」
「どういうことだい?」
「きっと先生は最近の人気作を読んだり、傾向を調べたりはしないと思いまして私が代わりに調べてきました」
「ほー。君が私の代わりに」
「ええ。バッチリ調べましたので任せてください」
「それは頼もしいね」
「僭越ながら流行をバッチリ取り入れた新作のタイトルまで考えてきました。良ければ参考にしてください」
「タイトルを? 今までアイディアをくれた編集は何人もいたが、勝手にタイトルを考えてきたのは君が初めてだよ」
「厚かましいとは思いましたが先生のお役に立てればと思いまして」
「実に素晴らしい心構えだね。私は作品のタイトルを決めるのが苦手でいつも困るから助かるよ。それでは早速聞いていいかい?」
「『異世界将棋食堂マンガ先生・オンライン』です」
「ん? もう一度」
「『異世界将棋食堂マンガ先生・オンライン』です」
「随分ぎゅうぎゅうなタイトルだ」
「最近ラノベ界で人気があるジャンルをすべて合わせました」
「これを私が書くのかい?」
「そうです」
「無茶じゃないかい? おそらく話が破綻してしまう」
「今、先生に必要なものは流行です。ストーリーは二の次。とにかく流行を取り入れるべきだと思うんです」
「取り入れすぎだよ」
「今人気のものを全部含んだタイトルにしておけば馬鹿な読者は食いつきます」
「……君もだいぶ読者を馬鹿にしているね」
「とにかく、騙されたと思って一度このタイトルで書いてみませんか?」
「今『全日本風呂焚き選手権』という作品を五万字くらい書きためているんだが」
「捨てましょう。部数の記録が更新される予感しかしません」
「まあせっかく考えてきてくれたのだから、そのタイトルで大筋だけでも考えてみようかな」
「そう言ってくださってよかったです。早速このまま新作の設定を決めていきましょう」
「まずそれだけ色々な要素が混ざっていると主人公のキャラ決めから難しそうだね」
「ラノベの主人公なんて大抵どれも一緒です。友達がいなくてオタク趣味で無味無臭の高校一年か二年ですよ」
「味気ないなあ」
「そのキャラをベースに各要素を入れていきましょう」
「各要素?」
「まずは異世界要素からです」
「異世界ものかー。私はあまり読んだことがないんだよね」
「そこは私にお任せください」
「それは心強い。ではまず最初はどうすればいい?」
「まず異世界に転生するわけですから冒頭で主人公はトラックに轢かれて死にます」
「なるほど。転生して異世界に行くわけか。でもなんで死因がトラック?」
「よくわからないですけど大抵はそうみたいです」
「普通すぎてその流れには乗りたくないなー」
「では、より良い死因があればそちらにしましょう」
「うーん。間違って挽き肉を作る機械に飛び込んで死ぬことにしようか」
「グロすぎます。R指定になっちゃいますから。もうちょっとポップにファンシーに殺してください」
「じゃあキキララの出すレーザーで身体を縦に真っ二つにされるってのは?」
「キキララはレーザー出しません。しかもその発言はサンリオと訴訟になっちゃいますから。そういう類いの悪ふざけは本当にやめてください」
「じゃあどうやって殺そうか」
「挽き肉とキキララの間くらいでお願いします」
「君はまた難しいことを言うね」
「そこをなんとかするのが先生のお仕事です」
「世界には人間の死因だけを集めた本があるらしいけど、今すぐ手元にそれが欲しい気分だよ」
「作家なんですから自分の頭の中でなんとかしてください」
「じゃあ貧乏過ぎて餓死したことにしよう」
「まあ無難ですかね」
「ちなみに異世界に転生すると赤ちゃんに戻るのかい?」
「転生ですから基本的に戻るはずです」
「でもそれって転生する意味あるのかい? 前世の記憶とかもないわけでしょ?」
「……確かにそうですね。実は私もあまり読んだことがなくてそこら辺の知識はあまり」
「しかも赤ちゃんから書くのはしんどいなあ」
「でしたら死んで生まれ変わったら十六歳の青年だったと言うのはどうですか?」
「途中から始まる人生というのもどうなんだろう。十六歳になる前の記憶の扱いも難しいし」
「キキララのレーザーで人を殺そうとしたくせに細かいことを気にしますね」
「私としては大切なところだと思うよ」
「では前世の記憶を引き継いでいることにするのはどうですか? 前世で十六歳で死んで異世界で十六歳から始まるみたいな感じで」
「それって一回殺す必要あるの? ワープして異世界に迷い混んだとかでいい気がするんだけど」
「一回殺すのが最近のトレンドなんです。殺しましょう」
「すごいトレンドだなあ。日本は大丈夫なのか心配になってくるよ」
「先生に心配されるようになっては日本もおしまいです」
「じゃあ主人公は貧乏すぎて餓死して異世界に転生した十六歳ということにしよう。あ、これって転生しても同じ人でいいの?」
「いいんじゃないですか? 異世界に迷い混んでしまった日本人。展開次第では面白そうです」
「もはや殺す理由は一つも無くなったね」
「殺しただけで異世界転生ものを名乗れるわけですから安いもんですよ」
「次に転生先の異世界はどうしようか。私のイメージでは剣と魔法の世界なんだけど」
「大抵がそうですね。先生のイメージで合っていると思います」
「でも現代の日本人が急にそんな世界に放り込まれたらすぐ死んじゃうんじゃない?」
「先生。そこはチートスキルの出番です」
「ちーとすきる?」
「異世界ものでは主人公が何らかの特殊能力に目覚めるんです」
「徐々に身に付けるんじゃなくて最初から備わってるの?」
「はい」
「それはなんかズルいなあ」
「チートですからね。しかもその能力は大抵の困難は解決できるような圧倒的なものです」
「私の作品でも主人公にはそのチートスキルがあった方がいいのかい?」
「むしろ無きゃダメですね。異世界ものなんですから」
「じゃあ自分の指を相手に向けるだけでその相手が消滅する能力にしよう」
「斜め上を行くズルさですね」
「でもこれだと不意討ちとか相手に先手を取られた時に困るか」
「でしたら如何なる場合であっても一切の攻撃を受けないという能力も持っているというのはどうですか?」
「向かうところ敵なしだね」
「最近はそういう主人公がトレンドなんです。多分」
「あ、異世界にやって来たはいいけどさ。主人公は何を目的に行動すればいいんだい?」
「私は魔王みたいなのがいてそいつを倒すものだと勝手に思っていましたが」
「ドラクエみたいな感じ?」
「と思いますけど」
「ということは主人公は世界を救う勇者みたいな存在ということだね」
「そうなりますね」
「なるほど。なんとなく大筋は掴めてきたよ」
「あと異世界ものの主人公にはもう一つ欠かせない要素があります」
「まだあるのか」
「それはハーレムです」
「ハーレムってあの石油王とかの」
「そうです。簡単に言いますと可愛い女の子に囲まれる必要があります」
「モテモテってことだね」
「そういうことです」
「じゃあ主人公は容姿が整っている設定にしないといけないね」
「それは絶対にダメです」
「え? なんで?」
「ラノベの読者の八割は無職の童貞で、残りの二割は学生の童貞です。主人公をイケメンにした瞬間に本が燃やされます」
「君のその情報は偏りすぎている気がするけど」
「とにかく主人公をイケメンにするのはタブー中のタブーです。容姿については言及しないか、可もなく不可もなくで行きましょう」
「わかったよ。それにしても最近は『現実と別の世界で苦労なく特殊な能力に目覚めて女の子に囲まれる普通の顔の主人公』が人気なんだね。なんかこれって……」
「先生。読者の闇に気付いたら負けです。気にせず行きましょう」
「そうだね。まあ普通の顔でモテるとなると、他のところでモテる要素が必要になってくるね」
「なんでしょうね、モテる要素……」
「まあやっぱり一番はお金だろうね」
「できれば内面で引き付けて欲しいのですが」
「じゃあ女の子達をよく助ける正義の味方の金持ち」
「前半はラノベの主人公っぽいのに金持ちにしただけで魅力が消し飛びますね」
「まあ読者もそろそろ現実を見る必要があるだろうし。その金持ちの主人公が没落するさまを書けばいいよ」
「世界を救う話にするって先程おっしゃっていましたけど」
「魔王を倒した後にバブルが弾けることにしよう」
「異世界の景気について描写するのは多分先生が初めてになりますよ」
「さて、結構設定も出来上がってきたけど」
「まだ入れるべき要素は沢山あります。次は将棋です」
「ちょっと待って、一旦休憩。飲み物頼んでくる。何かいる?」
「あ、先生。私が行きますよ」
「いいってこれくらい。私はメニューを見ながら選びたいし」
「申し訳ありません。ではお言葉に甘えてコーヒーを」
「了解。砂糖とミルクは?」
「一つずつでお願いします」
「わかった。じゃあちょっと待ってて」
「すいません先生。ありがとうございます」
不毛な打ち合わせはまだまだ続く。
果たして『異世界将棋食堂マンガ先生・オンラインは』完成するのか。




