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第六話

初めてダンジョンに潜ったとき、真っ先に折れた短剣があるだろう。それは、僕が勝手にそう称していただけであって、実際は短剣ではない。ましてや、魔物を倒すためのものでもない。そんなものを、何故腰帯にぶら下げて行ったのか。というと、ただそれしかなかっただけというだけであって、他に理由はない。

 というわけで、僕があの日ぶら下げていったものは、包丁である。真っ先に折れて当たり前ということも納得だろう。魔物のような堅い皮膚の持ち主に、料理に使われる刃物が敵うはずもない。

 ならば、如何して武器を買わなかったのか。

 

 「えっと、今の所持金は……」


 僕は、ポケットの中に手を突っ込み、今ある所持金を確認する。手のひらに円盤状の約五ミリほどの塊を並べる。人間族では、このような物が通貨として扱われている。素材は、すべてが鉄で成っており、そこに刻まれている数字がその塊の金額を表している。

 そして、気になる金額が、500ヴァルが二枚と――これは、先ほど、ユリアにもらったものだ――100ヴァルが三枚に、10ヴァルが二十四枚――合計してみると、1540ヴァル。


 「1540ヴァル、か……」


 1540ヴァル。つまり、あの日の所持金は、540ヴァルということになる。この金では、武器を買うことができない。そんなほぼ手ぶらというような軽装で行った結果、包丁はいい音を響かせて死んでしまった。あの包丁は、いつから台所にいたのだろう。

 あれ、まず自分の家に水道もなければ、台所さえないというのに、何故包丁が存在していたのだろう。

 そうだ。

 ずっと僕の横にいた。

 ああ、懐かしきあの頃よ。

 爺ちゃんと住んでいた時、勝手に包丁を拝借して、爺ちゃんの真似事をしていたっけか。

 そして、その包丁を懐にしまって盗んだっけ。

 僕は、その時初めての盗みをした。

 けれど、僕はそんな思い出を、爺ちゃんの死とともに忘れてしまったのか。だから、僕は折れるとわっかていたのに包丁をあんな無作法に、それで折れたとき何も感じなかったのだろう。

 不意に涙が零れてしまった。

 

 「お、おい……。そんなに金が尊いのか?」

 

 僕は、金を握りしめ、その拳で涙を強引に拭い去った。


 「ああ……」


 と、僕は適当に答えた。

 僕の灯火が消えるとき、そして消えたとき、ルナは忘れないでいてくれるだろうか。僕は、自分が生きていたことを忘れないでほしい。

 けれども、僕がこんなことを言っていいのだろうか。あれだけ僕に愛情を注いでくれた第二の親ともいえる爺ちゃんを一時でも忘れてしまったこの僕に。

 まあ、結局は人というものは、そういうものなのだ。

 望んで、考えて、開き直って、望む。

 僕もそうする。忘れてしまったことは仕方ない。これから忘れなければいい。だから、僕は忘れないで、と望むことができる。

 自己満足。人の中身を一言で言ってしまえばそうだろう。しかし、それがなければ、善行だって、悪行もしない。それなしでは人ではない。自己満足はあるべきもの……


 「だはっ!」

 「てめえどこ見てんだよ!」


 そこで僕の長ったらしい思考が停止する。僕は大柄の男に真正面から当たってしまった。


 「あ、ごめんなさい」

 「ふんっ!!前見て歩けよおお」


 彼はふんっと不機嫌そうに僕の前から去っていった。鼻を抑えている僕を見て、大丈夫か?とルナが少し笑いながら見てくる。僕は、鼻をさすりながら、大丈夫だよと言う。


 「人混みの中で考え事は厳禁だよ。シャル」

 「う、うん」


 僕は小さく頷き、歩みを始める。これだけは忘れないように。爺ちゃんを忘れない。忘れてはならない。自分は分かっているだろう。

 彼は、死んでいない。

 いずれ僕の前に現れるだろう。

 僕はそれを知っている。

 

 「ねえ、僕が居なくなるの、寂しい?」


 ルナは、そう唐突に訊いてきた。僕はそれに躊躇いもなく答えた。


 「うん、寂しいよ」

 「そう……」


 ルナは、小さく息を吐き、僕の手を握る。ルナの手から柔らかいという感触と、ぬくもりが感じられる。そして、一つ、間をおいて一言。


 「忘れないでね」


 一瞬ぞっとしたが、それは偶然、僕が考えたことと被っただけであって、決して、思考を読まれたりとかではない。

 そう信じたい。


 「忘れるわけがないよ」

 「それなら、よかった」


 なんか、妙に女らしい気もするが。

 

 僕とルナは、街の中心にある塔を目指して、日が差す真昼の中を歩いていく。


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