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第四話

 これは!? 

 何ということだ! 

 誰が……こんなことを!?

 「はあ、はあ……」

 血だ。そして、奇だ。

 僕が家に帰り、扉を開けると、奇妙な光景がそこにはあった。血が、浮いていた。そこに、床が、壁があるかのように。

 血は、垂直に交わり、蜘蛛の巣のように部屋中に張ってある。

 「ど、どこだ……出て来いよ……」

 「……出てきてほしいのかあい……?」

 女の声だ。蜘蛛の糸のように、部屋の中を跳ね、僕の耳に伝わってくる。

 「あ、当たり前だ」

 怯えながらも、答える。出てきたとしても僕に勝機はない。けれど、僕の家族の恨みをぶつけるまでは、ここから逃げることはできない。

 き、来たか……

 血が滴る音、血を踏む音。

 影。

 その影は、人間ではなかった。

 鋭く尖った足が数本、薄暗闇の中で光る眼、漆黒の胴体、そして美しい顔。

 「殺す!」

 「煩い。雑魚が」

 あ……熱い

 視界にヒビが現れる。手を伸ばそうとするが、何も動きやしない。

 クソが……

 声は鳴らなかった。

 魔物が……僕はお前を許さない。

 いずれお前を、殺す。蜘蛛女!

 肉片が落ちる。臓物が流れ出る。

 影は、消えた。何の音もなく。部屋の中に、生臭いものを残したまま。



――――――――――――――――



 はあ!

 目が覚めた。僕は、自分の体を触ってみる――とする。何か微かに触れている。左腕に、胸を押し付け、眠っているルナがいた。貧乳のわりに色気はあるようだ。

 僕は、ルナをどかし、ベットから降りる。窓から外を見る。まだ真っ暗だった。

 「まだ夜か」

 汗をかいてしまった。なんだよ、あの夢は。いや、夢というよりも現実に近かった。痛みも感じた。あの壮絶な痛みを。そしてあの人の憎しみ。

 ああ……考えるだけで、吐き気がする。

 と、あれって……

 大きなタンスの横にある机の上に、本が置いてあった。僕は、そこに向かう。

 「思ったより、重いし、分厚いな……ん?なんて書いてあるんだ?」

 読めない。この本はルナのものだろうか。開けてみるか。

 「あれ?開かない。くっ」

 びくともしない。気になるけれど、開かないのなら仕方ない。よく見ると、魔術回路が張り巡らされている。複雑すぎる。

 頑張ってそれをどうにかしようと思ったけれど、気が遠くなる作業で、断念した。ルナも何らかの理由でこうしているだろうし、こんなことをするのは、よくないかな。

 僕は、その本を元あった机の上に戻す。

 「散歩しよ」

 何故か無性に散歩したくなった。

 というわけで、外に出てきたわけだが、何かがおかしい。何がおかしいのかというと、人がいない。

 この宿の前の通りを歩く。街灯には、光りは灯っているが、人の気配、生き物の気配さえない。生物が滅んだ世界にいるような感じだ。滅んだではなく、消えたの方が的確だ。

 静寂に靡く風を感じながら、歩いていると、いつの間にか街の真ん中を通る大通りにいた。天高くそびえたつダンジョンに向かって、また歩く。石畳の道が少し歪んできている気がする。いや、視界全てが歪んできている。足元がもつれるようになり、ふらふらしている。もうこのまま倒れてしまおうか。けれど、足は前へと進んでいく。

 「はあ……はあ……」

 息も荒くなってくる。体も重い。眼も疲れてきた。

 紺碧の空に、金色の月が浮かんでいる。ダンジョンの右の真上に浮かんでいる金色の月を眺めていると、体がさらに重くなり、石畳の道の真ん中で跪く。

 それでも、金色の月を眺めている。目線が離れない。自分の瞳まで、金色になってしまいそうだ。

 すると、歌声が聞こえてくる。幼い声だ。大人っぽさが垣間見える声だ。

 その歌声に、脳が震える。何かが入ってきている。風が吹く。今迄の優しい風ではなく、力強く、僕に当たってくる。

 周りの建物が滅び始める。石畳の道が崩れ始める。草木が宙を舞う。残骸が地を抉る。硝子が頬を掠る。

 狂う。狂いそうだ。周りは、もう狂っている。

 自分の全てがかき乱され、ばら撒きそうになる。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 

 消える。金色の月が。

 消えたのではない。隠れた。人影だ。金髪が見える。手が、僕の傷ついた頬を撫でる。

 「…………」

 少女は笑う。

 金髪が、僕の鼻をさする。いい匂いだ。

 あ、金色の月だ。

 あ、消えた。

 そして――

 「おい」

 現れた。建物が、石畳の道が、草木が、人が。

 「あ……」

 「大丈夫か?あんた。死んだような顔してるけど」

 がたいのいい人が、声をかけてくる。

 「あ……大丈夫、です」

 何とか声を発することができたけれど、意識が朦朧としている。体も重いままで、焦点も合わない。辛うじて、彼の顔が分かるくらいだ。

 「紺碧の歌姫」

 「は……?」

 突然言われた『紺碧の歌姫』という言葉に、つい、は?と言ってしまう。

 「あんたが、あった少女だよ。15,6歳の少年少女が見てしまう少女だ」

 何のことかさっぱり分からない。それに、説明を始められても困る。彼は、僕の気持など無視して、始める。

 「体を探しているんだよ。器の大きい奴に入り込む。そして、自分の器にふさわしくなかったら……」

 と、そこで彼は、次の言葉を躊躇う。そして

 破裂する。そう言った。結局言ってしまうのかと思ったけれど、それはいい。

 「けれど、あんたは破裂しなかった。破裂すると言っても、体が破裂するわけじゃない」

 体が、破裂しない?それ以外に何が破裂するんだ?

 「魂。魂が破裂すると、倒れる。一度でも入り込まれたら、静かに死ぬ」

 「僕は、何故死ななかった?」

 「さあな、あんたの意志が強いのか、それとも……」

 あんたの中にいるのか。そう言って、僕の前から去っていった。なんだよ『紺碧の歌姫』って。

 はあ……もう疲れた。もう一度寝よう。僕は、宿を目指して歩くが、どうやって行けばいいのかわからない。感覚で歩いてみたが、辿り着けそうになかった。

 僕は、辿り着けてしまった、ギルドの横の路地の脇で眠ることにした。ルナが心配してしまうかもしれないが、辿り着けないから仕方ない。

 僕は、石畳の上で仰向けになる。屋根の間から見える夜空には、無数の星があった。そして、足音の鳴る石畳で目を閉じる。


 体が揺らされている。

 「おーい。シャル」

 僕は、ルナの声で眼を開ける。眩しい!屋根の間からは日の光が差し、路地を照らしていた。僕は、直ぐに眼をそらし、建物の影を見つめる。

 「お、おはよう」

 怒られる!と思って、恐る恐る挨拶をする。

 「おはよう、シャル。なんてとこで寝てるんだい」

 「ご、ごめん」

 怒られると思ったけれど、小さく笑われてしまった。ルナは、僕に手を差し出す。僕は、それを掴み、立ち上がる。大通りの方を見ると、夜よりも多くの人で溢れていた。

 僕は、ルナに手を引かれ、ギルドに這入っていく。

 「こっちです」

 後ろで黒髪を結んでいるあの受付の人が、僕たちを手招きする。

 そして、ギルドの事務所に誘導された。

 事務所には、強面の男と、怖そうなオーラを放つ栗色の髪を触っている綺麗な女性がいた。

 「それでは、こちらにお掛け下さい」

 

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