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第三話

 「地震か?」

 やっとあの劇場から、もと歩いてきた道に戻ることができたところで、地面が揺れだした。

 「地震では、ないと思うが?ほら、あれ」

 ルナが指差した方を向く。

 「なんだ……あれ」

 広大な草原の中にある、一歩の道を猛牛が如く走る、人を見てしっまた。その勢いは止まらず、揺れは増すばかり。

 このままでは、僕らが危ない!

 僕は、咄嗟に重い壁を押すような姿勢をする。絶対に受け止めてやる!という覚悟で構えていたものの――「グハッ!」

――無理だった。

 そりゃあそうだ。

 ただ、道を走っていた牛を受け止めようと思うか?普通、そんなことは思わない、はずだ。けれど、僕は受け止めようとしてしまった。魔法を行使する事無く。

 弾かれた瞬間、最後の力を振り絞って、ルナは大丈夫か!と、首を動かす。ルナは、あッと、口を開けて僕を見つめていた。それを見て、何故僕はこんなことをしているのだろうと思った。

 この行動は、無意味だった。この行動は、ただ……ただ、あッという表情をさせてしまう、何とも言えない無様な行動だったということだ。

 0.1秒、ルナを見ていた。

 ドサッと、僕の体は地を滑り、気を失った。

 なんだよ……あの猛牛は……



――――――――――――――――



 地震か!

 バサッと、上半身が起き上がる。

 「ああ、夢か」

 「おはよう、シャル」

 鈴の音色のような、響きのいい声が、僕の脳を刺激する。この声の主はルナだ。ルナは、このベット脇の木の椅子に腰かけて、僕を見ていた。腰まであった黒髪は、後ろで纏められていて、風呂上がりのいい匂いが香ってくる。そういえば、おじいちゃんと、温泉行ったっけ……

 「風呂入ったのか?」

 「む、分かるかい?シャルの言う通り、風呂上がりだ」

 「ここは、宿か?」

 部屋を見た感じ、自分の家ではないことが分かる。それに、風呂などないし。

 「そうだよ。ここは宿。ギルドの人が借りてくれたんだ。値段もそこそこするらしいぞ」

 ベットも高そうだし、照明も綺麗だ。それ相応の値段がするのだろうけど、何故、ギルドが関係してくるんだ。

 「なんか、お詫びです、だって。それでこんないい宿を借りてくれた」

 「何のお詫びだよ。なんかあったけ?心当たりないんだけど……」

 「さあね、明日話があるからギルドに来て、だって」

 話か。お詫び……本当に分からない。ギルドは僕に何かをしたのか?……んん、分からない。あ、そういえば、猛牛はどうなったんだ。牛ではない、人だ。さっきまで、牛と言っていたが、人のはずだ。僕は、砂煙の中の人影を見たんだ。

 「シャル、風呂に入ってきたら?大きい温泉だ」

 「あ、ああ。そうだな……じゃあ、行ってくるよ」

 少しおどおどしてしまった。牛の正体が知りたい!それが気になってしまう。けれど、久し振りの温泉なわけで、このことは一旦、忘れよう。

 僕は、部屋を出る。

 「広いなあ」

 部屋を出ると、人二人が横ったわった程の幅がある廊下があった。僕は、その廊下を歩き、辿り着いた下へ向かう階段を下りる。

 階段を下りていると、下から声が聞こえてくる。一階のロビーからだろう。そう思って、一階に着いたけれど、そこはロビーではなく食堂だった。ここから奥の方を見てみると、まだ階段があった。一階ではないのか……

 その下がロビーか?階段が思ったより長かったし、僕が行ったことのある宿よりも大きいのだろう。

 僕は、肉だったり、美味しそうな匂いに囚われないように、食堂を颯爽と通過する。そして、また同じような螺旋階段を下りる。今度はすぐに階段は終わり、ロビーに着くことができた。

 温泉の場所を訊いてくることを忘れたけれど、運良く、温泉と書かれた簾があったから、誰かに訊く必要もなく温泉の場所が分かった。

 『男』『女』と書かれている。僕はどちらに入ろうか迷ってしまった。男の方に行くべきであろう。いや、女の方に行くべきであろうか。

 そんな風に悩んでいると、

 「入らないの?」

と、知らない女の人の声をかけられた。

 「は、入ります」

 「なら、行こー!」

 僕は、肩を押されて、二人の女性と共に、女風呂に入ることになってしまった。

 楽園への誘いか。



――――――――――――――――



 こんなことが許されるはずがない。僕のこの紛らわしい容姿のせいなのか?いや、昔は髪も短くて、自分で言うのも、あれだけど、美少年という部類だった。いつからこうなった?そんなこと考えなくてもわかる。母だ。訳あって隠し子だったということをいいように、女装だったりをさせていたからだ。そのうちに僕は、どちらであればいいのか、見失ってしまった。今の僕は、なんとか男にとどまっている。

 ああ、もう少しで、着いてしまう。廊下には、女性のいい匂いが漂っている。

 落ち着け、ここは女風呂。もう引き返すことはできない。ここは隠密行動ではなく、堂々としていればいい。隠すとこは隠して、そして、僕は、女だ。完璧だ。後は怪しまれないように、入って出る。

 よし、始まった。裸の女性とご対面だ。

 僕は、女性の体を、あの大きさになりたいと、嫉妬する女性のように見る。僕は、堂々と服を脱ぎ始める。あれがポロリしないように、タオルで隠し、湯船につかる準備できた。

 「胸は隠さないの?」

 僕の肩を押して、楽園に誘った巨乳の女性が訊いてくる。

 「隠す必要がないので」

 大きくなるはずもない胸を見て、そう答える。

 「あ、ごめん」

 僕の胸を見て、気を使ったように謝る。これが、貧乳女子の気持ちか。それが、分かった気がした。

 僕は、二人の女性と別れ、湯船に浸かる。

 はあ、気持ちいい。久し振りの温泉というのは、本当にいいものだ。僕の赤色の目には、多種多様な胸やお尻が焼き付けられていた。

 僕は、十分ほど湯船に浸かり、女風呂から退出する。そして、食堂を通り、長い螺旋階段を上り、部屋に辿り着く。

 扉を開けると、部屋の照明は消えており、部屋は大きな窓から入ってくる月明かりのみに、照らされていた。ベットには、髪下したルナが寝ていた。よく見ると、このベットはダブルベッドのようだ。僕は、ルナの隣で眠らなければならない。

 僕は、敢えて顔をルナの方に向けて、ベットに入る。ルナの顔を見つめる。きれいな肌、綺麗な黒髪。僕の右手は、ルナの頬を撫でていた。次に、頭を撫でる。

 「可愛いなあ」

 僕は、そう小さく呟き、目を閉じる。

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