8 魔法授業座学
「二人ともいいの?」
貴重な時間をボクの為に割いてくれるのは申し訳なく思うと同時にありがたくもあった。
「クラス戦は希望制だからね。必修じゃないんだよ」
「そうなんだ」
見回してみると、戦闘を行う場所なのだろうか。教室の中央、やや距離を置きながら6人が二組に別れて対面しながら並んでいる。そして他の人は各々が教室の端に寄って中央に目を向けている。軽い私語も許されているのか、その雰囲気は気楽なものだ。そうこうしている間ににクラス戦が始まったのか、中央にいた6人の間に光弾の応酬や、火柱が立ち上がり、雷の落ちるような音まで聞こえてきた。
「スゴイなぁ、どうやっているんだろ」
「魔法ってのはすごいところは見せたいけど手の内ななるべく知られたくないんだよ」
ボクが思わず漏らした言葉に卯月さんが答えてくれた。だけど何を言いたいのかちょっと解らない。
「つまり……?」
「例えばさっき私が言った『伊丹くんは人の心を読む』だけど『どうやって』読んでいるのかは知られたくないことなの。手品のタネみたいなものだね。原理が解れば理論上は誰でも同じことが出来るからね」
そんな卯月さんの講釈に伊丹が我が意を得たりと、前に出てきた。
「付け加えると『どうやって』が解ればそれの対抗手段も簡単になってしまうワケ。同じ魔法を使われるより遥かにイヤなことなんだよな。対抗手段が蔓延したらその魔法は死に手だから。特に瑠璃の魔法使いみたいなのは自分の手の内を晒す、なんてことを嫌うぜ。だから基本の魔法ってのもあるけどアレンジしたりオリジナルの魔法を考えたりしないとだめだぜ。もちろん改悪になったり基本より劣るものになることもあるけどな」
瑠璃の魔法使いって、伊丹の魔法使いとしての二つ名だと思っていたんだけど、二つ名ではなく系統の名前なのだろうか。
「その辺はおいおい教えるとして、まずは魔法の基本概念からね。黒夜くんはゲームとか詳しいんだっけ?」
「人並くらいには」
「人並どころか相当なゲーマーだろ」
伊丹が言わなくてもいい事を言うのでじっとみつめてやる。伊丹は見つめられたら見つめ返すぜマジで。みたいなノリでボクを見つめるものだからボク達の視線が外れない。
「じゃゲームに例えた方が解りやすいかな。魔法を使うには何が必要かな?」
卯月さんは見つめあってるボク達をスルーし、話を続けた。
ボクもそれ以上伊丹と見つめあうのも気持ち悪くなってきたので視線を卯月さんに戻す。伊丹は心の名で『勝った』とでも思っていることだろう。
魔法を使うのに必要なもの……一瞬触媒かな? とも思ったけどゲームで魔法というなら触媒よりもスタンダートなものがある。
「MP?」
「そうだね。でもゲームと違って私達はMPのゲージが5種類あるの」
「いきなり普通のゲームと違う……!」
「例えただけだから仕方ないよ。厳密には違うけどね。イメージとして捉えてほしいな。なんとなく想像はできた?」
眉をひそめると卯月さんも同じように眉をひそめながら微笑んで先を続けた。
「で、それぞれのMPゲージ毎に使える魔法が異なるの」
それを聞いて少し思いつくものがあった。
「攻撃魔法に使うMPゲージ
補助魔法に使うMPゲージ
回復魔法に使うMPゲージ
こんな感じ?」
「すごいね。観念としてはあっているよ。同じようなゲームあるのかな?」
「へぇそんなのあるのか。なんていうゲームだ?」
「伊丹くん、邪魔するならあっち行ってて」
卯月さんに注意され、伊丹は肩をすくめたが、それ以上口を挟むつもりもないみたいで大人しく口を塞いだ。
「続けるね。基本的にはMPゲージは全部空の状態がデフォルトなの。MPゲージにMPを貯めれば貯める程身体にかかる負荷も大きくなってくるからね。で、それぞれのMPゲージには管理人がいて、その管理人の許可を取らないとMPを貯めることが出来ないの」
「あんまりゲームっぽくないねぇ」
「あははは、ゴメンね。私あんまりゲームしないから、例え、解りにくかったかな?」
「そんなことないよ。卯月さん教え方上手だから理解出来たよ」
「ありがとう。で、その管理人の管轄毎に使う魔法の方向性が違うの。どの管理人と懇意にするかは自由だよ。理論的には全ての管理人に挨拶して回れば全種類の魔法を使う事も出来るけど」
「なら全員と仲良くした方がいいのかな? 特定の一人にばっかり頼ってたらその管理人の負担になるかもしれないし」
「一概にそうとも言えないの。一種類の魔法に特化すればMPゲージも一種類だけ管理すればいいんだし、魔法の使いやすさということに関してなら一つに絞った方が使いやすいし、管理人の都合までは考えなくてもいいよ。普通のゲームだとMPゲージ一種類なんでしょ?」
「MPゲージがカラの状態からスタートなんて、一部の戦略シミュレーションとか対戦ゲーくらいでしか見かけないけどな」
伊丹が口を挟むと卯月さんが睨みつける。
「でも複数の管理人の力を借りてじゃないと発動しない魔法もあるんだよ。しかもそれは同じ消費MPでも一人の管理人で使う事が出来る魔法よりも強力な場合も多い。
式で説明すると
A(100) =100
A(50)+B(50) =120
A(33)+B(33)+C(33) =150
()の数字は消費MP
=の後の数字は効果を数字化したもの
といった感じでね。もちろん威力だけの話じゃなくて、効果も変わってくるけど、魔法そのものの内容についはちょっと難しいからもう少し後で」
黒板を使って説明する様子は正に授業で、今の段階でもボクにはちょっと難解だった。
「それだとやっぱり面倒でも全部の管理人と仲良くした方がいいんじゃない? 同じ消費MPでも威力が高くなるし、攻撃魔法しか使えない魔法使いよりも攻撃も補助も使えた魔法使いの方がいいと思うし」
MMOとかだとパーティ募集は基本特化職で、攻撃も補助も回復も、なんていう器用貧乏タイプはパーティには必要とされないが、あいにくボクはゲームの中でもぼっちなのでソロ志向なのだ。ソロだと攻撃も補助も回復も一人で出来た方がいろんなコンテンツを一人で出来るのだ。パーティ組めよ。と言われればそれまでなんだけど。
「確かにこうやって式だけ見ると多くの管理人と仲良くした方が良く見えるけど、MPを貯める手間ってのがあるからね。5人の管理人から合計100MP集める間に1人の管理人から300MP以上集められることもあるからね。集める手間、集めた後のMPゲージの管理とか考えるのは初心者に難しいのはもちろん、慣れてても上手く出来ない事の方が多いよ。前提としてそれらは戦闘状態で行われる事を頭に置いておいてね。じっくり考えてるヒマなんてないんだよ?」
……思ってたよりだいぶ難しい……
「さて、基本的な魔法のシステムは解ったかな? 次はそれぞれの管理人について説明するよ。
人じゃないんだけど一人目。
『憤怒の火龍』相手を直接攻撃するような魔法ならここからMPを引っ張ってくるのが効率的だね。
二人目。
『深淵の災禍』相手の力を削ぐ弱体系ならここかな。
三人目。
『絶対零度の瑠璃』伊丹くんが主に使ってる魔法はここからだね。相手の魔法の発動を遅らせたり、相手の使い魔を操ったりと、搦め手が主軸だね。キモイよね。伊丹くんはそれに加えてエビとかカニを召喚するよ。陸だと干からびるだけなんだけどね。壁にくらいにしか使ってないからいいのかな。エビやカニにとってはたまったものじゃないだろうけど。
四人目。
『不可視の女神』相手の攻撃を防いだり、相手の強化を打ち消したりするならここかな。
五人目。
『嫉妬する熊』自分や仲間を強化したいならここかな。
それぞれ召喚魔法にも影響していて、伊丹くんならエビとかカニ。最後にあげた『嫉妬する熊』を例に出すなら小さいリスから森の精霊とかいうワケの解らないものが召喚出来たりするよ」
「急にゲームっぽくなってさっきより解りやすくなったよ。でもリスなんて戦闘力がなさそうなものを召喚してどうするの?」
「その辺を自分で考えるのが魔法なんだけど、そうだね。例えばリスに接触で発動する爆発系の魔法をかけておいて相手が『かわいい』と油断して胸に抱いたところをボンッ、とか」
思いもよらない召喚魔法の使い方にボクは青ざめる。
「そんな殺伐としすぎる魔法の使い方を教えるんじゃねぇ!」
「そういう使い方をするかどうかは黒夜くん次第だよね? ただそういう使い方をする人もいる事を頭に置いておかなきゃ注意する事が出来ないと思うよ?」
「……それはそうかもしれないけどよ。それより『絶対零度の瑠璃』の説明だけやたらと主観が入ってない!?」
「気のせい。それぞれがどんな魔法を使うのに適しているか大体解ったかな?」
「うん、大体は」
「どの系統の魔法をどういう風に使うか考えることが大事だよ。ちなみに伊丹くんは速攻で押し切る超火力型に弱いよ。心読まれても関係ないくらいの手数で攻めれば伊丹くんなんて雑魚だね」
「人の弱点バラすなよ!?」
「と、焦ってる風を装って内心は焦ってないんだよ。伊丹くんを手数で圧倒できる程の使い手って少ないから。それなのに焦ってる風味を醸し出すなんて、これだから『瑠璃の魔法使い』はイヤだよね」
「オレを雑魚呼ばわり出来る程の使い手には言われたくねー」
「ちなみに『瑠璃の魔法使い』ってのは『絶対零度の瑠璃』からしか力を借りてない魔法使いの事を指すよ。同じように特定の一人からしか力を借りない魔法使いにも同じように言われるよ。何をしてくるのか大体解って対処も簡単、みたいな意味の蔑称にとられる時もあるからね。TPOをわきまえて解っている人だけに使ってね」
二つ名みたいでいいな、と思ってたら蔑称だったのか。
「でも伊丹は自分から言ってなかったっけ?」
「そう呼ばれたとしても自分の方針を変えないからカッコイイんじゃねーか。オレは蔑称とは思ってないぜ。対処出来るもんならしてみろってんだ。確かにそう呼ばれることを嫌うヤツもいるけどな」
卯月さんに弱点ばらされまくってるから勘違いしそうだけど、伊丹も相当な実力者らしい。で、その伊丹を圧倒する……
「ってことは卯月さんは超火力型……?」
卯月さんはニコニコしているだけで答えてくれない。
「そいつ、どの系統の魔法使ってるのか徹底的に隠してて探れないんだよな。普通は見れば大体想像つくんだけど、雪音は何の魔法がいつ発動してるのか全然解らない。相手の魔法次第で使う魔法決めるオレが、どう対処すればいいのかさっぱりな相手だ。色々ヤマ張って対処しようとしてみるんだが全部不発。色々文句言われてるけどオレ雪音に勝った試しがないんだぜ……」
相性が最悪なのかな。
「やっぱりその、企業秘密みたいなもの……?」
「ゴメンね。こればっかりは黒夜くんにも教えられないんだ。戦闘中に「あなたの使ってる魔法はなんですか? そしてその対処方法を教えてください」なんて聞いて答えてくれるものでもないし、自分で見破る目を養うのも重要だよ」
「そう言うワリにはオレの魔法はバラしまくるんだな」
不服そうに言う伊丹。
「人のはいいの。悔しかったら私の弱点もバラしていいよ?」
「くっ、ワカンネーって言ってるのにこのセリフだよ! そうだな、オレの趣味じゃないが、
役割分担をキチっとした5人くらいの魔法使いで
雪音の攻撃を一身に引き受けつつ、雪音の力を削ぎ、自分達を強化し、火力に集中できるヤツがいれば楽勝だぜ!」
「5人で役割分担してるのに1人何もしてないのがいるけど……」
「エビとかカニとか呼んでるんだよきっと」
火力、二人かとも思ったけど5人で役割分担とか言ってたし、どうなのかと思ってつっこんでみたら卯月さんが素敵な返しをくれた。
「くっ……!」
というか話を聞く限り、卯月さんは圧倒的すぎる程の使い手みたいだ。
「五人もいないと勝負にならないくらい卯月さんって強いの?」
「そんなことないよ。周りからどんなにスゴイと思われていてもタネを知ると、なんだそんなことなのか、っていう場合が多いよ。対処のしようがない、なんて究極の魔法みたいなものは存在しないと思っていいよ。そういうものをどうすれば実現出来るのか考えるのも楽しいけどね。
今日はこれくらいかな。どんな魔法を使いたい考えておいてね。ゲームとかやってるならすぐに思いつくかな?」
どれだけ幅広いんだろう……と思うと同時に今までにないくらいボクはワクワクしてきた。現実世界で魔法を使っての対戦だなんて、心躍らせられないわけがない……!




