7 教室へ移動
選択教科の変更は思ってたよりずっと簡単だった。もっと色々手続きがあるかと思っていたんだけど、その旨を伝えるだけで、早速今日からということになった。
ボク達は連れ立って教室を後にし、特別棟にある教室に向かうことになった。
「なんか思ったより簡単に事が進んでびっくりだよ」
「まぁこの教科に気付ける人が少ないからなぁ。後から気付けたとしても大歓迎なんだよ。家が魔法使いじゃなかったらまず意識できないだろうし、魔法というものをもっとこの世に浸透させて自分達の存在を認めさせたい、というのは大抵の魔法使いの共通目的だからな。
だけど普通の人は魔法なんて信じてないし、ある、と言っても信じてくれないし。信じてない人には魔法に関するものを認識することが出来ないし。廃れていく一方なんだよな」
「ってことは二人とも魔法使いの家系なの?」
並んで歩いている伊丹と卯月さんに質問してみる。
「オレは母親だけだな。父親は魔法なんて信じてない。雪音のとこは両親共に高名な魔法使いだ」
なんだろう、伊丹は卯月さんのことをよく知らないと勝手に思っていたけど、実際はボクよりずっと近い位置にいる。もやもやする。
「ふーん。そういえばボク、伊丹と卯月さんが話しているとことか見た事ないんだけど、ホントは親しいみたいだし、それも意識出来なかっただけ?」
自分でも幼稚な感情だと解っているけど、それでも口に出さずにはいられなかった。
「伊丹くんとはクラスでは特に話したことないから、その認識であってるよ。特別親しいわけじゃない。ただ選択授業が同じだけのただ一クラスメイト」
「そんなつれない事言うなよ。クラスメイトだからこそ仲良くしようぜぇ雪音ぇ」
「なんで名前で呼ばれているのか理解に苦しむくらいだよ」
うんざりしたような表情で吐き捨てるかのように言葉を紡ぐ卯月さん。
やはりそれなりに仲は良いみたいだけど、卯月さんの伊丹を突き放すような態度で少し安心した。
「卯月さんは名前で呼ばれるのはキライ?」
もう少し伊丹を責めて欲しかったのでボクは卯月さんに質問してみる。
「黒夜くんに呼ばれるならキライじゃないよ」
そ、それって……どういう……そんなこと言われたら勘違いしてしまいそうになる……多分、そういうことじゃない。ボクの質問の目的はなんだった? 伊丹を責めさせる言葉を引き出すことだろう? じゃぁこれは伊丹へのけん制……だよね。
「差別だ! エコヒイキだ!」
思ったとおり伊丹が反応する。
「伊丹くんはちょっとチャラいからね。好感がもてない。母親が魔法使いじゃなかったらまず魔法なんて信じそうにないタイプだし。黒夜くんは私の言う事信じてくれたからね。差別するのは当たり前」
「オマエ思っていることそのまま言うか!?」
「黒夜くん、気を付けた方がいいよ。伊丹くんは人の心を読もうとする厭らしい魔法使いなんだよ。ちゃんとした対抗策もあるけど油断するとすぐ心に不法侵入してくる」
そうだったのか……なんかやけに鋭い時があると思ったら……
……待て……人の心を読む、だって……? じゃ、今までボクが何を考えていたのかずっと筒抜けだったって事……? ボクの幼稚な感情も……?
「ひ、人の魔法バラすなよ! 個人戦でのアドバンテージが失われるじゃねーか!」
「皆知ってる事でしょ? まぁ性格のねじくれた伊丹くんは初心者を煙に巻いて楽しむ散弾だったんだろうけど」
ボクは無言で伊丹を見つめてみる。伊丹はバツの悪そうな顔をして目を逸らした。
「……あー、そんなにしょっちゅうってわけじゃねーよ。それに結構皆同じようなこと考えてるもんだぜ?」
ボクが何を気にしているのか、そしてそれをフォローするように答えてきた。ホントに心を読んでいるようだ。今までが筒抜けだったのなら今更気にすることでもないだろうし、伊丹も気にされるのは嫌だろう。
「……オマエも心読んでるんじゃないか、ってオレは思う時があるよ」
「え? ボクは人の心なんて読めないよ。それよりもさっき耳にしたクラス戦とか個人戦って?」
あまり引きずって楽しい話題でもないのでボクは話題を変える。
「あーそっか、昇は全く何も知らないんだったな」
伊丹もボクの思惑にのってくれるようで、調子を戻してくれた。
「まぁ言葉の響きからなんとなく予想はつくけど」
「魔法使いの優劣は何で決まると思う?」
説明してくれるかと思いきや、急に質問が来たので戸惑ってしまう。
「え? 急に言われても……」
「じゃ質問を変えよう。昇は魔法が使えるようになったらどうしたい?」
「ボクが魔法を……?」
魔法がある、ってのはなんとなく解ったけど、それを自分が使って何かする事なんて具体的には考えていなかった。
「おいおい、今からその魔法の授業だろうが。オマエはもうこっちの世界に足を突っ込んでいるんだぜ?」
「……そ、そう……だったね……ボクが魔法……実際見たことないから想像出来ないよ」
「見た事もないのになんで魔法を信じているんだ!? ありえねぇ……! マジで雪音は何をしたんだ!?」
見悶える伊丹。そんなにありえないことなのだろうか。
「ナイショ。伊丹くんに任せると話が脱線してばかりだから私が答えるね。
魔法使いと魔法使いが戦う事。個人戦はそのまま一対一で戦う事で、クラス戦ってのは複数で戦う団体戦の事だね。
基本的に授業は実戦形式だから」
「あー! もっと昇の興味を引くように話せよ!」
伊丹が卯月さんの説明をケチをつけるけど、ボクは充分に興味を引かれている。いつまでも卯月さんの声を聴いていたい。
「聞かれた事を簡潔に答えた方がいいでしょ。これだから瑠璃の魔法使いはうっとうしい」
伊丹の二つ名だろうか。瑠璃、という漠然とした言葉ではどんな魔法使いなのかよく解らないけど、うっとうしいというのは理解できた。
「ちょ、オマ、頭の回転が何より必要なオレの魔法をバカにするなよ!」
伊丹が抗議の声をあげるも卯月さんはそれには全く取り合わず。
「魔法使いは習得した魔法を披露したがるの。こんなにすごい魔法を使えるんだぞ、ってね。でも魔法を見せ合うんだけど、ただ見せ合うだけじゃ優劣が解らない。優劣をつけるにはどうすればいいのか、っていえば魔法使い同士で戦えば解るよね? 自分の魔法がこんなにも優れているということをアピールする場になる。
だから魔法使いはお互いに戦うの。
何故なら自分の習得した魔法は魔法使いにしか見えないから。普通の人には魔法を意識することも出来ない。例え目の前で使ってみたとしてもね」
「戦うって……危なくないの……?」
「過去にそれが原因で魔法使いは激減したんだけどね。今はまぁなんだかんだあって学校で戦う分には危険はないよ。ルールもあるし」
つまり魔法使いってのはゲームやマンガに出てくるような天災級の無差別広範囲型攻撃魔法を雨霰のように撒き散らせるようになればなるほど偉大ってことなのかな……なんだか穏やかじゃない話に少し怖くなってくる。
「まぁ実際魔法だけじゃ食べていけないから魔法使いが自分達をネタにゲームとかマンガ作ってるんだろ」
伊丹が夢のないことを言ってくる。
「私は魔法というものを受け入れやすく出来るような土壌を作っているんじゃないかと思うけど。そういう物のおかげもあるんじゃないのかな。魔法を見た事がない黒夜くんが魔法を信じられたのは」
だけど、アニメやマンガを見て自分も魔法が使えるんだ! なんて本気で思ったら子供はともかく、ある程度の年齢がいってしまえば普通は頭がおかしいと思われてしまう。そしてボクはそれに該当してしまうのか……!?
「なるほど、確かに言われてみればそうかもな。さすが優等生は考えてることが違うねぇ」
「……」
伊丹の軽口には付き合わない卯月さん。両親共に魔法使いらしいし、実際優等生なのだろう。だけど一瞬表情に影が差したように見えたのはボクの気のせいだろうか……?
特別棟にある特別教室。体育館と教室をくっつけたような造りで、広い。こんなところがあったのか、と初めて来た場所に感心したけど、魔法を信じてないうちは意識出来ないらしい。どんな仕組みが働いているのかよくわからなかったので卯月さんに聞いてみたけど『後で説明してあげるね』とその場では答えてくれなかった。
「黒夜君は魔法を全く知らないんですよね?」
石神井先生がボクに聞いてくる。魔法使いにとって意識出来るだけ、というのは小学生低学年並みの事だとか。
「私が教えますから、石神井先生はいつも通りでいいですよ」
卯月さんの表情が急に冷たいものになる。まぁ目上の人にボク達に接するような友達然とした態度を取る方のもどうかと思うので当然の態度なんだろうけど、クールな卯月さんもいいです。
「今日はクラス戦でしょ? だったらオレ達はいつも見てるだけだし、任せてくださいよ」
卯月さんに比べると伊丹は丁寧語っぽい言葉を使っているけど、だいぶ気安い。人によって先生への態度ってだいぶ違うよなぁ、なんてことを思ってしまう。どっちがいいのかと言われてもそれぞれの人によって好みが違うだろうけど。
二人の申し出に石神井先生は少しだけ考えてから
「最初は見学するだけでもと思っていましたが、二人が教えてくれるならそれに勝る事はないと思います。よろしくお願いしますね」
二人の事を認めているからこその言葉を発した。そんな二人に教えてもらえるなんて、ありがたいことだ。




