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6 選択授業を一般教科から魔法へ


 上から注ぐ光が白いノートを反射してボクの目を刺激する。朝方出掛けに見た天気予報では天気が崩れると言っていった。今はこんなにも天気がいいのに。ノートの上に手をかざし、日の光の感触を確かめる。


 ストーブが焚かれているといってもその効果は薄く、陽光の方が余程ボクを暖めてくれる。


 校庭では体育の授業をやっているようで、外からは喧騒が聞こえてくる。ボクは特にすることもなかったので窓の外を眺めた。


 短距離だろうか。タイムを計っている様子はなく、一定の調子で叩かれる手の合図と同時に次々と人が走っていく。走り終えたらまたスタート地点に歩いて戻る。


 友達と談笑しながら、あるいは独りで。


 ぼんやり眺めている視線を教室の黒板に戻す。


 教師が淡々とチョークを動かしていく。大した事が書かれているわけでもなく、教科書に書かれている事がそのまま黒板に書かれているだけ。これを授業と言うならボクにでも出来そうだ。


 時間が時間だからか目の虚ろな生徒がそれぞれシャーペンをカリカリと動かしている。意識の無い者も数名。退屈な授業……いつものことだ。


 その退屈を紛らわしてくれるのが卯月さん。授業中に話しかけたりは出来ないけれど、その姿を見ているだけで時間が経つのも忘れてしまう。


 そして昨日の事を思い出すと……


 ホントにどうしてもっと早くに話しかけなかったのだろうと後悔する想いと、話すことが出来て嬉しいという喜びもある。


 ……ってあれ、卯月さんが開いているのって教科書じゃなくて別の本……?


 卯月さんを凝視していると、教師が近くを通るにも関わらず読んでいる本のページをめくったりしているみたいだけど……


 そんな風に卯月さんをじっくり眺めているといつの間にか授業は終わってしまっていた。そういえば昨日卯月さんが選択教科が伊丹と一緒だと言っていた。しかもその内容が『魔法』だという。どういうことなんだろう。伊丹に聞いてみよう。


「ねぇ伊丹」


「あー?」


 伊丹はすぐ後ろの席なので休み時間になったらそのまま後ろを向くだけで会話ができる。伊丹は携帯を取り出し、線とかいうアプリで誰かとやりとりしているようだった。気だるそうに携帯をいじりながらの返事。しょっちゅう携帯をいじっているのでおなじみの光景だけどそんなに頻繁に誰と連絡をとっているんだろう。


「伊丹の選択している教科って面白い?」


「ああ、スッゲ面白いよ」


 依然携帯をいじりながら伊丹は答えた。


「そうなんだ。ボクもそっち選択したかったなぁ。魔法だっけ?」


「そうそう、魔法。…………は?」


 伊丹は携帯を手にしたまま、ボクの方に向き直りアホ面を向けてきた。


「どこでその事を!?」


 卯月さんにからかわれているのかなぁ、とも思っていたんだけど、この伊丹の反応……一体なんなのだろう。


「卯月さんから聞いたんだけど……」


「あいつ……! 一般人に魔法を信じさせやがったのか!? どんな魔法を見たんだ!? 何をされたんだ!? 言え!」


「落ち着いてよ伊丹。取り乱しすぎだよ。さっきも言ったけど卯月さんから聞いただけだよ」


「聞いたって何を!?」


「面白そうな話してるね。私も混ぜてよ」


 いつの間にか卯月さんがボクのすぐ脇に立っていた。


「雪音!」


 卯月さんの名前を呼び捨てにするなんて、ボクが知らなかっただけで、二人ともそれなりの仲みたいだ。


 ……なんだろう、ちょっと心がもやもやする。


「昨日偶然図書館で会ったからね。その時こうちょちょいと魔法を見せたら信じてくれたよ」


「そんなわけねぇッ!」


 卯月さんの言葉を全力で否定する伊丹。物静かで大人しそうなイメージだったんだけど、実際話してみると考えを改めさせられる。もちろんそれは悪い意味じゃない。


 伊丹も入学当初に見かけた時はイマドキのチャラそうな男にしか見えなかったけど、話してみると悪いヤツではなかった。むしろイイヤツと言ってもいい。一人だったボクに声をかけてきてくれたのだから。見ただけという第一印象だけでマイナスイメージを持った自分を恥ずかしく思ったものだ。


「伊丹はなんでそんなに興奮しているの? ホントに卯月さんから魔法を見せられただけだよ。見てないけど」


「どっちなん!? 見たの!? 見てねぇの!?」


 実際に見たわけじゃないけど、なんか魔法を使ったっぽいことが仄かに感じられたというか、説明するの難しいな。


「うーん、なんと言えばいいのかな……」


「とにかく、オマエは魔法を信じてしまっている。これは確実だ。じゃなかったら選択教科に魔法があることは意識できない。

 オレは一応誘ったんだぜ? 選択教科魔法にしようぜって。覚えてないだろ?」


 記憶を探ってみるがそんな場面は出てこなかった。


「覚えてない」


「その時オマエは適当に相槌を打つだけで、意識することが出来なかったんだ。その後も色々試したんだが、オレじゃオマエに魔法を信じさせることが出来なかった。

 にも関わらず、だ。雪音とちょっと喋っただけで信じるってなんなんだ! ってことをオレは言ってるの!」


 そう、彼は楽しい事を友人と共有し、それに喜びを感じるタイプなのだ。こっちがあまり興味なくても『絶対面白いから!』と押し切ってくる。当然個人なのだから合う、合わないの問題が出てくるけど、例え合わなくても彼は『じゃ、次はもっと面白いものを紹介するぜ!』と、めげないのだ。


 ボクも友人と共通の楽しみがあればいいとは思うけど彼みたいに積極的にそうしようとは思わない。合わない、と言われたくないから。そう言われた時の辛さを隠せる程強くないから。


 だから彼のそういうところは尊敬している。彼が勧めてくることはとりあえずやるようにしている。やる前から拒否は絶対にしない。


「ゴメン……全然気づかなかった……伊丹がそんな風に思っていたなんて……許してほしい」


 だから真剣に申し訳ない気持ちになった。


「……い、いや、そんな大した事じゃないんだ。

 『面白いゲーム貸そうか?』

 『別にいい』

 やりとりとしてはこんなノリに近いから、オマエは気にすんな!」


 そのままの例えなんだろうけど、それがどれだけ寂しい気持ちにさせるかボクは知っているから、気は晴れなかった。だけど気にしているボクを見て伊丹が喜ぶわけもないからボクは努めて気にしない振りをする。


「これからは一緒に出来るから良かったね。今まで興味なかったけどクラス戦に参加してもいいかもね」


「クラス戦?」


 卯月さんが絶妙なフォローを入れてもらったのでそれにのる。ありがたかった。休み時間いつも読書してるから話す事が苦手なのかと思っていた。でもこんな事ならもっと早く話かけていれば良かった。


「まぁ細かい話はおいおいするとして、選択教科を変更するんだろ?」


「選択教科って変更出来るの?」


「確か出来たと思うぜ。担任の石神井(シャクジイ)先生だから届けてこいよ。ウチのクラスはオレと雪音だけだったから先生も喜ぶと思うぜ」


「わかった。じゃ、ちょっと行ってくる」


「おう」


 ボクは石神井先生がいると思われる場所へ向かう。教務室ではなく、何かの準備室だったような気がするんだけど、何の準備室だったかな。場所はわかるんだけど、名前が出てこない。

 そんなことを考えている内に目的の場所に着く。

 準備室を示すプレートの名前は『魔法準備室』……? こんなにインパクトのある響きの準備室、一度見たら忘れるわけもないと思うんだけど、何故ボクは今初めて気付いたのだろう。


 扉をノックし、準備室のドアを潜る。


「失礼します」


 クラスの担任であり、選択魔法の教師でもあるらしい石神井先生は机に向かい、何かの書類を作成していた。パソコンの画面を最小化し、見えないようにしてからボクに向き直った。


「何かしら?」


 石神井(シャクジイ) 夏炉奈(カロナ)先生。担任の先生というだけで、特に親しくはない。苗字が読みにくい上に、名前も変わっている。若い女性の先生というだけで男子生徒から受けがいいようだ。加えてキレイで優しい、となれば人気が低いはずもない。


「石神井先生、選択教科の変更をしたいのですが、どういう手順を踏んだらいいのか解らないので教えていただけませんか?」


 だけどそんなボクの言葉に石神井先生は眉の八の字に寄せてやや困ったような表情を浮かべた。


「選択教科の変更? 基本的には認めていませんよ?」


 ……あの二人、ボクをからかったのか……? 冷静に考えれば県立高校で『魔法の授業を受けたいんです』なんて言ったら病院を紹介されてもおかしくない事だった……


 でも伊丹がふざけているだけならともかく、キッカケは卯月さんだ。卯月さんが人を陥れるような真似をするとは考えられない。それでも先生がこう言っているのだから大人しく引き下がろう。


「すみません、伊丹が変えることが出来るというので鵜呑みにしてしまいました。失礼しました」


「伊丹君に? ひょっとして魔法の授業の事かしら?」


 ……ボクは魔法なんて一言も言っていないにも関わらず先生がそれを口にしたとなると、真実味が増してくる。石神井先生の事はよく知らないけど、伊丹とグルになって生徒にドッキリを仕掛けている、なんてこともないと思うけど……


「……あるんですか? ホントに魔法の授業なんてものが」


「黒夜君、信じているからここに来たのですよね? 半信半疑ってことはつい最近意識出来るようになったみたいですね」


「えぇ、そうなんですかね……」


 と、曖昧な返事をしてしまうのもボク自身、魔法というものを意識出来るようになった、なんて自覚はないからだ。


 言葉に出せば誰にでも魔法を意識することなんで出来そうなものだけど……でも伊丹も選択授業に魔法を選ぼう、と誘ってくれてたようだけど、ボクにはそんな記憶はない。正直何が起きているのかよく解らない。


「そういう事なら話は別です。選択魔法への変更は例外的に認められています。選択教科の変更を認めましょう。私達はあなたを歓迎しますよ」


「……ありがとうございます」


 なんだか本当に普通のやりとりで拍子抜けする。


「早速今日の選択授業から魔法の方へ来てくださいね。場所については伊丹君と一緒なら大丈夫でしょう」

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