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50 幻覚の治し方


 教室から出ると果ての無い廊下がボクの視界に飛び込んできた。放送の内容を聞くに空間を歪めて学校自体を迷路にしたと思ってしまうが、それは正しくない。魔力を集める為に大量の魔力を注ぎ込み、大規模な魔法にして学校全体を迷路化、だなんて本末転倒だ。おそらく幻覚を見せる魔法だろう。ただの幻覚ならこの無限に広がる廊下をまっすぐ歩いていれば壁にぶつかるだろうし、壁に見えているところを通り抜けられもするだろう。


 だが、いくら真っ直ぐ歩いても壁にぶつからないし、側壁に手を当てていても通り抜けできる壁はなかった。学校にこんな真っ直ぐ続く廊下があるわけがない。となると方向感覚や触覚も狂わされているのだろう。真っ直ぐ歩いているつもりでも真っ直ぐではなかったり、触っていないものを触ったと錯覚させられているのか。思ったより厄介そうだ。


 脱出する事は考えていないが、これでは目的の場所に辿り着くのも困難だ。かといってこの幻覚を無効にする魔法なんてものもボクは使えない。だけど魔法を使わずに幻覚をなんとかする方法は知っている。あまり気は進まないけど……


 ボクは気合を入れるように自分の頬を張る。幻覚を打ち破るには自分に痛みを与え、夢うつつの状態である脳を覚醒させてやればいい。


 ……だが、自分ではかなり強く頬を張ったつもりでも、周りの風景に変化はない。自分で自分を痛めつけるのはどうしても加減をしてしまうから、効果が薄いのだろうか。それから何度か自分の頬を張ってみるが、なにも変化はなかった。


「なにしてるの? なにかハーブでもやってるの?」


 自分の頬を張る事に集中していたので気付かなかったけど、いつの間にか一人の女生徒がボクに声をかけてきていた。この女生徒は見た事がある。魔法の授業で対戦した事があるツインテールの女生徒だった。


「いや、不甲斐ない自分にちょっと喝を入れたくてね……」


「そうなんだ?」


 わかっているのかいないのか、ボクの言葉に相槌を打つ彼女。


「でも自分で自分に喝を入れてもあまり効果が感じられないところだったんだ」


「そうだったんだ! 話はわかった! だからわたしに喝を入れて欲しい、そういう事だね!?」


「え? いやそんな事は……」


「みなまで言うな! 歯を食いしばれッ!」


 女生徒の理解できないシナプスの働きに戸惑っていると、ボクは何時の間にか地面を舐めていた。


「うぐ……!」


 殴られた……のか!? なんだか解らないけど、マズい……! ひょっとしてさっきの放送を本気にしてボクを殺しに来ている……!? このままではヤバイ、すぐに追撃がくるはず……!


「痛いか!? だが殴ったわたしの拳も痛いんだ! これが喝を入れるって事なんだ!」


 追撃に備え、身構えて彼女を見ると、なにやら訳の解らない事を叫んでいた。追撃は来ない事から、殺し合いをする気はなさそうだった。自分に喝を入れたいというボクの言葉を、謎の理解力で判断してボクに喝を入れただけのようだ。


 自分では決して与える事が出来ないくらいの痛みを与えてもらったおかげか、幻覚は解け、周りは普通の校舎の装いを取り戻していた。


「……あ、ありがとう。おかげで助かったよ……」


「なに、困った時はお互いさまだよ! おっと、わたしはこれから部活に行かなくてはいけないからこれで!」


 そして颯爽と去っていく女生徒。幻覚が解けたとはいえ、素直に感謝出来ないほど痛かった。まさか女生徒が拳で殴ってくるなんて……いや、そういえば魔法使う女生徒からは拳で殴られた記憶しかないな……魔法使いは拳が標準装備なのだろうか。それにこの状況で部活……? 学校が迷路化している事に気付いていないのか、幻覚にかかっていないのか。だとしたら何故。常日頃から夢うつつの状態だと無効化されるのかもしれない。


 それはともかく、校舎が普通に歩けるようになったんだ。元凶を探しに行こう。さっきの放送をするのに放送室を使ったのだろうから、今でもそこにいるだろうか。


 ボクは放送室へと向かう事にした。


 特にこれといった障害もなく放送室へとたどり着いたが、放送室は無人だった。


 放送室にはいないか……だがここにいたのは間違いないようだ。その証拠に放送室の壁の一部に魔方陣が描かれている。学校全体を魔方陣として機能させるのに必要な魔方陣だ。既に魔方陣が起動している以上、これを壊してもあまり意味はないが壊しておくべきか。とも思ったが、それよりも今のこの状況をなんとか利用できないものか。魔力を集めるためにこの学校全体を魔方陣にしているのは、今までの魔法生物部通いから解っている。ただ壊すのではなく、ボクの望む方向にするように魔方陣を書き換えられないだろうか。


 そう思い、ボクは魔方陣に手を入れる。こういう事はあまりやった事はなく、付け焼刃的ないじりかたになるのは否めない。


 これで本当にボクの望むように正しく機能するのかあまり自信はないが、なにもしないよりはマシだろう。


「黒夜!」


作業を終えた魔方陣を眺めていると不意に後ろから声をかけられ、振り向くとそこには渋山さん達がいた。


「……」


「黒夜も残ってたのね」


 どういう目的でボクに話しかけてきたのか解らないので黙っていると、世間話でもするような口調で言葉が続く。ボクの行く手を塞ぐ、とか戦闘態勢をとられていない事から、ボクを害するつもりはなく、この学校から脱出する糸口を探している、といったところだろうか。


「……」


「……」


「それだけ? なら行ってもいいかな」


 その後特に会話が続くわけでもなかったので彼女らに別れを告げ、放送室を後にした。



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