48 伊丹と唯
「あーあー……」
思わず出る大あくびにあわせ、体を伸ばす。こんなに毎日毎日学校だとこう天気のいい日はサボりたくなるね。
でも一緒にサボる相手がいないぜ。昇はあんな調子だし、渋山はなんだかんだで生活態度真面目なんだよな。無遅刻無欠勤で授業サボらないのになんで赤点とれるのか謎だぜ。
星姉妹? 誘ってOK貰える気がしねー。
お? あそこ歩いているのは重刃じゃないか。口尾はいないみたいだし、声かけてみるか。
「おいィ? 何いきなり話しかけてきてるわけ?」
「話しかけてきたのは伊丹君なのに何言ってるの? 相変わらずおかしいね!」
やべぇ、なにこの子。星姉妹のツッコミに比べるとすげぇ癒される……!
「口尾は一緒じゃないのか?」
「椎ちゃん? 一緒じゃないけどどうして?」
「いや、この間なんか不機嫌にさせてしまっただろ? なんか迷惑かけちまったかな、と思ってさ」
「あー、あれは別に伊丹君達のせいじゃないよ」
「そうなのか?」
「うん」
口尾はいないみたいだし、重刃は喋りやすいし、エビとかカニの事でも聞いてみるか。ひょっとしたら真相を暴けるかもしれない……!
「あの、水槽にいたエビやカニのことなんだけどよ……」
「やっぱり気になる? 伊丹君、エビとかカニ好きだもんね」
お、意外と好感触だ!
「ああ、すげー気になる! 是非ともあれについて話を聞きたいね! ついでに言いにくいことでも
遠慮なく言ってくれ!相談に乗るぜ!」
「やっぱり伊丹君は鋭いね! あれが何だか大体わかっちゃった?」
やはりオレが思った通り、天然記念物とかそれ系のものだったか。どうだ見てみろ星姉妹。
なんだかオレのことをバカにしていたようだがオレの勘の方が冴え渡っているじゃねーか。
「ああ、まぁな。天然……」
「あの魔法生物、わたしが造ったものじゃなくて麻衣ちゃ……処瀬さんが造ったんだ」
魔法生物!? やべぇ、全然思いがけない言葉が飛んできやがった!
「も、ももももちろん知ってたぜ?」
「やっぱり? ひょっとして伊丹くんは処瀬さんとも仲いい? 処瀬さん、わたし達に魔法生物を
プレゼントしてくれたんだけど、そのセンスがなんだか伊丹君っぽかったからひょっとして相談とかされてたりしちゃってた!?」
「いや、それはねーけど……しかし、エビやカニをプレゼントに選ぶとは中々センスのいいヤツっぽいな」
「えー!? はっきり言ってもらった瞬間『どうしようこれ』って思ったよ! でもせっかくもらったものをムゲに出来ないからああやって水槽作ったけど!」
そうか……エビやカニ達のせいで迷惑しているといったところなのか。不憫なエビやカニをオレが引き取ればいいんだな。
「わかったぜ。そういうことならオレが……」
「でも飼ってみると段々と愛着がわいてきて! 意外とかわいいよね!」
え!? やべぇこのコ、オレの想像の斜め上を行くんだけど!?
「伊丹君がわたし達と麻衣ちゃんの関係を修復してくれるっていうの!? 心を読むってホントなんだ! スゴイね!」
「あ、あぁ、任せておけよ」
オレが心を読めるというのは自称でほとんどの人がスルーするのに、そこにのっかってくれるなんて、いい子だ……
「でも、完璧に読めるわけじゃないから詳しい説明をしてくれると助かるぜ。元々『麻衣ちゃん』と言う程の仲だったのに、今は気を使って『処瀬さん』と呼ぶようになってしまった話をよ」
乗りかかった船、というかいつの間にか乗ってしまっていた船だが、目の前にいるコが困っている。そしてオレに頼ってる。ならどうにかしてやろうじゃないかと思うのが男のサガというやつだ。
「そ、そんなところまで読まれているのに説明なんて必要ないのでは!?」
いやいや、その程度なら心読めなくても誰でも予測できるよ……
「喋った方がスッキリするだろ? オマエも」
「そこまで考えて……! わかった! 話すよ!
今は昔、日本がまだバビロニアという国であった頃……」
「いやいきなりウソだろ!?」
「すごい! ホントに心読まれてる! カマかけまで通用しないとは! これはもう疑いようがないね!」
心読む読まない以前に日本がバビロニアであったことなんかない。薄々わかっていたが、この子、バk
「麻衣ちゃんと仲良くなったのは入学してすぐだったんだ。クラスも一緒だったし、なにより魔法使いだったから」
同じクラスの魔法使いが仲良くなるのはワリと普通のことだ。右も左もわからない入学したての頃、選択教科で魔法教室に行くとなれば一緒に行動するのは自然といえる。クラスに2、3人しかいないからなおさらだ。何故か話しかけると嫌な顔をする魔法使いもいるが、そういう方が珍しい。親しみをこめて名前で呼ぶと高確率でにらみ付けてくるのはきっと照れ隠し。
「で、仲良くなったから模型部に誘ったんだけど、もうその時には麻衣ちゃん魔法生物部をやっていてね、同じ部活にはなれなかったんだ」
「魔法生物部? そんなのうちの学校にあったのか」
「麻衣ちゃんしかいないんだよ」
「一人しかいないのによく廃部にならないな」
「伊丹君知らないの? 魔法に関する部は部員一人でも部として認められるよ!」
部活やってねぇからな……知らなかったぜ。
「それでね、麻衣ちゃんの魔法生物を見せてもらったり、わたしの造った模型を見せたりしてたんだ。魔法生物と模型の違いはあってもモノづくりとしての共通点もあったし。麻衣ちゃんのリクエストで模型を作ってあげたりね」
「へぇ。リクエストで模型か。何作ったんだ?」
「リクエストされたのは卯月ちゃんの等身大フィギュアだったけど、どうやらその理由が強いものへのあこがれだったから、それならって事で、今はもっと強そうなオリジナルの模型を作っているんだけど……」
そこまで喋って、今の交友状況を思い出したのか、暗い表情になる唯。雪音の等身大フィギュアはオレも気になるし、欲しいです、と言いたいところだけど、この空気ではそれを言えない。
「い、良い関係を築けていたんじゃないか!」
なんか黙ってると泣きだしそうだったから無理にでも元気付けてみると、効果があったようで、話を続けた。
「……それで友達の証としてエビとかカニの魔法生物ももらったんだけど、『どうしようこれ』っていう表情が顔に出てたのかな、次の日、羊をもらったんだ」
「羊……? この前模型部行った時には羊なんて見てないけど、家で飼ってんのか?」
「部室に羊の模型あったでしょ?」
「そういえば渋山が興味を示していたな。でも模型? 魔法生物をもらったんだろ?」
「うん……それなんだよ」
またテンションが下がる重刃。
「せっかく麻衣ちゃんにもらって大切にしてた羊なのに、部室で飼ってたからストレスたまっちゃってたのかな、部室から逃げ出しちゃって……それで……探して……でも見つけた時には……うぅ……」
テンション下がってきたと思ったら泣き始めた!?
「お、おいおい元気出せって!」
泣くなという方が無理だろうが、こんなところ誰かに見つかったら……
「!?」
げぇっ星姉妹!? どうしてこうタイミング悪いところに現れるんだ!? えっ、ちょ……何も言わずに去るのもやめてくれよ!?
あーぜってぇ誤解したよ! あれ!
「ひっく……ご、ごめんね……! 思い出したら泣けてきた……!」
「いや、気にするな……」
星姉妹がなにかと渋山に吹き込む事を予想するとオレも泣きたくなるぜ……
「……麻衣ちゃんはわたしが言わずともRRが死んだ事、わかってて……それから話かけても口を利いてくれないし、殻に閉じこもるようになっちゃったんだ」
RR? 羊の名前か。
「そうか……それは気の毒に……」
そんな事があってはそうなるのもわかる気がするが、一つ疑問が残る。
「なぁ、なんでその羊死んだんだ? 交通事故か?」
「え?」
え? ってなんだ。死因なんてそれくらいしか考えられないオレの想像力が貧困なのか。
「違うけど……」
表情が曇る。そのときの事を思い出して泣くくらいだ、辛いのだろう……
「学校の外で見つけたんじゃないのか?」
「ううん、学校の中だよ。廊下だった」
廊下で交通事故、なんてあり得ないな。そりゃ『え?』ってなるだろうけど、逆に廊下で死ぬ原因ってなんだ? 廊下だけに老化か?
「魔法生物の寿命ってそんなに短いのか? って、エビとかカニは普通に生きてるんだよな」
「うん、寿命じゃない……誰かに殺されたみたいなんだ……」
「なんだって!?」
「見つけたとき、傷だらけだった。なにか鋭いもので切りつけられて、それが原因だと思う……」
この学校にそんなことするヤツがいると思うと胸クソ悪く……いや、羊を殺すってそう簡単に出来る事じゃないぞ……生徒が携帯してるかもしれない武器なんて精々カッターか彫刻刀だ。そんな短い刃で羊に致命傷を与えるには延々と長い時間をかけて斬りつけなければならない。もっと長い刃物、ロングソードとか刀でもあれば別だろうけど。ロングソードとか刀のような武器を装備している生徒なんていない。そして最近オレも危ない目にあったから思い付いたんだが……あのインプの仕業じゃないか? あのインプはもう肉塊に変わってしまったからこれ以上の被害は出ないだろうけど……それを説明すればわかってくれるだろうか?
「しかし、なんでそれで処瀬は口を利いてくれないんだ? オマエは別に悪くないだろ?」
「部室から逃がしちゃった管理責任を問われているのかも……?」
いやいや……それで口を利かないとかねぇよ……
「多分何か誤解してるんじゃねぇか? オマエと処瀬は友達なんだろ?」
「もちろんそうだよ!」
「じゃ、その友達は部室の管理責任なんて問うのか?」
「問わないの!?」
「普通は問わない。だからなにかオマエが思いもつかないことで口を利いてくれないんだと思うぜ。つまり向こうの誤解。まぁ実際話をしてみないことにはわからないが、大方そういうのは誤解だと相場が決まっているものだ」
「そうだったのか! でも話しかけても口を利いてくれないんだ! どうすればいい!?」
「フッ、オレに任せておけ」
「伊丹君の気持ちはありがたい! けどホントにいいの?」
「なにがだ?」
「あれ以来麻衣ちゃん部室にこもりがちだし、前にも増して人を寄せ付けないような感じになっちゃったから……」
フッ、その程度。今の昇に話しかけることに比べたらなんでもないぜ。
「でも出来ることなら伊丹君も麻衣ちゃんと仲良くしてあげてほしい! 皆で仲良くできたらきっと楽しいよ!」
「ああ、その通りだな」
こいつらの問題を解決してやれば昇とも前のようにつるめる。そんなような気がして、オレは重刃の頼みをやる気をもって受けるのだった。




