46 ここは模型部です 第二部
重刃が急に身を引いた弾みで何かを落とした。落としたものは小刀で、刃を向き出しにした状態だった。危ないにも程があるが、近くにいた渋山がそれを拾う。
「この小刀も模型なの?」
「これはお客様! オメガ高い!」
「なんだよオメガ高いって。あのままのテンションでいられなくて良かったとは思うが、発音おかしくねぇか」
「これはね、持つ人の魔力に反応して刃を形作るものなんだ。模型じゃなくて魔法道具なんだけどね。普段は刃ついてないから持ってても安全! ペーパーナイフにもなるし、研ぐ必要もないから便利だよ!」
「なんだ、なんでこんなにオレの心をくすぐるようなアイテムを持っているんだ」
「魔力に反応して刃を作る? 持ってても別に変わったところはないけど……」
「持っただけじゃ反応しないお。魔力を込めてみるといい!」
すると渋山が持った小刀から炎が迸り、刃となった。その長さは小刀に収まらず、1メートル程伸びている。
「おお、正に炎剣だね! この部屋にスプリンクラーが設置されてたらビショビショになるところだったね!」
炎剣というものに心ひかれた伊丹がそれを見つめていると、
「伊丹さん、そんなモノ欲しそうな顔をして、わたし達の濡れ透けが見たかったんですか? いやらしい……」
「魔力に反応する小刀の方だよ!」
「伊丹君も試してみるかい?」
「お、いいのか」
小刀を渋山から受け取った伊丹が、魔力を込める。
「……」
「早くしなさいよ」
「いや、やってるけど……」
伊丹は魔力を込めている、が、見た目は特に変わったところはない。
「アンタひょっとして魔力0になったの?」
「いや、そういうわけではないが……そうだ、重刃、何か切ってもいいものあるか?」
「中身が空になった生クリームの容器があるよ!」
「ゴミ箱からわざわざ持ってこなくても……」
伊丹は遠慮がちに言うが、他に試し切り出来るようなものも思い付かず、ゴミを受け入れる。そして置かれた生クリームの容器から2メートル程距離をとった。
見た目には変わってないが、魔力を込めている伊丹にはわかる。刃は既に出ている。伊丹が小刀を横に振るうと2メートル先にある生クリームの容器が横に寸断された。
「をを!?」
「ふーん」
「見えない刃ですか」
「どうだ! カッコイイだろう!」
「見えないことがわからない人には有効そうですね。威力はともかく」
「くっ……携帯用の小刀なんて主に護身用なんだろうからそれで充分有用じゃねぇか……!」
「まぁ、そうなんでしょうね」
「じゃ、オマエはどんなスゴイ刃を出せるっていうんだよ!」
伊丹が小刀を星姉妹のどちらかに渡す。伊丹には判断がついていないが、妹の陽の方だ。
「わたし達は攻撃を得意としないのであまり期待されても困ります」
そして小刀を受け取った陽が魔力を込める。
『う、うふふふ……フフフフ……』
同時に不気味な笑い声が部室に響き渡る。その場にいる誰の声でもないので伊丹は顔を強張らせ、辺りを見回した。だが、辺りに不審者はいない。
「……な、なんだ?」
「小刀が笑い出しました」
「小刀が!? なんで!? どうなってるの!?」
「さぁ」
「星さん! 何か斬ってみよう!」
さっきの半分にされた生クリームの容器のすぐ前に立つと、小刀をそれに突き出した。
『アーヒャッヒャッハハアァ!!!!』
笑う小刀が星姉妹の手とは違う動きで生クリームの容器をバラバラに引き裂いた。
「こ、怖いよ……」
「なにが攻撃は得意じゃない、だ!? 小刀が勝手に動いて目標を引き裂いてるじゃねーか!?」
「ですから、わたしは攻撃してませんよ。小刀が勝手にやったことですし」
「なにその理屈。ネジが飛んでるとしか思えねぇ」
「お返しします」
陽が魔力を切って小刀を重刃に渡す。
「魔力込めたままだと渡す動作でもあの小刀が自動で相手を切り刻むんだろうな……」
「ちなみに持ち主のアンタが魔力を込めるとどうなるの?」
「わたしが魔力を込めると!」
ジャキン! と重い金属音を響かせて小刀の形が変わった。
「MP5Kになるよ!」
「なんでだよ!?」
「なんでと言われても、そうなるのだからしょうがないよ!」
スパパパパ、と軽い音を立てながら弾を発射し、バラバラになった生クリーム容器にペシペシ当たっていく。本物には程遠い威力、というかオモチャだ。
「威嚇にはなりますし、目を狙わない限り相手にケガを負わせることもなく、正に護身用という目的に一番適しているのではないでしょうか」
「言われてみれば、その通りかもな。頼めばそれも作ってもらえるのか?」
「うーん……伊丹君達みたいに魔力が高い人が持つと危険で取り扱い注意になっちゃうからオススメできないにゃぁ」
「こんなところでオレの魔力の高さが仇に!」
「伊丹さんは言う程魔力高くないと思います」
「そりゃオマエラに比べれば低いかもしれんが全体で見れば高い方だぜ?」
「全国区にすれば偏差値51、2といったところでしょう?」
「それでも平均より上回ってるじゃないか! 渋山とどれだけ違うっていうんだよ! 渋山はいくつなんだよ!」
「ア、アタシは53万くらいよ」
「530,000!? 偏差値でそんな数字出るわけねぇだろ!?」
「シヴさんの頭をなめてもらっては困ります」
「それフォローなの!? フォローになってないよ!?」
「まぁそういうわけだからこの小刀は魔力偏差値50未満の人用ってことでご理解とご協力をお願いするよ!」
「そういうことなら仕方ねぇな。でも、結構作って欲しいって人いるんじゃね?」
「いやー、皆模型部の存在なんて知らないしね。それにこれは商売とかでやってるわけじゃないし、言うなれば親愛の証? だからやたらめったらに生産してるわけじゃないんだよ」
「そうか。貰えるヤツは幸せだ、っつーことだな」
「……う、うん……そうだね……」
「(なんだ? 急に歯切れ悪くなったが……? 過去に誰かにやったとかいう話は触れちゃいけない事だったか……? じゃ、話を変えておくか)
生き物も飼ってるみたいだけど、模型部で飼ってるのか?」
水槽、というか床下に穴が開いておりそこにエビだのカニだの、伊丹にとって親しみ深い生き物たちがそこにいた。
「あー……うん……まぁね」
(これも歯切れの悪い答えになったな……)
「気になってたんだけど、この羊の模型は? 他の無機物の模型に比べるとこれだけなんか異色に感じるのよね」
「え? いやぁ……にゃはは……そういうこともあるよ」
(なんだ、さっきから様子がおかしいぞ。これは何か隠しているというか怪しい。絶対に何か)
「ほら、もう部外者は帰ってよ。部活動が出来ないから」
今まで話に加わらず、不機嫌そうだった口尾が伊丹達を追い出しにかかった。
「(人間サイズの等身大ロボの模型、おそらくオリジナルのものとかにも触れたかったんだが、これ以上長居するのも良くなさそうだな)いや悪かったな邪魔して」
「ううん、こっちこそごめんね! たまにはこうして人数多いのも楽しかったから、またいつでも……」
「唯!」
いつでも来て、と予想される言葉を強く遮るように、口尾が重刃を制する。
「お邪魔いたしました」
重苦しい雰囲気で場が凍りつきそうになる前に星姉妹が頭を下げ退室していき、伊丹と渋山もその後に続き、模型部の部室を後にした。




