45 ここは模型部です
「ところで重刃さんもここで一体何をしているのですか?」
「星姉妹は知っているんだな。まぁそっちの方が当然だよな。一年近く魔法授業一緒にやっていて
顔と名前覚えてない方が問題だ」
「そんな事言うのならアンタは当然この二人のフルネームを言えるのよね?」
「このツインテールが重刃 唯。ツインテールじゃない方が口尾 椎。漢字で書くと名前が似ててややこしいが、苗字で呼ぶ分には何も問題ない。どうだ?」
「それで合ってるけど、名前の漢字まで知ってるとかキモくない?」
口尾が伊丹から少し後ずさって距離を取る。
「で、二人は一体何してたんだ? 尋常ではない声が廊下まで聞こえてきたんだが」
若干引かれた事をなかったかのようにするかの如く話を急速に変える伊丹。
「ええと、それは椎ちゃんが無理やり……」
「無理やりって、唯が『学校でスイーツを作るなんてなんてステキなことでしょう!』
って一人で盛り上がってただけだと思うんだけど」
二人も伊丹がキモい事を引っ張るつもりはなく、受け答えをする。当然いかがわしいことなど何一つなく、そこにあるものはボウルと生クリームだった。
「学校で! スイーツ作って食べたいの!」
そんなボウルに入った生クリームをホイッパーでわしゃわしゃかき混ぜながら元気よく宣言する重刃。
「それがなぜ生クリーム一気飲みなんだ……?」
「わかりにくいから本人達による再現ドラマをしてあげるね!『料理!』」
「え? なんだ、いきなり始まってるのか?」
「しっ、伊丹さん静かにしてください」
「学校でスイーツを作るなんて、なんてステキなことでしょう!」
「再現ということは二回目のはずなのにテンション高ぇな……」
「常温以外の熱エネルギーなんて部室では使えないけど」
そんなテンション高めな重刃に対し、落ち着いた様子ながらも再現を始める口尾。
「こんなこともあろうかと! ちゃんと常温で出来るスイーツを用意してあります!」
重刃は手に持っていたボウルの中に更に生クリームを継ぎ足した。
「ほら見てどう!? ちょー本格的でしょ!?」
「見た目はね」
「そしてかき混ぜます!」
そしてボウルの中の生クリームを全力で泡立てはじめる重刃。
「ホイップクリーム、完・成!」
「……」
「……完・成!」
「完成なのはわかったから。それで終わりなの?」
「これ以上どうしろと!?」
「じゃ、それ飲むんだよね。心行くまで飲めるように、ボウルの端っこ持って手伝ってあげるねー」
ホイップクリームという名の生クリームを一気飲みしはじめる重刃。
「うおおおおおおおおおおおおおギブギブ!」
「遠慮しないで」
「……も……むり……ッ! これ以上は……飲めないよぅ……」
「ここでさっきのやり取りなのか……いや、納得はしたけどよ……」
「なにかのコントの練習ですか?」
「コント? フツーに日常だけど」
星姉妹のどっちかの言葉に少しムッとしたような態度を表す口尾。
「いやそれよりも、再現だからって、一回目の一気飲みすら嫌がってたのにまた一気飲みなんてしたら腹壊さないか?」
ぐぎゅるるるる
案の定、腹のぜん動運動音が伊丹達にまで伝わる程の大きさで鳴り響いた。
「何かの着信音が鳴ってるわよ?」
「いや……! これは着信履歴残らないから……! 残してなるものか……!」
「わけわからないこと言ってないで便所行けよ……」
「背に腹は変えられないということか!」
「差し迫った危機を回避するため、やむなく何かを犠牲にする、という言葉だが……何を犠牲にしてるんだ。乙女心か」
「トイレと言えば、最近女子トイレで不審者が出没するらしいです」
「このタイミングでそんな話しちゃうの!? 星姉妹のどっちだかわからないが、マジおにちく」
「え……? え?」
ぐぎゅるるる
「着信音鳴ってるわよ。早くしないと留守番サービスに接続されちゃうわよ」
「なんの比喩だよ」
「不審者なんて出ないからさっさと行ってきな」
困り果て動けない重刃を動かすため、口尾が助け船を出す。
「う……うむぅ……!」
重刃は大急ぎでどこかへ駆けていった。
そんな重刃を見送る伊丹はなにやら口尾の様子が刺々しく感じるようで、その注視する程はないにしろさりげなく口尾の顔色を見ていると。
「で、何の用?」
重刃がいた時とは比べ物にならないくらいの刺々しい口調で言葉を吐き出した。
「特にこれといった用事はありません。お邪魔しました」
「ここ何部なの? なんか面白そうなものがいっぱいあるけど」
その刺々しい様子を察して星姉妹がお暇しようとするも、空気を読んだのか読まなかったのか。フォローなのか素で気になったからなのか。渋山が口尾に質問する。
「模型部だけど」
だけどそんな渋山にも態度は全く変えない口尾。
「シヴさん、こちらの方は先ほどの方との蜜月をジャマされて気を悪くしてしまったようですのでおいとましましょう」
「え? なんなのこの険悪さ!? 怖いよ!? オレ全く関係ないのに修羅場にいる気分!」
「なに、アンタ達仲悪いの?」
「別に良いも悪いもないですよ。わたし達は誰に対しても同じように接しています。仲が悪く見えるのなら相手が敵意を持ってるからではないでしょうか」
「そう言われてみればそんなような気もする……いやいや、オレに対する態度と渋山に対する態度は明らかに違うと思うんだが!」
「おや。愚かな伊丹さんでもそこは気付いたようですね」
「どれだけオレを侮っているの!?」
「ひゅうー! 危なかった! 正に危機一髪だったね!」
そこへ重刃が模型部へと復帰してくる。
「模型部って色々なもの作ってるのね」
「どう!? すごいでしょ!? これなんて自信作なんだ、レオパルト2PSO!RPG-7対策の増加装甲に対地雷用の装甲プレートも忠実に再現! 車体前面にドーザーブレードを装着! そして増加装甲は電磁装甲を採用! ロマン溢れる機体に仕上げました!」
渋山の一言に触発され、聞いてもいないことを得意げに話しはじめる重刃。その自慢の逸品は伊丹の興味も引くくらい出来が良かった。
「おースゲーな。これ市販されてる模型じゃないよな?」
「当然! ちゃんと主砲も発射できるんだよ!」
「模型部って結構すごいもの作るんだな」
「で、この戦車は何が強いの? 主砲も小さいし、あんまり目を引くところないんだけど」
「!?」
その渋山の一言に衝撃を受ける重刃。
「何を言い出すんだ渋山……模型に強いも弱いもないだろ……」
「模型じゃなく、戦車のことだけど?」
「どういうことだ。意味がわからんぞ」
そう口にする伊丹だったが、重刃を見るとわなわなと身を震わせていた。さっきの渋山の一言は重刃にクリティカルヒットしたのが伊丹にも解った。
「確かに……確かにその戦車は新しく、多目的に使えるけど、何かに特化しているわけじゃない……! 言うなればリアル系……」
「攻撃力に特化した方がカッコイイわよね」
「多目的の方が色々使えて便利だと思うんだが……さすが、模擬戦でも攻撃のことしか考えてないヤツはこんなところもそういう趣向なのか」
前半はともかく、後半の方は渋山には聞こえないようにポソリと呟く伊丹。
「わかった! 今度渋山さんのために鉄板をぶち抜くような戦車の模型を考えておくよ!」
「鉄板ぶちぬく戦車の模型って法律的に大丈夫なのか……?」
「だって『戦車』だよ!?『戦車』!!」
「答えの意味がわからんが、ここまで言い切られるといっそ清々しいな……」
「いや、戦車よりもっと攻撃寄りで! 攻撃のこと以外考えてないような! そんなのがいいよね!」
目を輝かせて楽しそうに語っている重刃。渋山のために模型を作ることが嬉しいのだろうか。模型部には色々な模型が飾られている。主に兵器が多い。だが一つ一つの出来は良く、特別模型好きではない伊丹も、こんなのを部屋に飾れたらいいな、と思うくらい出来が良かった。
「オレにも何か作ってくれねぇかな」
「お!? 伊丹君はどんな戦車が欲しいんだい!?」
「戦車限定!?」
「人の目には見えなくなるステルス機能と長時間の撮影が可能なカメラを積んだものを。出来ればどんな隙間にも入れる小さいもので足回りは多脚、どんな悪路、壁でもガサガサ動き、動力源は他の生物を捕食することでエネルギーを得られるものなんかを欲しがっていました。
ね?伊丹さん」
「ひっ、キモイよぉ……」
今までハイテンションだった重刃が急に引くくらい、伊丹の所望した戦車は気持ちの悪いものだった。
「オレそんなの欲しいとか言ってないからな!?」




