43 魔法生物部部室にて
放課後は魔法生物部に寄る事にした。
「やぁ、調子はどう?」
「黒夜君……」
図書室の本は借りて、家で読む。そこで得た知識を彼女と議論するつもりだ。そしてそれは自分の知識を広げ、着実に雪音に近づけるはずだ。
だが、一つ気になった事がある。
「人型の魔法生物を作る事は禁止されているのに、どうやってこれを世にしらしめるつもりなんだ?」
「……魔法生物だということを隠して……『本人』が記憶を失って帰ってきたことにする……」
なるほど、そして頃合を見計らって自分の制御下である魔法生物だということを世に発表するわけか。人間だと思っていたモノが実は魔法生物だった、なんてことになれば物議を醸し出すこと請け合いだ。
ボクが知らなかったら、近い将来に偽者の雪音と対面できたわけだ。
気に入らないな。
魔法生物を世に知らしめたいなんて下らない理由で偽物の雪音を作り出すなんて、虫唾が走る。しかも雪音のことをよく知らないような全くの無関係の人間が。
だが、今はそれを表に出すわけにはいかない。にじみ出る敵意を抑えるのに一苦労するが、ボクは彼女に協力するフリをしなければならない。
ボクの目的のために。
「しかしそれにしてもよく出来ているね。こうして見ると人間と変わらない気がするよ」
「材料になるものは実際の人間とほとんど同じ材質を使っている……」
人間と同じ、なんて聞くとたいして強そうに感じない。たしか彼女は強い魔法生物を作ることを目的としていたはずだが……?
ボクにとってはそこは重要ではない、が彼女に協力しているフリをリアルにするには意見の一つでも言っておかなくては。
「そうなんだ。強さを求めるのに強度の高い材質を使ったりしないの?」
「なるべく作る元となったものと同じにした方が不都合が起きない……」
「不都合?」
「簡単に言うなら拒否反応……長期的に見るなら磨耗、腐食、素体にかかる負荷等……自然の物というのは理に適っている……」
「そういうものを度外視した短期的でも強さを求めたりは?」
「しない……代償に見合った強さは得られない……」
なるほど、そういうものなのか。骨をチタンとかにしたら強い感じがするがどうやら素人考えのようだ。
「でもキミは強さを求めているのだろう? 人間と同じもので大丈夫なの?」
「……それは……戦闘方法等を学習させれば……素体そのものの強さではなく……戦術レベルで……」
しどろもどろになる彼女。ある程度の強さを手に入れる方法はわかっているようだが、その一歩先がまだ模索中、といったところか。
「まぁ確かに雪音は人間だったしね。あの戦闘方法をトレースすることが出来れば人間と同じ強度でも問題はないね」
「……」
頷く彼女。
「で、雪音と同じ動きをさせるなんてことは実現可能なものなの?」
「あそこまでの強さとなると……正直わからない……」
「ふむ……中身はまっさらな魂を使う、とか言ってたけど……」
あれから簡単に魂について調べたけど、概念的には魔法を知らないボクが知ってたことと大して変わらなかった。生命や精神の源とされている存在や概念、ということだ。無意識の海というのはまだよくわからないが、肉体から離れた魂が集まるところ、らしい。
「複数の魂を同時には使えないのかな?」
「……?」
「模擬戦でもさ、魔力が高ければ勝つってわけでもないのはキミも知っているだろ? なら勝敗を分けるのはなんだ? ボクは『経験』だと思うんだ」
「経験……」
「まったく知らない状況に対処するのと既に知っている状況に対処するのとでは動きは全然違うと思う。模擬戦を繰り返し行う、というのはそういう目的なんだろうし、模擬戦に限ったことじゃない。普段でも避難訓練や文化祭、体育祭等の面倒な予行演習を嫌という程繰り返すってことは、そういうことなんだと思う」
「……前にも言ったはず……灰汁の強い魂なんて使いにくい……」
「そこを分けることは出来ないの? 『経験』と『自我』を別にすることができればよりたくさんの魂を集め、『経験』だけを取り入れることが出来れば、相当な強さを得られると思うんだけど」
「……」
彼女は押し黙る。何を考えているのかはわからない。実行可能かどうかはともかく、自分で言うのもなんだが、この案は穴だらけだ。そんな戦闘に特化した魂が都合よくたくさん余っているとは考えにくい。
戦がそこら中で起こっているならいざ知らず、現代の日本は直接的な戦闘の恐怖に晒されてはいない。よって戦闘経験豊富な魂など、日本で集めることなんて出来ないだろう。
「でも、『経験』と『自我』を分けるなんて……」
「魔法には精神に作用するのもあるだろう? 人を操り人形にする魔法だってある」
魔法を意識できない人に精神作用系の魔法は使用を禁じられているが、魔法生物の魂に使ってはいけないという法律はない。そもそも人型の魔法生物を造る事自体禁じられているからそんな法律をつくる必要がないのだろうが。
「たくさん集めた魂全てを操り人形化して一つの体に入れればいいんじゃないか? 一つ一つの処理はキミの言うまっさらな魂をアドミニストレータとしてそれに任せればいい。こうすれば経験はそのままに。灰汁の強い魂を使うことも回避できるだろう? まぁ、そのまっさらな魂の負担、ひいてはキミがその魂に施す処理の負担が大きくなるのかもしれないけどね」
「でも……そんなに戦闘に特化した魂なんて……どうやって集めれば……」
やはりそこが気になるか。だけどそれについての答えは用意してある。
そしてそれはボクの目的の一つだ。
「魔法使いの魂だけを集めればいい」
「魔法使いの魂だけ……?」
「そう、魔法使いは普段から模擬戦なんかをして戦闘には長けているだろう? いや、そもそもキミの目的が魔法生物を使って模擬戦に勝つことだろう? なら魔法使いの魂ならそれにうってつけだ」
「でも、魔法使いだけの魂を集めるなんて、どうすれば……」
なんでも人任せか。少しは自分で考えろよ、と思わなくもないが、こういうのの方が扱いやすい。下手に頭がキレるとボクの思い通りに事を運ぶのはとても困難であるという事はボク自身、身に染みてわかっている。
「生贄を捧げればいい」
「!?」
「魔法を使えようが使えなかろうが魂は魂、一般人の魂を無意識の海に送ってその代わりに魔法使いの魂だけを集める。無意識の海にある魂の量は変わらないから集めるのもそう苦労しないと思うけど」
この話は概念的な話であって実際魂をもってくる工程をボクは知らない。
「例えば、そうだな、学校全体を生贄の魔方陣にでも仕立ててそこに制限時間を設定する。制限時間を過ぎる、もしくは魔方陣の中にいる人間がクリア条件を満たしたら魔方陣は壊れる。そして制限時間内でしか生贄としてカウントされない、くらいのリスクを負っていれば魔方陣としての機能は上出来だろう。
制限時間を過ぎたら魔方陣の機能は失われるなんてことは言わず、むしろ制限時間を過ぎたら死ぬ、そしてクリア条件はこの魔方陣の元凶を殺せば解除される、とでも言っておく。
それを本気にした生徒達が魔方陣の中で殺し合いでも始めてくれれば大量の生贄を得ることができる。こちらの手は汚さずにね。
学校全体に幻覚作用を働かせて迷路にいると錯覚させるのもいいな。脱出できないとなれば恐怖は増すだろうし、幻覚ついでに恐ろしい魔物が徘徊している、という幻覚を見せてもいいかもしれないな。
まぁあくまで一例だし、即興で考えたものだからもっと練る必要があるだろうけどね」
さすがにこんなのでいきなり殺し合いを始めるほどの動機にはならないだろう。長い時間出られないのならそういうことも起きるかもしれないが、制限時間を決めるとするなら短すぎる。こんなので殺し合いを始める人間がいるならそもそもヤバいヤツで、こんな事にならなくてもいつか人を襲うような人間なんだろう。
だがこれは法律的には完璧にアウト。殺し合いをするよう扇動すれば罪になる。だが人を模した魔法生物を作る、というすでにブラックな彼女なのだ。罪を一つ重ねるのも二つ重ねるのも一緒だろう。
「その大量の生贄を捧げたことにより得られるリターンはかなりのものになるはずだ」
途中で止められなければ、の話だが。まぁこのくらいのリスクがなければ大したことは出来ない、ということだ。
「ついでに生贄の魔方陣に『この魔方陣の中にいる間、体力、魔力等を少量ずつ奪う』なんて効果でもつけておけば例え殺し合いが起きなかったとしてもある程度の魔力は集めることが出来るはずだ」
こっちは最悪の場合の保険程度にしかならない。やるからには必ず魔法使いの魂を集めなければならない。その中に雪音がいれば目的は達成したも同然だし、いなければ別の方法で雪音を探すだけだ。
ボクの言葉を静かに聞いていた彼女だが、やがて今まで見たこともないような無垢な笑顔を見せた。
「すごい……すごいよ……! その方法なら問題ない……! わたしの魔法生物が……誰にもバカにされないもの……ううん、誰もがすごいと思うものになる……!」
どうやら諸手をあげてボクの意見に賛同しているようだ。
初めて見る、彼女の笑顔。
それは子供のように純真で、年相応にかわいらしく、
そして、愚かだ。
雪音の魂をコレに入れるまでは精々利用させてもらうよ。
魂、という概念には悪魔という言葉が深く関わる。
悪魔に魂を売る、なんて言葉もあるように。
人間の生命、精神の元となる魂。
それをモノのように取り扱う悪魔。
雪音を取り戻すためなら悪魔にだってなってやろうじゃないか……!




