42 今夜は焼肉
そして伊丹達は泣きながら廊下を掃除していた。
「誰がこの惨状を引き起こしたか、なんて魔法の痕跡が残るんだから口裏合わせても無駄だと思ったんだよな……」
「大体伊丹さんがなんの注意もせずに迂闊に話しかけてるから悪いんですよ」
「あとシヴさんがボケっと突っ立ってるのも悪いんですよ」
星姉妹がぶつくさ文句を言っている。
「だからこうしてオレも掃除手伝ってやってるんじゃねーか。先生に掃除を言い渡されたのはオマエ達だけだっていうのにも関わらず、だ!」
「そんなの当たり前なんですよ」
星姉妹がインプバラバラ事件を引き起こしたのはすぐに露見したので、正直に襲われたから返り討ちにしたと、伊丹達が伝えると伊丹達とはあまり面識のない別の学年の魔法担当教諭は大慌てで職員室へと飛んで行った。伊丹達は模擬戦で感覚が麻痺しているため、さほど重大な事とは思っていないが、この場所は模擬戦のように安全な結界が張られているわけではなく、一歩間違えば大惨事になっていたのは人間の方かもしれなかったのだから当然とも言える。
「あの先生も大変そうだな。ウチの学校の魔法使える先生ってあの先生と石神井先生だけだったのに、石神井先生が行方不明なんだものな」
「魔法授業も人手が足りないのか自習が多いし、これからどうなるんだろうね」
「卯月さんも行方不明ですしね」
「二人してひょっこり帰ってきてくれればいいんだが……」
「その可能性は低いでしょう。だからこそ黒夜さんが必死で何かをしているのではないですか?」
「何かして何とかなるならオレ達にも手伝わせてくれればいいのにな」
「そうね……」
それきり誰も口を開かず、黙々と掃除を続ける。細切れになって床に散らばっていた肉片をビニール袋に詰め、血をふき取る。木に染み込んでしまった血が残っていたりするが、そこまで完璧に奇麗するつもりはないようだ。彼等は掃除のプロではないのだから。
「で、どうする? この新鮮なインプの肉」
伊丹がビニール袋に詰まったインプ肉を掲げて冗談を言う。
「今日は焼肉パーティですね」
「モツなんかは鍋の方が良さそうですけどね」
星姉妹が冗談とも本気ともつかないような口調で言い合う。
「え!? 食うの!?」
「えぇ。主に伊丹さんが」
「主にってなんだよ!?」
「嬉しくないんですか? 二人の女の子が家にご飯を作りに来てくれるんですよ?」
「オレが一人暮らしなら嬉しいのかもしれないけど、ウチにはしっかり親がいるから嬉しいより面倒な事になりそうな気の方が大きいな。これまで家に来た事もないようなヤツラがいきなり家に来て台所を占有した挙句、正体不明の謎肉料理を出してくるとか、オレは親になんて説明したらいいと思う?」
「そんな事をわたし達に言われても。肉を料理しに行くだけなんですからその通りに伝えればよろしいのでは?」
「コイツラは通りすがりの者だが、肉を料理しにきたんだ、ってか。どういう状況だよ。まぁそれはおいておくにしてもオマエラも肉、ちょっとは食べるってこと?」
「伊丹さんが8、シヴさんが2くらいの割合でしょうか」
「なんでアタシを数にいれてるの!? アンタ達、自分が食べないものを人に食べさせようとするんじゃない!」
「シヴさんが口移しで食べさせてくれるならどんなものでも食べます。どれだけでも」
「またそういうこと言ってからかって……!」
途中で何かに気付いたように渋山が動きを止める。その視線の先には黒夜がいて、渋山達の方に向かって歩いてきているところだった。黒夜も伊丹や渋山達に当然気付いているのだが、何も言わずにその横を通り過ぎようとする。
「昇……」
伊丹が彼の名を呼ぶと、一応は止まってみせるものの、身体は進行方向を向いたまま。用があるなら止まるけど長居はしない。そんな態度が出ていた。
「……なに……」
「図書室はタメになるか……?」
「……」
「どんな本読んでんだ? オレ達も結構本には詳しいぜ?」
「……別に、大したことない本だよ」
それだけ告げると、黒夜は重苦しい空気をまといながら行ってしまった。伊丹もその雰囲気にかかける言葉が見つからず、そのまま見送ってしまう。ウザイ程つきまとうと言ったもの、彼の気持ちを全く無視してまで踏み込むつもりはないようだった。
「伊丹さんくらいですよ。あの状態の黒夜さんに話しかけられるのは。わたし達では無視されてしまうのが関の山でしょう」
「そんなことねーよ。オマエラももっと話しかけてやってくれよ」
「そう、ね……」
「そういえば、わたし達は黒夜さんを探していたのに、あれだけのやりとりをするだけで良かったんでしょうか」
「インプの後始末のせいでかなり時間と気力を消費してしまって、メインがインプみたいになってしまいましたね」
「昇に会えて一応話が出来たということで良しとしようじゃないか」
「しかし図書室にいなかったのにこんな時間まで学校に残っていたということの方が気になりますね」
「たまたま席を外してただけだろ? 昇が歩いて向かってたのは図書室の方だぜ?」
「席を外していた、というのは同意しますが、黒夜さんが来た方向を考えると腑に落ちません」
「昇が来た方向というと、特別棟か? 室内で出来る部活動が集まっている棟だけど、部活動に入ってない昇が利用する棟じゃないな。いや特別棟の便所を使っていたということも考えられるぞ。あっちって人少ないから落ち着いて出来るしな」
「伊丹さんと意見を交換することはインプの肉を片付けるのと同じくらい時間の無駄ですね」
「インプの肉を手に入れるという報酬付きだぜ! とても有意義な時間を過ごせたじゃないか!」
「……そうでしたね。今日は早いとこ帰って焼肉パーティですしね」
「その話続くの?」
「区切ったはずですが、シヴさんが続きをご所望なら続かせますよ」
「たしかシヴさんを生クリームやチョコレートでデコレートしたデザートの話でしたよね」
「なにそれ!? そんな話してないでしょ!?」
「ふむ、それも悪くはないな……」
「何言っているんですか伊丹さん?」
「伊丹さんはこれから自分の家に直帰ですよ」
「え? オレん家で焼肉パーティするんじゃないの」
「伊丹さんの家今日焼肉パーティなんですか」
「丁度ここに新鮮な肉がありますよ。どうぞ」
星姉妹が各自持っていたビニール袋を伊丹に押し付ける。
「ではわたし達は帰ります。さ、シヴさん、行きましょう。めくるめく世界へ」
伊丹は一人ビニール袋を持ちながら渋山が星姉妹に連行されるのをただ見るだけだった。呆気にとられすぎて動く機会を失ってしまっていた。あまりにも自然に置いていかれ、一人にされた伊丹に寂しさが襲い掛かるが、彼はそれを脇にどけ、黒夜の事を考える。
(どうも昇の事が気になるな。オレだけでももう一度図書室に行って昇に会っておいた方がいいかもしれない。なにか張りつめているようだったし、あいつ一人にしておくと良からぬ事を考えるクセみたいなものがあるからな……)
伊丹が図書室を再び訪れるが黒夜はいなかった。
(……うーむ……図書室に向かってたんじゃなかったのか、それとも行き違ったのか。魔法で『追跡』してみるか……?)
伊丹が黒夜を追跡するための魔法を行使しようとするが、なかなか足取りがつかめない。
(……だめだ追跡できねぇ……そういや前も追跡しようとして出来なかったことがあったな。渋山が悪役を演じて逆に泣かされた時の事だったか。誰にも教えてもらってない魔法を意識できるようになってすぐ、追跡を出来なくするような魔法を使っていたんだ。今はもっと深い位置で理解しているんだろう。
死、悲哀、狂気、恐怖の象徴。
深淵の災禍の力を)




