41 マルカジリ
伊丹達が向かった先、図書室に黒夜はいなかった。
「……いないわね」
「とんでもないウソツキ野郎ですね」
「え!? オレ!?」
明が伊丹の事を見ながら言うので思わず声を上げてしまった伊丹が、周りから非難の目を集めてしまう。
「いつもは図書室が閉まる時間までいるんだけどな……長いトイレかも」
非難の目を集めてしまった事を気にして平時よりだいぶ声を抑えて話す伊丹。
「数ある可能性の中からどうしてその言葉を選択したのか理解に苦しみます」
「突然の腹痛に襲われたのかもしれないだろ?」
「質問の意図を理解していないようなのでもういいです」
お前には何も期待していないからもうそれ以上喋るなとばかりに会話を打ち切る明。
「窓の外にUFO飛んでいるのをたまたま見かけて追いかけていった、とか、誰にも見えない蝶々を追いかけて行った、とか、そういう可能性もあったのに、どうして『トイレ』なんて言葉を使ったのか、ってことでしょ」
「さすがシヴさん。つまりそういう事です」
「いやいやどういう事だよ。UFOなんて普通見かけるものじゃないし、それに誰にも見えないチョウチョってなんだよ!? 誰にも見えないのにどうして追いかける事が出来るんだ!?」
伊丹の声のトーンが徐々に上がっていったところでまたも図書室中の非難の目を一身に集める伊丹。
「す、すんません……」
「いないなら仕方ないわね。図書室自体に用事があるわけでもないんだし、このままだと伊丹が迷惑かけるし帰りましょ」
「そうですね。伊丹さんが迷惑だから帰りましょう」
「その言い方なんかおかしいよ!?」
「で、自他共に認めるストーカーの伊丹さんはこれからどうするんですか?」
ツッコミを思わずいれそうになった伊丹だが、さすがにこれ以上非難の目に晒されるのもよろしくないのでスルーを決め込む。
「どうするか、か。どうしようかなぁ。図書室にいると思ったんだけどなぁ。家に帰ったんだろうか。それとももっと大きな市の図書館の方に行ったのかなぁ」
とりあえず図書室を出た4人は渋山と星姉妹を先頭に、その後ろを伊丹が適当に歩いてついていく。渋山と星姉妹の会話に加わることもなく、考え事をしていた伊丹の視界の隅が動く影を捕らえた。
人間ではない。一匹のインプだった。コストも低い、よく使い魔なんかに使われるタイプなので魔法使いには別にそう珍しいものではない。ただしそれはインプが単体で目的もなくうろうろしていなければの話だ。近くに呼び出した術者がいるものなのだが、周りに人はいない。そして特に命令を受けているような動きでもなかった。
「誰のインプだ?」
伊丹が疑問に思った事を口にする。
「……リンクされていません。誰のインプでもありません」
咄嗟に陽が調べた結果、インプは誰とも繋がっていなかった。
「ならどうしてこっちに居続けるの……!?」
召喚獣は誰の支配下にも置かれていない場合、自動的に送還されるのが魔法使いの理だった。魔力を与えてやらなければこちらに存在し続ける事が出来ないからだ。
「ある程度まとまった魔力を与えらているのでしょうか? それにしては目的もなさそうにウロウロしていますね。なにかしらの事情でリンクが切れた迷子のインプでしょうか?」
「ここで考えていてもしょうがない。迷子のインプだってんなら直接聞いてみればいいだろ。インプって会話出来るくらい知能あったよな。おーい、そこのイン……」
「伊丹さんダメです!」
星姉妹が止めるが遅かった。話しかけられたインプは伊丹に気付くとその喉元目掛けて飛んでいき、爪で引き裂くように伊丹の脇を駆け抜けた。
「……危ね! 避けられたからいいけど、死ぬかと思ったよ!?」
「伊丹さん、死ぬ時はあっさり死にそうですよね。話しかけると『死んでいる……』みたいな」
「どういう状況だよそれ!? バトルモノだったとしてももうちょっと見せ場を作って!?」
「アンタ達、何をわけのわからない事を言っているの!? それよりどうするのよ!? あのインプ明らかにこっちを敵視してるけど!」
「伊丹さんのせいですよ」
「なんでオレのせいなんだよ!?」
「今日は満月ですよ?」
「なにッ!? そうかスマン、オレが悪かった!」
「……え? なんでそれで通じるの? さっぱり何のことが解らないんだけど……」
緊張感がなくなったところにさっきのインプがターンしてきて今度は棒立ちの渋山に狙いを定めて突っ込んでいく。
「シヴさん! 危ないッ!」
そんな渋山を身を挺してかばう明。
そして飛び散る鮮血。
無残に転がる肉塊。
廊下におびただしい量の血が広がっていく。
「なにこのスプラッタ映像。グロくて直視出来ない。そこまで細かく切り刻む事もないんじゃねーの……?」
あまりグロ耐性のない伊丹が陰鬱とした気分で明に言う。
「細切れにしたのはわたしの意思ではなく、剣が勝手にやった事です。どれくらいの大きさに切り刻むかなんて細かい制御は出来ませんよ。襲い来るものに反撃するだけですから」
いつの間に呼び出したのか明の周りには大量の刃物が浮いていた。彼女の言う通り、これらが襲い来るもの、インプを敵と判断し、適当に飛び交っただけでインプの細切れが完成しただけだ。
「星姉妹って守り専門のクセに守り方がやたらと攻撃的なんだよな……コイツ等を相手に真っ向から攻めて勝てる渋山とかどうなっているんだよ……」
「こちらを殺すつもりだったようですし、死ぬ覚悟くらいしてもらわないと困ります」
「しかし、どうするんだよ……」
「別に誰が呼び出したか、なんて気にしませんよ。呼び出した相手に謝罪と賠償を要求するつもりはありません」
「いや、そうじゃなくてこの死体、誰が片付けるんだよ……てっきり死ねば送還されるかと思ったんだけど、どういうわけかこの場をスプラッタ劇場にしたままだぜ……?」
「ここの清掃担当の人は大変そうですね」
「片付ける気ないの!?」
「ありませんよ。さらさら。先生呼んで知らないフリをしましょう。あと、ここを汚したのがわたしという事を喋ったら伊丹さんも同じ運命をたどらせます」
「だからそういう冗談怖いよ!」
「わたし達は冗談なんて言いませんよ?」
「怖いよ! マジで!」
「でも先生に報告はした方がいいわね」
「人を襲うようなインプがいたってことか?」
「ここに死体があった、ってだけでわざわざ『襲われた』と説明する必要はありません。『襲われた』と説明したら誰がこの惨状を引き起こしたのかまで問われてしまいますからね。死体を含めて術者についても先生の方に任せた方がいいでしょう。わたし達に出来る事なんてありませんし、あまりそういう事に首を突っ込まない方がいいですよ、伊丹さん」
好奇心はネコを殺しますよ。とでも言いたそうな顔をして星姉妹は笑った。




