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4 図書館での語らい


「簡単な予測と、ただの鎌かけだよ。水の神殿、という名前はともかく、駅裏にあった噴水、と聞いても解らないってことは開発前の駅に余程馴染みがない、という事。後は学校での黒夜くんの様子から、かな」


 ボクの様子……?

 今まで直接話したことはなかったけど、卯月さんはクラスメイトだ。ボクが卯月さんを見るように卯月さんもボクを見ていたのだろう。といっても卯月さんの目からはあくまでもただのクラスメイトとしか映ってないんだろうけど。


 客観的に見たボクの評価……

 ボクも友達が多いというほどでもない。というよりも話し相手なんて伊丹くらいしかいない。


 さぞかし地味で暗い男子として映っていることだろう。


「水の神殿は元々の位置にあることが重要だったからね。だからもう今は『水の都』、なんて名ばかりだよ。水の神様はいなくなっちゃったからね」


 水の神様、なんてものが本当にいるかのように卯月さんは語った。


「水の神様っていうよりも米の神様みたいだね」


 米の話しか聞いてないからそんなイメージだった。口には出さなかったが、水と米、字も似ている。


「他の事にも干渉してたけど、一番馴染み深いのがお米だからね。他の事はまた機会があったら話すね」


 目尻を下げて卯月さんは可愛らしく笑った。


 ……あれ……?

 卯月さんの興味を引いたのは郷土資料についてじゃなかったのかな?


 ならこの絵本……?


 絵本を卯月さんの前にさりげなく出してみる。


「黒夜くんはその絵本読んだことある?


 たまたま手に取った絵本。タイトルは『ホワイトディザスター』……子供向けの絵本の割りにタイトルが子供向けじゃない気がする。


「いや、読んだことない」


「じゃ読んでみて? 絵本だからそんなに長くないよ」


 卯月さんに促され、本を開く。


 ざっと読んだところ、悪い魔女を倒しにいく騎士の物語のようだ。なんだかんだでその悪い魔女を倒し、世の中は平和になったそうな。


 だけど最後に


 魔法がなくなったのはこの魔女のせい。


 というよくわからない言葉で〆られている。


 子供に読んで聞かせるものなのだから何かしら教訓めいたことが書いてあるのだろうと思ったけど、この本から教訓は読み取れない。


「どうだった?」


 丁度読み終わったところで卯月さんが声をかけてきた。


「うーん……子供向けの絵本なんだろうけど、ボクにはちょっとよく解らないかも……」


「何が解らなかった?」


「悪い魔女って書いてあるだけでどんな悪事を働いてきたのか、理由付けが甘いままやっつけられちゃってるような気がする。これだとやっつける必要あったのかな? なんて感想を抱いてしまうよ」


「あはは、まぁ子供向けにだいぶ簡略化された絵本だからね。でもその絵本の原作は実話を元に書かれている、なんていう話もあるんだよ」


 実話……?

 この物語、ファンタジーモノの決まりに違わずそこかしこに魔法の描写がある。それを抜きにして、実在の人物がモデルになっているということだろうか?


 過去の実在の人物を元にファンタジーで味付けした物語、というものはそう珍しいものではない。具体的な例をあげれば真田幸村が光線銃で徳川一族を滅ぼしたがる話とか。


「そうなんだ。有名な人?」


「誰がモデルになったのかは解ってないけどね」


「ふーん……」


 思わず気のない返事をしてしまったけど、興味がないわけでない。誰を元にしたのかわからないのに実話を元に、ということは、ここに書かれている出来事自体が本当にあった、という話なのだろうか……?


 卯月さんにもう少し聞いてみたいところだったのでボクは念のために卯月さんが『少しは知っている』事はこれのことなのか聞いたみた。


「んー……」


 だけど卯月さんは何か迷っているようだった。ということは、卯月さんの興味を引いた本はこれではないのだろう。


 だとすると残った本は魔道書……?


 魔道書といっても、もちろんこの世界に魔法なんてものはない。

 その昔、魔法が本気で『ある』と信じた人達が記した、おまじないのやり方がたくさん書いてあるだけの本だ。この通りにやれば誰ても魔法が使える、とかそんな馬鹿げた本ではない。


 自分の興味があることよりも卯月さんの気を引きたかったボクは話を魔道書にもっていくことにした。


「卯月さんは魔法が使えるの?」


「え……!?」


 もちろん冗談のつもりで聞いてみたのだが、どういうわけか驚かせてしまったようだ。


「ん……まぁ、使えなくもない、かな……?」


 自信なさそうに言う卯月さん。自信がない、というよりもどことなくボクの反応をうかがっているようだった。


 「私は魔法が使えます」なんて言い出したらかわいそうな眼差しでも向けられると思ったのだろうか。


「黒夜くんも魔法使いたいの?」


「使えればいいなぁ、とは思うよ」


「それで魔道書を?」


 この本を手に取ったのは本当にたまたまだ。そして今までの会話の流れからすると卯月さんは多分オカルト好きなんだと思う。これっぽっちも興味が湧きそうにない郷土資料さえも、オカルト要素を取り入れて面白く話してくれた。


 オカルトそのものみたいな魔道書を手に持っていたボクを見て同好の士でも見つけたと思ったのだろう。だからこそ、ボクは適当に話を合わせたりせずに正直に言うことにした。


「偶然持っていただけだよ。この本に書いてある通りにやったからといって魔法は使えないよね?」


「その本に何が書いてあるのが正しく理解できてそれの通りにやることができたのなら使えるよ」


 卯月さんは冗談を言っている風でもない。真面目に事実だけを口にしている、そんな印象の言葉だった。


 本をパラパラとめくってみる。軽く目を通したところ、何かを召喚する方法や、死霊を操る術など、いかにも黒魔術、といった感じのものが書かれていた。


「魔法、見たい?」


 卯月さんの唇が誘うように開く。

 本から目を離し、卯月さんの顔を見つめる。その表情はとても蠱惑的だ。抗えない。


「……見たい」


 そう言うと卯月さんは満足そうに頷いた。


「魔法の基礎とも言える召喚魔法を見せてあげるね」


「魔法の基礎って召喚魔法なの?」


「簡単な使い魔を使役するのも悪魔と契約を結ぶのも召喚なくしては出来ない事だからね」


 その話し振りは魔法というものが本当にあるかのような気にさせてくれる。


「じゃぁ、いくよ?」


 卯月さんは静かに目を閉じて掌をボクに向け、集中しているようだった。


 細く整った卯月さんの指を見て、キレイな指だな、なんて思っていると卯月さんがゆっくりと目を開ける。


「召喚に成功したよ」


 だけどボクの目にはどこにも何も変わったようには見えない。


「黒夜くんの上着、右ポケットにウサギがいる」


 言われたところを探ってみると、見覚えのないウサギの人形が出てきた。

 ボクの持ち物ではない。


 これが魔法……?

 これじゃ魔法というより手品だ。だけどいつの間に入れられたんだろう……?


「いつ入れられたのか気になる?」


「え、いや……!」


「黒夜くんに気付かれないようにポケットにウサギを忍び込ませた。これは魔法じゃないかな?」


 魔法か魔法でないかと言うなら、気付かれた時点で魔法でもなんでもなくなる気がする。種も仕掛けもあるのだから。


「もう一個続けて質問するね。黒夜くんは私がウサギをポケットに入れる事を絶対に意識出来ないとしたら? その目で見ていたとしても」


 卯月さんの声のトーンが重みを増したものに変わる。


 意識できない……?

 意図的に人を無意識、またはそれに準じた状態にすることができるのなら、それは魔法……?


「なんてね。惑わせちゃったかな?」


「いや、そんなことはない、と思う……

 すごくタメになったよ」


 何がタメになったのかは自分自身あまりよくわかってないけど、なんとなく……

 そう、なんとなく何かを理解出来たような、そんな気がした。

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