34 アブソリュートキャンセラー
「扉を開く理由も解らなければ、止めらない、なんて事もない……!」
雪音が一足飛びに間合いを詰め、黒夜の腹部にその鋭い拳をめり込ませようとするも、寸前で魔力の障壁によって阻まれる。
「警戒に値する攻撃だがその手は何度も見たからね。さすがに三度目ともなると喰らうわけにはいかないな」
「何度も……!? 卯月さん、あなた黒夜君に何度もそれを!?」
模擬戦で黒夜と雪音が戦う組み合わせをしていなかった石神井は、雪音が黒夜を何度も攻撃していると聞いて非難の声を上げる。
「……今はそんな事を気にしている場合じゃない。多少痛い目に遭わせてでも大人しくさせないと……! それに今の黒夜くんは深淵の災禍に操られている……!」
「深淵の災禍といえば、私達が魔法を使う上での魔力の源にもなっている存在……言わば人間より上位の存在が、どうして人を操り、こちらの世界に干渉を? 何が目的なんですか?」
「何を言っているんだ。ボクだって元は人間だ。人間が自分の世界に帰りたいと思うのはそんなに不思議な事かな? この体はボクの魔力によって強くなる、ボクはこの世界に帰れる。お互いの利害が一致した結果だよ」
「人間は500年も生きない! 少なくとも500年前から存在しているお前はもう人間ではなく、こちらの世界の住人ではない! 体を持ち主に返し、即刻元の場所に戻れ!」
雪音が声を荒げながら拳や肘、膝を繰り出すも、魔力の障壁が壁となり、相手にまで届かない。
「なんて酷い事を言うんだ……ボクが力を与えれば、模擬戦で勝てるようになるし、ボクが模擬戦で勝てればキミも顔を曇らせずに済むのに、何が不満なんだ?」
「黒夜くんが模擬戦で勝つのと私に何の関係がある!? 黒夜くんが負けようが勝とうが、私はそんな事くらいで見る目を変えたりはしない! 黒夜くんがもし私の事を理由にそいつから力を借りているとしたなら、私はそんな事はこれっぽっちも望んではいない! 今すぐに消え失せろ深淵の災禍ァァ!!!」
雪音は叫びながら魔力障壁により一層の力を込めて激しい攻撃を加えていた。その休む事なく打ち続けられる拳や蹴りの威力に魔力障壁が吸収できるダメージの限界が近いのかミシミシと軋み、亀裂がいくつも伸びていく。
「バカな!? 人が素手で壊せるようなシロモノでは……!」
壊れそうな壁に動揺し、大きく後ろに下がる深淵の災禍。
「この程度の壁!」
ヒビが広がり限界を迎えた壁に、雪音が後ろ回し蹴りを放つと、壁は粉々に砕け散った。そのまま相手に向かって飛び込む勢いで間合いを詰める。が、新たに作り出された壁によってその行く手を遮られた。
「改めてキミの攻撃力に脅威を感じる。まさかその障壁が壊されるとは思ってもみなかった。また張ればいい話だけど。まぁこちらの話を聞かないのであれば、それはそれで構わない。別にキミに納得してもらう必要はないわけだからね。このままこの壁でキミを足止めしつつ、異界への扉を開かせてもらうだけだ」
話をしながらも作業の手を止めていなかったので異界への扉は今まさに開かれようとしていた。
「くっ……!」
壁を壊してもすぐさま新しい壁が張り直され、前へと進むことができない雪音。
「ククク……もうすぐ……もうすぐだ……! 開くぞ、扉が……!」
魔法陣の中心に黒い穴が開き、それがゆっくりと広がっていく。
「黒夜くん、ダメ! そいつが善意で力を貸してくれるわけがないッ! 扉が開いて、そいつ自身の力が増せば、黒夜くんの体は完全にそいつの支配下になってしまう! 今だって扉が開きかけてそいつの力が増しているから身体の自由を奪われているんじゃないの! それに何で気付かない!? 私の言葉が聞こえるなら今すぐそいつを否定して体から追い出して!」
「今頃そんな事を言ってももう遅い! 力を与える対価がこの体だ! 束の間でも強くなれたのを実感できたのだ! そしてこれからもボクの一部として、人間とは一線を画した強さを目の当たりに出来るのだ! 感謝されこそすれ否定される言われはない! それにもうこうなっては誰にも止められない! そこで世界が変わる様を指をくわえて見ているがいい!」
「誰にも止められない……? その異界の扉って魔法で開いているし、お前が黒夜くんの精神に寄生しているのも魔法だろう?」
「そうだが、魔法だからなんだというのだ?」
これらが全て魔法で行われていると、雪音はほぼ確信していたが、本人から裏をとった事により、とある覚悟を決めた。
「其は虚 其は空
虚ろなる闇は 血を流し飲むため
空しき光は 肉を穿ち散らすため」
「卯月さん!? 魔法を封じられているのにその詠唱は……!」
雪音の魔力の流れを感じたのか、驚愕の声を上げる石神井。
「我が命を糧に 織られし虚空は
神々の系譜すら断ち切る鎖!
アブソリュートキャンセラァァアアアアアアッッ!!!!!!!」
雪音の魔法が完成し、周辺一帯の魔法効果は全て塵一つ残さず消滅していく。
「き……消える!? 魔法が、ボクの存在が!? せっかくボクと波長の合うヤツを見つけたのに! それでいてボクの事を知らない無知なお人よしなんてこれから先現れるか解らないのに……! こんなところで……くそおおおおおお…………!!」
「卯月さん、その魔法は……」
深淵の災禍の断末魔が聞こえなくなってから石神井が雪音に問いかける。
「私が今使える唯一の魔法。この絶対魔法否定領域内は全ての魔法効果を打ち消し、一切の魔法の発動が禁止される。この空間内で魔法は存在出来ない」
「魔法を封印、魔力が貯まらないようにされている卯月さんがこんな大規模な魔法を使うなんて……まさか命を魔力に変換したの……?」
雪音は石神井の問いに黙っていたが、その沈黙が肯定であることを解らぬものはいなかった。体の自由を取り戻した黒夜にさえ伝わった。
「命を魔力に……?」
呟いた黒夜の顔はみるみる青くなっていった。




