33 効果:呪い+暗闇+睡眠
「黒夜君、ここは立ち入り禁止ですよ」
鉄の扉を開けた先で黒夜が魔方陣に何か細工をしている所を見咎め、石神井が注意をする。
「おや先生。この前はとても為になる資料をどうも。そしてこの魔方陣は更に素晴らしい……!」
石神井の言葉に反省するでもなく、また扉の方に目を向けるでもなく、魔方陣を一人恍惚とした表情で見つめ、手を加えていた。
「夏炉奈、あれは……? 未完成の通信機ってあの魔方陣の事?」
魔方陣から目を放そうとしない黒夜が気になる雪音だったが、その前に魔方陣について石神井に質問する。
「えぇ、そうですが……私の魔方陣に夢中になるなんて、かわいいところあるじゃないですか。でも勝手にそれに触れてはいけませんよ」
立ち入り禁止場所に入った事はひとまず置いた石神井が、自分の作品に目を奪われている黒夜を見て思わず笑みをこぼした。
「黒夜くんはここで何をしているの?」
てれてれしている石神井を横目に緊張感が足りてない、と不満を覚える雪音。
「何をしている、か……フフ……より力を得る為の作業、と言うとこれも魔法の修行になるのかな?」
作業していた手を止め、雪音の方を振り向き自慢げに答える黒夜。
「魔法の修行……? その未完成だという通信機の役割しか持たない魔方陣と、力に何の関係が……?」
雪音が黒夜に疑問をぶつける。
「異界への通信を試みる魔方陣。つまり異界にアクセス出来る魔方陣って事だ。まぁ未完成みたいだったからボクが手を加えて、通信と言わず直接異界への道を開くモノにしたけどね……」
「!? 異界と通じる関係の資料は全て添削しておいたのに、どうして黒夜君がその方法を!?」
「添削って、背景を塗りつぶしてただけのところですか? 文字を反転させるだけで読めましたよ。ちょっとした気づきで読めるようにしてくれていた先生の配慮かとも思ったんですが、どうやら違ったようですね……ククク……まぁボクにはありがたい事でしたけど」
「塗りつぶすって塗りつぶされていないの……!? 迂闊でした……!」
迂闊な石神井より一歩前へと雪音が歩み出て、黒夜との間合いを詰める。
「それで、どうして異界への道を開く事が黒夜くんの力になるの?」
「異界とこちらの穴を開ければこの体に魔力を流しやすくなるだろう!?」
「それが解らない。異界への穴を開けたところで……流しやすく……?」
雪音はその言葉が引っかかった。魔力は流れてくるものを貯めるもので流すものではない。この世界で魔法を使う者とは視点が異なっている、雪音はそう判断した。
「異界のモノが黒夜くんに寄生している!?」
「寄生とは人聞きが悪いな。力を貸す代わりにちょっと精神を間借りさせてもらっているだけさ」
雪音の言葉を肯定した黒夜に、雪音は心底嬉しそうな表情を向ける。
「ああ、やっぱり様子のおかしい黒夜くんは黒夜くんじゃなかったんだね。わたしの考えが正しかった事が証明されて本当に嬉しいよ。お前を消滅させれば黒夜くんは元に戻るのだから」
相手を黒夜ではないモノと認識した雪音の表情は恐ろしく冷たく、不快な害虫でも見るかのような視線を相手に向けていた。
「そんな目で見られるとボク傷つくなぁ」
「黒夜くんのフリをするのはやめろ、寄生虫が。虫酸が走る」
「あれ、そんな事言っていいのかな。ボクが黒夜でもあるというのに。大体力を求めたのだって、チーム戦で負けてた時、キミの顔が曇ってたからだぜ? そんな顔をさせたくなかったからより強く力を求めた。今ボクがしている事はボクが本当に望んでいる事なんだよ? ほんの少し心のリソースを使わせてもらっているだけで乗っ取っているわけじゃない。敢えて別人のように言うけど、意思も意識も彼自身のものだよ」
「そんな戯言に付き合うとでも? 夏炉奈! 話は聞いていたよね! 黒夜くんを拘束して!」
「えぇ。卯月さんが正しかったようですね。こんな事になっているとは露知らず、目が曇っていたのは私の方でした。申し訳なく思います。ですが、悪魔憑きや狐憑きと言った異界の召喚獣に精神を乗っ取られるケースは稀にありますが、ここまで体の持ち主の心に沿ったモノは初めて見ますね。大変興味深いです」
「夏炉奈! そういうのはいいから早く拘束を!」
「と言われても、教師が生徒に手を出すと体罰とか言われるので……とりあえず異界への扉を開くのは何かと面倒な事になりそうなのでそれを取りやめて大人しくこちらに従ってもらえるかしら?」
「断る」
なるべく穏便に事を進めようとする石神井の提案をにべもなく断る黒夜。
「大人しく従ってくれるのなら拘束する必要もないのだけど」
「出来るものならやってみたらどうだ?」
その様子を見て石神井はため息をついた。
「シャドウスプレッド!」
石神井が黒夜を拘束する為、魔法を放つ。石神井から伸びたいくつもの影が無数の軌跡を描いて黒夜に襲い掛かるも黒夜は避ける素振りすら見せなかった。全ての影が黒夜に命中し、その身を拘束する。
「体に害はないから安心しなさい。ちょっと行動不能になるだけの魔法だから。卯月さん、黒夜君を運ぶの手伝ってくれる?」
「これで終わったと思うのは些か気が早すぎるのでは?」
影を手足にまとわりつかせながらも、何の影響もない事をアピールするかの如く両手を広げ歩きだす黒夜。
「なっ!? 魔法は確かに命中しているのに、何故動けるの……!?」
ここへ来て初めて石神井が焦り、驚きの声を上げる。
「例えば自分の右手を左手で抑えたとして、動かせなくなったりするだろうか」
「! 夏炉奈! その魔法『誰』の力で発動させてる魔法!?」
「……深淵の災禍……!」
「扉を開く理由、お解りいただけたかな? そしてそれを止められない事も」
影を身体にまとわりつかせながら、深淵の災禍は悪意も敵意もなく、ただ二人の前に存在した。




