32 追跡
(絶対おかしい……)
黒夜の後を尾行しながら雪音は考えていた。この前の失敗を活かし、今度は黒夜からは視線を切らずに。
(昨日の今日でどうしてあそこまで魔法を使いこなせるようになっている……? 昨日とは魔力の貯まり方も戦い方も全然別人のようになっているのにどうして伊丹くんはその事を気にしない……? それに性格も……黒夜くんはあんな風に周りを煽って人と揉め事を起こすような人じゃないし、目付きが普段と違うような感じもした……)
やがて黒夜は魔法準備室へと入っていった。
(この前はうやむやにされたけど、やっぱり夏炉奈が怪しいよね……夏炉奈が黒夜くんに魔法の手ほどきをしつつ、その精神を蝕んでいる、そんな気がする。大体なんで黒夜くんは魔法準備室に呼び出されたわけでもないのに度々訪れるの? 足を向けるように思考を誘導しているんじゃないだろうか)
)
雪音は気配を潜めつつ魔法準備室の目前へと迫り、中へと注意を向け、聞き耳を立てる。
(黒夜くんが中にいるのに、会話もしていない。つまり補習や、個人的に親交を深めるという目的でない事が確認されたわけだ。一体何をしているんだろう。今精神に影響を及ぼす魔法をかけている最中なのだろうか? それなら魔力を一切感じないというのもおかしい。決定的な証拠をつかむまでは迂闊な事は出来ない。どうせまたうやむやにされてしまうから)
考え事をしながら中の様子に神経を集中させる雪音。部屋の中で誰かが立ち上がる気配を感じると、立ち上がった人物がこちらに気付いたにしろ、それとも偶然にしろ聞き耳を立てている扉を開けられるのはよろしくないので、全神経を立ち上がった人物の動向に集中させる雪音。
(……こちらに向かっているわけではないみたい。部屋の中で反復移動を繰り返しているみたいだけど……何をしているんだろう。もしや催眠で黒夜くんを操ってその動作テストをしている……? それなら魔力を感じないのも頷ける……!)
雪音はここが突入時なのか判断に迷っていると、中の人物の動作に変化があった為、未だ様子をみる事にした。
(魔法を使っている……? これは召喚魔法……すぐに帰還させたと思ったら、静かになった……まるで部屋の中に誰もいないみたいに静かになった……)
その後しばらく中の様子に聞き耳を立てる雪音だったが、新しい情報は全く得られなかった。だがそれも当たり前である。準備室には誰もいないのだから。
(誰か来る!)
準備室の中に集中していた雪音だったが、静かな廊下に何者かの足音が響いてきたので準備室の前から飛びのき、すぐ近くにあった清掃用ロッカーの物陰に潜みながら足音の主に意識を向ける。魔法準備室はただでさえ人が少ない特別棟の端っこにある。こんなところに来る人物がただの通りすがりであるわけがないと判断した雪音は最大限の警戒で相手を迎える、が、足音の人物は、準備室の中にいると思い込んでいた石神井だった。
雪音のその一瞬の動揺が石神井に伝わったのか、ロッカーの陰に潜んでいた雪音に石神井は声をかけた。
「卯月さん? そんなところで何をしているのかしら?」
「……なんで石神井先生がここに?」
努めて冷静になるように振舞う雪音だったが、言葉の内容までは頭が回らなかった。
「なんでもなにも魔法準備室の管理者は私だし、普段いる場所ですが……?」
「そうだけど、そうじゃなくて、黒夜くんが準備室の中に入っていって出てこないのに、どうして夏炉奈が部屋の外にいるのかって事なんだけど……!」
「黒夜君が準備室の中に? 中で待っているんでしょうか。先生がいない時は外で待っていて欲しいんですけどねぇ。卯月さんみたいに」
石神井は雪音が外で待っていた事を評価したつもりだったが、石神井を訝しんでいる雪音には何かの皮肉にしか聞こえない。
石神井が準備室の扉を開き、雪音も後に続く。
「……誰もいないようですけど」
石神井が部屋を見回して口を開く。
「!? そんなハズは!? 確かにここに入るのも見たし、しばらくここにいたのは間違いない……!」
「なら一体……ひょっとして、地下に降りたのかしら……?」
「地下……!?」
「えぇ、個人的な私のアトリエのようなものです。勝手に入ってしまったんでしょうか。イケない子ですね」
「危険なものはそこにはないの……!?」
「特には思いつきません。作りかけの完成の目途が立ってない通信機のようなものが一つあるだけです。見られて困るものでもないのですが、勝手に触られるのも困るのでドアは施錠していますが、どうやら召喚獣に中から開けられているようですね」
話しながら地下へと向かう石神井と雪音。
「何故黒夜くんはここに……?」
「準備室へは補習のような事をしてますね。小学生に教えるような事から教えています。地下へは……なんで降りたのか見当もつきませんね……鍵をしてあったのが逆に入りたくなったんでしょうか。してはいけない、というと逆にしたがる子供の様に」
「もっとちゃんとした鍵をかけるべきだったのでは? こんな魔法使いなら誰でも開けられるような鍵じゃなく、セキュリティのしっかりしたやつを」
「と言われても、一般の人が入らないようにしてただけですし、日記にかけてある鍵をセキュリティのしっかりした物にしろと言ってるような事ですよ」
石神井がそう言う以上、ここは石神井にとってのただの日記のような扱いであり、それ以上は何も言えなくなったが、雪音はこの地下に何か嫌な予感というか気配というか、良くないものを感じていた。




