3 図書館での邂逅
図書館……
たまには図書館に行ってみるのもいいかもしれない。
たまたま近くを通りかかった、そんな理由でボクは図書館に足を踏み入れた。
それがまさか、あんなことになるなんて、この時のボクは知る由もなかった。
と、頭の中で言葉にしてみると何か図書館で現実離れしたことが起きそうな気がしてくるから不思議だ。もちろんそんな現実離れしたことが起きるわけがない。
ここの図書館は有名な建築家がデザインしたものらしい。
むき出しのコンクリート、壁代わりにある大量のガラス、吹き抜けがあったりする様は確かにイマドキの建築物感を漂わせている。
席が人で埋まってることを考えるとこの吹き抜けの部分をちゃんと使える空間にしてほしいものだけど。受験シーズンということで今が特別混んでいるだけなのだろうか。
あまり図書館には来ないからよくわからない。
まぁ4人座れる席に1人で占拠されて埋まってる席がほとんどだけど。
図書館なのだからこんなファミレスみたいなボックス席じゃなくて長机でもおいておけばいいのに。
図書館への不満はこれくらいにして本でも読もう。
さてどんな本を読もうかな。
1 この地方に伝わる郷土資料
2 子供向けの絵本
3 魔道書
と、無意味な選択肢を出そうとしたところで本よりも目を引かれるものを見つけてしまう。
それは一人の少女だった。
背伸びをしてようやく届く高さにある本を手に取り、表紙をじっと見つめてはまた背伸びをして元の場所に戻している。
彼女が取ろうとしている本をすっと取ってあげ、渡してあげることが出来ればいいな、とは思うが、思うだけで行動には中々移せない。
例えそれがクラスメイトで知っている子だとしても。
いや、知っているからこそ行動出来ないのかもしれない。
そもそもボクは彼女とあまり背が変わらないので高所にある本をスマートに取ることなんて出来やしないのだ。
彼女の名前は『卯月 雪音』さん。
物静かな女の子で、特定の友人を持たず休み時間を読書で過ごしている。
密かにボクの気になる子だったりするけど、実際に話したことはない。
もう雪が降っているという時期だというにも関わらず。
でも、ボクと彼女に接点がなければそんなものだとも思う。
話したこともないクラスメイトなんて珍しくもない。むしろ話したことのあるクラスメイトの方が圧倒的に少ない。
そういえば夢で見た女性が彼女に似ていた。
ただ見てわかるとおり、彼女の胸はボクが見た夢とは違い、絶望的にない。
まな板、絶壁、アングルド・デッキ呼び方は様々あれど、決して本人に伝わっていい言葉ではない。
そんな失礼な事を考えながら遠巻きに卯月さんの胸に視線をやっていると、卯月さんはそれに気付いたのかボクの方を向いてきたので自然と目が合ってしまう。
そのまま目を逸らそうかとも思った。
失礼な事を考えていた不躾な目線だっただろうから。
でもここで目を逸らしたら本当にただの失礼なヤツになってしまう。
卯月さんに似た人の夢を見て、休日に卯月さんに出会う。
運命的と言ってもいい。
そう思うことにすれば話すキッカケにもなる……!
もちろんそれをそのまま口に出したりはしない。
「今日キミの夢を見て、そしてキミに出会った。これは運命を感じないか?」こんなことを思えるヤツはストーカーの才能がある。本当に気持ち悪いよ、と言われるのがオチだ。
そう、あくまでも普通に。
だけど自分の中での理由付けがあれば勇気が湧いてくる!
ボクは意を決して彼女に近付き、話しかけることにした。
「こ、こんにちは、卯月、さん」
「……こんにちは黒夜くん」
しどろもどろに話すボクに不審そうな目をむけてくる卯月さん。
そりゃそうか……
同じクラスと言えども話したこともない相手に言葉に詰まりながら話しかけられたら怪しがるのは当然だろう。
返事をしてもらえただけ良かったのかもしれない。
胸を凝視していたことも大きなマイナスポイントだろう……
ああ、ダメだ、気まずい……
自分でも思っていた以上に卯月さんの事を意識してしまって上手く言葉が出てこない。
特に話題も思いつかないし、迷惑に思われてるかもしれないことを思うと、ここから逃げ出したくなる。
ちょっと気になる程度の思いって、意外と大きい……? いつも一人で本を読むところをみていたくらいなのに……?
「黒夜くんは図書館にはよく来るの?」
「え?」
まさか卯月さんの方から話題を振ってくるとは思っていなかったのでボクは間抜けな声を上げてしまった。
「あ、いや、よく、は来ないかな……
今日はたまたま通りかかったから……」
「そう。その様子だと私から話題を振ってくるとは思っていなかった、って顔かな?」
「え!? い、いやそんなことは……!」
図星をつかれボクは慌てて否定するが、これだけ狼狽しているとかえって怪しかったかもしれない。そんなことを考えるとやましさからか段々と原因の良くわからない心臓の高鳴りが聞こえてくる。
「いいよ。自分の客観的な印象とか解ってるつもりだし」
確かにこうやって話す前までは物静かで会話なんかにはノってこなそうな、聞かれたことに対して必要最小限の単語を淡々と口にするか、もしくは『です、ます』を使った丁寧口調なイメージがあったけど、今はそんなイメージはなくなっていた。
親しみやすい口調で話しかけてきてくれるし、何かはわからないが、なぜか気になる。
翻弄される。
「で、でも話してみると全然イメージと違うよ!」
逆に言えば話す前は卯月さんの言うイメージ通りだったということを暗に肯定してしまったが、卯月さんは
「ありがとう」
とだけ言った。
社交辞令もあったのかもしれないけど卯月さんの言葉は心がこもっているような気がして、ボクの心に深く届いた。しかしだからこそ不思議に思うことがあった。こうして話してみると卯月さんは無愛想でも会話が苦手、というわけでもなさそうだ。むしろとても魅力的で親しみやすいように感じる。
にも関わらずボクが見る限り卯月さんは教室で一人だ。長い休み時間でも教室から出ずに本を読んでいる。友達がいないから本を読むしかない、という事も考えたけど、それは違う気がした。
多分余程本が好きなんだろう。今も重たそうな本を何冊も抱えている。
ただ本を読むのを邪魔しちゃいけない。そんな風に誰もが思うから卯月さんは教室でいつも一人なのだろうか。
「黒夜くんは面白い本読むんだね?」
そういえばさっき読もうと本を手に取っていたんだった。無意味な選択肢を出そうとしてたから全部手に取ってしまっている!
「あ、いやこれは……」
適当に手に取ってみただけで本当に興味があるものじゃないというようなことを言おうとしたけど、言うのをやめる。
卯月さんが興味津々な目でボクが持ってる本を見つめているからだ。
「私も少しはそれについて知っているから、席について落ち着いて話そう?」
そんな事を言われ、ボクが断る道理はなかった。
簡単に言えばその一言でボクは舞い上がってしまったのだ。
机を挟んで卯月さんと対面に座る。ボックス席の座る位置でその人との関係がわかるという話を聞いた事がある。
対面では対立、
隣席では友好、
斜め向かいに座っている人は無関心。
下らない心理テストみたいなものだとは思うけど、それでも隣に座りたかった。
まぁこの席は二人用の席なのだから隣に座るということは地べたに座るということになる。それもご褒美の一つなような気がしないでもないが、もう一つの方法としては一つの椅子を半分づつ使う……
……!?
何気なく思ったけどそれって体が密着しちゃうよね!? 密着って、卯月さんの感触を体で確かめ
「黒夜くん……?」
卯月さんの怪訝そうな声でボクははっと我に返る。
我ながらちょっと気持ち悪かった。
「ご、ごめん、なんでもない」
妄想をたくましくするのは止めて、卯月さんの興味を引いたのはどの本なのか考えよう。
手元にあるのはこの地方の郷土資料、子供向けの絵本、あとは魔道書。
普通に考えて郷土資料の本だろうか? しかし郷土資料について興味なんてない。稲作がどうとか、かんじきの作り方がどうとか全く心を惹かれない。ならなんでボクはこの本を手に取ったのか……
でも卯月さんと話すキッカケになっているのだからそんなことは言っていられない。
「卯月さんはこの辺の郷土に詳しいの?」
「うーん……そんなに詳しいわけじゃないけど……
黒夜くんはこの街が水の都って言われてるのは知ってる?」
観光案内版でそういうアピールをしているのはよく見かける。ボクが頷くと卯月さんは話を続けた。
「じゃ、どうして水の都って呼ぶのか知ってる?」
どうして呼ぶのか……?
この街で育ったわけじゃないボクには街の生い立ちや成り立ちを聞かされる機会もなかったのでわからない。
けど、ただ知らない、というのも能がないので地理で習ったことを答えることにする。
「大きな川に囲まれたこの地は窪地であり水はけが悪いために水害に悩まされてきたが、排水、分水を整備し、水害に悩まされることなくその豊かな水で稲作を行い、栄えることができたから?」
「……
あ、あはは。教科書みたいな答えだね?」
どうやら正解だったようだ。
「でもそれだけじゃないんだよ」
教科書通りの答えでは完璧な解答ではなかったようで卯月さんが補足する。
「この地方には水の神様がいたからね」
「……水の……神様……?」
予想だにしなかった言葉に思わず聞き返してしまう。
「ん、確かに水害なんかにも悩まされてきたけどそれは必要なことだったの。お米といえば他のところの追随を許さない程の品質のものだったのに、最近はそうでもないよね?」
そう言われてみれば最近は他県の米の評判も高く、相対的にこの県の米の評価が落ちている気もする。
「水の神様のおかげで最高のお米を作れていたのに最近は水の神様を奉っていた水の神殿まで開発のために移設させちゃったしね。新しい移設先では水の神殿なのに干からびさせちゃってるし」
「水の神殿……?」
そんなファンタジーチックな建物があったなんて、とても信じられない。
「駅裏に石で作られた大きな噴水があったんだけど……」
と、言われてもボクがこの街に来た時には駅周辺の開発はあらかた終わっていたので知らない。
「黒夜くんがこっちに来る前になくなっちゃったんだけどね」
「そうなんだ」
……って、ちょっと待て。どうしてボクが他所から来たということを卯月さんは知っているんだ……? 確かにボクは高校入学にあわせて他所から来たけど、その事は伊丹くらいにしか話したことがない……!
「その顔は、どうして自分が他所から来た事を知っているのか? といった感じかな?」
追い打ちをかけるように胸中を見透かされ、ボクはドキリとする。
「あはは。ゴメンね。驚かせちゃったかな?」
『ゴゴゴゴ』というよくわからない効果音を背負いながら嫌な汗を垂れ流しているボクとは対照に卯月さんは楽しそうに笑った。




