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29 三つ首竜戦


「今日の授業は三つ首竜戦、と言うルールの団体戦を伊丹君、卯月さん、黒夜君を一つのチームとしてやってもらおうと思うんだけど、どうかしら?」


 魔法の授業の開始時刻になるや否や石神井先生がそんな事を言い出した。


「三つ首竜戦?」


「一つのチームを三つの頭と一つの体の竜に例えてのチーム戦よ。三つの頭はお互い別の事が出来るけど体が一つ。体にあたる部分は現身にダメージがいって、およそ三人分の体力がなくなるまでは全員で動けるという戦いです」


 聞いた事のない言葉だったので質問して先生が答えてくれた事は、前に卯月さんがクラス戦について説明してくれた事と内容が一致するように思える。


「三つ首竜戦……」


 だけどついこの前個人戦デビューを果たしたばかりのボクにチーム戦なんてやらされても足を引っ張る図しか想像できない。


「私は反対です」


 そんなボクの自信の無さを読み取ったのか卯月さんが反対する。


「あら? どうしてかしら?」


「三つ首竜戦は弱い所を探し、そこを攻めるのが定石です。私達で組めばまだ魔法を学んで日が浅い黒夜くんが狙われるのは明白。黒夜くんの負担や心労になるだけなので、もっと時間を置くべきです」


 うっ、弱い所=ボクと言われると、その通りではあるんだけど凹む……


「狙われるのが解っているのなら対策を取る程度、学年一位の卯月さんなら楽勝ではなくて? それとも個人戦以外では大した事ないのは卯月さんの方だったりするかもしれませんよ?」


 石神井先生が煽る。あからさまにムッとした表情になる卯月さんだったが、言葉は返さない。何かを考えているようだけど……


「まぁまぁ、昇の事ならオレが守るし、昇自身経験を積んでおくのもいいんじゃないか?」


 伊丹が先生のフォローをするが、伊丹に守ってもらうというのもなんだかなぁ。


「オマエを守る! とか伊丹さんは黒夜さんを口説いているんですか? やはりその気が?」


「口説いてねぇよ!?」


 いつの間にか接近していたのか星姉妹のどちらかが伊丹をからかいにきていた。


「三つ首竜戦面白そうじゃない。アタシ達が相手になってもいいわよ」


 そう言ったのは渋山さん。どうやら渋山さんがここに来た事で星姉妹がくっついてきたようだ。


「対戦相手が決まったみたいですね。作戦タイムとして5分あげますので5分経ったら所定の位置についてください」


「まだ私はやるとは言って……」


 と、卯月さんが抗議するも石神井先生はストップウォッチでタイムを計り始めている。


「こうなったら腹を括ろうぜ。とりあえず作戦としては昇をオレが守りながら雪音が攻める方向でいいんじゃないか?」


「ボクの役目はなんなの」


「相手の攻撃を避ける事に専念しつつ、なんか適当にやってくれ」


 作戦が作戦として成ってない気がする。そんな適当でいいんだろうか。不安に思いながら卯月さんを見てみると何か作戦とは違う事を考えているらしく、こっちに意識を向けていない事はなんとなく解ったが、何を考えているかまでは解らなかった。


「さてそろそろ5分経ちますよ、作戦は練れたかしら?」


 これといった作戦も立てないまま5分経ってしまったらしく、三つ首竜戦を始めるためにボク達は試合場の中央に集められた。ボク達の正面にやや距離を置いて渋山さんと星姉妹が立ち並ぶ。


「では始め!」


 石神井先生の掛け声と同時に試合に参加する者の魔力が0に霧散し、試合が始まる。まず魔力を貯めることから始めなければならないのは個人戦でもチーム戦でも同じようだ。そんな中、卯月さんは星姉妹の片方に向かって一直線に飛んでいく。


「させないわよ!」


 卯月さんの進行方向を遮るように渋山さんが光弾をその手からいくつも射出する。光弾を無視出来ず、卯月さんに回避行動をとらせることで、星姉妹を守る渋山さん。だけど卯月さんは渋山さんには向かわず執拗に星さんの方に向かっていく。星姉妹の方は何か魔力を貯めているようで、卯月さんから距離を取る以外の行動はしていない。追う卯月さんと逃げる星姉妹、そして卯月さんの邪魔をする渋山さん。3対1の構図となった。


 狙われると思っていたボクに向かって来られないので、伊丹は特にやる事もなくボクの近くに突っ立っている。


「ね、ねぇ、別にボク狙われてないんだけど、あっちに加勢しにいかなくていいの?」


 作戦ではボクも伊丹も攻める事を想定していなかったので二人ともボケっとしている。


「お、おう。とりあえずカニでも召喚して雪音の援護に回らせるか」


 伊丹がカニを召喚する。と同時に渋山さんが雷を放ってきてカニは蒸発した。


「……なんの為に出したのカニ?」


 どうでもいいけど漢字の『為』ってカニに見えるよね。


「クッソ! 数が足りなかったに違いない! 昇もそろそろスケイルちゃん呼べるくらい魔力貯まっただろ? 数で攻めるぞ!」


 確かにそろそろ美しい鱗のスケイルちゃんを呼べるくらいの魔力が貯まる。伊丹も同時に複数の召喚をするようだし、それに合わせよう。向こうは卯月さん一人に手間取っていて防戦一方だ。伊丹の大量の召喚とボクのスケイルちゃんを合わせてしまったらこれは勝ち確定なのでは?


 そして伊丹が次々と召喚を始める。人間サイズのエビやカニ、そしてイカタコ亀……海の生き物だらけで周りが一気に磯臭くなってしまった。そしてメインの魔物であるボクのスケイルちゃんも召喚する。伊丹の諸々の召喚獣と比べても頭一個抜けて強いのが肌で感じられる。


「よし一気に畳みかけるぞ!」


 伊丹の号令と共に磯臭い召喚獣達が向こうへとなだれ込む。


「インフェルノ!!」


 だが召喚獣が向こうへとたどり着く前に渋山さんを中心に激しい炎の波が全周囲に向かって放たれ、押し寄せる炎が辺り全てを巻き込み、召喚獣全てを灰塵に帰した。その中にはスケイルちゃんも含まれていた……スケイルちゃん……ゴメン……ボクが不甲斐ないばかりに活躍の場所を与えてあげられなくて……


「ぐぬぬ……くそ、味方も巻き込むような広範囲の魔法撃ちやがって……!」


 確かに炎の波は渋山さん自身も巻き込んで星姉妹にまで襲い掛かっていたのを見た。だが現身を見てみるとこっちのチームの現身はダメージを受けているが、向こうは無傷だ。


「向こうの現身ダメージないみたいなんだけど……」


「多分星姉妹のどっちかが防いだんだろ。来ると解っていれば防げないものじゃないからな……」


 前もって打ち合わせしていたのか、ちゃんと作戦を練ったんだろう。向こうはチームで戦う事にも慣れているみたいだし、即席のこっちとは練度が違う。今の召喚でボクも伊丹も貯めてた魔力を放出してしまったのでまた貯めなおさないといけない。その間また卯月さんが一人で戦わなければならないわけだが……


「シヴさんお待たせしました。物理反射張ります」


 そんな言葉と共に、向こうのチームが光のピラミッドに包まれる。それを見た瞬間卯月さんが悔しそうな顔をしてこっちに飛んで戻ってきた。


「伊丹くん、あれなんとか出来る?」


「相手の結界か? いや張られてしまったらオレにはなんとも出来ない。張られる前に打ち消すのが精々だ」


 なら何故張る前に打ち消さないのかとでも言いたげな卯月さんだったが伊丹を睨むだけに留めたようだ。


「じゃ、今度はこっちの番ね!」


 ずっと相手のターンだったような気もするが、渋山さんがそう宣言すると火柱や溶岩で出来たような斧、カニを蒸発させた雷等が雨霰の如く飛んできた。


「ぬわああああああ!!!」


 ボク達はあっという間に火だるまになって全滅した。


「はい、そこまで。渋山さんのチームは作戦も練られてましたし、チームワークも良かったですね。それに比べると卯月さんはチームとして形を成していませんでしたね。個人戦とは違い、個々の強さよりもチームワークが重要になる事が解りましたか? それを踏まえて今後頑張りましょうね」


 今の戦いの評価をする石神井先生。


「個々の強さって、そっちのチーム個々でも成績上位者が集まってるチームでしょ? 個々の総合力が高かったんでしょ」


 卯月さんが石神井先生に反論する。


「では他のチームとも戦ってみましょう」


 そういう訳で他の色んなチームとも三つ首竜戦をしたが、負けたり勝ったりした。勝率としては4割くらいだったのでボクとしてはまぁまぁだったんじゃないかな、とも思ったんだけど……


「どうですか? 明らかに個々では卯月さんより劣っていても、力を合わせて作戦を練る事で対抗出来るようになります。チームにはチームの戦い方がある事が解ったでしょうか?」


 先生の口調は優しく、諭すような言い方だった。だが、周りからは『チーム戦だと大したことないな』『チーム戦だったらアイツとやってもいいな』そんな悪意のある言葉がボクの耳にも入ってきていた。おそらく卯月さんの事なのだろう。卯月さんにもきっと聞こえているだろうにその表情は変わらなかった。だけどその無表情な卯月さんが何も思っていないわけがない。ボクは自分の愚かさに気付く。


 ボクにもっと力があれば卯月さんにこんな思いはさせなかったのに……勝率4割って負けてる方が多いじゃないか……! もっと戦える力と、戦える頭があれば……! どうすれば強くなれる……? ……そういえば先生から貰った資料にも色々書いてあった。異世界への扉の開き方は書いていなかったが、それに関する有用そうな事は書いてあったんだ。まだボクには早いかなとも思って詳しく読んで理解していないが、そんな事は言っていられない。あの資料を解き明かして一刻も早くボクは強くならなければならない。

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