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24 異界の扉


 落ち着いた時間が出来たので、ボクは石神井先生を訪ねた。


「黒夜君が自分の意思で訪ねてきてくれて先生嬉しいわ。今お茶入れるから待っててくださいね」


「あ、いや、おかまいなく……」


 一応遠慮してみるが、先生はボクに暖かいお茶とお菓子を出してくれた。だけどボクがここに来た時、先生は明らかに何か別の作業をしていた。


「本当は忙しいんじゃないですか? また時間がある時にでも出直しますよ」


「ウフフ、気を遣ってくれてありがとう。でもこれは学校の仕事とは関係ない事なのよ。私の魔法使いとしてのライフワークかしらね。雑務は教務室の方で片付けているからここにいるのなら別に忙しくはないのですよ」


 邪魔するのも悪いと思い、出直そうとしたところを先生に呼び止められた。


「いくら休み時間とはいえ、学校とは関係ない事を学校でやってていいんですか?」


「気になる?」


 気になると言えば気になるけど、でも前言っていた魔女狩りの歴史を解き明かすというような気もする。だとしたら適当に流してしまう話だけど。


「魔女狩りについてのお話なら遠慮しておきます」


 魔女狩り、という言葉を聞くとどうも心が落ち着かない。歴史的に見てもあまり気持ちのいいものじゃないからだと思うけど、他の戦争や虐殺についてはここまで気分が悪くならない。


 ……何か魔法に関係する事だからだろうか。そう思い始めると先生から魔女狩りについての話を聞いてもいいかもしれない、という気持ちが湧いてくる。


「残念だけど違います」


 ボクの思考を遮るかのように先生が言葉を紡ぐ。


「私は行方不明になった姉さんを探しているのよ」


「え?」


 予想とは違う、重い内容の話をあまりにも簡単に言うので思わず聞き返してしまう。


「それがライフワーク、だなんておかしいと思っているのでしょう?」


「いえ、そんなことは……でも行方不明だなんて穏やかな話じゃないですよね……?」


 だけどその言葉とは裏腹に先生の顔は一片の陰りもない。気を遣うべきなのか、気にしないようにした方がいいのか判断出来ない。


「言葉が悪かったわね。家出みたいなものよ。少なからず家に不満を持っていたみたいだし。ただちょっと普通の家出と違うのはこの世界にはいない、という事かしら」


 そんなボクの迷いを消すように、先生は言葉を続けた。だけどその言葉はボクの頭を更に混乱させる。


 ……この世界にいないものを探し、呼び戻す。死者を生き返らせる、そういう類の話を先生はしているのだろうか。そういう魔法はない、と聞いている。ないからこそ、作り出そうとしているのだろうか?


「反魂とか、そういう話ですか……?」


「ウフフ、そう思われても仕方ないけど、違いますよ。勝手に私をマッドな先生にしないでくれるかしら?」


 ちょっと覚悟が必要な質問をしたのだが、軽く否定される。


「すみません……」


 だけどそう思ってしまったのは先生の言葉が不穏当だからだ。


「姉さんの日記や、研究ノートが残っててね。それを勝手に読ませてもらって解ったんだけど、どうやら姉さんはこの世界とは別の世界への扉を開く研究をしてたみたいなのよ。日記には家への不満が書いてあったけど、研究ノートの方は家から逃れたい、というよりは純粋な探求心で向こうに想いを馳せていたみたいだけど」


「別の世界……?」


「私達が力を借りている存在はこの世界にはいない、と言ったら解るかしら?」


「魔法の根源という事ですか?」


「そうね。ほとんどの召喚獣も元はそこにいるという話です。魔法の本場に留学、といった感じかしらね? ……もう7年も留学したままですけどね」


 自嘲気味な笑い声を漏らす先生。


 だけど別の世界への扉を開く、なんてボクの知っているフィクション物では大変な事が起きがちだけど……別の世界のモノがこちらの世界に侵略してくるだの、人類滅亡フラグになったり、世界の法則を乱したり、と楽園への扉だった試しがない。


「そんな事して大丈夫なんですか……? こちらの世界に悪影響はないんですか?」


「7年前、実際に姉さんは別の世界への扉を開いたけど、そこから魔王の軍勢が攻めてきたりはしてませんよ?」


「その扉は今はどうなっているんです?」


「姉さんが向こう側から閉じちゃったわ。こちら側からしか開けられず、向こう側からしか閉められない。取っ手のない押し扉みたいな物を考えてもらえば想像しやすいかしら。私の仮定ですけどね。それについては詳しく書かれてなかったの」


「先生のお姉さんは帰りたくても帰ってこれない、と……?」


「最初から帰るつもりはなかったみたいなのよ。私でさえ帰る手段というものをいくつか考えられるのに、姉さんのノートにはそれが一切なかった。家に帰りたくない、という気持ちは私にも解りますけどね……」


 先生が俯き、言葉が途切れる。


 家の事情、というやつだろうか。それについて触れてもいいものやら悪いものやら考えていると先生は顔を上げていつも通りの笑顔で話を再開した。


「まぁ、そんなところだから黒夜君は気にしないでくださいね」


「なら先生はその扉を再び開こうと?」


 ボクが質問すると、先生は驚いたような表情を浮かべた。


「私が……? いえいえ、探していると言っても通信連絡手段を探しているだけで扉を開いて向こうへ探しに行こうとは思っていませんよ」


「そのノート貸してもらうわけにはいきませんか?」


「あら? 黒夜君向こうの世界に興味があるのかしら? 今の黒夜君には難しい題材だと思いますし、仮に扉を開いたとしても制御不能になっても困るから、先生が手を入れたコピーでもいいかしら?」


「はい、それでいいです」


「データはパソコンにあるのでちょっと待っててくださいね」


 石神井先生がパソコンに向かって作業を始める。ボクは異世界への扉が開くかもしれない事を考えるとなんだか異様に気持ちが高揚してくるのだった。

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