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21 先生との個人授業


 石神井先生に呼び出された。呼び出し、というと素行の悪い生徒には『どの悪事がバレたんだ?』等といらぬ心配までついてくるものらしいけどボクにそんなものはない。やましい事など何一つないのだから。


 では何故呼び出されたのだろうか? 心当たりが全くない。呼び出された先は魔法の授業で使う教室の準備室。授業の後に直接来るように言われた場所だった。


「失礼します」


 石神井先生の後に続いて準備室へと入る。


「ちょっと待ってくださいね」


 石神井先生は点けっぱなしだったノートパソコンに向かい、閉じた。生徒に見られてはいけない類のものなのだろう。そして立てかけてあったパイプ椅子を広げるとボクに座るよう促してきたので素直に従う。


「魔法の授業はどうですか?」


 世間話でもするつもりなのだろうか。


「順調です」


 ボクは一言だけ答える。実際色々教えてくれるのは卯月さんか伊丹であって石神井先生ではないから、いまいちどう答えていいものやら、という思いもある。


「他の生徒に掛かりっきりで、黒夜君をないがしろにしてしまって大変心苦しく思っています。先程も召喚獣を倒されて普通ではない程怒っていたようですし。確かに何も出来ないまま倒されれば悔しく、多少の怒りは感じるとは思います。だけどさっきのは少し目に余りました」


 まさかの説教が始まってしまった。


「う、すみません……」


「いえ、黒夜君を責めているわけではありません。召喚獣についての説明がなされていなかったようですし、私もその事に気付いていなかったのがいけなかったんです」


 そう言って、石神井先生は何かの本を何冊か手渡してきた。『はじめてのしょうかんじゅう』というタイトルと、かわいらしい動物達の絵が描いてある。


「これは……?」


「本当は小学生用の教材なんだけど、黒夜君なら読むだけで内容を理解出来ると思うので持ってきました」


 小学生用の教材……! 時間が戻るわけでもないのに小学生からやり直さなければならないらしい……! 魔法の授業に関してだけ言えばボクは遅れている、なんてものじゃない。今まで考えてなかったけど、あれは授業なのだ。当然赤点とかもあり得るわけで……ボクは魔法に関してはおちこぼれなのか……自覚するとへこんでくる。


「ひょっとして、呼び出されたのって、補習だったりします?」


「そんなにかしこまったものじゃありませんけど、補習と言えばそうなるのかもしれませんね。他の教科で補習とは縁がなかった黒夜君には補習という言葉に悪いイメージがあるのかもしれませんけど、決して貶められるような事ではないのですよ?」


そう言われてすぐに、そうですよね、なんて思えないけど、一応先生の言う事だ。大人しく聞いておこう。


「個人授業、と言えば少しは聞こえも良くなるかしら?」


 ……全然別のイメージになってしまったけど、口に出すのは不謹慎なので、とりあえず頷いておく。


「ウフフ……からかい甲斐のない生徒ねぇ。先生もっと黒夜君と仲良くしたいな」


 そう言うと何故かボクの手を握ってくる先生。え? 何この展開。ボクと先生のイケナイ個人授業が本当に始まってしまうの……!?


「か、からかわないでください。補習じゃなかったんですか?」


 先生自身が言っていた。からかい甲斐がない、と。多分からかっているだけなのだ。


「黒夜君カワイイからつい。でも仲良くしたいと思っているのは本当ですよ?」


 つかみどころのない先生だ。今までこんな面は見た事がない。ボクが魔法を意識出来るようになったから、だろうか。


「それとも黒夜君は先生と仲良くなるのは嫌なのかしら?」


「べ、別にそういうわけではありませんけど……!」


 握られた手を意識してしまい、ボクは先生から目を逸らす。


「そうそう、そういう反応されればからかった甲斐があったというものです」


 やはりからかっているだけなのか。


「ごめんなさいね。なんだか黒夜君、嫌々着いてきたみたいだったから。少しはリラックス出来たかしら?」


 ……知らず知らずの内に失礼な態度を先生にとっていたようだ。嫌だな、と思う気持ちが顔や態度に出ていたのだろう。先生はそれに気付き、気を遣ってくれたのだ。ボクの為に時間を割いてくれている先生の事を考えずに自分の事ばかり考えていた。


「すみません……」


 謝罪の言葉を口にするボクに先生は笑顔で応えてくれた。


「そんなにかしこまらないでもいいのよ。補習と言っても私の話を聞いてもらうだけですから。魔法を使う、というのは認識、知識、意識が重要です。それを広げる為の話だと思って聞いてくださいね。途中で疑問に思った事も質問していいですから」


 質問してもいいというなら魔法使いの基本としてよく見るものを聞いてみよう。


「物を浮かす、とか、グラスに入った液体の中身を変えるといった類の魔法の授業はないんですか?」


「そういう魔法もあるけど、授業ではやりませんね。目的の為に必要であるなら自分で研究する、といった感じでしょうね。魔法の授業が模擬戦という一目で勝敗が解る形態をとっているのは、誰よりも強くあることを目指しているからです。決められたルールの中に則った競技と言ってもいいでしょう。オリンピックの種目の一つでもあるのですよ? 魔法が使えない人には意識出来ないけどね」


「魔法を使える人だけが魔法を意識出来るのは何故なんですか?」


「詳しい事は解ってないんだけど、魔女狩りについて世界史で習いましたよね?」


 確か異教徒の弾圧とか疑わしきは罰せよ、みたいな虐殺だ。


「魔女狩りについての詳しい説明は省きます。世界史でやる事ですし、詳しく書かれた書物もたくさんあります。それを話していたら時間がいくらあっても足りませんからね。


 その魔女狩りだけど、本当に魔法を使える人達が処刑される事は稀で、魔女狩りの犠牲者のほとんどは魔法を使えない人達だったの。魔法を使えない人達にとって魔女とは畏怖する存在で、手を取り合う存在ではなかったのでしょう。ただ、本当の魔女を捕らえようとしても、逆に犠牲者が出ちゃうわ。そこで魔女を仕立てあげて処刑してたとも考えられているの」


 本当の魔女……模擬戦で見るような光景を見ていると、普通の人が捕らえるのは難しいだろう。


「魔女狩りに加担する魔女もいたのよ。少ない魔女の犠牲者はそういう人達の手にかかった、と言われているわ」


「魔女が、魔女を……? そんな仲間を減らすようなことを……?」


「魔法が使える、使えない、というだけで私達は人と違う存在ではありません。魔法使いという括りではなく、人間という括りの中、派閥なんかもあったのでしょう。泳げる人はカナヅチの人を自分とは違う存在だと思って仲間ではないと思いますか?」


 ボクは反省する。魔法が使える事が選ばれた人間、みたいに少なからず感じていたからだ。


「人は誰しも魔法を使う事が出来る可能性を秘めているわ。やるか、やらないか、その違いだけなのよ。話が逸れちゃったけど、その魔女狩りで狩られる魔法を使えない人達を不憫に思う一人の魔女が、魔女狩りを止めさせようと、魔法を使えない人達には魔法を意識する事が出来なくなるような魔法を使った、という伝承があります。その魔法は人々の心に魔法なんて存在するわけがない、という気持ちも植え付けました。これにより魔女狩りというものがなくなっていった、と私達は考えています。


 その魔女の使った魔法は世界中を覆う結界となって今もあると伝えられています。それでも突然魔法を信じるようになる人が出てくるのはところどころに穴が開いているのか、それともその魔女の力を上回っているのか」


 先生がボクを見つめて一呼吸置く。ボクがスゴイ、と言われているみたいでなんだか恥ずかしい。


「でも、そんな世界に影響を与えるような魔法なのに、魔法使いの子供は魔法を信じて育つんですよね?」


「自我が確立する前から魔法に触れていればその魔法の影響を受ける事はないようです。世界中、という規模は大きいものでもその効果は非常に薄い、持続性のあるものだと考えられているの。親が魔法使いではない普通の子供でも魔法を信じているのはその為だと思われるわ。でも直接魔法に触れないからどんどん魔法が信じられなくなっていき、やがて大人になる頃には魔法が存在するわけがない、と思い込むようになると考えられています」


 思われている、とか考えられている、とかイマイチ話がはっきりしない。


「こう言うのも失礼なのですが、全部憶測の話なんです?」


「私達にもまだはっきりと解っていない事なのですよ。それらしい伝承は残っているけど、確実な証拠がないから。世界中を覆う結界なんて、魔法使いであればすぐ解りそうなものだけど、誰にも感じる事が出来ていないの。宇宙から地球を見下ろせるようになった今でも、世界を覆う結界は観測されていないのです」


 観測されてないからあるとは言えない、でも伝承には残っている、と。


「それを解き明かす事をライフワークにしている魔法使いもいますよ。もし黒夜君も興味を持ったのであれば、もっと詳しくお話ししますよ?」


 興味がないわけではないけど、それほど詳しく聞きたいという話でもないのでボクはやんわりと断った。


「今日は呼び出して補習という形を取ったけど、黒夜君がまた先生の話を聞いてくれるならいつでも時間空けるから、遠慮せずに言ってくださいね。授業で見れない分、個人的に仲良く出来たらいいなって思っていますから」


「ありがとうございます」


「やだもう、そんなにかしこまらなくてもいいってば」


 ……意外とフランクな先生だったんだ。補習というのはなんだか嫌な響きがするけど、先生はボクのために言ってくれているのだ。そう言われて悪い気はしない。また来ようという気にさせてくれる。


「でも先生にタメ口で話すのは抵抗が……」


「黒夜君は真面目ね。教務室とか教室では人の目があるけど二人きりの時はそんな事気にしないでもいいのよ?」


「そう言われても……」


「ウフフ……ドキドキした? ドキドキしたかしら?」


 ……だけどこのノリはどう対処していいものやら少し困る。


「補習という形を取るより、生徒が質問しにきてくれて話をする、って方が先生も嬉しいからね。次はお茶とお茶請けくらい用意しておきますね」


 個人的に先生と話すだけならボクも悪いイメージはない。むしろここまで生徒の事を思ってくれている先生と仲良く出来るなんてありがたいことだ。


「午前中は教務室にいる時が多いけど、昼休み以降はここにいるから遠慮なく訪ねてきてくださいね」

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