表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/52

2 メイドなんてものは存在しない


「普通のファミレスじゃないか」


 伊丹に連れてこられたところは近所の何の辺輝もないファミレス。


 メイド服を身にまとった店員さんや胸を強調したり露出が多かったりする制服を着たウェイトレスもいない。というかこの田舎にそんなファミレスは存在しない。


「普通のファミレスだけど、何を期待してたんだ?

 メイド喫茶とか、カワイイ制服の女の子しかいないような店か?」


 まるで心を見透かされているかのような伊丹の言葉。


「え、いや……そんな店こんな田舎にはないんだから、別に期待なんてしてないよ」


「あるぜ」


「あるの!?」


「エラく食いついてきたな……

 まぁ。あるといえばあるが、流行に乗り遅れた感がある店で客入ってるところ

 ほとんど見たこともないし、いつつぶれてもおかしくないようなトコだぜ?」


「いやね、ボクは別に行きたいなんて言ってないよ?」


「その割にはなんかソワソワしてないか?」


「気のせいだよ。

 それより伊丹はその店よく行くの?」


「よく、ってわけもないけどたまにな。客がほとんどいないから専属メイド状態だぜ」


「どうしてそっちに連れて行ってくれなかったんだッ!?」


「ちょっ、お、落ち着けよ」


 ボクは興奮のあまり、机を叩きながら立ち上がっていたようだ。

 昼時でこの普通のファミレスにはお客がそこそこ入っており、周りの目がボクに突き刺さる。

 いたたまれなくなったのでボクは申し訳なく思いながら大人しく座りなおした。


「悪かった……そうだよな。昇だってメイドさんに会いたいよな。

 メイドが嫌いな男なんていないもんな……たとえそこの食い物が高くてマズくても

 メイドさんがいればそれだけで幸せになれる。オマエもオレと同じ気持ちだったとは

 知らなかった。この通りだ、許してくれ。

 そして今からでも遅くはない、行こうじゃないか!」


「ま、待って!?」


「どうした昇!?」


「軽く流すわけにはいかない単語が出てきたから……

 高くて、マズい……?」


「ああ、でもそんなのはメイドさんへの愛があれば大した問題でもないだろ!?」


 食べ物を食べるという目的でボク達はここ、普通のファミレスに来た。

 伊丹も自分の好みより、一般的なこと、つまりボクの事を考えてここに来たというのに、ボクがわざわざ伊丹のスイッチを入れてしまった。


 メイドは確かに魅力的だけど高くてマズいとわかってるとこには行きたくない!


「いや! ここで食事をしてからでも! ほら伊丹、コレ定食おかわり自由って

 書いてあるよ! 食欲はここで満足させて、それからメイドに会いに行けば

 いいんじゃないか!?」


「腹一杯にしてメイドさんに会いにいけるか!

 そんなことしたらメイドさんが悲しむだろう!?」


 やばい。本気で変なスイッチが入ってしまっている……!


「ボクがいたら伊丹の専属メイドじゃなくなってしまうけど、それでもいいのか!?」


「……ぐぅッ!?」


 よし効いた!

 元々専属メイドでもなんでもないハズだが、そのことを意識させないようにして厄介なメイドスイッチを切らなければ……!


「例えその子が伊丹に好意を持った伊丹の専属メイドだとしても!

 そこにボクが行けばその職業柄、ボクにも奉仕しなければならない!

 そしてホントは嫌なのにボクに奉仕していくうちに!

 段々とそれが快感に変わり、いつしかボクの……」


「うわああああああああッ! やめろ! やめてくれ!」


 頭を抱えて本当に辛そうな顔をする伊丹。

 言ったボクが言うのもなんだけど、何を想像した。


「そういうわけだからここで食事をとろう?」


「そ……そうだな……」


 努めて優しい声で伊丹を落ち着かせる。

 その効果もあり、だんだんと落ち着いてきたようだ。


「そして食欲を満たしてからじっくり……」


「やめて!」



 ……

 


 至って普通の可もなく不可もないファミレスでの食で腹を満たす。


「さて、お腹もいっぱいになったことだし、そろそろ伊丹が言うメイド喫茶にでも……」


「い、いやだ! 渡さないぞ!」


 微妙にトラウマになってしまったようだ。

 どうでもいいけど何を想像したんだ伊丹。


 高くてマズい、という言葉を聞いてからはそこへ行くことへの興味がだいぶ薄れてしまっている。


 仕送りをもらって一人暮らししている身として無駄遣いはできない。

 たまに姉が転がりこんできて散財させられるし……


 本当なら外食自体を避けなければいけないんだけど、楽だし、ついついしてしまう。

 ランチメニューならお得だし、コンビニ弁当に汁物や飲み物を加えた時とあまり値段は変わらない。


 どちらにしろ、金銭考率では自炊にかなり劣るが……


「この後どうするの? 街へ出てウィンドウショッピング?」


「女の子同士じゃあるまいし、ウィンドウショッピングなんぞするわけねーだろ」


 冗談のつもりだったのに真面目に返されてしまった。ツッコミをいれてもらうならウィンドウショッピングではなく、ウィンドブレスとでも言っておけばよかったか。

 街へ出てウィンドブレスでもする? 意味がわからないな。


 とうおるるるるるるるる るるるん


「と、悪い」


 急に伊丹の携帯が鳴る。

 ボクに断りをいれてから通話を始める伊丹。

 かかってきた携帯を取るくらい別に気にしないのに。

 それよりも気になるのは着信音の方だ。電子音じゃなくて明らかに人の声だったんだけど。


「もしもし……あ? 今? ダメだって、今一人じゃねーし……」


 何故かボクの方をすまなそうチラチラと見てくる。


 ボクと会ってる時は携帯の電源を切ってよ! とかそんな気持ちの悪いことを言ったことも思ったこともないのに何故そんなに気にしてくるのか。


「はぁ? 何言ってるんだよ? ちげーよ男だよ」


 伊丹の言葉が段々と荒くなってくる。言葉の内容からなにやらややこしそうな電話のようだけど……


「……わかったよ、めんどくせーな……

 昇、スマンがちょっと電話変わって声聞かせてやってくれないか?」


 察するに伊丹の彼女か何かだろう。

 声を着かえるだけでトラブルにならないなら喜んで協力しよう。


 伊丹から携帯を受け取り……

 でもいざ話すとなると何を話せばいいんだろう。

 知らない人と話す、ということを意識するとなんか緊張してきた。


「……あの、もしもし……?」


 う、辺に声が上擦ってしまった。


「ちょ!? 昇、なぜそんな声を出す!?

 今までの話の流れ聞いてただろ!?」


 興奮した伊丹に携帯をひったくられてしまう。

 携帯とボクの間にはかなり距離があるにも関わらず、スピーカーからはなにやら金切り声が聞こえてくる。


「ごめん、知らない誰かと話す、って意識したら緊張しちゃって……」


「それでつい女の子みたいな声を出してしまったってか!?

 ありえねぇ! ありえねぇよ!? というかそんな声を出せるオマエにびっくりだよ!?


 意図的なものではないけど……


「それより電話、いいの?」


 ボクが指摘すると伊丹は恐る恐る携帯を耳に近づけていく。

 スピーカーからは未だに金切り声が響いてきていた。


「いや落ち着けって……!

 嘘じゃねーよ!

 ホントに男なんだってば!」


 釈明に必死な伊丹。


 ……わざとではないものの悪いことをした……だけどボクがもう一回喋ろうとしてもまたさっきの繰り返しになってしまっても困るし……


「わかったよ!

 今から行けばいいんだろ!」


 伊丹は乱暴に電話を切る。乱暴に電話を切る、といっても通話ボタンを押しただけだが。

 家電なら受話器を叩きつけて切るような勢いだっただろう。


「そういうわけでスマンが、ちと行ってこなければいけなくなってしまった」


「ゴメン、ボクが20Hz以下の低周波音を出せていればこんなことには……」


「そんな音域普通の人には聞こえねぇよ!?」


 ボクの冗談につっこめるくらいの余裕はあるようで、安心した。


「かえってややこしくしたみたいで、ゴメン」


「いや、元はオレの問題だし、昇は気にすんな。悪いのオレの方だ。

 この埋め合わせは必ずするから!」


 余程急いでいるのかボクの返事を聞かずに駆け出していった。


 ……ボクがその人のところへ行って対面しながら話せば誤解は

 一瞬で解けたような気がしたけど、気のせいにしておこう。


 さっきの偶然あげてしまった上擦った声を再現出来なかったら別人と思われるだろうし、再現出来たとしても携帯越しの声だ。相手に別の人を連れてきたと言われても同一人物だと証明する術もない。

 終わったことを気にしていても仕方がない。

 これからのボクの行動を考えよう。


 家に帰ってもいいんだけど、折角外に出たのだから……なんて言うと、まるでボクが引きこもりみたいだが、そんなことはない。休日ともなれば本屋やゲームショップに行く。


 ……まぁインドア派であることは否定できないけど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ