19 デザートツイスター 相手は死ぬ。
「ギアを一つあげていくぞ!」
まだ何もしてないのにギアをあげるとか言い出した対戦相手。魔法使いの間でだけ通じる言葉なのかそれとも単純にこの子の頭が少しおかしいのかは今のボクには判断がつかない。
今のボクに出来る事は、召喚出来るだけの魔力を貯めてスケイルちゃんを召喚し、後はスケイルちゃんに全部任せるくらいしかない。
「ぬぅん! 召喚!」
ボクの魔力が半分も貯まらない内に相手は人程の大きさもあるクワガタのような虫を召喚してきた。女子高生が召喚するものがまさか虫だとは思わず、人サイズの虫という気持ち悪さに動揺してしまう。そういえば何かで聞いたことがある。人間と同じ大きさにした時に昆虫の強さは計り知れないものがある、と……!
だがそんなボクの恐怖とは裏腹に、虫の攻撃は大した事はなかった。体当たりやハサミもよく見て避ければ回避出来ないこともないし、体当たりに当たったとしてもそこまでの痛みはなかった。痛みがあまりないということは現身へのダメージもそこまでないはず。とはいえ、このまま攻められれば負けてしまう。スケイルちゃんを召喚するのに必要な魔力が大きいのが問題だ。時間を稼ぐ用の魔法とかも習うべきだったんだろうけど、こうして戦ってみなければ必要なものが解らない。だから繰り返し戦う模擬戦なのか……なるほど。
現身へのダメージがそろそろヤバいかも、と言うくらいでようやくボクの魔力が貯まる。そしてすぐさまスケイルちゃんを召喚する。どう考えてもそこの虫よりスケイルちゃんの方が圧倒的に強い。おっと、初の戦いだというのにこれは勝ってしまったかな?
ボクの目の前に絶対的な安心感。もう誰にも負ける気がしない。それがスケイルちゃん。
「デザートツイスター! 相手は死ぬ!」
そんな言葉と共に、ボクの目の前にいたスケイルちゃんは爆発四散した。
……は? 何がどうなって……?
ボクの周りにはバラバラになった肉片が撒かれていた。あれほど安心出来たスケイルちゃんの気配はもうない。
何で……? これ模擬戦だろ……? 人は現身で死なないのに、召喚獣は死ぬのか……? だとしたら何故……!
「何故だ!? 何故殺す!?」
「おっと女子高生が言われてみたいセリフの一位を言われてしまった! これはテンションあがるね!」
言われてみたい言葉……だと……? そんな事を言われたいというだけでスケイルちゃんを殺したのか!? やはり魔法使いなんてロクなヤツがいないのか……!?
いつだか感じた事のある感情がボクの胸を黒く焦がす。こいつだけは許さない。絶対にだ!
湧き出る感情に身を任せると自然と魔力が貯まり、魔法が勝手に発動する。発動した魔法は対戦相手の女子生徒の手足に万力を出現させ、徐々に閉まっていく。
「痛!? イタタタタ!? でも負けられない! この戦だけはー!」
そして大して魔力を使ってない骸骨を複数召喚し、その内の一体と虫が相打ちになる。残りは全て女子生徒に向ける。万力に絞め付けられ身動きのとれない女子生徒を複数の骸骨が取り付き、殴り、蹴る。だがこんなものじゃボクの気は済まない。鎌を召喚し、手にする。そして直接その命を……
「そこまでです。黒夜君、アナタの勝ちです」
トドメを刺すのを石神井先生に止められる。
「ダメだ! 許さない! そいつは生きていてはいけないんだ!」
ボクのスケイルちゃんを殺したんだから仇を取らなければならない!
「何言ってんの? もう勝負ついたから。頭おかしいのか?」
石神井先生ごと女子生徒を鎌で手にかけようか逡巡していると、気だるそうな目をした女子生徒がトドメを刺したい女子生徒を庇うように間を割って入ってきた。その行為にやたらとイラ立ち、迷いは消えた。振り下ろした鎌は女子生徒達の命をまとめて刈り取る……かに思えたが、見えない壁に阻まれその鎌が届く事はなかった。
「!?」
「おい本気かよ。何を血迷ってるのか知らないが、模擬戦終わったのにコレとか。人間のクズなの? だったら役にも立たない人間のクズより、人の役に立てる鉄クズにでも変換してやった方が世のためになるんじゃない?」
気だるそうな目をした女子生徒が不穏な言葉でボクを挑発する。手には鉄クズが握られていた。召喚したのか……? と思いきやボクの持ってた鎌がいつの間にか柄しかない。女子生徒の持っている鉄クズはまさか……!
「止めなさい! 二人とも!」
「おいどうしたんだよ!? 模擬戦終わったんだろ!? 勝ったのになんでそんな事を!?」
石神井先生は相手の女子生徒を、いつの間にか側にいた伊丹がボクを止める。
「そんな事……そんな事だって!? スケイルちゃんの命を奪ったんだからそうなるのは必然だろ!?」
「何言ってんだ、召喚獣は倒されてもまた呼び出せるぞ」
「えっ」
スケイルちゃんは死んでない……? 試しに魔力を貯めて呼んでみるとそこには美しい鱗のスケイルちゃんがいた。良かった、死んだスケイルちゃんなんていなかったんだ……!
急速に怒りは失われ、なんだか居たたまれない気持ちが湧いてくる。
「それくらい教えておけよ」
怒りが冷めたのが相手にも伝わったのか忌々しそうに吐き捨て、尻もちをついている女子生徒を抱え起こすと向こうへと立ち去っていく気だるそうな女子生徒。
「すみません、伊丹君達がそれくらい教えているものだと思ってましたから。卯月さんもいてこんな事を教えてないとは思いもよらなかったので」
チラっと石神井先生は卯月さんを見るも、卯月さんの表情は無表情を貫いていた。




