18 魔法授業座学その2
「昨日伊丹くんが小学生をいじめていた、って風の噂で聞いたんだけど」
選択魔法の授業の時間に卯月さんがボクに話かけてきた。すぐ近くに伊丹もいるけど。
「情報が早いね、卯月さん。ボクが止める間もなく伊丹が小学生をね……」
「おいやめろ。誤解を招くような言い方をするんじゃない。ちゃんと語り合って分かり合ったさ。この世に生きる喜び、そして悲しみの事を」
「今日は黒夜くんも模擬戦出来るかな? その前に模擬戦についてちょっと話しておこうか」
伊丹をスルーする方向で話を進めてくる卯月さん。伊丹はそのままこの世に生きる悲しみを深く噛み締めていた。
「模擬戦って手加減して戦うの? 本気で戦ったら危なくない?」
「授業でやる模擬戦に限って言えば危なくないんだぜ」
悲しみを噛み締めるのをやめた伊丹が横から口を出してくる。
「模擬戦で人に与えられるダメージは全て現身という人形が代わりに受けてくれるの。だからどんな致死ダメージを貰っても模擬戦では無傷で済むよ。相手の人形が壊れるか、相手が負けを認めれば勝ち。人形がダメージを肩代わりしてくれるんだけど、人も痛みを感じないわけじゃない。ある程度痛い。痛みでショック死するような事はないけど、それでも痛みは必要なの。実際に使えば痛みを与えるものだということを理解する為に。死ぬような事はないんだけど、やっぱり痛いからか、勝ち目がないのに一機減るまで頑張るような人は稀だね。
一機というのは人形の単位で、クラス戦では特殊なルールで三機減ったら終わりなの。三機減るまでは三人で行動出来るから他の二人は無傷でも一人で三機消費させられたら負けになるよ」
クラス戦か……卯月さんと伊丹と組んでやるんだろうけど、足を引っ張らないようにしないと……
「クラス戦での痛みってどうなるの?」
「そのダメージを負った個人の痛みになるよ。人形が消費される毎に痛みはリセットされるけどね。人形へ与えられるダメージは三人のダメージの和になるよ。だから個人戦よりクラス戦の方がゲーム性が高いね。そのせいか個人戦よりクラス戦の方が人気だね」
「そうなんだ。でも自分がすごいと思っている魔法使いって個人戦の方が好きそうな気がするけど。団体戦だと足引っ張られるの嫌、とか……」
ボクが不安に思っている事をそれとなく聞いてみる。
「逆だよ。オレサマツエーがしたいヤツはクラス戦で『自分一人で三人分倒す! 撃墜王の称号は貰った!』みたいなノリのバカの方が多い」
「あーっはっは! 皆まとめて焼き尽くしてあげるわ!」
伊丹が現在行われているクラス戦の方に目を向けながら説明すると、遠くから聞いた覚えのある声が耳に届いた。
「模擬戦についてはこんなところかな。何か質問ある?」
「人形って普段自分の現身として使えない? そうすれば不意の事故でケガしなくて済むし」
「残念だけど使えないよ。模擬戦というルールにお互いが合意して初めて人形が機能するから。そう簡単に身代わり人形には出来ないってことだね」
「魔法は万能ではないってこと?」
「そうだね。人を生き返らせる事はもちろん、病気を治すことも大怪我を治すことも出来ないんだよ」
「え? 人を生き返らせるのはともかく怪我も治せないの?」
「痛みを和らげるとか、止血の補助等の応急処置程度だね。それも専門にやってる人で。病院で勤務している人とか救急隊員の中にいる魔法使いがそれに当たるね。魔法使いと言ってもそれについて素人なら出来る事なんてないよ。だから模擬戦以外で相手を傷つける魔法なんて使わないんだよ。使うとしたら行動阻害魔法。軽い雷系の魔法だね。最初に言えば良かったかな」
「そうすれば渋山の事を誤解する事もなかったもんなぁ」
「う、ごめん……」
「そんなに気にするなよ」
「ちなみに魔法を使った犯罪はアシがつきやすい犯罪だよ。誰がその魔法を使ったのか、という情報が残るからね。かっとなって、とか、ついうっかり殺っちゃう事はあっても完全犯罪を狙った計画性のある殺人には向かないね。魔法で人を傷つけると暴行罪になるから気をつけてね。」
ボクが知らなかっただけで、魔法についての法整備はしっかりとしているようだ。
「そろそろ今の対戦終わりそうだな。次あたり昇の模擬戦デビューじゃね?」
話を聞く限り模擬戦というものは危険がないみたいだし、なんだかゲームの様に感じられて楽しみになっていたところだけど、つい最近魔法を知ったばかりのボクが今までずっとやってきた人達に通用するのだろうか?
「召喚獣呼べるようになったんだっけ?」
卯月さんがボクの召喚獣について興味があるならボクは語ってやらねばならない。
「そうなんだよ! 呼び出した時からボクに懐いてきてさ、もう可愛いったらないよ! 全体的に美しい姿をしているんだけど、特に目を奪われるのがその鱗! 光が当たると金属みたいな光沢なんだけど、触ってみると普段は柔らかくて肌触りもいいんだ! 戦闘状態になると硬質化するみたいなんだけど、その状態はまだじっくりと見ていないから、それを見るのがスゴイ楽しみだよ! 鱗が特徴的だから名前も鱗ちゃんにしようか、英語読みのスケイルちゃんにするか迷ったんだけど、鱗ちゃんはググるとなんか出てきたから結局スケイルちゃんって呼ぶ事にしたんだ!」
「そ、そうなんだ」
笑顔を返してくる卯月さん。これはもっと聞きたいってことかな?
「その辺にしておいて昇、出番みたいだぜ。相手もあまり強くないし、初心者にも丁度いい戦いになるんじゃないか?」
むっ、もっと語りたかったんだけど、向こうを見てみれば石神井先生からも呼ばれているようだったので仕方ない。実際にその目で確かめてもらおう。
「黒夜君はこれが初めての模擬戦になりますね。伊丹君達に色々教わっているみたいですが、習うより慣れた方が早いでしょう。重刃さんも胸を貸すつもりで戦ってあげてくださいね」
「わかった!!!!!!!」
目の前には背の小さいツインテールの女子生徒。伊丹の話ではあまり強くないという話だけど……
「では始めてください」
石神井先生の合図でボクの初めての模擬戦が始まった。




