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15 保健室にて


 暗闇の中、卯月さんがボクになにか囁いている……ボクはそれを聞き取ろうと必死に耳を澄ますが良く聞こえない。卯月さんの口は同じ言葉を繰り返しているようだ……口の動きを注意深く見つめる……


「ゴメンね」


 何を言われてるのか動かされている口を読み取った時、卯月さんの声が頭の中に響いた気がした。ボクは悲しそうな卯月さんを元気付けるために近付こうとしたけど卯月さんとの距離は離れるばかり。


 どうして……!? なんで近付けないんだ……! 卯月さんはすぐそこにいるのに……!



 ……深い闇に閉ざされていたはずのボクの心は何時の間にかすっきりと晴れていた。


 ここは保健室……? 今のは夢だったのか……?


 なんでこんなところに寝ているんだろうと身体を起こすと、保健室のソファーに座った伊丹が携帯をいじっているのが目に入った。


「伊丹……?」


「目ぇ覚ましたか」


 伊丹は携帯をポケットにしまう。ボクは確か取り囲まれ、命を狙われたはずだ……! 伊丹もその中の一人だったはず……だけど今は本当に命を狙われていたのか? という意識が強い。本当に命を狙われていたならこうやってボクが目を覚ます事なんてないから。じゃぁ、あれは一体……?


「あの魔法使いは……?」


「渋山の事か。今なら信じてくれると思うけど、アイツ、本気でオマエの命を狙ったんじゃねーぜ。本気で狙ってたとしたら無傷で済むはずないだろ? なんていうか……よくマンガとかゲームの設定であるだろ? 自分の身に危機が迫った時、なにやら力に目覚める、ってヤツ」


 ボクはその類のものを想像した。難なく思いつく程メジャーなシチュエーションだ。


「アイツバカだからさ、それを演ってみたかったんだと。昇にとっちゃすげー迷惑な話だったろうけどな。でもオマエそれ出来ちゃったんだわ」


「え……えぇ!?」


 全然身に覚えがない。ボクがした事と言えば、感情の赴くままに相手を罵倒しただけだ。


「オマエ渋山の事泣かしただろ、あれが一種の魔法だ。精神に直接作用するやつ」


 そう言われてみれば思い当たる節がないわけではないような……と同時に罪悪感が芽生える。女の子を泣かしてしまった。


「それは、悪い事しちゃったかも……」


「まぁアイツの自業自得だ。別に昇が悪いわけじゃない。んで、その精神に作用する魔法を自分自身にもかけちまってたんだよ。覚えあるだろ? なんか何も信じられなくなっていく感じのやつ」


 こっちは思い当たる節があるどころではない。ボクは一体なんという愚かな事を……!


「ごめん……」


「気にするなって! その状況はオレも仕方ないって思うし! 全部渋山のバカが悪いんだって!」


 明るく言ってくれる伊丹に少し心が軽くなった。


「見かけない二人がいたけどあの人達は?」


「『不可視の女神』の魔法に長けた魔法使い。昇が自身にかけていた魔法を解いてくれたんだ」


「そう、お礼言わないといけないね」


「おう、言っとけ。渋山も同じクラスだから文句言っとけ」


「ははは……」


 ボクは力なく笑い返す。最初から気になっていたのに聞くのに抵抗がある事だった。それは直前まで見ていた夢のせいかもしれない。卯月さんの事だ。今この場にはいない。無性に気になって仕方ない。伊丹も卯月さんの事は何も言ってこない。


「……卯月さんは……?」


 ボクは少し緊張気味に伊丹に聞いてみた。すると伊丹は、はっとしたような顔を浮かべると、やがて悲痛な顔をボクに向けてきた。


「オマエが思い出したくないのは解る……」


「え……?」


「まさかあんな事になるなんてオレも思ってもいなかった……」


 伊丹の言葉がボクの胸にじわじわと黒く嫌な気持ちを広げていく。


 あんな事……? 記憶を探ってみるが途中で黒いカーテンに遮られていて見えない。

 

「何を不穏な会話しているの。それより黒夜くん目覚ましたんだね。体調はどう? どこか痛いところとかない?」


 その時保健室の扉を開けて卯月さんが入ってきた。後ろから三人の女子生徒も一緒に入ってくる。

 あれ……普通にいるのに、なんで伊丹は思い出したくない事だなんて言ったんだ……?


「痛いところ……特にないよ。大丈夫」


「ホントか!? 内臓が破裂したりしてないか!?」


 内臓が破裂していたとして、そんな経験もないのに自分で解るわけもない。それに何故そんな事を聞いてくるんだ。


「伊丹くんはちょっと黙っててくれる? うっとうしいから」


「あ、はい」


 底冷えするような卯月さんの声に伊丹が黙らせられる。


「改めて紹介するけど、こちらは渋山さん。ちょっと悪ふざけが過ぎたみたいなんだけど……直接本人の口から聞いた方が早いかな」


 卯月さんに促され、命を狙ってきた改め、渋山と呼ばれた女子生徒がボクの前に立った。


「あの! この度は大変な迷惑をかけてしまってごめんなさい!」


 必死に頭を下げてくる渋山さん。命を狙ってきた時とは違ってこっちが素なのだろう。


「気にしていないよ。それよりボクの方こそごめん。なんか心無い言葉をぶつけてしまって……」


「じゃ、これで貸し借りナシね! あーすっきりした!」


「切り替え早すぎないか? もう少し大人しく神妙にしていてもいいんだぞ? 昇ももっと文句言ってもいいんだぞ?」


 伊丹が間に入って場をかき乱そうとしてくる。話がややこしくなるので当然卯月さんに怒られる。


「次はわたし達ですね。さっきは自己紹介する間もなかったので。星 明です」


「陽です」


「苗字だけだとどちらを指しているのか解らないので皆さん名前で呼ばれていますが、区別つかないと思いますので苗字で呼んでもらっても構いません。それとこれをどうぞ」


 明と名乗った星さんから何やらお守りのようなものを手渡される。


「これは……?」


「黒夜さんは無意識の内に良くない魔法を自分にかける事がこれからもないとは言えないので、それを防ぐ護符です。効果はまぁ気休め程度なものなんですが、ないよりあった方がいいと思いまして」


「ありがとう。大切にするよ」


「いいなー昇ばっかり、オレも女の子からプレゼント欲しいなー(チラッ)」


「では伊丹さんにはこちらを」


 ちらっと見たのは卯月さんの方だったけど、卯月さんはそれを無視。代わりに星さんが何かを伊丹に手渡した。


「おっサンキュー! カッコイイ形だけどなんか魔法的な効果があったりするのか?」


「それはダモクレスの剣と言って、周囲の憎しみとか悪感情を集めてくれます。覚えのない怨みを買って常に何者かに命を狙われるようになります」


「い、いらない!? なんでそんな呪われてそうな物をオレにくれるの!?」


「欲しいと言っていたので」


 慌てて伊丹はダモクレスの剣を星さんに返した。


「午後の授業は出れそうかな? まだ調子悪いようなら寝ててもいいんだよ?」


 卯月さんが優しく語りかけてくれる。


「大丈夫。授業には出るよ」


「そう、なら今日の放課後は召喚獣と契約にでも行く?」


 なにそれ楽しそう。


「おぅ、そういやゾンビと契約なんていつの間にしてたんだ? 召喚されてびっくりしたぜ?」


「え? ゾンビと契約? してないと思うけど……」


「でも召喚してたぞ?」


「んー……? 召喚した覚えがないんだけど……」


『覚えがない……?』


 卯月さんと星さん達の言葉がハモった。それぞれ何か思う事があったようだったが、直接追及される事はなかった。

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