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14 治療魔法(物理)


 伊丹の一言で事態は悪い方へ転んでしまった。


「明さんと陽さんは解呪をすぐ始めて! 渋山さんは二人の護衛! 伊丹くんは後で説教!」


 咄嗟に状況を判断した雪音は皆に素早く支持を出す。話し合いでなんとかなる状況ではなく、こうなることも視野に入れていたからこその指示だ。


「スンマセン」


 伊丹は謝りながら雪音の言葉を思い出す。


(最悪の状況とは明と陽がやられて解呪出来なくなる、ということだ。いきなりビームみたいなもの出されて二人がやられる、なんてことにならなかっただけマシだったというところか。最悪よりマシってだけで良い状況とは言えないが)


「ふぅん? それで? 卯月さんの役割は?」


「黒夜くんが皆に危害を加えないなら私は何も出来ることがないよ」


「オマエ達がボクに危害を加えてくるのに!? 座して死ねと!」


 雪音は悲しそうな顔で黒夜を見るが、その時明と陽の結界が発動する。解呪の為に必要な結界だ。


「キミ達に有利な空間ってわけだ。ボクも張らせてもらうよ」


 同じく黒夜も結界を発動させる。黒夜は結界について誤解していたが、言って聞かせられるような状況でもない。


「なんだ!? 結界の中に結界を張ってきたぞ!? 結界の存在を知っているってどういうことだ!?」


「結界知ってるのは多分アタシが昨日使ったから……」


 驚き慌てふためく伊丹に、申し訳なさそうに渋山が答える。


「なんの結界をなんで結界なんて張ったんだよ」


「その方がそれっぽいかなって思って、ダメージ倍加の結界を……」


「ダメージ倍加ァ!? オマエそんなん張って行動阻害魔法当てたのかよ!? 痛ぇなんてもんじゃねぇだろソレ!」


「いつも使ってるからそれでいいかなって思ったのよ!」


 言い争いをしている二人を他所に黒夜と雪音が対峙する。かなり距離があり、お互いの間合いに遠い。


「それで、卯月さんの役割は?」


 黒夜の結界はここにいる全員に悪影響を与えるものであった。黒夜は自ら皆に危害を加える事を宣言したのだ。


「キミを、止める」


 雪音が静かに覚悟を決める。


「ボクの命の鼓動をか!? イヤだね断る!」


 言うなり黒夜は自分と雪音の間に大量の死者の群れを壁にするかのように足元から湧き上がらせた。


「ゾンビ!? 召喚の契約もしてないのに何で召喚魔法が使えるんだ!?」


「ゾンビなんてどれだけいてもアタシの敵じゃないわよ!」


 渋山が雷を放ち、死者を一人土に還す。


(遠くからゾンビ一匹倒すだけでよくあんなセリフを吐けるよな。昇はなんてあんなヤツに殺されるなんて勘違いしたんだ?雪音の方が余程絶望的な気持ちに……)


「いたあああッ!!」


 伊丹の思考は渋山の悲鳴で途中で止められる。


「どうした!?」


「このゾンビダメージ反射が付与されてる!」


「ダメージ反射!? 『不可視の女神』の高度な魔法だぜ!? そんな時間のかかる魔法使った様子なかったぞ!?」


「アタシが与えたダメージにしてはなんか返ってきたダメージが少ないかも!?」


「『不可視の女神』の力は使われていません。ダメージ反射とは違う原理です。黒夜さんとゾンビが繋がっているようですから、ゾンビへのダメージは黒夜さんにもいくようになってますね」


 解析の結界を張ってるおかげで詳しく説明出来る星姉妹。


「つまり何か、対象に与えられたダメージを自分にも与える代わりに相手にダメージの一部を返す、とかいうワケのわかんねー付加魔法かけてやがるのか? 明らかにデメリットの方が目立つリスク負ってりゃ、魔法にかかるコストなんて少しで済むわな……!」


「クハハハハハッ! どうだい!? 自分達の魔法の味は! 自分の魔法なんだから大好きだろう……? でもそれが! 人に与える痛みってヤツなんだよッ!!」


「そんなの、ちょっとオレ達が痛いのを我慢すればゾンビ倒してるだけで昇も倒せるってことだぜ!」


「やっぱり黒夜くんは優しいね。自分もその痛みをしっかりと受け止めてる。私達に返す痛みは一部なのにね」


 黒夜と同じような調子で言葉を返す伊丹とは違い、雪音は静かに黒夜に話しかける。


「……!」


 何か思うところがあったのか、動きを止める黒夜。


「伊丹くん、ゾンビ倒してもあまり意味ないよ!」


 だが雪音はそれ以上黒夜に言葉をかけるようなことはせず、味方への指示を出し始めた。それを見た黒夜は止めていた行動を再開する。


「なんでだよ!?」


「黒夜くんの張った結界、結界内にいるすべての体力を少量奪って黒夜くんに与える効力がある!」


「それ系の結界ってそんなに大した効力じゃないだろ?」


「今この結界内にどれだけの対象がいると思っているの? 結界内全部だよ!? 敵味方区別してるわけじゃない!」


「ゾンビの群れからも体力を吸ってるっていうのか? 自分が呼んだものも弱っていくだろうに何がしたい……」


「何がしたいのか解らない? 伊丹、お前対戦ゲームで時間切れしか狙わないの?」


 伊丹の疑問の声に被せるように黒夜は口を開く。


 雪音は近くにいるせいもあって黒夜が何をしているのかいち早く気付いた。


「ゾンビを生贄にして何かのコストを払っている! 黒夜くん相当大きい魔法を使うつもりだよ!」


「マジかよ、ゾンビを生贄? 死んでいるのに生贄とはいったい……」


「だったら皆まとめて焼き尽くしてあげるわ!」


 渋山が大きい魔法の詠唱に入る。


「バカ言うな! 反射されるの忘れたのか!」


「それにそんな事したら黒夜くんがもたない!」


 反射の事は頭から抜けていたのか、渋山は『あ』の形に口を開けて止まった。


「伊丹くん! なんだか解らないけどこの規模を発動されるのは良くない! 打ち消せる!?」


「やってみる! 雪音は!?」


「私は黒夜くんを直接叩く!」


「ホラ! 本性が出てきたよ! 卯月さん! 残酷な魔法使いの本性がね! 落ち着け、何もしない、ボクの事を優しいだなんて言葉で篭絡させようと、ボクを気遣うフリをしながらキミはずっとボクをその手にかける事だけを考えていたワケだ! 直接その手を汚したがるなんて、ひょっとしてキミが一番酷い人だったのかなァ!


 ボクは卯月さんだけは信じてもいいと思っていたのに。


 一番信じたい人が一番ボクのして欲しくない事をしようとするなんて! ボクの心は一番信じたかった卯月さんに裏切られてズタズタだよ! 魔法使いってのはホントに人の心を抉るのに長けているねぇ!」


 雪音が苦悶の表情を浮かべる。黒夜の呪詛がその身を蝕みつつあるためだ。


「雪音!」


「……大丈夫。黒夜くんは私を信じたい、そう言っているだけ……他の言葉は私の心には届かない……!」


「そんな事は言ってないだろう!? お前どんなに都合のいい耳しているんだよ!? お前に対するただの呪いの言葉だよ! ボクの気持ちを弄んで、裏切って。好きだったのに、好きだったのに! よく平然とそんな事が言えるね! 解ってるよ! それが卯月雪音という魔法使いなんだろう!」


 黒夜が発する呪いの言葉に雪音の表情は苦痛で歪む。


「……私も……嫌いじゃないよ……あはは……両想い……だね!」


「ぐっ!?」


 雪音の科白に、黒夜も同じくらい苦痛の表情を浮かべる。呪いの言葉への対抗手段は相手が呪いの言葉を吐いた事を後悔させてやればいい。雪音がやったそれは相手に同じ呪いの言葉を返すより遥かに効果的だった。


「くそ……! これだから魔法使いは……!」


「黒夜くん、キミは今自分の呪いの言葉でおかしくなってるだけ……今皆で治しているんだよ……?」


「治すだって!? ボクは正常だ! 正常なものをどうやって治すっていうんだ!?」


「魔法で……そしたら全部元通り……魔法の授業を受けて、魔法関連の買い物なんかにも行って、渋山さんとか星さん達とも一緒で、何かオススメのものとか聞いて……すねられても面倒だから伊丹くんも一緒に連れていってあげたりしようか……?」


「信じないッ! ボクの心に入ってくるな! 騙されない……! 魔法使いになんて騙されないからなッ!」


「だから、ちょっと目を瞑っててくれないかな……? 今度は顔、見られてくないから……」


 雪音と黒夜の顔はもう目と鼻の先だった。黒夜は雪音の言葉を信じられるわけではない……! コイツは危険だ、コイツは危険だ! 黒夜の頭の中にはそんな警報しか鳴らされていない!

 だから雪音が黒夜の耳元で囁く言葉が聞こえない……!


「……」


 雪音が黒夜に何かささやいた。だが、その言葉と同時に


「……雪音……? ウソだろ……?」


 ドサリと人の倒れる重い音が響いた。


 伊丹は信じられなかった。

 まさか、雪音が黒夜に意識を断ち切る程のボディブローを叩きこむとは思っていなかったからだ。


 伊丹だけじゃない、渋山も星姉妹も目を大きく見開き、唖然としていた。


「おい、今のはオマエが両手を広げて昇が正気に戻るのを信じる場面じゃないのか……? 雪音のキスで正気に戻るも一歩遅く、昇の凶刃が雪音の身体を貫いた。みたいな展開になるとばかり……」


 渋山と星姉妹もうんうんと頷いた。


「私、黒夜くんを叩くって言ったよね?」


「いや、そういう比喩なのかと……オマエホントに魔女なのな……」


「何が不満なのかな。伊丹くんの想像通りの展開だと私死んでるんだけど? 口づけで正気に戻るとか伊丹くん少女趣味すぎ」


「ぐむっ……」


 そんな事言うならこの場にいる雪音以外全員少女趣味だ。


「それで正気に戻ったとしても私が死んでたら黒夜くん大後悔。そんな鬱展開を見たかったのかな?」


「ちょっと見たかった」


 渋山が口を挟む。


「渋山さん、中々面白い事言うんだね? 知らなかったな……

 そんな展開が好きだなんてね」


 雪音が目から光を消して虚ろな笑顔で渋山を見つめる。


「ひっ……! う、うそ! うそに決まってるでしょ! ごめんなさい!」


「全く……そんなにダメな手だったかな? 皆の安全を考慮した打ち手だったと思うけど。黒夜くんにはちょっと痛い目みてもらっちゃったけど。皆無事だったのに、皆は何が不満なのかな……」


「ちょっと? 意識を断ち切るボディブローって、ちょっと痛いで済むか……?」


「試してみる?」


「……遠慮しとく」

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