12 怒られたくないから
「予想通りの反応すぎて面白いぜ。多分昇には後ろから足音が聞こえてるに違いない」
「べとべとさんの話? 何か関係あるの?」
黒夜の元を離れた伊丹が様子を報告しているのだが雪音には全く要領の得ないものだった。
「いや、なんでもない。やっぱり自分にかけ続けてたみたいだ。解呪するまで近寄らない方がいいぜ。なんでもない事まで疑ってるみたいだし、渋山との関係まで疑ってるっぽいな。まぁ命を狙ったなんて事は別としてあながち間違っちゃいねぇんだけど」
「そう……」
「でもさ、石神井先生が来たら昇の様子見て解呪してくれるんじゃね?」
「……だといいけど」
「どうした? 浮かない顔して」
「ううん、別に」
「まぁ無意識とはいえ初心者の魔法だろ? すぐ解呪してもらえるって。確かによからぬことを考え、あんなにも暗い昇を見るのは気が沈むだろうけどさ」
神妙な雪音の気を晴らすべく伊丹は気楽に振舞うが、雪音の様子は変わらない。
「……その初心者の魔法をどうして私達は解呪できないの?」
「え? そりゃ解呪の魔法なんて『不可視の女神』に詳しくないと、だろ? どうやってるのか仕組みが解らなければ専門でもない限り解呪は難しいぜ」
「私達に解らない仕組みで魔法を発動させている。無意識に使ったから仕組みが解らない、と理由付けるのは簡単だよ。でもそれって初級の魔法って言えないよね?」
「……つまりどういうことなんだ……?」
雪音がここまで深刻になる理由が伊丹には解らない。
「伊丹くん瑠璃の魔法使いを蔑称でないと言うならもっと頭使ってよ。すっごく簡単な事だよ? いい?
黒夜くんは魔法使い。魔法を無意識に発動出来る。無意識に使うからその仕組みが解らない。仕組みが解らない魔法は簡単に対処できない。黒夜くんは疑心暗鬼」
その先を問うように雪音は黙っている。
「……解呪しようとしても無意識のうちに抵抗される可能性がある、か? 確かにそう考えると雪音が深刻な顔してるのも解らないでもないが、昨日魔法という存在があるのを知っただけの素人中の素人だろ? 魔法で抵抗されたところでそこまで大したものじゃないと思うが……」
考えさせてもお気楽な答えを返してくる伊丹を雪音はジト目で睨む。
「伊丹くん、私を安心させようとする上辺だけの言葉はいいから、しっかり考えた事を話してくれる?」
「心を……読んだのか……!?」
「心を読む魔法なんて使ってない。伊丹くんも知ってるよね? 伊丹くんの顔が不謹慎なんだよ」
「顔が不謹慎ってどういうこと!?」
「誤解がないように黒夜くんに解呪の魔法をかけるにはどうしたらいいと思う?」
食って掛かる伊丹をスルーし、話を戻す雪音。まだ何か言いたそうな伊丹であったが、言っても雪音の機嫌を損ねるだけだと理解したのか雪音の問いに真剣に考え始める。やがて彼は一つの結論に達した。
「複数人で押さえつけて無理やり解呪する」
「……」
雪音はどこか諦めたような顔をした。
「じょ、冗談だよ! もっと真面目に考えるって!」
「……その方が確実でいいのかもね。石神井先生がダメならアカリさんとヒナタさんに頼むことになるだろうし」
まさか受け入られるとは思わなかった伊丹だが、そこを問答するのは建設的ではない、と頭を切り替える。
「石神井先生がダメならその二人でもダメなんじゃねーのか?」
「……出来ない、じゃなくて、しない。という事も視野に入れて話をしている」
「石神井先生が解呪してくれないって?」
「不在って事も考えられるでしょ」
「ならそれも『しない』じゃなくて『出来ない』んじゃねーのか?」
伊丹の問いかけに雪音の表情は一瞬影を落とすがすぐに無表情に近い顔に戻る。
「……そうかもね。それを前提で話すけど、渋山さんも連れていって正直に話してダメなら5人で取り押さえる、ってことを覚悟した方がいいかもしれない」
「いいのか、それで……?」
「いいも何も。話し合いで解決出来なかった時とか、ないと思いたいけど、急に襲い掛かってきた時の事とか最悪の状況っていうのも考えておかないと」
「最悪の状況っていうけど、悪い方悪い方に考えててもしょうがないだろ?」
「悪い方に考えているんじゃない。最悪の状況を想定して、それに対処する方法を考えて最悪には至らない道をみつけるんだよ。考えられる色々な状況を洗い出していくのは悪い事じゃないよ」
「ホント渋山のヤツ、メンドクセーことしてくれたよなぁ」
「伊丹くん」
雪音を元気付けようと渋山をダシに悪態をついてみる伊丹であったが、それをたしなめるように名前を呼ぶ雪音。
「解ってるって。悪気はなかったってんだろ。で、どうするんだ? なるべく早くした方がいいだろ?」
「そうだね。他の人の都合がつくなるべく早い時間にした方がいいだろうね」
休み時間になり、雪音は問題を解決すべく、二人の女子生徒とコンタクトを取っていた。
「というわけで、解呪をお願い出来ないかな? なるべく早くに」
雪音の前にいるのは星 明と星 陽。一卵性の双子の姉妹で、二人とも『不可視の女神』の魔法を専門としている。渋山と同じクラスで、クラス戦ではその三人でチームを組んでいる。
「アタシからもお願い」
呼び出された二人についてきた形でこの場にいた渋山も二人に頭を下げる。
「わたし達は別に構いませんけど、石神井先生に頼まれた方が確実では?」
「今日はいないみたい」
「そうですか。少し厄介そうですね」
「そうなのよ。卯月達じゃ全然ダメで」
「いえ、そういうことではなく……」
渋山は気楽そうに言うが、雪音はその厄介という意味をしっかりと理解しており、表情が曇る。渋山はそれ目にし、自分が原因でもある事を気にしていたのでちくりと胸を痛めた。
「ちょっと、意地悪しないでなんとかしてあげてよ」
「シヴさん、わたし達は別に意地悪で言ってるわけではないのです。その呪詛の解析をするのに結界が必要です。それはわたし達でやるので問題ないのですが、知らない魔法の解析には時間がかかります。結界内に長時間黒夜さんを留めておかないといけません。その間わたし達は無防備です。ご存知の通り、解析の結界内は居心地のいいものではありません。黒夜さんの呪詛を余計悪化させる恐れもあります。そして完全に解呪出来るとは限……」
「解ってる。二人の安全を最優先にする。だからお願い出来ないかな?」
明と陽の言葉を遮り、雪音は頼み込む。その先に続く言葉を雪音は解っていたからこそ他の人の口から聞きたくなかったから。
明と陽は少し考えてから、答えを出した。
「……解りました」
「メンドクサイ事言ってないで最初からそう言えばいいのよ」
明と陽が引き受けてくれたので渋山は少し肩の荷が下りた気分になり、その気持ちがそのまま言葉になって表れる。
「そうですね、ごめんなさい」
姉妹は大人しく謝る。受けるつもりなら気持ちよく二つ返事をした方がいい、という渋山の気質を理解していたから。
「時間は今日の昼休みでいいでしょうか」
「まとまった時間とれる一番早い時間で助かるよ。でも黒夜くんを連れてくるのは難しいかもしれない。もし昼休みがダメなら放課後付き合ってもらっちゃってもいい?」
「はい、大丈夫です」
「とりあえず昼休みだけど、場所は何かあっても大丈夫なように魔法教室でいいかな?」
「はい」
「ちょ、ちょっと何かって何よ!?」
雪音と星姉妹は簡単な打ち合わせをしているような感じだが、渋山は物騒な気配を感じ取り、雪音に尋ねた。雪音は渋山に向き直り、事実を淡々と聞かせるように言う。
「さっきも言ったと思うんだけど、ちょっと遠まわしな言い方だったかな。黒夜くんは私達の解呪という行為に反撃してくる可能性が高い。それを踏まえての複数の人で事に当たる」
「わたし達の手に負えなかった場合は? どうするんです?」
「その時はまた後日、石神井先生にでも任せる」
「だったらわざわざ何か危ない橋渡るより、最初から石神井先生に任せた方がいいんじゃないの?」
「渋山さん……悪気は無かったといっても、魔法の初心者をあんな風にしたのがバレたら怒られるよ? 親呼ばれるレベルだよ? それでもいいって言うならそうしてもいいんだけど、あんな状態の黒夜くん見るのこっちが辛いし、早く治せるならそれに越した事ないでしょ?」
「そ、そうね! 確実性よりも速効性を重視した方がいいと思うわ!」
「シヴさん……」




