11 疑心暗鬼
家に着くなり、陰鬱な気分で寝間着に着替えると、日も落ちていないのに早々にベッドに潜り込んだ。眠りにつく気はないが、他に何かする気にもなれない。ある一つの事を除いて。それは考える事だ。
あれだけの痛みではあったが、肩に目立った傷はない。今は痛みも引いていた。その痛みを与えてくれたあの、実に下らない理由でボクの命を狙ってきた女子生徒。胸の内から湧き上がる黒い感情をそのまま言葉にしてぶつけた。あの時は自分の命よりも怒りを優先してしまったが、今考えるとなんて命知らずだったんだろうと反省する。
命は惜しい。魔法はやめると言ったのだからもう襲ってくる事もないと思うけど。逆に言えば魔法を学んでいる限りはボクの命を狙う魔法使いが必ずいる、ということだ。
卯月さんと伊丹に話して守ってもらおうかとも考えた。だけど四六時中二人と一緒にいられるわけがない。一人になったところを狙われたらアウトだ。ボクが魔法を学ぶ事を快く思わない連中に魔法を学んでない事を証明するためにも二人とは距離を置いた方がいいのかもしれない。
……二人はどうして魔法使いなんてやっているんだろう。人に痛みを、傷を与えて楽しいのだろうか……魔法使いってのはそういう性質なのか……? もしそうだとしたらあの二人もあまり信用出来たものじゃないのかもしれない。……そういえば卯月さんなんて昨日絡んできた男達をその手にかけていた……? 生死を確かめてはいないが、あのままゴミとして収集されてしまったのでは……!
そして伊丹も人の心を読む……読んで何をするつもなのか、そんなことは決まっている。口に出せないような秘密が彼には手に取るように解るのだ。弱みに付け込んできてもおかしくない。
ボクの想像は、おそらく、正しい。魔法使いは人に痛みを、傷を与えて楽しむ。どちらにしろ二人とは距離を置くのが賢明なのだ。
翌朝、ボクが教室に着くなり伊丹が近寄ってきた。
「うぃーす、昇、調子はどう? ちょ、いい? ちょういい? 体ちょういい? ヤベェ? ヤベェ? へへへヤベェ? なぁ昇?」
明らかにヤバいのはコイツの方だ。
「何か用?」
距離を置くと決めたのだからあまり親しそうにしているところは見られたくない。ボクは突き放すような態度をとる。
「昨日なんかあったか?」
ドクン、と心拍の音が跳ね上がる。さっきまでのおどけた様子と明らかに違う。何かがあったことを確信しているような……! 昨日なにかあったのかと問われて真っ先に思いつくのはあの命を狙われた事だが、それを聞いている!? それを知っている!? 知っているとしたら何故!? 見ていた!? 物陰からこっそり様子をうかがっていたのか!? まさか魔法使いは全部グル……!?
いや、まだそうだ、と決まったわけではない。ともすれば取り乱しそうになる自分を抑え、極力平静を装う。
「……別に……なんにもないけど。どうしてそんな事を……?」
「昨日待ってたんだけどオマエ来なかったからさ、どうしたのかなって思ってよ」
…もっともらしい事を言ってはいるが……昨日の件を知っているのなら白を切っているのだろうか。それならこちらもわざわざ言う必要もない。跳ね上がった心拍数もそれを機に落ち着きを取り戻す。
「急に調子が悪くなったから……今日もあまり気分が良くないから放っておいてくれないかな」
嘘は言っていない。どの程度心を読むのか解らないが問題ないはず。いや、むしろ読まれても構わない。口で言う必要もなくなるし、それがボクの本心なのだから。
「……そうか。もう少しの辛抱だからな」
それだけ言うと伊丹はボクから離れた。
もう少しの辛抱……? その言葉にひっかかりを覚える。具合の悪いだけの人にかける言葉ではない。解決する糸口がある時に使う言葉だ。ボクの使った気分が良くないという言葉は具合が悪いという意味ではない。不快であるという意味だ。にも関わらず伊丹は時間が経てば解決すると言った。伊丹は何を言っている……? ボクが言う気分の良くない原因が解決するとでも言うのか……? だが魔法使いというものが存在する限りボクの気分は多分良くならない。それなのに……
!?
伊丹の方を見れば卯月さんと会話している!? 考え事をしていたボクの目に飛び込んできたのはこちらの様子をチラチラと盗み見るようにして何かの相談をしている二人の姿だった。教室で会話をする二人の姿を見かけた事なんて今までなかったし、卯月さんも教室では話していない、と言っていた。それなのに今、その例外がすぐそこで行われている……!
何を話している……? 今日の天気や、朝食に何を食べただのという世間話をしているわけじゃないのは解る! そんな話をボクの顔を盗み見ながらするわけがない! ボクに聞かれたくない話なのか、それともわざと見せつけてなんらかの心的な揺さぶりをかけてきているのか……!?
ここでボクはさっきの伊丹言葉を思い出す。もう少しの辛抱だからな、と。何を我慢すれば解決するのか? ……ひょっとして二人がボクの命を狙った魔法使いをなんとかしてれる、といった話でもしているのだろうか。もしそうだとしたら……
いや、それは違う。もしそうならボクに隠す必要がない。だから魔法使いをなんとかすると言っているんじゃない。
多分、ボクをなんとかするつもりなのだ……
それだと辻褄があってしまう……いくら気分が悪くてもボクが殺されれば今の気分の悪さはなくなる。当然だ。死者が何をを思うはずもない。
だけどそれが解ってもボクには身を守る手段がない。
どうすれば……
ボクに残された時間はそう多くないだろう。伊丹の言う『もうすぐ』が、ボクの思う『もうすぐ』と昭かな違いがなければ。




