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1 夢ですが何か



 目の前の女性から流れ出る液体は

 止まることを知らずにただ地面を赤く染め上げていく。


 どこからどこまでが傷口なのかわからない。

 傷口さえ見えない程にあとからあとからとめどなく溢れてくる赤い液体。


 それ(・・ )が流れるにつれて彼女は生を失っていく。


 どこを押さえれば血は止まるのか!?

 そもそもどこかを押さえれば血は止めることができるのか!?

 そんなことが出来る知恵も判断も出来やしない!


 チリチリと頭の奥を焼くような不安が止めどなく押し寄せ、心を溢れさせる。


 そんな風にグズグズしてる間にも彼女は失われていっている。


 このまま指をくわえて最愛の人の命が尽きる様を眺めていろというのかッ!?


 ありえない。

 ありえない!

 ありえないッ!!!!


 だけど気持ちばかりが焦ってどうすればいいのかまるで思いつかない!

 どうして何も思いつけないんだ!

 後からああすれば良かったと後悔したいのか!?


 考えろ、冴えたやり方はあるハズなんだ……!


「……ん……」


 彼女が何か言いかけ、口を開く。

「話す」というたったそれだけのことさえ今の彼女には困難そうだった。


 この状況を改善する方法が何も思いつかない。

 だから彼女の言葉に耳を傾けることくらいしかできない!

 それとも喋らせない方がいいのか!?

 そんなことさえもわからない!


「……を……怨まないで…………」


 耳を澄ましてようやく微かに言葉の断片が届く。

 それほど彼女の言葉は弱弱しい。


「……誰を……?」


 彼女をこんな風にしたヤツを怨むな、とそう言っているのか!?


 ……っるさない……許さない……!

 許さないッッッ!!!!!!!!!!!!


 彼女をこんな風にしたヤツがいる。

 そう思うだけで怒りが湧き上がってくる。

 彼女を助けようと思う気持ちはいつの間にか怒りへと変換されていく。


 まるでそれが冴えたやり方だとでもいうように。


「……を……怨まないで…………」


 彼女は同じ言葉を繰り返す。


 だけど肝心なところが聞こえない。

 怒りの矛先を向ける場所が!


「魔法を……怨まないで…………」




 ……


 ……


 ……酷い夢を見た。


 自分のベッドの上で意識を取り戻したボクは(ただ単に起きただけとも言う)

ついさっきまで見ていた夢を反芻した。


 誰がどんな角度で見ても夢だとわかる夢。

『魔法』なんて言葉が飛び出した現実なんてあるわけがない。


 ……それにあんな寝覚めの悪い光景、夢以外であってなるものか。


 冷静に夢を分析するつもりもないが、目の前で人が死に逝く夢なんて

あまり気持ちのいいものではない。


 あれならHな夢でも見てた方がまだ健全というものだ。


 Hな夢、というわけでもないけど、

 あの夢に出てきた女性……

 いや、でもあんなに胸があるとは……


 と、夢について無駄な考えを巡らせていると不意に携帯が鳴る。


 携帯を取る時に時計に目を向けると長い針と短い針が丁度真上を指し重なりあっていた。


 だけど幸いなことに今日は休日。慌てるような時間じゃない。


「もしもし(ノボル)

 今からオマエん家行くけど何か買ってきて欲しいものとかあるか?」


 携帯電話のスピーカーの先からは馴染みのある男の声が聞こえてきた。


「んん……伊丹(イタミ)……?

 ナニ?」


「ナニ? じゃねーよ。ひょっとして寝起きか?」


 伊丹。

 悪友その1。

 説明終わり。

 ちなみにその2は存在しない。


「寝起きかどうかと言われればどちらか言えば寝起きなのかもしれないけど

 意識ははっきりしているから厳密には寝起きではないのかもしれない」


「そんなことをしっかり答えてくるようじゃ寝起きだということを

 否定できないぜ」


 その理論は良くわからないけど、まぁ流しておこう。


「で、買ってきて欲しいものだっけ? ならメイドロボでもひとつ買ってきて

 もらおうかな」


「そんなんどこで売ってるんだよ。オレが欲しいわ」


「ですよね」


 当然メイドロボなんてものは今の時代には存在しない。

 需要は絶対にあるハズなんだけど、この先の時代に果たして存在を許されるモノなのだろうか。存在したら絶対少子化が進むことだけは間違いない。


「まぁ適当に菓子とか買っていくぜ」


通話が切れる。


 とりあえず着替えるとしよう。

 さて、これが選択肢のあるアドベンチャーゲームならここでどうでもいい選択肢が入るだろう。


1 全身鎧、勿論バケツ込み。

2 ゴスロリ服

3 全裸


 こんな具合に、だ。

 一つとしてまともな選択肢がない気もするけど、上から選んだ時どうなるか考えてみよう。


 1の全身鎧バケツ込み。これは、持ってない。だから着ることはできないんだ。

 2のゴスロリ服。男友達の前で女装するとか別の物語が始まってしまうので却下。

 なんて言うとボクにまるで女装癖があるようにとられてしまうが、

そんなハズもなくこれは姉の私物。ボクの持ち物ではない。もちろん着たこともない。

 3の全裸。伊丹に「本当に気持ち悪いよ」とか言われるのがオチだ。


 というわけでどれを選んでも普通の私服を着ることになる。

 無意味な選択肢なんてそんなものだ。


 ピンポーン。


 はやい! もうついたのか!

 思いのほか益体もないことを考えるのに時間を取られていたみたいだ。


「うぃーっす、来たぜー」


 玄関を開けると伊丹がコンビニの袋を手に下げ、機嫌良さそうに入ってきた。

 

「早かったね?」


「おう、魔法のお菓子を見つけたから急いできたぜ」


 袋の中をごそごそしていたかと思うと同じ種類の菓子二袋を手に取り、ボクの前に置いた。


「魔法のお菓子?」


 伊丹はさっそく菓子の袋を開けるとなにやら粉を取り出し、水道水と混ぜ合わせていく。


「見てろよ。

 こうやってだな……

 練れば練るほど色が変わって……」


「まさかそれを魔法だとか言わないよね?」


「え!? 超魔法だぜ!?」


 子供向けのお菓子でこんなにも夢中になれるなんて、もうかわいそうな子にしか見えない。

大体その極彩色のお菓子は食べ物に見えない。


「そんな目で見るなよ!

 じゃ昇はどうしてコレの色が変わっていくのか答えられるのか!?」


「いや知らないけども……

 何かの化学反応じゃないの?」


 菓子の袋の裏に書いてある原材料を示してみる。


「そうやって頭から魔法を否定しやがって、なにか魔法に怨みでもあるのか?」


「そんなものは……」


 何か引っかかった。

 魔法に……怨み……?


 つい最近同じようなフレーズを聞いたような……


「昇?」


 ボクはソレを思い出して頭を軽く横に振る。

 夢の話じゃないか……

 真面目に『何か引っかかる』とか恥ずかしすぎる。


「なんでもない。

 ちょっと変な夢見て、それを思い出してね……」


「へんなゆめぇ?

 好きな子の夢でも見てたのか?」


 夢に出てきた人を思い出した途端に顔が熱くなる。


「なっ……何を言って……!」


 焦ったのがまずかった。

 伊丹の顔がニヤニヤ笑いに変わっていく。


「誰だ? 同じクラスの子か?」


 同じクラスに気になってる子はいるけど夢で見たような胸はない。

 だからあれはきっと


「ボクの想像上の二次元の存在だよ」


 そう答えると伊丹はまるでかわいそうな子でも見るかのような目でボクを見つめてくる。

 ボクもさっき伊丹をかわいそうな子だと思った。

 つまりボク達は二人ともかわいそうな子なのだ……


「そうだとは思えないけどな」


 自分だけはかわいそうな子ではない、とばかりに否定してくる伊丹。


「まぁ伊丹はモテるもんね」


「オレが?

 そんな事はないんだが……」


 落ち込む様子を見せる伊丹。

 だけど、イケてると言ってもいいこの見た目と誰にでも分け隔てなく気さくに話しかける性格から女の子にそれなりの人気があることをボクは知っている。


「好きな子にはそっけない態度とられるし、他のにもキモいとか言われるし……

 いや、あれは一種の照れ隠しに違いない!」


 なにやら一人で盛り上がり始めた。ボクに出来ることは生暖かい目で見守ることだけだ。


「……じゃなくて。

 オマエの話だよ。気になる子がいるなら協力するぜ?」


 盛り上がり始めた伊丹を、しばらく生暖かい目で見守ろうと決意したところで伊丹が急に我に返る。我に返るだけならまだしも、さっきの話を蒸し返すつもりのようだった。


「協力、と言われても……」


「他ならぬオマエの片思いを成就させてやるぜ?」


 確かに気になる子はいるけど、少し気になる。その程度で伊丹が思ってるほど恋い焦がれているような状態ではない。


「いや、別に、そこまで片思いしているわけじゃないし、大体話したこともないし……」


「くっくっく……」


 伊丹が不敵に笑いだす。


 な、なんだ……?

 

「やっぱりいるんじゃねーか!

 何が想像上の二次元の存在だ!」


 しまった……! そっちのことか……!


「いや、想像上の二次元の存在だからこそ話したことがないんだよ。

 想像上の存在と会話できます!

 いつも会話してます!

 むしろ話相手はそれだけです!

 って言う方がおかしいだろ?」


 なるべく焦りを隠して言ってみるけど、苦しい言い訳にしか聞こえないか……?


「まぁ相手が誰なのか言いたくないならいいけどよ、話した事もない、というのは

 どうかと思うぜ。気になるなら話くらいしたらどうなんだ?」


「いや……でも……話したこともないのに急に話しかけるのは無理だよ……」


「その理論でいくと、オマエは誰とも会話できないぞ!

 それとも何か、話しかけられるのをただひたすら待つだけの受け身の男なのか!」


 いつの間にかボクの恋愛相談みたいな感じになってる!?


「う、そういうわけじゃぁ……」


「じゃぁどういうわけだ!? 今のままで満足なのか!? むしろオマエは彼女を

 作ってオレを幸せにするべき!」


「……え? どういうこと?」


 ボクが彼女を作ると伊丹が幸せになる? 理屈がさっぱりわからない。


「いや、まぁ、それはだな……」


 なにやら気まずそうにしだした。

 

「つまり、伊丹をボクの彼女にして欲しい、そういうこと?」


「どういう思考回路してたらそうなるんだよ!?

 彼女になるとしたらオマエの方だろ!? 見た目とか性格的に考えてみても!」


 なにを言っているんだ。


 そんなワケのわからないことを言い合っていると伊丹の携帯がボク達の会話をせき止めるように鳴り響く。


「と、ちょっと悪い」


 そうボクに断りをいれてから通話を始める。


「もしも……」


『カップリングは見た目や性格に左右されません。~~だからこう、

 という決まりはないのです。ないのですが、個人的な意見を言わせてもらえば

 メガネかけてる方が攻めですよ?』


ブツッ、ツーツー


「……」


 伊丹は携帯を握りしめたまま固まっていた。

 会話の邪魔になるだろうと思って静かにしていたせいで内容はボクにも聞こえていた。


「……誰から?」


「……さ、さぁ……誰だろうな……なんか間違い電話っぽかったぜ……?」


「そ、そう」


 あまり突っ込んではいけないような気がしたのでボクもそれ以上は何も聞かなかった。


「……あー……オマエ、飯は?」


 部屋に流れる微妙な空気を変えるためか伊丹が話題を変えてきた。

 起きて間もないのだから当然何も食べていない。


「まだ食べていない。伊丹は?」


「オレも食ってねぇ。どっか飯食いにいかねぇ?」


「伊丹、コンビニ寄ってきたのに弁当とか買わなかったの?」


「元々どこか食いに行くつもりで来たからな」


「ボクが昼食を済ませていたらどうしてたの?」


「もちろん腹いっぱいのオマエを連れてどこかへ食いに行く」


「まぁ、いいけどね……

 で、どこに食べにいくとか決まってるの?」


「任せろよ」


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