ワタシのこと
転生前のワタシのこと
その瞬間の光景を私は長いこと想像していた。
周囲からは、わーとかぎゃーとか凄い声がする。
でも、きっと皆は何も出来ないだろう。
今までだって何もしなかったように。
私の兄である目の前の男は、振り上げた鉈をもって
私に一直線に迫っている。
私は、避けるつりは毛頭ない。
この一瞬に、よく言われる走馬灯が頭をよぎる。
こいつをかばい続けた母が無くなって、およそ一ヶ月。
私や姉が何年も前から恐れていた通り、こいつは親戚に
主に血縁の姉夫婦の家に転がり込んできた。
無職ニートを15年も続けたこの男の面倒を、大学生を
二人も抱えた姉夫婦にさせるなんてもっての他だ。
義兄の留守を狙ってやってきたこいつに、姪からのヘルプのLINEが来たのは1時間前だ。
到着するなりふざけんな出ていけと叫んだ私に、こいつは隠し持っていた鉈をもって追ってきた。
それは、計算の上だった。
しかし、予想外だったのは私の体力だ。
全然走れない。
まあ、45歳の派遣社員ですもの。
駅の階段くらいは上がる。
でも、姉の家の近くの交番まで走れるほどの余力がない。
姪と一緒に震えてた長女(51)が、警察を呼んでくれればいいとは思いつつ、間に合わないだろうと諦めていた。
大きな道路まで逃げてきたところで、兄が私に追い付いた。
そして、冒頭の場面になる。
道を散歩してた老人や、ママチャリのお母さんが悲鳴をあげている。
「…殺してやる」
はいはい、わかってるよ。
こいつとは、5年前に一度対決している。
当時、今の私と同じ45だったこいつに、
バイトでもいいから稼げばいいと説教をした。
返ってきた言葉は
「お前は俺の面倒を一生見る気があって言ってるのか」
だった。
…兄貴はいつのまにか宇宙人になってしまったのだ。
うおおおという言葉と共に突っ込んでくる兄と、4車線道路を
黄色信号に向かって突っ込んでくる4tトラックを横目でチラ見する。
ただでは死んでやらない。
姪にも、親族にもこんなお荷物を遺しては申し訳ない。
…ああ、神様お願いです。
どうか、私と兄貴を即死させてください。
左手に激痛が走るのをおぼろげに感じながら、私は無我夢中で兄貴を右手に掴んで道路に向かって翔んだ。
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