流れ星キラリ
息が苦しい。呼吸のしかたを忘れてしまったようだ。そもそも、私は呼吸なんてできたのだろうか?
気が付いたときには走っていた。人間たちは『流れる』だなんて綺麗な言葉を使ったけれど、私たちは現に走っているのだから、しょうがない。流れることができたら、どんなに楽だろうか。
日本でいう秋から冬にかけて、空はだんだん澄んでいくように思える。私は地球を通り過ぎるときは、必ず日本の上を通るようにしている。あそこは四季が綺麗に見えるから。
私たちに、名前はない。必要がないからだ。ひとりでに生まれて、きっとひとりでに消滅していく運命にあるのだろう。私たちの役目は走ること。仲間など必要ないのだ。『たち』なんてひとくくりにしてはいるけど、仲間意識なんてこれっぽっちもない。他のものたちも、みなそうだろうと思う。
私たちに、言葉はいらない。私たちは何もかもを知っている。何もかもと言ったら何もかもだ。ただ、何もかもの中の何かを落としてしまうことはよくあることだ。それは大体興味のないものが多い。例えば、土星の周りのゴミでできた輪っかの成分の中で、一番多いものはなんだ、とか。
私が興味を持つのは、そう、例えば地球に住む人間という生き物。私は人間たちが生まれる前からずっと見てきたが、彼らの成長ぶりには驚かされたものだ。とんでもなく頭を使い、またとんでもなく馬鹿だったりもするのである。
人間たちは私たちに名前をつけた。私を指さして、『流れ星』と言った。それはいい。
だが、人間たちは何を考えたのか、私たちにお願い事を託してきた。待て。私たちはこのように、走るので精いっぱいなんだから、願い事なんて叶えられるわけがないだろう。私たちだって、所詮は宇宙のゴミなんだから。
今日も地球を通り過ぎるときに、ある願い事を託された。
午後七時近いときだったと思う。冬が近づいてくるにつれて太陽の沈みが速くなる日本で、幼稚園の帰りだろうか手を繋いで仲良く歩いているお母さんと少年が私を指さした。――ながぼれしだ!
「ママ、ながぼれしにおねがいしなくちゃ!」
「あら、じゅんくんはなにをおねがいするの?」
うーんとねー。じゅんくんと呼ばれたその少年はしばし考え込んでからこう答えた。
「パパにもあのながぼれしが見えますよーに!」
なんてことだ。純粋無垢な少年に願い事を託されてしまった。い、忙しいんだからな。私は走らなきゃいけないんだから……。
<タドコロ ジュンスケ 五才。母マサコは現在パートをしつつ子育てに励んでいる。父ケンジはアメリカにある○○大学附属病院にて脳外科医であり、昨年六月から単身で……>
……アメリカか。二十秒ほどでつくだろう。
いつの間にか何もかもからじゅんくん少年の情報を出していた私は、突然ハッとした。い、いや違うぞ。私にできることだからしてあげようかと思っただけであって、あの曇りのない瞳を見てしまったからなわけじゃない。単なる気の迷いだ。「ながぼれし」という舌っ足らずが可愛いなどとは断じて思っていない。だって私の役目は、ずっと走っていることなのだから。そう考えつつも、私は走っていた。息は相変わらず苦しかった。風がビュンビュン体当たりをしてくる。
アメリカについてから、ケンジを探した。すぐ見つかった。ちょうど、病院の屋上で空を見上げて煙草をふかしているところだった。
私はこれみよがしに長く線を引いて『流れて』みせた。ケンジの目にとまったようだ。少年よ、君の願いは叶えたぞ。私はそのまま地球を去った。火星に向かってまた走り出す。
私は久しぶりにいい気分だった。いや、もしかしたらこんな感情は初めてかもしれない。新たな情報が入った。音声だけが聞こえる。どうやら電話のようだった。
「じゅんすけ、パパ今日綺麗な流れ星を見たんだよ」
「ほんとに?! ぼく、おねがいしたんだよ!」
「すごいこともあるもんだなぁ。そうだ、来週あたりに帰ろうと思ってるんだけど……」
私は笑いが止まらなかった。もし私に人間のような体があったなら、今の状況は確実に『お腹を抱えて笑う』だ。
だがそのはずみに、私はその情報を落としてしまった。情報が落ちるとその時の記憶も落ちる。急に思考が停止する。
息が苦しい。呼吸のしかたを忘れてしまったようだ。そもそも、私は呼吸なんてできたのだろうか?
気が付いたときには走っていた。人間たちは『流れる』だなんて綺麗な言葉を使ったけれど、私たちは現に走っているのだから、しょうがない。流れることができたら、どんなに楽だろうか。
地球を通ったようだが、記憶がない。私はそんなに夢中になって走っていたのだろうか。このまままっすぐ行くと、いずれ火星にたどりつくのだろう。私は、一体どこへ向かって走っているのだろう。




