7話:決行と剣戟
この話は次回に続く感じでおわらせます。
リュートがニーナと仲間になってから3日がたっていた。
その3日間リュートはニーナとは会っていない。ニーナの所に行くのはリスクが高いからだ。
そんな中、リュートは今ベッドに座り本を読んでいる最中だった。
『じゃあ、ライム、ニーナの牢屋の扉頼んだぞ』
『ハイ、リュートさんも気をつけてくださいね』
そう今日はリュートがワルドの館に来てから6日目、つまりワルド達がリュートを売ろうとするのは明日だ。
つまり、決行日は今日ということだ。
リュートは今日、家事の手伝いを免除された。
恐らく食事に薬等を入れる所を見られないために部屋に閉じ込めておくためだ。
『じゃあ、ライム、ニーナを連れて牢屋を出たら一度この部屋に戻ってきてくれ』
本を読みながら念話をするという器用な真似をしていたリュートは、本を置き、ベッドの下から剣を取り出す。
この剣はライムにこっそりと取らせてきたものだ。
今までは武器がなくなればリュートが疑われる可能性が高いため、行動に移すのは今日取りいくしかなかった。
『俺が念話で合図を送ったらこれを持ってきてくれ』
剣を装備して歩くわけにもいかないのでリュートは先のためにライムに剣を預ける。
『ハイ!』
『それでは開始だ』
時刻は既に夕刻になっている。ライムと別れたリュートは食卓へと向かう。
食卓に向かう途中、キッチンに寄ったリュートは一人で家事をやっているガイドに声をかける。
「ガイドさん、今日家事の手伝いやりませんでしたけど大丈夫でした」
「おう、リュートか、大丈夫に決まってんだろ何年やってると思ってんだ」
そうは言うがガイドはリュートの方も向かずに忙しそうにしている。それは、リュートだけを休ませると怪しまれるかもしれないとワルドが他の使用人を休ませたためだ。
前を向いて、無防備なガイドの背後にリュートは立つ。
「そうですか、今までお疲れさまでした」
リュートは腕を突き出しガイドの胸を穿つ。
「……!?っ」
喉に穴があいたガイドは血を吹き空気が漏れる音を出しながら唖然とする。
「‥リュっ‥ヒュー‥‥なっ‥‥‥ヒュー‥で」
「俺はあなたを殺すか最後まで迷ったんですよ。貴方はただの使用人だ。雇い主が何をしてるかは知っていても協力はしてないかも知れないですから、結局殺すことにしましたけど、でも結局貴方は協力した、食事に何か薬を入れてね」
「ヒュー‥ちがっ‥‥なにっ‥‥もやっ‥‥」
「ああ、もちろん貴方は、俺がいないのは確認してやったんですもんね、そりゃ俺が知るわけないと思いますよね」
リュートはあらかじめ天井裏にライムを配置して監視させていた。他にも誰が関わっているのかをライムのお陰でリュートは全て把握している。
ライムが嘘をついていない限りはガイドが食事に薬をいれたのは間違いない。
全てを見抜かれている事に驚きながら、ガイドは絶命した。
「手と服が汚れたな、……臭いでばれるかな」
リュートは服を替え、手を一生懸命洗い、食卓に向かった。
「おぉ、リュート君遅かったね」
食卓に着いリュートにワルドが声をかける。
「すいません、少し遅れました、……あの今日は皆さん一緒なんですか?」
食卓にはバルトを筆頭に、キースを含めた五名の護衛の者達がいた。ワルドの館には十名のへいしがいる。つまり、半数が食堂に集まった事になる。
「ああ、ワルド様が是非にと誘ってくださってな」
「そうですか」
リュートの向かい側にキース、ワルド、バルトと座り、残りの護衛は二人はリュートの席の横にそれぞれ座り、最後の一人はリュートの後ろに控えている。これでリュート兵士達には囲まれたことになる。
リュートは臆することなく食卓に着いて食事をとる準備をする。
そろそろ、始めるか。リュートは念話を送る。
『よし、ライムいいぞ』
リュートが合図をだした途端、食堂の扉から勢いよくライムが入ってくる。
リュートの後ろに控えていた、兵士がライムに気づく。
「おいおいスライムが入ってきてるぞ」
「見張りの者達はなにやってんだ?」
「弱すぎて通してやったってか、がはは」
しかし、兵士達は誰もが警戒体勢をとっていない。
雑魚のスライムと侮っているのだ。
ただのスライムだと思って油断していた兵士達にライムが六発の水弾を発射する。
真っ先にライムがただのスライムではないと気づいたバルトが他の護衛達に声を上げる。
「気をつけろ! あのスライム、魔法を使うぞ。防げ!」
バルトの注意に慌ててガードする護衛達だが後ろに控えていた護衛の男は防御が間に合わず水弾の餌食になる。
「くそ! 大丈夫かリュート」
「はいっ、強化魔法が間に合いました」
死んだ仲間を見て、バルトはリュートに無事かと確認する。
もちろん。ライムがリュートを殺すはずがない。
しかし、水弾はリュートの元にもとんできていた。
「くそ! 何なんだあのスライムは」
「スライムが魔法を使うなんて聞いたことねーぞ」
リュートの横にいた男達が見たことのないスライムに注視している。
「油断するからこうなる」
リュートは水弾に潜ましていた剣を手に取り、男達に斬りかかる。
「「かっ」」
突然斬られた男達は喋る事さえ叶わずに生涯を終えた。
「なっ、! 何をしているリュート」
「なにしてんすか!」
リュートの凶行にバルトとキースが驚き叫ぶ。
叫びにリュートは笑いながら答える。
「何って、自分を狙う敵を倒しただけだよ」
リュートは今までの敬語をやめた素の話し方でバルト達に剣を向ける。
それを聞いたワルドは驚愕する。
「なっ、小僧知ってたのか!」
「ではなぜ逃げなかった?」
自分達の企みを知りながら何故残っているのか、その事にバルトは疑問を持つ。
「お前らが逃げた俺を諦めるとは思えないし、どうせ入り口に警備の奴らがいるだろうから逃げるのも難しいしな……それに」
そこでリュートは一度黙り、再び口を開く。
「この先生きるには力が必要だろ」
リュートの言いたい事が伝わったバルトはニヤリと笑う。
「クッ、なるほど。まんまと利用されたということか」
剣を構えたバルトはリュートに殺気を向ける。
「なら、戦うしかないな」
バルトの様子から本気と分かったのかワルドが怒る。
「何を言っている! あのがきは売り物だぞ! 傷つけでもしたら価値が下がるではないか」
「ワルド様、そのような事を言っている場合じゃありません、リュートはもう私に迫るほどの強さを持っている」
バルトの目は確かだ。それを知っているワルドは呻く。
「わっ、分かった。少しの傷なら構わん。金はかかるが治療魔法をかけてくれるように手配する。だが殺すなよ!」
それが妥協できる限界だとワルドは言う。
「おまかせを、キース。お前は増援を呼んでこい!」
隣にいるキースにバルトは声をかける。
「いいんすか? 一人になりますよ」
「構わん、魔法を使ったら怪我をしすぎる、なら俺が押さえてる内に増援を呼び、取り押さえた方が怪我も少なくてすむ」
流石の判断力。護衛達のリーダーなだけはある。
だけどそれは甘かった。見張りの者達は二つの入り口を守るために人数を分けている。そんな者をリュートが放っておくわけがない。
「見張りなんてとっくに殺しましたよ、それよりいいのか? そんな余裕でこっちも一人じゃないんだぜ」
そこでバルトはスライムが入ってきたタイミングの不自然さに気づく。
「キース!スライムだ。あれを狙え!」
「なにいってんすか、バルトさん? ……って、あぶなっ!!!」
飛んで来た水弾をキースは咄嗟に避ける。
「そうっす、あのスライムがいたんすよね」
「違う。あれはリュートの仲間だ!」
「なっ! モンスターすよ」
モンスターは仲間にできないのが常識だ。
「スキル持ちなんだろうな……クソ魔法を使えるスライムなんて厄介だぞ」
今のライムは、主従契約の影響と最近のレベル上げにより、かなりステータスが上昇している。
ライム
職業:従者
Lv:15→20、HP200→350、MP250→400
力10→100、耐久30→100、敏捷200→300器用200→250
スキル:水魔法、圧縮、物理耐性
貧弱のスライムとは思えないステータスに、リュートが伝えた時、ライム自身かなり驚ろいていた。
リュートとバルトは剣を手に集中力を高めていく。もう間もなく戦闘が始まる。
「いくぞ、キース」
「悪く思わないでくださいっすよ、こっちも仕事なんで」
始めにバルトが突っ込んでくる。
『ライム、キースが魔法を打たないように援護頼むぞ』
『分かりました!』
次いで、ライムに念話を送ったリュートも飛び出す。
お互い強化魔法をかけあっての接近だ。ただでさえ短い距離は一瞬で詰まる。
二人は剣をぶつけ合う。魔法で強化しての打ち合いは耳を塞ぎたくなるような、鋭い剣撃音を鳴らす。
そのままリュートとバルトは幾度と剣を打ちあっていく。その剣戟は拮抗している。
もちろんこの六日でリュートの剣の腕はかなり上がっているが、しかし、それでもまだリュートがバルトに剣の技術で勝てるわけがない。では、なぜリュートは拮抗できているのか、それは、至極簡単、ステータスの差だ。
リュート
Lv:1、HP500→800、MP275→550
力250→400、耐久300→420、敏捷200→380
、器用250→350
スキル:神眼、適応進化、学習、孤独、主従契約、頑強、豪腕、強靭、一本突き、水魔法
ライムのお陰でリュートは水魔法のスキルを得た。スキルならもしやとリュートは試したが結果は精霊契約の時と同じく爆発した。理由は分からないがリュートには魔法が使えなかった。しかし、リュートはそれでも諦めることなくモンスターを狩り、ついにステータス上ではバルトを超えることができていた。
結果、ステータスのアドバンテージあるリュートは未熟な剣でもバルトと拮抗できている。
それからもリュートとバルトは何度めとも分からない打ち合いを行っていく。そして、ついに拮抗が破られる。破ったのは――リュートだ。
「なっ!!」
力は相手に確かな疲れを貯めさせ、耐久はどんな衝撃にも耐えて体を崩れないようにし、敏捷は常に相手よりも一撃でも多く攻撃するために、……そのすべてがリュートはバルトを上回っていた。
強化魔法ならそれをひっくり返すこともできるが、バルトの魔力量はリュートに劣っている。
「くっ!」
このままではまずいとバルトは下がる。
「まさかここまでとは、あの時の俺の予想は当たってたということか」
バルトは自分がワルドの執務室で思ったことは気のせいということにしたが、それがあまりに滑稽だと気づく。
(ふん、あんなに油断はするなと言っておきながら自分が油断するとはな……情けない。騎士として、それどころか戦士として失格だな)
バルトは死闘を行った経験なら何度もある。
その時生きるためには"勘"というものを信じることも大事だった。
それを信じなかったバルトは自分を嘲笑う。
そしてその時バルトは戦士として目の前の少年に対し一切の躊躇や油断を捨てた。
(雰囲気が変わった……ここからが本番ということか)
リュートも油断しないように一段と気を引き締める。
お互いの手の探りあいは終わった。これより、剣戟は更なる激化を見せるだろう。
「なんなんすかこのスライム、めっちゃ強いんすけど!!」
一方その頃ライムとキースの戦闘は、食堂で戦う二人の邪魔は出来ないと場所をとなりの部屋に移していた。
その戦いは先の二人よりもわずかに早く激化し始めた。
ライムが殺人級の水の銃弾を放つ。
それを同じく炎の弾丸でキースは打ち消す。
お互いに譲らない戦いをおこなっていた。
しかし、そんな中、いつまでも攻めきれないライムは焦っていた。
(ステータスにはそこまで差はない、だけどこのままじゃ私が負ける)
確かにライムは魔法も使え、普通のスライムに比べると圧倒的に強い。
だが、スライムという事実は変わらない。スライムの弱点、耐久の低さが持久戦になればなるほどライムに襲いかかる。
実際今も魔法のぶつかり合いの余波でライムのHPは確実にキースのそれを上回る勢いで減っていた。
(持久戦では負けるなら短期戦にもちこむ!)
短期戦で決めるために魔力をつぎ込みライムは魔法の威力を上げていく。
「それは、下策っすよ」
ライムの焦りを察したキースはあろうことか水の銃弾に自ら突っ込んでいく。
『何を』
気でも狂ったのかとライムが思った瞬間、キースが眼前に迫っていた。
キースは強化魔法で水弾を避けてライムに肉薄していた。魔法使いだからとキースが近づいてくるわけがないと決めつけていたライムは反応が遅れる。
「魔法はただ威力を上げればいいわけじゃないっすよ」
(しまった、リュートさんからこのかたは闘うこともできると聞いていたのに)
キースは魔力を纏った腕でライムを殴る。
(うくっ、大丈夫。これくらいなら耐えられる)
ライムは強がるが魔力がこもった拳での攻撃はHPをどんどん削っていた。
「ほんとしぶといっすね。リュートもこんなスライムどこで見つけてきたんすか」
そのまま連撃を仕掛けてくるキースになすすべもなく殴られるライムはあっという間にボロボロになる。
すでに満身創痍のライムに比べ、キースは随分と余裕だ。
耐久で勝り、戦闘経験でもライムに勝るキースはライムに対応しつつある。
戦闘経験が少ないにも関わらず、技術ではバルトに負けているとはいえ、それを補うために自分の戦い方を考え、それを実行できるリュートが異常なのだ。
極端な話、剣道の達人に真剣で挑むようなものだ。殺傷力では真剣が上回るが寮舎が戦えば勝つのは技術を持つ達人だ。
ステータスは大事だがそれですべてが決まるほど命懸けの戦いは甘くない。
ライムが負けても何らおかしい事ではないのだ。
本人がそれを認めるはずもないが。
(やっぱり強い……でも負ける訳にはいかない!)
ライムはほとんどの魔力を噴き出させる。
「おいおい、なにやってんすか? そんな魔力をスライムごときがコントロールできる訳ないっすよ」
キースの言うとおり、ライムの魔力はコントロールできておらず無駄に垂れ流しているだけのように見える。
このままでは数秒で魔力が尽きてライムは倒れる。
だが、その時ライムに異変が起きる。
漏れでた魔力がライムの中にどんどん戻っていくのだ。
「なっ! 何が起こって」
その魔力はコントロールされているのではなく、まるで無理矢理押し込めているようにキースには見えた。
それはキースが知らない現象で、戸惑ったキースは魔法を避けるための足をその時、確かに止めてしまった。
魔力を内に入れたライムはそのすべてを一弾の魔法に込めて射出する。
その水弾は大きさが野球ボール台からバスケットボール台になっていた。大きさだけでなく、全魔力を込めての水弾は格段に威力が上がっている。
「あっ、ヤバいっす」
水弾は避ける間もなくキースに到達した。
水弾はキースの右肩あたりを吹き飛ばし、キース自身も衝撃で後ろにさがる。
「くそっ、最後にドジ踏んだっす……バルトさんに怒られちゃうっすよ……」
右肩からさきがなくなり痛覚がマヒしてるのか、キースは叫び声を上げる事無く命を落とした。
むしろ叫び声を上げたいのはライムだった。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い――)
ライムは体を何度も地面にぶつけ痛みを誤魔化そうとする。
最後にライムがやったのは、魔力をスキル圧縮で無理矢理集めるというものだ。
もちろんそんな無理矢理に自分の体に魔力を留めるというのは、一度流れ出た血液を無理矢理中に戻すようなものだ。
スキルでやった力業はうまくいったがその体が負った代償も尋常ではなかった。
ライムは必死に痛みをこらえながら自身に回復魔法をかける。
数分はそうしていただろう。
(ハァハァ、何とか治まったけど、次はできないかも‥)
何とか痛みが引いたライムは起き上がりリュートを探す。
「あれ、場所が変わっている」
ライムは闘ってる内に2、3個部屋を移動していた事に今更ながらに気づく。
(リュートさんの所に戻らないと)
完全に回復していないライムはずるずるとのろく移動する。
部屋を出て先程の食堂に着くのに数分を要し、やっとの事でライムは食堂につく。
(リュートさん!!)
そこでライムが見たものはキースとは逆の左肩を数センチ裂かれ血を流すリュートだった。
主人公チートじゃないと思いますが、本格的にチートになるのは
二章からです。一章は戦い方を学ぶための話のつもりです。