5話:契約と戦闘スタイル
ここから主人公が一気に成長し始めます。
奴隷商人ワルドの館は広大だ。
部屋数はもちろん長い通路等がいくつもある。しかし、そのなかで家事をやっている人は数人しかいない。……そしてその内の一人のリュートはひっきりなしに館を走り抜けていた。
スライムのライムと主従契約してから数時間、リュートはかねてからやる予定だった館の家事の手伝いをしていた。
やるのはもっぱら簡単な雑事だが、それが終わると違う用事を頼まれるので何度も移動したければならない。
「次はと」
雑事も終わりに向かい最後に使いをたのまれた。
今リュートはコーヒーを持ちながらワルドの執務室にいた。ワルドがリュートに持ってこさせるよう指示したためだ。
リュートは扉をノックして中にいるであろう館の主に声をかける。
「ワルドさん、入っても平気ですかコーヒーを持って来たんですけど」
リュートが呼び掛けると直ぐに中から返事が聞こえてくる。
「おぉ、リュート君か、いいよ。入りなさい」
許可をもらい扉を開けるとヒキガエルのような男――ワルドが椅子から立ち上がりリュートに笑顔をむける。
部屋に入ったリュートはそのまま机にコーヒーを置く。
「ありがとう。それでどうかね? 君は元気かい」
「ハイ! おかげさまでこの通り元気です」
「それは良かった。聞いたよ。バルト達から訓練を受けて、ものすごく強くなったらしいじゃないか、君は何かやってたのかい?」
ワルドはリュートの強さが何かをやっていたからではないかと、何かを隠しているのではないかと、そう探りをいれてくる。
「いえ、父が剣を使うのを見ていたくらいです」
「お父上は剣を?」
「ハイ、とても強くモンスター何かには勝てるはずだったのに僕をかばって」
「ふむ、父親譲りか……いや悪かったね嫌なことを思い出させてそれだけ君の成長に驚いたんだがそうか、お父上と同じ才能が君にはあるんだな」
もちろん。これは、考えていた設定の一つだ。こういえばワルドは納得するはずだ。しょせん目の前にいるのは小さな子供だと、侮っているワルドはそもそも、リュートを警戒しているわけではないのだから。
「ハイそうですね、父さんみたいに強くなりたいです」
「そうだな。頑張りたまえ、お父上も天上から見て、きっと喜んでいるだろう。……そうだ君を呼んだのには理由があったんだよ」
「理由?」
まさか、探りを入れるために呼びましたとは言えないワルドはリュートを呼んだ理由は別に用意している。
「そっ、そうだ。欲しい物、そう君に何か欲しい物はないか聞くために呼んだんだプレゼントしたくてね」
「プレゼントですか?」
「そうだせっかく君がここに住みはじめたんだ、何か贈り物をしたくてね、何かないかい?」
リュートに欲しいものならいくつでもある。が、今回は。
「では本を魔法や世界の歴史についての本が欲しいです」
「本か、本当に君は、十歳に見えないほど真面目だな、もっと楽しそうなのでもいいんだぞ?」
「平気です、知識が増えるのは嬉しいですし、楽しいので」
「まぁ君がいいならそれでいいが、わかった後で部屋に持っていくように言っておく」
まさかの収穫だ。知識については、村に行ってからとリュートは思っていた。お金を持っているワルドの方が良いものを用意してくれるぶんより良い情報を得られるだろう。
「では失礼します」
リュートがワルドの執務室からでて外を見るともう日が落ち暗くなっていた。
そこで、リュートはスキル主従契約をつかう。
『ライム聞こえているか?』
リュートはスライムのライムに念話を送る。
『ハイ、バッチリ聞こえてますよ』
主従契約スキルは、契約した者とある程度離れていても話すことができる。これは、契約した時、館に戻ったリュートに遠くにいるはずのライムの声が聞こえてきてリュートが驚いた。という事があり知ったことだ。
『そうか、もうすぐ部屋に戻るけどお腹すいてるか?』
『いえ、私達スライムはなんでも食べれますけど空腹にはなりませんので』
『じゃあ何で食べ物を食べるんだ?』
『私達スライムは食べる事で少しずつその物のエネルギーを吸い取るんです、それも今日の分のエネルギーは取ってあるので』
スライムの食事をリュートは先程その眼で目撃していた。
『じゃあ俺が戻ったら寝るぞ明日は早く起きてやりたい事があるからな……そういえばスライムも睡眠をとるのか』
『ハイ、常に活動してるんじゃエネルギーがもちませんから……って、一緒に寝るんですか!』
まさかの同衾にライムは驚く。
『ベット一つしかないしな。嫌か?』
『嫌じゃありませんけど、むしろ嬉しいですし』
『うん?なんていったんだ』
ライムが何か言っていたが、後半からよく聞き取れなくなっていた。どうやら、念話はボリュームも調整できるようだ。
『いっいえ何でもないです気にしないでください、それよりやりたい事って』
ライムの質問に対しかねてから試したかったことを教える。
『精霊との契約だ』
『契約ですか』
『まぁ上手くいくかは分からないけど一度試してみたくてな』
『そうですか、それで契約ってどうやるんですか?』
『それはこれから……と部屋についたから中で説明するよ』
もう既に扉の前に置いてある数冊の本を手に取ったリュートが中に入ると、
『お帰りなさいリュートさん、お疲れ様でした』
ベッドの下から出てきたライムが労いの言葉をかける。
(お帰りか、久しぶりにいわれたな)
おかえり、そう言われたリュートがライムに返す言葉はひとつだけだ。
『ああ、ただいま』
『あのあのリュートさん。…その手に持っているものはなんですか?』
ライムはリュートの手にある本に目を止めて質問する。
『ああ、ちょうど良かった。これはさっき言った精霊契約などの事が書かれている本だ。これを見て、できそうだったらやってみようと思ってるんだ』
リュートはさっそく本を見てみる。
「なるほど。これは、思った以上に簡単だな」
本には無属性の魔力を使い、それで属性魔法を使おうとして精霊が現れたら契約完了というとてもシンプルなものだ。
だがやり方は簡単でも実際にやると大変だ。
まず大量の魔力を消費する。それに、契約は一度失敗すると二度とできない。
また属性魔法をイメージするのも難しく少し気がそれるだけでも精霊との波長があわなくなる。
「一度しかチャンスがないのか」
リュートが思った以上に契約は簡単にできるとわかった。しかし、試せるのは一度だけだ。安易に試せるものではなかった。
「まぁ、やるけどな。あと5日でバルト達を倒せないと、どっちみち先は真っ暗なんだ」
フゥ、一度ため息を付いたリュートは再度ライムに念話を送る。
『よしっ寝るぞライム!』
『ええ!そんないきなり、本を見なくてもいいんですか?』
『今は体調を万全にして契約を試したい』
『う~~分かりました私も覚悟はしてるんです、……その優しくしてくださいね』
ライムは照れている。リュートからはくねくねと体を動かしているようにしか見えないが。
『いや優しくって何かだ?』
リュートがそう声をかけるが、ライムは聞こえていないのか急いでベットに上がる。リュートは意味が分からないがまぁいいだろうと、寝床に潜っていく。
夜の帳が下りてから数時間、ベッドの上で一匹のスライムが動く。
『リュートさんのばかぁ、布団に入ってすぐ寝るなんて! 私の覚悟はなんだったんですかぁ』
布団に入り数分で寝たリュートに、さっきまでドキドキしていたライムが拗ねるように呟く。
だが自分の目の前で寝てくれるほど信頼してくれるリュートを見ると嬉しさが込み上げて来て、
『もうっ、本当にばかなんですから』
そう言い布団に潜るライム、こうして主従の初めての一日が終わる。
「よし、この辺でいいか」
日が上がる二時間前に起きたリュートはライムを連れて、館の外の奥の方、つまり柵の近くにきていた。
何らかのアクシデントが起きた時、音を館まで届かせないためだ。
リュートはさっそく目を瞑り集中する。見張りはライムがしてくれるので意識を完全に自分に向けられる。
これも二人だからできる事だ。
息を吸って吐いてを何回も繰り返す。イメージはライムが使っていた水魔法だ。
スキル学習を持つ俺ならばこうすれば成功できるはずだ。リュートは魔力を練り上げ水魔法を思い浮かべる。
強化魔法の要領で魔力を掌に集め、水鉄砲を撃つ姿をイメージする。
「こいっ!水魔法」
リュートは掌に集まった魔力が変化していく感覚をえる。これは成功か? そんな事をリュートが思った瞬間、急速に魔力が高まっていく―――そして、魔力が爆発する。
「なっ!」
『リュートさん!!』
予期していなかった爆発にリュートはなす術もなく吹き飛んでいく。
『リュートさん、大丈夫ですか!』
見張りをしていたライムは必死の形相でリュートに近づいていく。
『ああ、何とか……って、訳にもいかないな』
『あぁぁぁぁ! リュートさん腕が』
リュートの腕は爆発によって焼けただれている。
『でも、運がよかったな』
あの爆発で腕が残ったのは奇跡だ。
『あー、すげえ痛い』
『当たり前ですよ! てか、何でそんな落ち着いているんですか』
痛いと言いつつも冷静なリュートにライムが突っ込む。
『まぁ、このくらい慣れてるしな』
この程度の痛みならリュートは地球にいたときに何度も経験していた。
『慣れてるって一体‥』
『そんな事よりもこれどうなんだ? 精霊は現れてないけど魔力が変化したような感じはしたぞ』
本には失敗する人は何も感じないと書いてあった。しかし、リュートの魔力は暴発をしたものの一応変化はしていた。
『本にはこんなこと書いていませんでしたもんね』
『よし、なぁライムお前もやってみてくれないか』
『ええ!嫌ですよ。それにスキル意外で魔法を使えるモンスターなんて珍しいんですよ。とてもスライムの私ができるとは思えないのですが』
『でも魔法のスキルを持つスライムも珍しいんだろ。なら平気かもしれないじゃないか、それにライムは知性もあるし大丈夫な気がするんだが、それにもし成功したら回復魔法で俺の腕を治せるかもしれないぞ』
『もう、それを言われたらやるしかないじゃないですか』
そう言い集中し魔力を練り始めるライム、それから数十秒後
『えっ嘘』
ライムの魔力が変化していく。
『何か暖かい感じがするな』
リュートはライムから暖かい魔力を感じていた。
それから直ぐに魔力は収まり。
『あの、リュートさん何か契約できて回復魔法覚えました』
ライムは契約にあっさりと成功した。
『‥‥』『‥‥』
リュートとライムの間に気まずい空気が流れる。
『まぁ、腕治してくれるか』
『あっ、ハイ』
ライムはリュートの腕に回復魔法をかけていく。まだ慣れていないためか治療のスピードは遅い。
だがそれでも少しずつ確実にリュートの腕は治っていく。数分後
には血が止まり皮膚は真っ赤だが、千切れかけていた肌の一部が繋がった。
『まぁとりあえず包帯で覆えば大丈夫そうだな。ありがとうライム、それにしてもすごいな』
『えへへ、でも私が契約できたのも多分リュートさんのおかげですし』
『どういう事だ?』
『私、何だか主従契約を結んでから魔力の扱いが上手くなったり魔力の回復スピードも上がるなど何だか調子がいいんです』
『成る程、配下が弱いと主も困るから何らかの効果はいくわけか』
主従契約やはりこれも強力だ。しかし、現状リュート実力とスキルが釣り合っていない。もっと強くならなきゃな。リュートはそう覚悟する。
『なあライムこのままモンスターを倒しにいかないか連携を上手くとるために訓練したい』
『ハイ、やりましょう』
ライムは嬉しそうにしている。
回復魔法を覚えてテンションが上がっているのだろう。
『連携うふふ、終わったらまた回復魔法をかけて、また誉めてもらえる』
ライムは小さく呟くがその声は小さくてリュートには聞こえない。
リュートとライムがモンスターを探して歩いていると、昨日戦ったのと同じ種族のモンスター、ストロングコングがいた。
ストロングコング
Lv:30 HP1000 MP200
力300 耐久580 敏捷380 器用100
スキル:頑強、剛腕、雄叫び
同じ種族でもステータスには個人差があるため、昨日最後に戦ったストロングコングよりも少しだけステータスが低い。
『よしライムあれを倒すぞ、ステータスが上がった俺と調子がいいお前の二人がかりなら昨日よりもあっさり倒せるはずだ』
『ハイ、では私が一発魔法を撃つのでその隙に接近してください』
『サポートは頼むぞ!』
『では行きます』
ライムはスキル水魔法を使用する。ライムからは勢いよく水鉄砲が飛んでいく、それを、ストロングゴングは余裕をもって避ける。だが、宙に跳んだモンスターのあしが地につく前にリュートは強化魔法で一気に接近する。
「跳ぶのではなくて、横に避けるべきだったな」
リュートはスキルを使わずに、強化魔法の力のみでモンスターを殴打する。
スピードの乗った拳はモンスターにスキルを使わす間もなく到達する。
「ぐぎゃぁー」
ストロングゴングは本気で絶叫をあげる。ステータスが上がったことによりダメージが通りやすくなった。
ちなみに今のリュートのステータスはこうだ。
リュート
Lv:1 HP500 MP275
力250、耐久300、敏捷200、器用250
スキル神眼、適応進化、学習、孤独、主従契約、頑強、剛腕、雄叫び、強靭、一本突き
リュートはたった三日で驚異的なスピードで強くなっていた。
スキルとあわせれば攻撃力だけならバルト達をも凌ぐだろう。
攻撃を受けてぐらついていたモンスターが、体を立て直し息を吸い込む。
『ライム今だ!』
『はい!』
ライムは昨日と同じようにリュートの合図で水弾を放つ。
スキル、雄叫びを使おうと止まってたモンスターは、ライムが放つ先程よりも威力を上げた水鉄砲を避けれない。
水鉄砲はストロングゴングのすねにあたり、体勢を崩す事に成功する。
「これで終わりだ」
地面に膝を着けて、万全に動く事がありできないモンスターにリュートは迫る。
先程の攻撃を警戒しているのかストロングゴングは急いでスキル頑強を使って防御体勢をとっている。
「甘い!」
強化魔法とスキル一本突きを使用しての攻撃はあっさりとストロングゴングの胸を貫く。
体に穴をあけ血を溢れさせながら絶命するモンスター。
ここでスキル孤独が発動するがステータスの確認は後回しにする。
『何か簡単に倒せましたね』
『俺達がステータスを上げたというのと連携を組んだのが良かったんだろうな、お陰でまだまだ余力がある』
本来、ストロングゴングの防御を崩すのは至難の技だった。が、それは昨日のリュートの場合はだ。驚異的なスピードで成長しているリュートの実力は既にストロングに匹敵している。二人がかりで戦って負ける道理がなかった。
『そうですね。昨日は二人ともぼろぼろでモンスターがもう一匹いたら死んでましたもんね』
『ああ、ちょっとのけがなら回復魔法があるし俺が攻めてライムがサポートして俺の攻撃を決めやすくする余力もあるしこれだな』
こうしてリュート達は新たな戦闘スタイルを身につけた。
もう少しだ。もう少しでバルト達を越えられる。
確かな手応えを得ながらリュートはは館への帰路についていく。
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