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Ⅲ 秘零士の闘い、そして戦い②

「問題は、コールディマとどう戦うかだよね」

 翌朝身支度を整えメフィーの自室向かった俺が見たのは、珍しく悩み込んでいる彼女の姿だった。

 俺が淹れたばかりの紅茶を一口飲んで、小さくため息を吐く。

「そういえば、コールディマは狂動の司揮だと聞きましたけど、『狂動』ってどんな力なんですか? ログアム様は『永炎』のログアム。永遠の炎を操る力ですよね?」

「うん。あ、そうだ。ここで一つ説明しておくと、司揮の力にはね、種類があって――」

 一度唇を舐めてから、彼女は話を続けた。

 要約するとこうだ。

 まず、ログアムのように森羅万象の「モノ」をエレメンティアの特性を活かし操る力。この力を持つ司揮が大半らしい。そしてエレメンティアを使わず、己の力で「コト」を操る力。コールディマの『狂動』は後者に属するらしい。

「簡単に言うと『モノ』を『動かす』力、かな。重力も何も関係なしに『モノ』を動かすことが出来る。文字通り、狂ったようにね。いわゆる念力みたいな感じかな? ……で、あってる?」

 疑問形で言われても、俺はほとんど司揮、秘零士に関することは知らないので困る。知らないから訊いているのに、逆に問い返してくるなんてやっぱメフィーはアホだ。

「じゃあ、クロが使った、博士の炎を消す術は?」

「うーん。考えられるのは、私が集めて炎にしたエレメンティアを『動かし』て散らしたか。エレメンティアは集合していないと力を形成できないからね」

「奴が、クロが、言っていた魔術というのは? 魔術で消したんじゃないんですか?」

 ドードットの砂浜でクロが言っていた「秘零学はあくまでエレメンティアを操るための基礎だろ? だから少し発動までの回路を応用すれば強力な他の、俗に言われる魔術に成るんだよ」という言葉を思い出し、問うてみる。

「クロの言っていた通りだよ、秘零学も魔術も基礎は同じ。ただ、発動までの回路をいじくるかどうかの違いだ。基本と応用、ってとこかな。基本が秘零学で、応用が魔術」

「魔術の方が強力なんですか?」

 だとしたらあちらの方が力はあるということになる。

「そうだね、そういうことになるかな? あぁ、魔術を使うなんて厄介、厄介」

 肩をすくめ首を左右に振り、舌を出した。いたずらっ子のようなその仕草は、幼い彼女によく似合っていた。

「コールディマも魔術を使うのでしょうか?」

「どーだろうねぇ。予想に過ぎないけど、奴はきっと己の力だけで戦う。司揮ってのは自身の力に誇りを持っているからね。クロが魔術を使うのは、コールディマから与えられた狂動の力の強さに満足できなかったからだと思うよ。『コト』を操る司揮の秘零士は、私みたいなエレメンティアを司る司揮の秘零士と違って、主から与えてもらって力を得るんだ。だから後者の秘零士に比べて力が弱い。その弱さを魔術と言う手段で補っている、そう考えるのが妥当だね」

「ということは、コールディマより弱いはずの力に消された博士の炎は、司揮の力でいともたやすく消されてしまう、と」

「ぬぅ、あっさり言われると傷つくねぇ」

 ブラウスのフリルで覆われた腕を組んで彼女は再びため息を吐いた。

「最終手段としては、消す暇を与えないほどの炎をぶち込むしかないのかな? でも、そうしたら私が昏倒してしまう可能性が高くなる。なんせ零力の消費は精神力、体力も奪うからね」

「じゃあ俺が」

 それだけ言って俺は言葉をやめた。告げていいのか、その手段を出してしまっていいのか迷ったのだ。

 リスク――その言葉が頭をよぎる。無意識に左腕を見つめていることに気が付いた。それが微かに震えていることにも。

 ……それでも、俺にはこれしかない。

そう思うと心臓をぎゅうと握りしめられた気がして、胸を押さえる。

「出来るだけ、『彼女』は使わないでくれ」

 俺の動作を見ないように目を伏せたメフィーが静かに言う。

「いえ、俺が使うべきだと思ったら、使います」

「そうか」

「別に一回ぐらい、大丈夫ですよ」

 無理に明るく言うと、彼女は瞼を上げることなく「わかったよ」と小さく告げた。

「ま、コールディマに『彼女』が攻めこむ隙があったらの話ですけど」

 苦笑いを見せると、メフィーも同じ表情を返してきた。

 『彼女』の力は今回、敵を捕縛することが目的なので、かなり役に立つだろう。しかし『彼女』の力を発動させるには、相手の隙を突かなければならないのだった。

「それより、モノを動かすって言いますけど、奴がそれを意識した時点で消せるのならば、『彼女』の力は無駄ですよね? 俺が奴を止めていても、奴に炎を形成しているエレメンティアを動かされた時点で一巻の終わりです」

「うぅん? どうなんだろうね。きっと奴が消す意識をしたら力は発動するから、やっぱ大量の炎を……ってちょっと」

 唸っていたメフィーが一瞬息を止め、目を開いた。何やら思いついたようだ。

「単純に、オートが奴を止めている間に捕まえ――いや、何でもない」

 彼女が発言を自ら止めたのは、多分俺のことを気遣ってだろう。

 言いかけたのは恐らくこう。俺が奴を止めている間にメフィーが捕縛する。単純で、最高の手段だが、俺の負担が大きくなる。

 『彼女』の力は〝奇獣〟相手にもって一分。だが今回は司揮が相手だ。限界までもたせても二十秒いくかどうか。それに、奴を捕縛するためには完全に相手の動きを封じなければいけない。つまり俺が全力以上の全力を出し、『彼女』の力を使う羽目になるのだ。そのリスクは、腕一本で収まるかどうか。それに情けないが、俺は身体をそこまで犠牲にしても、奴を止められる自信はなかった。覚悟もなかった。

 イェナを見つけて、幸せにしてやるまで俺は死ねない。メフィーもそれをわかってくれているのだろう。だらしないと思われても、俺は彼女に甘えるとしよう。イェナのことに関しては、譲れない。

「攻撃方法なんて悩んでも無駄か。なんせ相手は司揮だもん。臨機応変に行くしかないよね」

 考えるのを諦めた風ではなく、ただ単にそれが最善だというように彼女は頷いた。

「そうですね。もし、いい作戦が思い浮かんだとしても、博士がそれをその通りに実行できるかなんてたかが知れていますし」

「な! 私は子供か!」

「……」

「肯定も否定もしないなんて一番ひどくないっ?」

「でも博士はもう三百年生きているんだから老人ですよね」

 そういう俺も二百年弱は生きているのだが。いやいや、俺は千年の命を持つ夜真族。まだまだ若いので、一緒にされたら困る。

「…………地味に傷ついた。女性に年齢のことを言うのはタブーなんだよ?」

 ふと彼女に焦点を合わすと膝を抱えてどよーんと落ち込んでいるので、「そうですか、肝に銘じておきます」と棒読みで言った。失言でした、と謝る気持ちなど微生物ほどにもない。

「にしても、宣戦布告してきたわりにはあちらは何も仕掛けてきませんね」

 何気なく言ったことに、メフィーは「んんー?」とゆっくり顔を上げて一瞬右目を大きく開いた。そして、微苦笑。

「そうでもないみたいだよ、オート」

「え? どういう」

 俺の言葉が消された。咆哮としか言えない獣の声に。

 この声は、〝奇獣〟? 何度も聞いたことのある悲鳴のようで威嚇のような鳴き声を耳にして、俺は思わず立ち上がり辺りを見回す。

「焦るんじゃないよ、全く、みっともないなぁ」

 俺を鼻で笑ったメフィーも立ち、ソファに乱暴にかけてあったトレードマークともいえる深紅のマントを素早く羽織った。

「外、だね。あーあ、面倒くさいなぁ。せっかくお茶していたのに、タイミングが悪い!」

 そう文句を言いつつも早足で部屋を出ていく彼女の背中を、俺も追った。

「武器は?」

「あ」

 一度立ち止まり、ジト目で見られて気が付いた。宣戦布告をされた身なのに、どこか油断していた部分があったのだろう。城の中ということで俺は帯剣をしていなかった。メフィーの自室は三階建ての城のてっぺん。階段を下りていく途中で二階の俺の部屋に寄るしかない。

「おーろか、すぎるよ、オート。平和ボケ? ボケボケボケ?」

 言い返す言葉はない。くっ、と軽く頭を下げることしか出来なかった。

「ま、あんなしょぼい短剣じゃ役に立たないよね。敵は多いみたいだし」

「え? ……本当だ」

 耳を澄ましてみると、〝奇獣〟の声は一つではない。少なくても十、ニ十、いや、もっと多い。

 メフィーはそれを何で気が付いたのだろうか。敵が来たことにも俺より早く気付いたようだし、殺気だろうか。俺も周囲の気配には敏感な方なのだが、彼女に言われるまで呑気にしていた。

 俺の主はいったい何者なのだろう。

「仕方ない、いいもの貸してあげるよ」

 そう言ってメフィーはマントの中を探り始めた。

「何しているんですか?」

「お、あったあった!」

 首を傾げていると、彼女はただの厚めの布の中から、「じゃじゃじゃじぇーん!」と美しい白銀の鞘にはまった一振りの剣を抜きだした。

「ちょ、どこから、どこから出ているんですか!?」

「軍事機密、だよ。いいから、ほい」

 右目でウィンクをして、その剣を渡してくる。ずしっとした重みが感じられると思ったが、意外にもそれは軽かった。何で出来ているのだろう、源界の材料で作られたのだろうか。創界の科学、技術ではありえないとしか言いようのない金属が俺の手の上にある。心のうちで微々の感動を覚えた。

「どうせ汚れると思うから、大切なものは貸せないけど。それで十二分でしょ」

「はい、ありがとうございます。で、そのマントの中って」

「あー急がなきゃー急がなければー城が攻略されてしまうー私の城がー」

 変な旋律に載せた言葉で適当にごまかしながら、駆け足で進む彼女。どうやら絶対にバラしたくないらしい。隠されれば隠されるほど気になるのはどうしてか。世の理だな、きっと。

「何ボーっとしているんだい! 行くぞ!」

「はいはい」

 ひんやりとした白銀の剣を作業服の腰に縫い付けてある手製のホルダー(裁縫も得意な俺であった)に引っかけ俺も走り出す。

「さあ! ……いや、何でもない」

 何かかっこつけた台詞でも言いたかったのだろうが、思いつかなかったらしい。どこか哀れである。

「ぎゃーっ!」

 普段運動に慣れていないのに階段を一段飛ばしで降りるので、盛大に転んだ。とてもかっこ悪い。二回転ほどして踊り場に投げ出される。ガンッ、ゴキッ、とかなり痛そうな音が聞こえてくるが、大丈夫だろう。華奢で繊細そうに見えるが、結構彼女は丈夫である。

 さっきから戦いの前だというのに間抜け全開。そんな主の姿に俺は逃げたくなった。

「博士、遊ばないでください」

 潰れたようにうつぶせに倒れているメフィーの脇腹を軽く蹴ってから、手を取って起こしてやる。

「いだがったよぉ」

 半泣きになっているが、気にしない。「急ぎましょう」と冷たく告げ、何事もなかったように俺は進んだ。

 背後から「薄情者!」と叫び声が聞こえてくる。すみませんね、俺は心配しなくていい奴には心配しない主義なので。

 階段を下り終えると、十秒ほど遅れてメフィーも追いつく。

「それにしても、まだ午前九時。敵は朝型ですかね?」

 懐中時計を見て言うと、メフィーは困ったように息を吐いてから答えた。

「きっと夜だとオートの夜真族の力が十分に発揮されるからだよ」

「そういえば、俺夜行性でしたね」

 メフィーと出会ってから慣らしてきたおかげで、俺は普通に昼間歩けるようになっている。

「でももう日光に慣れているよね? 全力の何割で行けそう?」

「何言っているんです? 十割出して見せましょう」

「よく言った!」

二人で一度確かめるように顔を見合わせてから、玄関に向かって走り出した。

「城ん中に家畜入れたらぶん殴るからなー!」

 冗談なんかじゃないテイコの言葉に背に受けて、メフィーはドアノブに手を掛け、思いっきり両開きのドアを開いた。外の空気が一斉に体を包む。

 まぶしい日光に一瞬目が眩むが、そんなことに気を使っている場合ではない。

 俺は、目前に囲むようにして存在する数多の〝奇獣〟とその中心で静かに笑うメフィーの妹弟子、クロを睨んだ。

 メフィーが彼女に近づくように前に出る。ふと見えた表情は、決意と覚悟で溢れていた。

 多勢に無勢。主観的に見ても、客観的に見ても、そうだ。しかし、何故か不安も怯えも感じない。

 わがままで自信過剰で能天気、なのにやる時はやる、そんな主が傍にいるからか。

 いつの間にか俺はメフィーに絶大な信頼を置いていたようだ。赤の他人に心を開くなんて、俺も変わったものだと心の中で苦笑する。

 強風が数瞬吹いて、メフィーの長い銀髪を、深紅のマントを踊らせる。

「こうやって顔を見合すのはいつぶりだろうね? 久しぶり、逢えて嬉しいよ、姉さん」

 クロが楽しげに口を開いた。蒼い瞳は猫のように細められている。

「ふっ、大きくなって。野菜嫌いは直ったかい、クロ」

「おかげさまで。姉さんも元気そうだね。左目はどうしたのかな?」

「気にするな、何でもないさ」

 戦いの前だというのに、他愛もない言葉を掛けあう二人。姉妹同然の彼女たちは、今、何を思って話しているのだろうか。

「コールディマはどこにいるんだい? 見た限りいないようだけれど」

「あの方にはすべきことが多々あってね。暇じゃないんだ。悪いけど、姉さんたちを倒すのはコールディマ様じゃない。この僕だ!」

 両手を広げ、嬉々として言うクロ。前の時のように、余裕が滲み出ていた。

「ほほぅ、どうやら私たちを過小評価しているようだね」

「そうかな? そう思っていないからこんなに〝奇獣〟を連れて来たんだよ?」

「コールディマは〝奇獣〟を操れるんだもんね」

 メフィーがそう言ったのは、鎌をかけるためだろう。

「まあね、だって〝奇獣〟はエルシャミット=ドルチェが創りだしたものだから」

 史上最強の異能が創りだしたから、コールディマが操れる? 何とも合点のいかない話だ。前方のメフィーも意味が解らないようで、首を傾けている。

「知らないの? コールディマ様とエルシャミット=ドルチェは――ってこんなに易々と喋っちゃダメじゃん!」

「え、いいよ。全部喋って」

「僕がダメなの! あぁ、もう! いいように僕を使って! 許さない、おふざけは終わりだよ、姉さん!」

 自分の失態に気付き、地団駄を踏む。それに対応するように、〝奇獣〟も唸り声を上げ始めた。周囲の空気が一変し、俺らは殺気に覆われる。

「オート」

 音もなく近づいてきたメフィーが小声で言った。

「私の炎に巻き込まれるなよ? 〈炎精(スピリット)〉は出さないが、全力で行く」

「博士が俺を燃やさなければ、大丈夫ですよ」

「あと数は多くても所詮雑魚だ。本命はクロ、力は残せ」

「了解」

 両手で剣を構え、深呼吸。太陽を受けて白銀がきらめく。

「獰猛なる朱き炎の礎をここに集わす。応えろ、世界の敵を滅ぼすために」

 操環のはまった左手を突き上げ、囁くようにメフィーが告げる。

 俺もメフィーも臨戦態勢なのに対し、クロは構えることすらしなかった。〝奇獣〟に全てを任せるつもりなのだろうか。

 さあ、どちらが先に仕掛けるか。緊迫した状態が数秒続いた。

 〝奇獣〟の唸り声と互いの殺気が渦巻く中で、痺れを切らしたように動きだしたのは、牛よりも大きいと思われる、例に反しない漆黒の〝奇獣〟だった。

「〈炎撃ショット〉!」

 メフィーが炎を撃つ。それは見事に〝奇獣〟の全体を包み込み、悲鳴を上げさせた。

 その声に反応したかのように次々と〝奇獣〟が地を蹴りだす。

「殺されたら殺す!」

「そっちこそ!」

 お互いに背を向け、敵のもとへ飛び出した。

 メフィーの炎、土埃、血のような液体、いろんなものが入り乱れる。

 波のように襲い掛かってくる攻撃を避けては受け、流しては受け。鋭い爪で引っ掻かれる痛み。そんな中で俺は攻撃に全力を尽くしていた。

 狙いを定めて剣を振る。切り裂いては全身に漆黒の液体がかかる。しかし拭く余裕はない。

 集団での行動を避ける〝奇獣〟の性質ゆえか、一斉にかかってくることがないのが幸いだった。集中して攻撃できるし、対集団の戦闘はしたことがない。

 後ろではメフィーの炎が踊り狂っていることだろう。肌に熱を感じている。

 戦いながら、ふと思い出したことがあった。

 俺がメフィーに仕え始めてから二年目の秋のこと。

 初めて俺が単独で〝奇獣〟と戦った時のことだった。

「今日は、オート。お前ひとりで〝奇獣〟と戦いたまえ」

「はぁ?」

 〝奇獣〟の召喚中、突然そんなことを言い出すメフィーを俺は全力で睨んだのを憶えている。

「いつ何が起きるかわからないんだ。お前も〝奇獣〟との戦いに慣れておいた方がいい。あ、それとも怖いのかい?」

「バカ言わないでください。あんな畜生にビビるほど俺は弱くはありません」

 口ではそう叩いておきながら、若干の不安は抱いていた。メフィーが〝奇獣〟と戦っているのは何度も見てきたが、森に出没するクマやオオカミなどの野生動物よりも牙は鋭く、爪は刃のようだ。それにいきなり立ち向かえと言われたら、さすがに怖さはある。

「ま、首を斬ればお陀仏になるから。急所は普通の獣と同じ。動きも速いわけではない。別に怖がる必要はないよ。いざとなったら私が助けるしね」

「だから、ビビってませんって!」

 そう怒ってから、俺は前に渡された諸刃の短剣を鞘から抜いた。

 〝奇獣〟退治の度に腰に帯びてはいたものの、使ったことのない剣だ。

 数回虚空を斬ってみる。この程度の短剣なら、幼いころから村にいたときに狩りで使っていたので、刃に対する恐怖はない。

「わかりました、今夜は俺がやります」

「任せたよ」

 〝奇獣〟が現れ、俺はそいつとの勝負に見事勝利した。メフィーに「やるじゃん」と言わせるほどの快勝だった。

 大型の〝奇獣〟だったが、それ故に的を狙いやすく、動きものろかったので、特に難しくはなかった。

「いやぁ、案外以外、びっくりしちゃったよ。じゃ、次もよろしく」

「ちょっ!」

 それから、十、二十……。十年ほどの間、俺は何度も何度も〝奇獣〟と戦わされた。                                                                                                                                                                                      

 今思えば、ただ単に面倒なことを従者にやらせただけだったのかもしれないが、まあ、実際そのスキルが今こうやって役に立っているので、文句は言わないようにしよう。

 右からの〝奇獣〟の攻撃をかわし、そいつの喉を貫いてから横に引く。引いた方向に漆黒の液体が散った。首の繋がりがほとんどなくなったその〝奇獣〟は、きちんと絶命したようで地に派手に倒れた。

 にしても、切れ味のいい剣だった。肉はおろか(というか、〝奇獣〟に肉らしい存在はあるのだろうか)、骨まで斬ってしまっている。あまりの鋭さに操りながら興奮する。

 空を一度斬って付着していた液体を払う。かなりの数を斬ったので刃こぼれしていないか確認するが、その心配は無用とでもいうように、神秘的に輝くばかりだった。

 後方から耳を劈く悲鳴が聞こえる。メフィーが一度に多数燃やしたのだろう。空気を震わすほどの声を超えた大量の「音」が辺りに響く。

 ふと周囲を見ると、もう残っている〝奇獣〟はいないようだった。地面には小型、中型、大型、よりどりみどりの〝奇獣〟の死骸が転がっている。それに比例するように俺の作業着は黒く染まっていた。

 元々「存在がある命」ではないので、肉の焼けた匂いなどはしない。そのうち死骸も霧となって消えるだろう。〝奇獣〟とはそういうものなのだ。  

「ハァ、ハァ……やっと片づけたね」

 地を埋め尽くす死骸を避けたり踏みつけたりしながら、メフィーがこちらに寄ってきた。俺からは離れて戦っていたのだろう。彼女のブラウスやロングスカート、マントには黒い液体が付着していなかった。なんか自分だけ汚れていて空しい気分になる。

 炎の発現を連続で行ったからか、メフィーの顔はやや青く、額からは汗もかいている。零力の消費は、体力、精神力も消費する。予想に過ぎないが、彼女のことだ。俺の倍近い数の〝奇獣〟を倒したことだろう。疲労の重さは並ではないはずだ。それでも、深呼吸をして彼女は表情を戻した。力はまだ残っているのが見て取れる。小柄な身体のどこにそのパワーを秘めているのだろうか。

「あっれ? おかしいなぁ……〝奇獣〟に君たちは殺されるはずだったのに」

 足元の死骸を思いっきり踏みつけながら、傍観していたクロが首を傾ける。

 そう余裕そうに言いながらも表情には、どこか焦りもあるようだった。

「全滅させられたのは予想外かい? ホント、過小評価しすぎ」

「はは、こうでなくっちゃあ、面白くないよね」

「何強がってるいるんだい? 今なら降伏してもいいよ」

 天使のような笑みの中に悪魔も秘めて、メフィーは告げる。

「安心して? 僕は強いから……。僕には魔術があるんだ、負けはしないさ!」

「魔術、ねぇ」

 呆れたようにメフィーが呟く。その言葉の中には、大切な妹弟子が秘零学の道からはずれたことに対しての怒りも含まれているようだった。

「まぁ、お前が何の術を使おうが勝手だけどね。でもクロ。お前は師匠に教わった秘零学に誇りを持ってはいないのかい?」

「はっ、姉さんも知っているだろう? 魔術は秘零学という零の基礎をもとにして築く術だ。だから別に僕は秘零学を捨てた覚えはない」

 そう、と唇から息を漏らして、メフィーが目を伏せようとするが、すぐに右目を大きく開き大声でクロに問う。

「そういえば、お前、詠唱も魔術陣も使わずに魔術を使ったよね? もしかして、まさかとは思うけど、魔術陣を身体に植え付けたのかい!?」

 焦りの混ざったその問いに、クロは嫌そうに舌打ちをしてから答えた。

「そうだよ、何か悪い?」

「このバカっ! 魔術に手を出しただけじゃないのか!」

「姉さんには関係ないだろう!? 僕の身体は僕のものだ!」

 かっと目を見開いてクロに叫ばれたメフィーは、彼女の言葉に唇を強く噛む。

「魔術陣の植え付けって何ですか、博士?」

 俺の質問に、メフィーは「それは……」と目を逸らしてなかなか答えようとしない。すると、それを嘲笑うかのような口調でクロが説明を始める。

「そのまんま、魔術陣を身体の内に取り込むことさ。そうすると、発動の回路を変えることが呪文も何も要らないで、己の身一つで出来る」

「外道中の外道だよ」

 吐き出すようにメフィーが言った。

「その考えはおかしいよ、姉さん。確かに魔術陣の植え付けは術者の負担が大きいし、ひとつの魔術しか使えないようになってしまう。でも術の発動が早くなるから、戦闘に有利。リスクはいい代償だと思うよ?」

 リスクはいい代償――その言葉が心に突き刺さって離れない。もちろん、何かを得るならば代償は不可欠。当然のことだ。なのに心のどこかでそれを認めたくない自分もいた。握りしめた左手を一瞥すると、胸ポケットの中で懐中時計がじくり、とうずいた気がした。そして考える。俺は『彼女』の力を、襲い掛かってくるリスクを、どう受け止めれば最善なのか。答えは出ない。ただ、慣れた重みの懐中時計がひどく重く感じた。

「クロ」

 ふとメフィーが目の前の妹弟子の名を呼ぶ。叱るような、嘆くような、何とも言えない調子の声だった。

「もう、お前も大人になったんだもんね。私がいろいろ言っても意味ないか……。ひとつだけ訊こう。そこまでお前が『力』にこだわるのは、コールディマのためかい?」

「半分そう、半分違う。もちろん、コールディマ様のためでもあるけど、一番は自分の目的のためだよ」

 とん、と自身の胸を叩いて頷くクロ。彼女の言葉に、メフィーは眉をひそめた。

「目的……? 何だい?」

「ははっ、教えるわけないじゃん。姉さんが知ったからって、何かが変わるわけじゃないもんね。あ、僕を倒せたら教えてあげるよ。ま、そんなことないと思うけど」

「ずいぶんと自信過剰だな。いいだろう、何としてでもその目的を聞こう。そのためにはお前を倒す、覚悟したまえ、クロ」

 そこまで、メフィーがクロの覚悟にこだわる理由――それは敵となっても彼女のことを妹弟子として愛しているからだろう。そんな妹弟子に、メフィーは今、炎を向ける。小さな胸の中には、どんな思いが詰まっているのだろう。俺には想像がつかなかった。

「お前を倒して全てを聞く!」

「しつこいよ、姉さん! 苛つくなぁ、本気で行くよ!」

 メフィーは左手を、クロは右手を突き出して、それぞれ戦闘態勢に入る。

「オートは下がっていてくれ。久しぶりの姉妹喧嘩だ。手は出すな」

 言われたとおりに俺はその場を退き、景色には紅いマントの姉弟子と、青年風の妹弟子の二人きりとなった。先ほど倒した〝奇獣〟はいつの間にか霧となって空へ消えている。

 互いに睨み、緊張感を醸し出す二人。

 妹弟子が身を傷つけてまで力を手に入れようとした目的を、彼女への愛があるために知りたいメフィー。きっとクロを「敵」としても見ているだろう。

 それに対して、クロは。クロはどう思っているのだろうか。

 主の「敵」だから、戦うために俺らの前に現れたから、こうやって対峙しているのか。それを彼女はどのように受け止めているのか。

 計り知れない二人の想いや殺気、零力が空気の中に見えない渦を生み出す。

「〈炎羽プルーム〉!」

 先に攻撃を仕掛けたのはメフィー。羽根のような形が波のように並んだ炎が、包み込むようにクロを襲う。

「ははっ」

 笑い声を出して、クロが右手を振って炎を消す。

「今度は僕の番、行くよ!」

 クロが振りかぶるように右手を動かした。それを合図にしたかのように、地面に転がっていた石がふわりと宙に浮かび上がる。

 重力を気にせずモノを操る、狂動の力だ。そして俺は瞬時にクロのしようとしていることを悟った。 

「博士!」

「来るな!」

 俺が身を乗り出して叫んだのを、メフィーは止めた。それに反応して止まった身体をもう一度動かした時にはもう遅い。クロの右手は指揮者のように振られていた。

 幼児の拳程度の大きさの石が目にもとまらぬ速さで、貫くようにメフィーに当たる。

「くぁっ!」

 小さな悲鳴をメフィーがあげた。

 足、胴、腕、頬、華奢で小柄な身体のあらゆるところを石が襲ったのだ。それも手で投げた時とは比べ物にならない速さで。

「博士っ」

 駆け寄ろうとすると、深紅の右目で鋭く睨まれた。相手を畏怖させる、そんな瞳だった。

「これは、私と、クロの喧嘩だ。邪魔する、な」

 痛みにひざを曲げ半ば倒れそうになり流れも、俺の参戦を拒む。言葉を唇から出す度

に、血の混じった唾液が息とともに口から吐き出される。

「大丈夫、心配しなくてもへいきさ、オート。姉さんは僕と同じく不死の体だからね」

つまらなそうにクロが言った。彼女を思いっきり睨むと、「うひゃー」とふざけた感じで笑われた。

ゆっくりと立ち上がって、メフィーが息を整えた。石で擦られ血が伝う頬が、見る見るうちに白い暖かな光に包まれて治っていく。身体の傷も同じように治ってきていて、メフィーの姿勢もしゃんとしたものになった。

「わざと急所を外したね?」

「当たり前でしょ、嬲り殺さないと楽しくないもんね!」

「ちなみに訊くけど、殺す、ってことは私の『契約痕』がどこにあるか知っているのかい?」

「知らないよ。だからこうやって全身を攻撃しているんじゃないか。打てば当たる精神でやっているんだよ、こっちは。あ、素直に教えてくれたら、苦しませないよ?」

 笑顔でえぐいことを言いながらクロは再び石を浮遊させた。

「同じ攻撃を受けるほど私はバカじゃないよ」

「じゃあ、避けられるのかな?」

 クロが腕を振り上げる。さっきと同じ攻撃が繰り出された。

「うぁっ」

 身を動かしても速さが違う。メフィーの行動を嘲笑うかのように、石は全てその小さな体に撃ちこまれた。

「人間が追いつける速さじゃないし、そもそも姉さんは運動神経悪いじゃん。避けられるはずはないよ?」

「〈炎撃〉(ショット)!!」

 話している瞬間を狙って、メフィーが炎を撃つが、それもたやすくクロが右手を動かすだけで消されてしまう。

「攻撃は消され、防御も出来ない。姉さん、情けないね。僕の好きだった姉さんは、こんなんじゃなかったんだけどなぁ。三百年の間に変わっちゃったんだね、残念だよ」

「…………そうか」

 空の彼方に消え入りそうな声で、何かを実感したかのようにメフィーが言った。

 その小さな声が聞こえなかったのか、それとも何でもないものだと思ったのか。クロは気にせずに言葉を紡ぐ。

「もっとカッコいい姉さんに再会したかったよ」

 ふとメフィーの顔を見ると、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。が、それも数瞬のことで、瞬きをしている間に鉄壁のような無表情に変化していた。何も寄せ付けないような、そんな表情だ。

「どうする、姉さん? 降参した方が楽になるよ?」

 ちゃらけた風にクロが笑みをつくる。

「何を言う。どんな状況でも、私の勝利は変わらない」

 冷静な口調で「自信」を言い、しっかりとクロを見据えるメフィー。今までの攻撃をなかったことにしたような落ち着いた表情に、クロが一瞬眉をひそめてから口角を上げる。

「そう来なくっちゃね、姉さん!」

上がる右手。石の浮遊が始まった。しかも先の二撃よりも数が増えている。

流石にこの数を受けたら――。そんな俺の不安を制すように、メフィーがこちらを一瞥した。その深紅の瞳はよく見ると、湖面のように澄んでいて、思わず息をのむ。普段のメフィーからは絶対想像できない、怖いほど静かな目だった。

「じゃ、もっと全速力で行――」

「〈炎獄ホール〉」

 息を小さく吐くようにして、メフィーが呟いた。刹那、大輪の炎がクロの身体に咲く。鮮やかな朱の、メフィーの炎が身を抱くようにクロを燃え上がらせた。

「っあ!」

「火力は抑えてあるから、火傷もしないよ。あ、あんまり暴れると自動的に熱くなるから。さあ、消してみなよ」

 氷のように冷やかに、メフィーが言い放つ。その挑戦的な言い方に怒りで顔を歪めたクロが、躊躇しながらも、右手を二回大きく振る。

 一回目で、浮遊していた石が音を立てて地に落下し、二回目で炎が完全に消された。

「やっぱり、一度で二つのことは出来ないんだね。石を上げたら、炎は消せない。逆に炎を消すときは、石を落とさなければならない。操環のある右手で力を操っているからね」

「そういう姉さんも、左手だけでの発炎だろう? 同じじゃないか」

「ああ。でも、クロ。私は確信したよ。この勝負、続行する必要はない」

「はぁ? 何、敗北宣言?」

「いや、勝利宣言だ」

 マントを翻し、メフィーがクロに背中を向ける。まるで攻撃しろと言うかのように。

「ふ、ふざけないでよ!! 姉さんっ!」

 吠えるように言い、クロが近くにあったものの中で一番大きな石を浮かび上がらせた。

 そして、飛ばす。

「博士っ!」

 俺が庇おうと動いた時には、もうメフィーの右側頭部に石が激突していた。

 悲鳴も上げず、唇を噛んだままメフィーは衝撃で前に倒れる。どさ、と言う音とともに彼女は崩れ落ちた。

「博士!!」

 思わず駆け寄る。彼女は制止をしない。いや、出来ないのだ。

 目を背けたくなるような、悲惨な光景がそこにはあった。血が、血が、己を示すかのように流れる。

「オート……」

 無理やり引き攣った笑みを浮かべる。大丈夫なわけがない。石の衝突した場所へ目をやると、美しい銀の長髪に溢れんばかりの血が伝っていた。

 頭蓋骨、脳、何がやられたか。いくら不老不死とはいえ、苦しいに決まっている。もともと契約で丈夫になっている身体故、気絶できないのも辛いだろう。

 俺は抱えるようにメフィーを支え、後方のクロを睨んだ。

 彼女は、ひざから崩れていた。目の前で大切なものを壊されたかのように、大きく目を開いて、口を開け、絶望の顔をしていた。

「姉さ、んっ」

 自分でやっておきながら、何が姉さんだ。

「あんた……」

「大丈夫だ、大丈夫だから、オート」

 側頭部を白い光に包ませながら、メフィーが今にもクロに飛びかかりそうな俺を止める。

「よいしょ」

 ふぅ、と息を吐いてメフィーが立ち上がった。銀髪には血が付いているものの、怪我は治ったようで、流血はしていない。

「姉さんっ、姉さん!」

 壊れたようにクロが叫ぶ。

「どうして避けてくれない! どうして受け止めた! どうして、どうして、姉さんっ!」

 泣いたのは、クロだった。子供の様にわんわんと声を上げて、泣く、泣く。

「姉さん、ねえさ――」

「それがお前の敗因さ」

 どこかよろけながらも、メフィーがクロに歩み寄る。俺も後を追い、その肩を支えた。

 クロが声を出すのを止めた。黙って涙を流しながら、ぐしゃぐしゃの顔で、メフィーを見上げる。

「お前は、私のことを敵だと見ていなかった。そう思おうとしていても、見られなかったんだ」

「嘘だ……」

「じゃあ、どうして私を『姉さん』と呼ぶ。あんなに楽しそうに、嬉しそうに『姉さん』と呼ぶ」

 メフィーの口調はやわらかで、穏やかで。さっきまでの無表情が嘘のように優しげだった。

「お前の敗因は三つ。まず、おしゃべりが多い。二つ目、バカ正直。あと、一番がそれなんだよ。私を『姉さん』と呼んだことだ。私をそう呼んだ時点で、お前は負けていたんだよ。ああ、そうそう。今の攻撃も含めて。危ないところを外していたのは、何だかんだ言って私を傷つけるのが怖かった。違うかい?」

 確かに、クロはメフィーのことを「姉さん」と連呼していた。それはきっと、メフィーに対する愛情があったからだろう。

「バカな妹だよ、お前は」

 そっとクロの暗め色合いのの金髪に手を置く。

「だって! だって、姉さんは、姉さんは」

 クロが嗚咽を始める。それをメフィーは見守っていた。

「姉さんは、姉さんだからっ!」

 不意にメフィーがクロを抱きしめた。「ありがとう」、と一言言って、ただ、ただ大切な妹弟子の涙を受け止めていた。

「もらい泣きしてもいいんだよ?」

「一番しそうなあんたが言わないでください」

「何でこんなシーンでも冷たいのかなぁ」

 面白くなさそうに口を尖らすメフィー。その仕草で、どこか遠くに感じた彼女を近くに感じることが出来た。


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