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Ⅲ 秘零士の闘い、そして戦い

三章めに入ります。

ご愛読ありがとうございます!

Ⅲ 秘零士の闘い、そして戦い

 

「ぬにゃぁぁぁあああああ!」

 猫を踏んだらこんな声が出るのだろうか。

 俺が作っていたあのチョコクッキー(かなり苦め)を口にしたメフィーは、そう叫びながらソファの背もたれに倒れた。

 俺のために苦く作ったところに、料理に関しては奇跡なほど神の加護を受けていないテイコが焼いたのだ。メフィーにとっては手に負えない代物だったのだろう。

 自分が丹精込めて描いた絵に落書きをされたような絶望を噛みしめながら、俺は恐る恐る漆黒ありえないのそれに手を伸ばした。

 ちらっと後方のテイコに目をやると、彼女はさっと視線を逸らしてきた。

「いただきます――」

 覚悟を決めて口内へ。まず広がったのはチョコレートのいい香りだった。

 ぐにゃる

 …………ぐにゃる? ちょ、どうしてだ。どうしてクッキーの食感が「ぐにゃる」なんだ! そもそも「ぐにゃる」なんて初めて体験した感覚だぞ。

 高速で噛み、無理やり喉を通してから冷静に分析する。

 味は、味は普通にいい。なんせ俺が生地を作ったのだ、まずいわけがない。

なのに、なのに食感がとんでもなく気持ち悪い。どう焼いたら、こんな舌触りの悪いものになるんだ。

「何か、魔術的なものを施しましたか? テイコさん」

「いやいや、ただ焼いただけだ……ったはず」

「はず、ですか」

「うぅ、博士、変なもの食わせて悪かったな! テイコ、おっちゃめぇ~!」

 そう言うとテイコは脱兎のごとく去っていた。最後のキモッ、クッキーと同じくキモッ!

 彼女のことだから一ミリも気にしていないだろう。反省と言う言葉は彼女の頭の中にはない。

「俺と材料に土下座してくださいよ……」

 そう呟いても、彼女はもうどこかへ逃げてしまった後だった。

 ログアムがどこか心配そうにメフィーを見つめながら霧のように消えていった後、俺らはティータイムと言う名の作戦会議に入っていた。そこで登場したのが、先のクッキーである。「やっちまった☆」とでもいうような不自然な微笑みのテイコが「ま、食えや」と持ってきたのであった。いろんな意味で頬が奈落へ行きそうなそれは、たった今、勿体ないが廃棄することに俺の中で決定した。あれは食べられても食べたいものではないし、何より、あんな不審物体をメフィーにこれ以上食わせるわけにはいかない。どちらにしろ、甘いものが好きな彼女はもう手を伸ばさないと思うが。

「で、これからどうするつもりなんですか?」

 やっと再起し、俺が淹れ直した紅茶をゆっくりと味わうメフィーに、俺は問う。

「コールディマを捕まえるだけだよ? 奴の居場所は源界で調べているらしいし。居場所がわかったら、奴のところへ攻め込んで捕まえて引き渡す。簡単に言えばそんな流れさ」

 きちんと考えていたようで、メフィーはさらりと問題解決までの道のりを述べた。

「そういえば『倒す』じゃなくて『捕まえる』なんですね」

「司揮は不死の存在、それも私みたいな中途半端な不老不死じゃなくて完全な不死だからね。たとえ首を撥ねようと心臓を貫こうと死にはしない。だから『倒し』たくても無理なのさ」

 彼女が不老不死だということは俺が従者になってすぐ知らされていたが、「中途半端な」ことは知らなかった。

 一体どう違いがあるのか気になり訊いてみる。すると、彼女は眉間にしわを寄せて、「難しい質問だなぁ」と呟いた。

「私が何故不老不死になったかは知っているよね?」

「はい。ログアム様と契約をしたから、ですよね」

「うん、その通り。詳しく説明するとね、司揮との契約には二つあるんだ。秘零士を司揮のものにする契約と、秘零士を司揮附秘零士にするための契約。どちらも司揮の意思によって秘零士を不老不死に出来るんだけど、もちろんあくまで『契約』だから欠点があるんだよね。それが『契約痕』が傷つけられること」

「『契約痕』?」

「司揮の誰々と契約しました、という印だよ。それを傷つけられたら契約は破棄されるから、その時点で秘零士はお陀仏。もともとの寿命が残っていたら生きられる可能性はあるけどね。ま、私の場合契約してから三百年は経っているから、契約破棄になったらぽっくりだね」

「で、その『契約痕』、博士はどこにあるんですか?」

 何気なく尋ねると、メフィーは顔色を変えて首を横に振った。

「バカ、言うわけないだろう? さあ、殺してくださいって言っているようなもんじゃないか!」

「……本当だ。じゃあ、博士。『契約痕』はどこにあるんですか?」

「え、何? 私のこと嫌いなの!?」

 真剣な顔で言ってくるから、思わず本音をこぼす。

「…………き、嫌いじゃない、ですよ……?」

「いきなりデレられても!」

「で、デレてなんかいません!」

 危ない、俺のキャラがまた崩壊するところだった。

 こほん、と咳払いをしてから、話題を戻す。

「と、いうことは博士、あんたは二重契約していることになるんですか?」

 秘零士を司揮のものにする、という契約があるならば、彼女はログアムとそれを結んでいるだろうと推測する。

「うん……その影響で異常が出て左目がこんなになったんだけどね」

 珍しく自嘲気味に嗤う。その表情はいつもよりずっと大人びて見えた。

「でもそのおかげで闇の中でも動けるし。得はしたかな?」

「あ」

 闇の中、で思い出した。そういえば「奇獣の観察者」と名乗ったあの青年は「君とログアムみたいな契約はしていないよ? でもコールディマ様は僕の主人だ」と言っていた。ということは――?

「多分、あのコールディマの手下は後者の契約だね。秘零士でないと言っていたけれど、契約としては、司揮附秘零士だ」

 俺の疑問を読んだかのようにメフィーが答えた。

「そうだ、私はそいつを見ていないけど、オートは見えたのだろう? どんな奴だった?」

 興味津々に身を乗り出して問われた。

「えっと」

 記憶を反芻してから確かめるようにゆっくり答える。

「切れ長の蒼い目に、黒っぽい金髪。見た目の年齢は俺と同じくらいでしたね。特に変な服装はしていなくて、特徴と言えば……頬に、左の頬に獣に引っ掻かれたような大きな傷がありましたね――博士?」

 彼女の動きが止まっていた。大きな紅い右の瞳は、さらに大きく開かれ、呼吸すらし忘れているようだ。

 信じられない、驚いた。と言う心情が表情から伝わってきた。

「……ろ?」

 薄く開かれた唇から小さく言葉が漏れた。

「え?」

「く、ろ? クロ? まさか、いや、でもあり得る!」

 糸が切れたかのように動き出して慌てまくるメフィー。見たことのない彼女がそこにいた。

「コールディマと契約しているのならおかしくはない! それにあの挑発に乗りやすい性格、バカな感じ。クロ、クロだよ、オート!」

 そう叫ぶかのように言った後、彼女はソファに自ら身を委ねるように倒れこんだ。

「クロがコールディマの下にね……ふぅん」

「クロ? クロって誰ですか?」

「奴はね、同じ師匠のもとで秘零学を学んだ仲間だよ」

 懐かしむように視線を遠くに飛ばし、彼女は息を吐いた。

「へぇ、博士にも師匠なんていたんですね」

「ん? 司揮と契約してこそ一人前の秘零士。師匠からはね、そこに辿り着く前の基礎を学んだんだ。どんなエレメンティアを司る司揮に気に入られるかわからないからね、一応五大元素を基本として、すべて操れるようには訓練はするんだよ」

 食指を立てて、俺の知らなかったことを説明した。

「じゃあ、博士は炎以外も操れるんですか?」

「出来ないことはないけれど……私はログアム様に忠誠を誓った身。浮気はしたくないね。私は炎一本で行くよ」

 ふふーん、とその忠誠をどこか誇らしげに言う。それに対し、ムッとしてしまうのはやはりログアムへの嫉妬だろうか。

「秘零士になるのは九割九分亜族だからね。他に数人いた弟子たちの中でクロと私だけが類稀なる零力を持った人間の子だった。周りに蔑まれても、二人で何とか乗り越えて、今がある」

「師匠も、亜族だったんですか?」

「うん、でも人間の私たちに『あなたたち子供に罪はない』と言って優しくしてくれた。当時は亜族がどんどん迫害されていた世の中だったけどね。師匠はそんな差別だなんだよりも、立派な秘零士を生み出すことに情熱を燃やす人だった」

 人間に迫害されてもなお、人間を認めていた、ということか。

 ふと母親の顔を思い出す。心優しい母は、結界が弱くなる月のない夜に森へ迷い込んだ人間を助けようとして、殺されたのだった。そのことを思い出すと、握っていた拳に自然と力が入った。

「素敵な、方ですね」

 独白のように出した言葉は、自分の母への賞賛でもあったのかもしれない。

「ああ。でもたまに自分たち人間がここにいていいのかと幼いながらも悩む時があった。私一人だったら、耐えきれなかった。弱虫だったけど、大切な妹弟子、クロがいたから……」

 耐えきれた。声には出さずに唇だけでメフィーは呟く。伏せられたまぶたの裏には、何が映っているのだろうか。

 今、彼女はその大切な妹弟子と敵対関係にある……って、ん?

「妹弟子……ってはぁ!?」

 俺の口から恥ずかしいほど素っ頓狂な声が漏れた。

「どうしたんだい?」

「あいつ、女だったんですか?」

「ああ、クロは昔から男の子のようだったからね。正真正銘女だよ、彼女は」

「っていうか、年下なんですか?」

 妹弟子と言うぐらいなのだから、年下なのだろうが、あの青年。いや彼女は二十歳前後の姿だった。

「不老不死になるとその歳で成長は止まるんだ。私は十六で契約したからこの姿だけど、クロはきっとその十年後くらいに契約したんだろうね。本当は私の方が五歳年上だった」

 昔もよく口げんかしたなぁ、と述懐するメフィーは、どこか年よりくさかった。

「クロと戦うことになるのかなぁ?」

「でしょうね。そうだ、あっちは博士が姉弟子だって気が付いているんですよね。名前を知っていたわけだし」

「嫌だな……」

 いつもの「嫌だ!」とは対照的なほど力なく憂い気に言った。

「いつも、姉さん、姉さん。って私の手を握っていた子だった。でもすぐ冗談を真に受けて怒ったり泣いたりして。本当に、バカな子なんだ」

 額を手で多い、やりきれないような気持ちを発散するためかソファを反対の手で殴った。普段は見ないメフィーのそんな姿に心がずきりと痛む。気が付くと、心の中は「どうにかしてやれないだろうか」と言う思いで溢れていた。

 きっと奴――クロは彼女にとって実妹と同じ。一緒に過ごして、同じ空気を吸って、笑いあった大切な姉妹。

 俺だったら……俺だったら、イェナと戦え、と言われたら、味わったことのないほどの絶望を噛みしめることになるだろう。耐えられるわけがないし、耐えようとも思わない。 

 そんなことを想像してみたら、急に胸が苦しくなった。メフィーは、もっと辛いに違いない。何しろ、妹のような存在から宣戦布告を言い渡され、敵になったのだから。もしかしたら、そいつを殺めなければならないかもしれない。そんなことになったら、彼女が崩れてしまいそうだ。能天気で楽天家な俺の主人も、このことに関してはいつものように「ま、どうにかなるよね!」とは口に出来ないようだった。

「これが、ログアム様が持ってきた問題だけだったら。逃げられたのかな。あっちから敵になると言われることがなかったら! だったら、逃げること、出来たのかなっ! ああ、そうしたらクロが敵だということを知らないままなのか?」

 聞いてられないほど悲しげに、乱暴に言葉を吐いた。

「……どうでしょうね。運命って、残酷ですね」

 ただ無言で、ゆっくりと彼女は頷き両手で顔を覆う。泣いてはいないようだが、苦しんでいるのが見て取れる。

 そりゃあそうだ。あっちも生きていて再会したと思ったら、もうそいつは敵になっていたのだ。どうしようもない気持ちになるのは当然だった。

 しかし、このままの状態でいても、進めるものも進めやしない。ただメフィーが辛くなるだけだ。そこで俺は己の良心に喝を入れて、ぶっきらぼうに言葉を吐く。

「宣戦布告も、ログアム様が持ってきた問題も、受けてしまったじゃないですか」

「……ん」

「俺の知っているメフィフィル・サスペンディットフォースは、何事でも受けたと決意したものから、やすやすと逃げるような人物じゃないですよ? 妹弟子が敵だからなんです? 確かに今の時点では敵です。完全なる敵です。違いますか?」

「知ってる」

 顔に当てている両手を膝に落とすと、消えるような声で彼女は返答をした。俺を見つめる深紅の右目は、今にも泣きそうだった。

「もちろん、博士は戦ったら、勝つつもりですよね?」

「……勝つよ……でも」

「戦いたくない? 甘い。甘いです。あんたは自身まで砂糖菓子になったのですか? 俺、嫌ですよ? 主が甘ったれなんて。あんたは全てを受けました。受けたんだから、弱音を吐かないでください、決定したことに文句を述べないでください」

 メフィーが瞳を閉じて悔しそうに唇を噛んだ。少しきつく言い過ぎたか? なんて思っていると、彼女は上体を起こしてゆっくりと右目を開き、「わかった!」と大きく頷いた。宝石のような深紅の奥に、何か燃えるようなものがあって安堵する。そうだ、こうでなくっちゃ、俺の主は。

 俺はソファから立ち上がり、メフィーの前に片膝をついて、彼女の髪を右手で撫でた。どうせ笑顔になっても怖がられるだけなので、せめて口調だけでも優しく穏やかに告げる。

「解決法なんて、いくらでも出てくると思います。博士が戦いたくないと思っている限り、刃を向けあわなくても、解決する可能性がゼロではないのですから。ならば、その可能性に賭けましょう? 博士が真正面から向き合ってみたら、いい考えが浮かぶかもしれませんしね」

「そう、だね。ありがとう……オート」

微笑み、メフィーは撫でられている手を取って握ってきた。

「私は、オートが隣にいてくれてよかった!」

「……っ」

 ヒマワリのように咲いた笑みに頬が赤らんでしまったのが感覚で分かった。それを見られるのが恥ずかしくて「そ、そうですか」と適当に頭を垂れてごまかす。

 な、何で赤くなっているんだ。バカか? アホか? くだらなすぎて笑いも出てこない。

「え、どうしたの? 顔赤いよ」

「気のせいです、見間違いです、勘違いです」

「いや、本当に」

「放っておいてください!」

 唐突に怒り出した俺を怪訝そうに見るメフィーから離れて、俺はかの漆黒のクッキーを廃棄するべく皿を持って厨房へと向かった。

「博士なんて、大っ嫌いですよ……!」

 どうしてそんなことを呟いたのかは、自分でも解らなかった。

 まだ顔が熱い。こんなのをテイコに見られたら、またからかわれそうだ。彼女に逢わないようにと願いながら、俺は俯いて歩いたのだった。



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