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Ⅰ 秘零士は従者を困らす①

ヒコサクです、こんにちは!

第一章スタートです。楽しんでいただけたら嬉しいです!!

 Ⅰ 秘零士は従者を困らす


「ん~、今日は何とも素敵な小春日和だね。ふはは、こんな日は城に引きこもっているに限るよ……!」

「何言ってやがるんですか」

 のそのそと俺の脇をすり抜け、城内に戻ろうとする銀髪女の襟元をつかみ捕縛する。

「ご、ご主人様にそんな暴挙をして許されると思っているのかい?」

「んじゃあ、仕事をしましょう、博士」

「今日は外に出るな、と神のお告げが……頭が爆発するらしいんだよ」

「どうせ、二、三秒で完治するんだから、いっそのこと爆発してみたらどうですか? いい加減で怠け者で従者に迷惑をかける性格が一転するかもしれません」

「え、なんか言った?」

「とぼけないで、はい、仕事です」

 無理やり方向転換をさせると、彼女はうぅ、と観念したような声をその朱い唇から洩らし、肩を落とす。

「働かねぇなら食うんじゃねぇ、という言葉をご存知ですか? もしこれ以上渋るのなら、一日一食ですね、博士は」

 それでも諦めずにまだ、深紅の右目で何かを願うようにちらっと見てくるので、これでもかというほど優しい笑顔で穏やかに言う。彼女がワガママを始めたら、こうするのが一番なのだ。以前彼女が言っていたことによれば、「オートは普段厳しい分だけ、優しい態度が怖いんだよぉ……。だ、だから、その顔! ああ、悪かったよ! 悪かったよ……」らしい。別に、彼女に厳しく当たっているつもりはないのだが。そうであっても、あんたが主らしく振舞ってくれれば、俺はしないのだが。ったく。

「俺は本気ですからね。ほら、今回はどこに〝奇獣〟が現れたんですか? さっさと済ませましょう」

「ぬぅ。えっと……ドードット。あれ、港町の」

 彼女は数秒考えるように虚空に視線を移動させると、この城がある森からずっと西のほうにあるさほど大きくもない町を告げた。

「七十年前、くらいかなぁ。一度寄った時があるよ。女村長とでっかい魚を釣ったんだよね」

「へー、どうっでもいい情報ですね」

「おいしかったなぁ~、いいよね、新鮮な魚って」

 ホントどうでもよかった。

 呆れながら横顔を覗くと、つぅと口の端から涎が垂れていた。そしてそのまま、彼女はまず森を出るべく、秋の空を見上げながら道を歩いていく。

 彼女の目にも映っているだろうその蒼は、俺らの出発を促す様に見えた。

「ふははん、今日はいい肴を供にして久々に酔いつぶれようかな、オート♪」

 すっかり機嫌を直した彼女はそう言って、今日が誕生日の子供のようににこり、と笑顔を向けてくるのだった。

 ぶっ倒れられたときに世話をするのは俺なので、そういうことはやめて欲しいのだが、その無邪気で楽しそうな顔を見るとどうしても「☓」と怒れなかった。甘いなぁ……。

「ま、ほどほどになら許してやってもいいですよ」

「何で上から目線なんだよぉ。ふふ、オートは生意気だな」

 再び、未だ幼さの残る端整な顔に笑みを咲かせる。



「あぁ、でもあくまで目的は仕事ですからね(ニコッ)」

「ゔぅ、わかってらー……」



 右目と同色のマントを羽織った肩が、びくりと一度跳ね上がった。


                 ◆

 

 メフィフィル・サスペンディットフォース――この長ったらしいのが、俺の尊敬すべき主人の名だった。

無造作な長い銀髪と陶磁の如き白く繊細な肌。その中で目立つ、鮮血のように紅い右目と、垂らしている前髪で隠れた秘密の左目。三十年彼女に仕えているが、片手で数えられるほどしかそれを目撃したことがない。

 「世界の零の在り方を知る者」、秘零士である彼女が主人である「司揮」永炎のログアムより授けられた仕事は一つ。

人間という特異種族がうまれるずっと前に存在したといわれる異能、エルシャミット=ドルチェが、世界の保持者「界王」やその子供「司揮」のいる「源界」とは違う、人間、亜族の住む世界「創界」へ死に際にバラまいた、神出鬼没の化け物〝奇獣〟を処理することだった。

 しかし、自己中な彼女は、その勤めを「面倒くさい」というくだらない理由で嫌がることが多い……ま、そう口では言いながらも最終的にはちゃんと仕事をするので、そこは信頼していた。

 でも嫌がるときはこれでもかと言うほど嫌がるので、その時はその小さな背中に全力飛び蹴りをしてでも、チャチャッと出動させなければならない。全ては、「高貴なる夜真族である俺の主人がダラダラボケボケの腐れ怠け野郎」であることがないように。

 頑張れ、俺。めげるな、俺。以上。

「あぁ……ここからだと、乗継二本でドードットに行けるみたいです」

「は? 乗継?」

 深い深い森を抜け二時間ほど野道を歩くと、午後三時半。城から一番近い街であるディマスに着いた。国の中心にある王都から遠い割には、なかなか活気と人気が多い街で、見渡す限り店、人間、人間、店が視界に入ってくる。クナを捜しに出かけ、俺が昏倒したのもこのディマスの通りだった。言い換えれば、メフィーと出会ったのもここということになる。そして今ではよく買い物に来る見慣れた街だ。

 駅へと続く中央通りの端で、俺は手に持った地図と睨めっこをしながら再び彼女に言う。

「列車の話です、ディマスからドードットまで乗継二本で行けるみたいですよ」

「は? いやいや、なんか今の話だとさぁ」 

 わしゃわしゃと髪を掻き回しながらじーっとこちらを見つめてくる。その瞳には、かすかに不安と焦りが浮かんでいるように見えた。

 またか……何回目だ、こんなやりとり。

 心の底から呆れながら、彼女を見つめ返す。

「何でしょうか?」

 次に彼女の言うことなんて解っているのに、いつもの癖で訊いてしまう。 

「列車に乗るのかい!?」

「ええ」

 予想そのままの言葉に吹き出しそうになりながら、当然だというばかりに頷いた。

「イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだぁぁああ! あんな鉄の檻に入るくらいなら、私は歩くね!」

「三日三晩以上かかりますよ? させませんけどね。俺、基本的にまだ日光弱いし。浴びっぱなしは死にます。殺さないでくさいよ……」

「わ、ワガママ!」

「あんたにゃ言われたくないです。博士、そろそろ未開人卒業してください。出来たら証書でもあげます。貰えるといいですねー」

 適当なことを言いながら、彼女の頭をあやす様に撫でる。

「いいよ、いいもん! 一生未開人で。うぅ、イヤだよぉ、列車。絶対に嫌だから!!」

 俺の手を払うようにぶんぶんと頭を振り、必死に彼女は列車に乗ることに抵抗した。その様子はまるで、注射を嫌がる子供そのもの。ふと周りを見ると、通りすがる人間たちが変に優しい微笑みでこちらを見ている。恥ずかしい。穴があったら、入ってしばらく経ってから出るほどの恥ずかしさである。恥ずかしいことをしている本人は自覚がないのか、もしくは、それどころじゃないのか。どっちでもいいので、とりあえずやめろ、静かにしろ、言うことを聞け。

「オートのバカッ! 私は絶対乗らないからな! 一人で乗ればいいだろう! このボケナス腐れシスコン常時作業着睨み顔性格老けすぎのシスコン野郎がッ!」

 思いっきり唾を飛ばしながらの罵倒はいつものことだが、今日は「シスコン」が二回入った。左頬が無意識に引き攣る。

「……………………言いたいことは、それだけでしょうか?」

 本日三度目のご登場。俺の必殺技「恐怖政治の微笑み」……ああ、自分で言うとかなりイタいな。

「ひっ! あ、えと、私はほら、大人だから? こんくらいで抑えてあげても、い、いいよ?」

 もうちょっと巧く動揺を隠せ。そう思いながら、ぐっと彼女に顔を近づける。すると、半泣き気味の表情を隠すためか、さっと視線を逸らす。

 ……ったく、面倒だ。

「博士?」

「な、な、何だい、オート……」

「クッキー」

「ぬぬ!?」

 ああ、やっぱり反応した。メフィーが大人しく列車に乗ってくれないことなんてわかっていたので、歩きながら策を考えていたのだった。名付けて「クッキー買ってやるから黙れ作戦」、今こそ決行である。

「よく聞いてください。ほら、ドードットまでは遠いから、長時間列車に乗らなくちゃならないでしょう? なので、もし博士がそれに耐えられるのなら列車の中で」

「食べるクッキーを買ってくれるのかい!」

 右目をきらきらと輝かせて、俺と目を合わしてくる彼女。面白いほど単純だった。

 作戦成功の光が見えたと同時に、絶対一人では出歩かせられないと思う。「お嬢ちゃん、お菓子あげるからおじさんと遊ぼう」とか不審者に言われても、餌につられてその通りにする確率百パーセントだからだ。この人は俺にどれだけ迷惑と心配をかければ気が済むのだろう。

「列車に乗れますか? 長くなりますけど、頑張れますよね?」

「うん!」

 コクコクと愛らしく首を縦に振りまくるので、「お利口さんですね」と――ってちょっと待て。俺はいつから保育士になった。こんなこと妹にもしたことないぞ……まぁ、あいつ何だかんだで大人だったし。

 イェナ。俺の愛すべき妹は今どこで何をしているのだろうか。ふと、感傷に浸ってしまう。いつの間にかイェナが行方不明になってから三十年が経っていた。

あれから彼女は見つからない。だが、もちろん諦めてはいない。「同じ森に住む者として、捜索を手伝おう。お前の妹は私が絶対に見つけ出す」と約束してくれたメフィーが、いろんなところに手を回してずっと捜してくれているみたいだが、何しろ四半世紀以上の時が経っている、当時は目撃者がいたかもしれなくても、今やその情報に頼ることは安易ではなかった。まず、目撃者がいたかもわからない。なんたって、深夜の出来ことなのだ。

「オート、人間からしてみれば、赤ん坊が立派に成人して家庭を持つぐらいの時間だ、私が必ず手掛かりだろうが、居場所だろうが突き止めてやる。だからお前は安心して私に美味しいお茶でも淹れていてくれたまえ」

 その言葉を信じていいものか散々迷った。しかし、俺が当てもなく走り回るよりは有効だと彼女にゆだねた。本当は奴がただお茶を淹れて欲しいだけなのでは? という疑いはあったが、ここはわらにでも縋れ。縋っちまえ。

「大丈夫だから」

「え?」

 イェナのことでどこか意識が飛んでいた俺は、メフィーの一言で我に返る。その短くともしっかりと心にしみるその言葉は、俺の心中を見抜いたかのようだった。

「博士?」

「全力で安心していいから……クッキー買ってッ」

 一瞬感動した俺がバカでした。


                ◆


「誰が二キロも買っていいって言いましたか?」

「天の声、かな。っていうか、ちゃっかり騙されていたけど、どーせ買うの私のお金じゃん!? オートに権限ないじゃん!? バカッ」

「チッッ、バレたか…………コホン、博士、静かにしましょうね」

「ちゃっかりクッキー勝手に食べないでよ!」

「………………なーんだ。俺が作ったほうがおいしいじゃないですか。博士の味覚は鈍感ですね」

「とか言いながら二枚目に行くな!」

「お静かにお願いします」


                ◆

 

 小さな港町、ドードット。俺らの住むベルキア王国の、王都よりずっと南へ行くと達するレエルズ洋を臨むそこは、そこまで有名な町ではない。

しかし、青く澄んだ海を目当てに来る者も少なくないと昔聞いたことがある。俺がドードットを知っていたのもそのためだ。

 無事列車の旅を終え、駅より目的地へ歩いている最中、メフィーは上機嫌だった。ちなみに彼女がつい先ほどまで抱えていたクッキーの袋の中にはカスしか残っていない。「よくそんなに食べられますね」と嫌みを呟くと、「人間いつ死ぬかわからないんだ、おいしいものは今食べておかないと」だそうだ。人間いつ死ぬかわからない? いろんな意味が雑ぜられたその言葉に鼻で笑う。

「今更だけど、オート。普通に人間が群れている中歩けるようになったよね。私的にはとても嬉しいよ」

「は? 何言っているんです?」

「『何であの下等種族がごったするところに行かなきゃいけねえんだ! 人間が滅んでも俺にゃあ関係ねえ、むしろ望むところです!』とか叫んでいた奴が、『さあ、仕事ならさっさと行きましょう』だもんね。ふははははは、変わるもんだね、何でも。っふふふははは」

「く、黒歴史にナイフで切り込んでいかないでください」 

「私の調教が効いたのかなぁ?」

「変な言い方やめてください。説法でしょう、説法」

べしっと容赦なく頭を叩いたのは教育だ。これは譲らない。

「俺だって、まあ、その」

「反省してる? 容赦ないこと言うと、お前のいつも着ているそのだっさい作業着だって人間が作ったんだからね。ちょっとは感謝しなっきゃだよ! そして私にも!」

 よし、最後の一言はスルーしてやろう。

 しかし、昔の俺は本当にバカだった。夜真族の村の長老が言う、『時代の理と生物の運命』を青臭い俺は理解出来ていなかったのだ。しようとすらしていなかったのかもしれない。

「あ、あそこだと思う。いやぁ、七十年で変わっちゃうんだね……」 

 そりゃそうだろう、俺らの七十年と人間の七十年は違うのだから。それが運命なのだから。なんて思いながら、どこかしゅんと肩を落としたメフィーに俺は何かを言おうとする。しかし言葉が見つからない。不器用な男はただ、黙ってその光景を見ていることしか出来なかった。

彼女のそういう感情を見るのは嫌いだ。ワガママかもしれないが、してほしくない。

 コウモリのような彼女だからこそ、それを知っているからこそ。

 そういえば、夜真族の村を旅立って人間の世界に半分身をしみこませてきている俺も、コウモリなのだろうか。だから彼女を壊したくないのだろうか……。

 そんな哀愁に浸っていると、ぐいぐいと腕を引っ張られた。

「碧の海と蒼き空の町ドードットへようこそ! だって。七十年前も同じだったよ、これ」

 町の入口にかかっているアーチに掘られた文字を指しながら、メフィーが数秒前の俺の勝手な過保護がバカバカしく思えるほどに、嬉しそうな顔を見せてきた。

「変わらないものも、あるんだよ」

 俺の考えを全て悟ったような台詞に、俺は「そうですね」と素っ気なく言う。

「変わらないものは、変わらないのかもしれませんね」

 それは伝えたいことじゃなくて、祈っていたいこと。


「ぶっ、ガラじゃないね~。ははっ」


 ああ、そういうのは見透かさないでほしい。バカ博士。

 何てとてもバカらしいやり取りをしているうちに、頭上の景色は美しいオレンジの色に変わっていた。

 ――黄昏に染まった海は、まるで一つの絵画のように荘厳で美しい。

「お腹空いたな。どっか食堂で夕飯食べないかい?」

ついさっきクッキーをバカ食いしていた誰かさんが煩くそういうので、適当に入った小奇麗な食堂の窓に肘を掛ながらそう思った。

温かな雰囲気の漂う家庭的な店内には、人間がちらほらといて、皆静かに食事をとっている。どんどん客が入ってくる様子を見ると、なかなか繁盛している店らしい。その中の窓際の席で俺らは各々注文した品を食べていた。

作業服の男と深紅のコートの銀髪少女、そんな組み合わせは結構周囲の目を引くのだが、今、彼らが視線を注いでいるのはその少女の前に並んだ料理の方であろう。

ここで特に意味のない一呟き。メフィフィルという女の子はかなりの大食漢である。

「オート、食べないと体が持たないよ。夜が深くなったら、仕事するんだからね。で、そのあとお酒呑み放題……ムフフ」

「食べていますって。っていうか、博士、量を考えましょう」

 ずらっと並ぶ数品の料理を眺めて呆れる。香ばしそうなブレッドにビーフシチュー、海鮮サラダにポークステーキ、焼きエビのシーザーソースがけ、ホタテを挟んだバーガー……よくもメフィーの小柄な身体に入るものだ。大喰らいめ。あんたの胃はレエルズ洋か。

 そのありえない食欲にため息を吐きながら自分のブレッドをとって、魚介類のクリームスープにつけて口へ運んだ。濃厚で柔らかな味が広がって、ああ、おいしい。今度こういうのを作ってみようか。本場の味とは変わってしまうだろうが。

 そんなことを考えていると、「今日の〝奇獣〟、手ごわくないといいねぇ」とメフィーがポークステーキを切りながら言った。

 〝奇獣〟というのは本来、「源界にも創界にもいてはいけない何かの塊」らしく、それをそのままにしておくと、世界が崩壊する恐れがあるのだ、と前にメフィーから教わったのだが、いまいち俺はその存在について掴めていない。

 まあ、世界に有害な物質だと思えばいいのだろう。

 〝奇獣〟は創界のどこかに潜んでおり、少しでも顔を出したらメフィーのような司揮附秘零士が出動することになるのだという。しかし、彼らとばったり会うことはなかなかなく、こちらから近い場所を見つけて召喚するしかない。メフィーはその〝奇獣〟の場所を、契約している「司揮」永炎のログアムと頭の中で通信して教えてもらっているのだった。

「おや? 自信がないんですか、自分の力に」

「ふぁふふぉ!!」

「食べながら喋んないでください」

「あるよ! 私に倒せない敵はないさ」

「ま、言うのは無料ですから。どんどん言えばいいんじゃないですか? 聞いてあげてもいいですよ」

「ふんっ、生意気ぃ」


閲覧、ありがとうございました!

まだまだ連載していきたいので、よろしくお願いします!!

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