エピローグ moon isn‘t alone
エピローグとなります。
エピローグ moon isn‘t alone
「も、もう一回教えてください!」
「いいかい? これらのエレメンティアの性質は――」
扉の中から、メフィーがイェナに秘零学を教授する声が聞こえた。
もともと学ぶことが好きで、物覚えも悪くないイェナは、メフィーの授業をとても楽しんでいるようだ。
一生懸命に憶えようとしているイェナと、同じように教えようとしているメフィー。
そんな二人の姿を見ると、俺も頑張らなければ、といい励みになる。
我が妹、イェナがメフィーと契約して彼女の「弟子」になってから、一週間が過ぎた。
何でも、メフィーが自ら「私の弟子にならないかい?」と提案したようだ。彼女曰く、イェナの零力は澄んでいて、使いこなせば強力な秘零学を操れるようになるらしい。
俺も新たな気持ちでメフィーの従者として過ごしている。変わったのは気持ちだけで、他には何も変化がないのだが。
扉を軽くノックしても、返事がない。
きっとその音さえ聞こえないほど集中しているのだろう。
失礼します、と一声かけて、俺はワゴンを引いてメフィーの自室へ入った。
「そろそろ休憩したらどうでしょう?」
「お、お菓子、お菓子! いやぁ、頭を使ったからね。糖分が欲しかったところなんだ」
ルンルンとスキップしてから、メフィーがソファにダイビングする。ホコリが立つからやめてください、と一喝してから俺はテーブルにティーセットを並べ始める。
「怪我の調子はどうだい?」
さっそくお菓子に手を伸ばしながら、メフィーが訊いてくる。
「そうですね、あと一週間もあれば完治するでしょう」
「うぅん、やっぱ丈夫だね。イェナの方も、あまり目立つ跡は残りそうにないし。あ、クロはどうしている?」
「ああ、庭掃除をさせています。狂動の力が、箒を操って落ち葉集めに便利ですから」
あくまでコールディマの部下だったクロの処分は、メフィーの監視下で軟禁+労働だった。メフィーがログアムに頼んで、そうしたようだ。まあ、彼女のやったことと言えば、コールディマの操る〝奇獣〟を監視していたぐらいのようなので、その程度で十分だと判断されたらしい。
クロは根が単純なので、扱いやすい。時折さぼったりしていて、テイコに怒られることもあるが。
「ん、兄ちゃんのクッキー、やっぱりおいしいね」
「だろ? お前のために焼いたからな」
「え、私のためでしょ! ね?」
「……イェナ、たくさん食べろよ」
「ねえ、私泣いていい? メフィフィル、泣いていい?」
平穏で和やかな日常を暮らせることが、何よりも幸せだ。
主のワガママに胃が痛むが、イェナの顔を見ればすぐ治る。
こんな時間が、いつまでも続きますように。
そんな祈りを知られたら、メフィーに大笑いされると思うので、胸の内に秘めておこう。
何かが消え、何かがうまれるこの世界で、全てを認めることなんて無理だけれど。
手に収まる範囲で、手の届く範囲で、精いっぱい生きて。
生き残っている亜族の使命として、俺は俺なりの平凡を保っていきたい。
そう思うのは、強欲だろうか?
「博士、運命が何だかわかったような気がします」
「ほぅ、何だい?」
「己がそうあるべきだ、と勝手に思ってしまう道に、勝手に進まされること。そう感じます」
「ふぅん……じゃ、お前にとっての運命は? そう思ったからには、何かあるんでしょ?」
「そうですね」
「えぇー、教えてくれないのかい?」
「わ、笑いませんか?」
「多分。多分笑わないよ。私、優しいから」
「……博士に仕えること。それが俺の運命です」
「お、嬉しいね。だったら……ねぇ」
「何でしょう?」
「これからも、私の義僕でいてくれるかい?」
ご愛読、本当にありがとうございました。
これで、メフィーとオートの物語は幕を閉じます。
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