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Ⅴ 彼女は何を……

長めです。

VSアーリル VSコールディマです!

Ⅴ 彼女は何を……


「球舞一式、雷球。鳴号と光に駆け抜けろ」

「球舞二式、氷球。冷艶に咲き狂え」

「球舞三式、奏球。乱れた悲鳴に絶望を」

 反撃が出来ない状態だった。

 雷に氷。四方八方から拳ほどの球の形をしたそれらが襲ってくると思ったら、脳内を混ぜるような不気味な音を発する球が現れる。

 彼女が呪文を唱えると、空中にそれに応じた球が浮かびあがる。そんな攻撃方法に、俺らはただ避けることしか出来なかった。

「魔術、だね」

 追いかけてくる氷の球を業火で溶かしながら、メフィーが舌打ちをする。

「それも、秘零学を学ばないで、いきなり応用へ走った術だ」

「基礎を知らないで、そんなこと出来るんですか?」

 右にずれて、電気を放つ雷の球を避ける。すると一息つく間もなく後ろから氷の攻撃が迫ってきた。

「〈炎撃ショット〉!」

 それをメフィーが一瞬で蒸発させる。彼女の強力な炎は、氷を水にするのではなく、蒸発させるほどの威力を持っていた。

「知らないけど、彼女の攻撃と零力の動きを見る限り、そうとしか思えないね! だから! 〈炎羽プルーム〉!」

 炎の波を周囲に踊らせると、メフィーはふっ、と息を吐いてから言葉を続けた。

「威力はあっても、崩しやすい!」

 列をなして飛んできた氷球が一気に炎に包まれる。

「所詮ハリボテさ」

 そう鼻で笑って、メフィーは再び〈炎羽〉を放つ。今度は俺らを取り囲むすべての球が消滅した。氷はともかく、雷、音の塊まで消したのだ。

「ログアム様の永炎、つまりは私の炎は森羅万象を燃やせる。もちろん、無機物だろうが関係ない。永炎は、永遠の炎であり、永逝させる炎なんだよ。どう? 見直した?」

 鼻高々に説明するメフィーに、俺はパチパチとやる気のない拍手を送った。

「それにしても……」

「え? 褒めていいんだよ?」

「あちらを止めなければなりませんよね?」

 攻撃を止めてこちらを見つめている少女を視界に入れつつ、メフィーに問う。

 それは遠まわしに、「彼女」を使います、と言っているようなものだった。

「いいのかい?」

「妹を助けるために、自分を犠牲にしちゃまずいですか?」

 そう言ってしっかりとイェナを見つめる。

 アーリル、その少女は、やはりイェナだったのだ。

 俺と同じ、薄茶の髪に薄翠の瞳。ふわふわな髪も、目の下のほくろも、昔から変わっていない。メフィーによると、零力の色も俺とそっくりだという。

 先ほど、成長したイェナを見つけて、まず始めに感じたのは、不安だった。今まで押し込めていた不安が、溢れ出たのだ。

 イェナは、俺の知っているイェナじゃなくなっているかもしれない。俺のことを忘れているかもしれない。

 再会できた喜びよりも、そんな不安が勝っていた。

「イェナ!」と名前を呼んでも、彼女は反応しなかった。それどころか、「私の名はアーリルです、けど……?」と据わった目で否定までしたのだ。

 大切な妹と、ともに待っていたのは絶望だった。

 崩れそうになる身体を、手を握って落ち着かせてくれたのはメフィーだった。「大丈夫」と微笑み、彼女は言う。「零力の流れ方がおかしい。きっとコールディマによって記憶を『動か』されている。どうにかして戻せば、お前のことも思い出すよ」と。その言葉が本当かわからないが、気休めでも十分俺の支えになった。

「球舞一式」

 全く表情のない顔でイェナが呪文を唱え出す。彼女の上空には、雷を纏う前の小さな球が十数個浮き始めていた。

「出すなら早くしたまえ」

 メフィーに促され、俺は胸ポケットの懐中時計を取り出し、掌の上にかざして影をつくる。

 この時計の影は、「彼女」の住処。丸いフォルムが気に入っているらしい。「彼女」がそこにいるおかげで、この時計はもう百年以上生きていた。

「シャノウさん、出番です」

 「彼女」に呼びかける。……反応なし。

「シャノウさん! 暴れていい時間ですよ!」

『あ、暴れるだなんて!』

 思いっきり時計を振ると、イラついた声が聞こえた。鈴の転がるように可憐な、少女の声だった。

『わたくしはあくまで任務を果たそうと戦うだけで、そんな物騒なことはしませんわ!』

 不満そうに言う「彼女」ことシャノウ。強気なお嬢様のようなその口調を、俺はかなり久しぶりに聞いた。

『オート、あなたって人はいつも――いえ、口論は後にしましょうか』

 シャノウがふっ、吐息を吐く。それを合図に、時計の影がどんどん大きくなり、俺の掌の大きさを超えた。もうここまで来ると影は影でない。彼女を呼び出すための陣となる。

 むくむく、むくむく。

 暗黒色の陣から、処女雪のように白い体毛に包まれた獣の前足が這い出てくる。やがて前足がすべて出終わると、彼女は陣を押すようにして外に姿を現し、地面に着地した。

 毛の長い、純白の猫――正しくは猫のように見える生き物がそこにはいた。

 毛色とは対照的に真っ黒の大きな一つ目で、俺を見上げてくる。

『外も、久しぶりですの。で、対象はあの御嬢さんでよろしいかしら?』

「はい、全力でお願いします」

『わかってらっしゃると思いますが、わたくしを限界以上に行使したら――あなたの左腕、いただきますわよ?』

 くふふ、と楽しそうに笑って、シャノウは俺に確認をした。

「覚悟は出来ています……シャノウさん、行ってください」

 シャノウは四足で地を蹴り、向かってくる雷の球を避けながら、イェナに向かって走り出した。

「サポート、ありがとうございます」

「本当だよ! あー、疲れた」

 そう言って口を尖らすメフィー。シャノウに「発現」を呼びかけている間、ずっと〈炎羽プルーム〉で壁を作り俺らを守っていたのは、彼女だった。

「おしゃべりが多いんだからぁ」

「じゃ、俺行きますから」

 シャノウの後に続き、俺もイェナのもとへ向かう。

「〈炎撃ショット〉!」

 イェナの放った無数の雷球が、メフィーの炎がぶつかり、消滅する音が、あらゆるところから聞こえる。

 心でメフィーに、頼みますよ、と呟いて俺はイェナの正面に辿り着く。

「何でしょうか……?」

 輝きを失っている瞳で見てくるイェナに、俺は答える代わりにある言葉を叫ぶ。

「シャノウさん! 〈影牢ダークステイ〉!」

 イェナが一瞬眉をひそめて、そのまま固まった。シャノウが、固めたのだった。イェナが俺らへの攻撃に集中している隙を狙って、彼女は標的の影に入り込んだのだ。

 そして、俺の言葉で術が発動する。影の持ち主の動きを止める術だった。

 シャノウ、その正体は影を司る司揮の使い魔である。俺の先祖が、その司揮と契約したらしく、それが現在まで続いて、ガルフト家の者は彼女を操れるのだった。先祖が何故契約をしたのか、目的はなんだったのか。明らかではない。メフィーは、「弱みを握っていたんじゃない?」と言っていたが、そんなことはないだろう。

 何はともあれ、俺が今こうやって彼女を行使しているのが現実である。しかし、さっき言われたように、彼女の限界以上力を使ってしまうと、体の一部、俺の場合は左腕を喰われることになる。使い魔である彼女は〈影牢〉の術しか使えないのに、やたらとリスクは大きいが、司揮の使い魔を操るということは、それほどのことらしい。

 俺とシャノウの出会いは、メフィーに仕えだしてすぐのことだった。メフィーから「その時計、零力を発しているけど、何なの?」と言われ、彼女に調べてもらったところシャノウが出てきたのだった。それ以来、あまりいいとはいえないがパートナーである。

 そのパートナーは、対象があくまで夜真族の少女だからか、簡単に動きを止めていられている。ということは、少しくらい術の時間が長くても、大丈夫だということだ。

「イェナ……あ、シャノウさん、喋れるように口だけ開放するってできませんか?」

『生憎、そのようなご都合主義には出来ていませんの。まあ、聞こえてはいると思うので、一方的に話しても問題はないと思いますわ』

 イェナの影からシャノウが答える。その後あくびが聞こえた。もうちょっと緊張感を持ってほしいものだ。

「イェナ、元気だったか?」

 近くで見れば見るほど、彼女は懐かしい俺の妹だった。

 たれ目気味な目に、生気は宿っていない。これがコールディマの手によるものならば、俺は絶対に奴を許しはしない。

 記憶をいじらないといけなかった。そうなれば、イェナが望んで奴の部下となった可能性は低い。

 どうにかして、どうにかして、彼女の記憶を戻せたら、元のイェナに戻る。優しくて、穏やかで、泣き虫な、俺の妹に、戻る。そう信じて、俺はそっと彼女を抱きしめた。

 冷たい表情とは逆に、温かな体温が、ああ、生きていた、と俺の胸を締め付ける。

「お前はアーリルじゃない、イェナ・ガルフト。俺の大事な妹だ。なぁ、思い出してくれ。また、兄ちゃんって呼んでくれ。俺の作ったお菓子、おいしそうに食べてくれ。一緒に、また一緒に仲良く暮らそう……イェナ……元に戻ってくれないと……お前が俺の誕生日に書いてくれたあの手紙、大声で読むからな!」

「『はぁ!?』」

 メフィーとシャノウの声を無視して、俺はイェナから一度離れて、懐中時計が入っていたのとは逆の胸ポケットを漁り一枚の紙切れを取り出す。端がぼろぼろになるぐらい昔の手紙を、俺は大事にとっておいたのだ。

 ゆっくりと広げ言い聞かせるように大声でたどたどしい字を読み上げる。

「にいちゃんへ。おたんじょうび、おめでとう。あたしは、にいちゃんがだいすきです。おいしいおかしをたくさんつくってくれるし、かおはこわいけどやさしくてかっこいいからです。しょうらい、あたしはだいだいだいすきなにいちゃんのおよめさんになりたいとおもいま――」

『きゃぁ!』

 突然シャノウの悲鳴が聞こえた。

 何事かと視線を向けると、シャノウがイェナの影の外に転がっている。どうやら、イェナが気力で〈影牢〉の術を解いたようだ。シャノウの力より、イェナの方が勝っていたようだ。

 イェナは俯き、小刻みに肩を震わせている。だんだんその震えは大きくなった。

 何が来る――! 身構えていると、イェナが顔を上げる。

「イェナ!」

 両目に微かな涙をため、顔はリンゴのように真っ赤。わなわなと肩を震わせながら、彼女は声を荒らげ、全力で叫ぶ。

「恥ずかしいからやめて兄ちゃんっ!!」

 …………。

 ………………え?

「その手紙捨ててって言ったじゃん! 何でまだ持っているのよ! 兄ちゃんの、バカッ! 嫌い、大っ嫌い!」

「イェナ……? お前、」

「何よ、兄ちゃん! 半径百キロ以内に入ってこないで!」

「ちょ、いたっ、やめっ、おい!」

 両手をぶんぶんと回して俺を拳で叩いてくる。

「博士、博士!」

 腕で何とかそれらを受け止めながらメフィーの方へ振り向く。すると彼女は唖然としていた。しかしそれもすぐ呆れた顔になる。

「最後にシスコンが勝った……ああ、うん、よかったね、オート」

 若干引いたような口ぶりで、すぅ、とメフィーが視線を逸らす。

「イェナ、やめ、やめなさい!」

 幼稚な攻撃の手が止められた。イェナは真っ赤な顔をし、肩で息をしながら、がるるぅ、と野生動物のように威嚇をする。

「兄ちゃんなんか、兄ちゃんなんか!」

「それよりもお前、記憶――」

「何! 記憶がどうし――あれ?」

 ふと自分の違和感に気が付いたのか、イェナが首を傾げる。

「お前の名前を言ってみろ」

「あたし? あたしはイェナ。イェナ・ガルフト……」

「俺は、俺は誰だ?」

「兄ちゃん、兄ちゃんのオート・ガルフトよ」

「アーリルは誰だ?」

 その俺の問いに、イェナが目を見開いた。後ずさりするように後ろによろよろと足を引き、数歩で倒れかける。

「おい!」

 とっさに駆け寄って身体を支えてやる。イェナは何かにおびえるような表情で、俺をじっと見つめた。

「アー、リル……コールディマ? いや、いや、いや!」

「大丈夫かい!?」

 頭を抱え「いや」と連呼し始めたイェナに、メフィーも駆けて来る。

「オート、どうした!」

「わかりません、イェナ、何が嫌なんだ?」

「いや、いやよ。あたしは、イェナなの。イェナなのよ!」

 頭を振りながら、涙をこぼしながら、取り乱すイェナに、俺もメフィーも困惑するしかなかった。

「イェナ、お前とコールディマはどんな関係だい?」

 メフィーが尋ねる。

「コール、ディマ。友達、私の友達。だって友達になろうって!」

 いや! と泣き叫ぶイェナを俺は強く抱きしめる。右手で頭を撫でながら、落ち着かせるように彼女の名前を何度もささやく。

「イェナ、大丈夫だから、兄ちゃんが守るから」

「……にしても、ひどいじゃないか。私は、コールディマを許さないよ?」

 静かだが、怒りが込められた口調でメフィーが静かに言った。

「ええ、俺もですよ。イェナをひどい目にあわせた奴なんて、八百回引き裂いても許せません」

「じゃあ行こうか、上に。コールディマをコテンパンにしてやる」

 ポキポキと指を鳴らしながらメフィーが階段の方向を鋭く睨んだ。

「イェナ、お前はどうする? ここで待っているかい? 私たちはちょっくらコールディマをやっつけてくるけど」

「…………兄ちゃんは、悲しかった?」

「は?」

 唐突な質問に戸惑う。

「あたしが、いなくなって悲しかった?」

「バカなこと言うな、当たり前だろ」

「なら、あたしも行きます。兄ちゃんを、たった一人の家族を悲しませた彼を、あたしは許せないもの。それに、自分で片を付けたい」

「イェナ……」

 感動して、嬉しくて、俺は何も言えなかった。ここまで妹が強いとも思わなかった。

「あたしも、行きます」

 溜まった涙を手の甲で拭いながらも、イェナがしっかりと告げた。

「わかった。被害者本人がそう言うなら、行こう」

 メフィーがイェナの頭を軽く撫でてから、階段に向かって歩き出す。

「大丈夫か?」

 イェナの手を取りながら立ち上がると、彼女は今まで泣いていたとは思えない強気な表情で頷いた。

「兄ちゃん……心配かけてごめん」

「今はそんなこといい。行くぞ、イェナ」

「うん」


                   ◆


 螺旋階段を上って着いた廊下の奥に、一つだけ、その扉は構えてあった。

「たのもー!!」

 大声でそう言いながら、メフィーが扉を開ける。

 中は一階に比べて装飾品が多く飾られていた。

 壁のあちらこちらに掛けられた剣、槍、盾などの武具が目を引く。奴の趣味だろうか。

「ようこそ! ってアーリル、ずいぶんあっさりやられちゃったね」

 俺の隣で怯えながらも、キッと奴を見据えたイェナに、コールディマがニマリと笑いながら訊いた。

「ふざけないで。私の名前はイェナ。アーリルは、あなたが私の中に創りだした幻でしょ?」

 一歩前に出てイェナは攻撃するように言った。

「……何、記憶戻っちゃったの? うっわ、『動か』すの大変だったのに」

 ふざけたように残念がるので、俺は耐え切れなくなって大声を出した。

「っコールディマ! 妹に、イェナを利用しやがって!」

「妹? 何、彼女とお前、兄妹だったの? いやぁ、驚き驚きぃ」

「答えろ!」

 吠える俺をメフィーが手で制止した。彼女はまっすぐ奴を睨んで、いつもより低い声で質問する。

「イェナの、記憶を『動か』たのは何でだい?」

「ん? 扱いやすくするために決まってんじゃん。目的のためなら、手段は厭わない。これ、僕のモットー」

「お前の目的も、クロと同じく人間への復讐かい?」

 ニヤリ。おぞましいほど暗黒の笑みを浮かべたコールディマが、頷く。

「だって、人間なんて、亜族の邪魔でしょ?」

「お前がそこまで亜族を守ろうとしている理由は何さ?」

「うーん、僕の大切な人が、亜族だから。そうだ、今機嫌もいいし、全部話してあげよっか。どうせお前らは消えるんだ、話してもダイジョーブだね……エルシャミット=ドルチェ。彼女の尊い名をお前らは知っているかい?」

 メフィーが「何千年も前にいた異能だろう?」と首を縦に振る。コールディマはそれに満足したかのように、さらに口角を上げた。

「彼女は、エルシャミットは僕の家族なんだよ」

「彼女も界王の子供だったのかい?」

「違う、彼女はただの亜族の一人の少女だ。でも、僕の大事な家族。だってエルシャミットを育てたのは、僕なんだから」

 その言葉にメフィーは右目を丸くする。

 俺ははっきり言ってエルシャミット=ドルチェという存在についてあまり詳しくないので、そのことの重大さがわからなかった。

 だが、メフィーの顔を見る限り、秘零士や司揮にとっては重要な問題らしい。

「膨大な量の零力を抱えていた彼女は、親からも兄弟からも嫌われていた。異常すぎる、ってね。そこで僕のとーじょー! 彼女を立派に育て上げた。何でだろねー、彼女には、魅力があった。損益関係なく、彼女の魅力に僕は惹きこまれたんだ。大きくなった彼女は、僕が教えた知識と自らの零力をもとにして、新しい道を開いた。秘零学という基礎を、応用して、斬新な道を築いたんだ」

 フードに隠れて見えはしないが、奴は今思い出を懐かしむような目をしているだろう。そう思わせる、柔らかな口調だった。

 奴はこちらにくるりと背中を向け、恍惚として両手を広げた。

 隙を見てシャノウを奴の影に潜ませようと思ったが、全身から醸し出すどす黒い殺気が空気に渦巻いていて、下手に近づいたら彼女の身が危ないと思いやめておく。

シャノウは、俺の足元で全身の毛を逆立てコールディマに威嚇していた。やはり、奴は源界を堕ちた司揮。許せない何かが影の司揮の使い魔である彼女にはあるのだろう。

「それが、魔術! そう、魔術という一つの術式を生み出したのは彼女なんだよ。少ない零力で、強力な秘零学を操れる……それが本来の魔術。エルシャミットが未来に現れるだろう亜族の敵、つまり人間から亜族が身を守るために生み出したのが、魔術なのさ!」

 謳うように言葉を吐きだし、コールディマはこちらを向いた。その表情から笑みは消え、フードで見えもしないのに、無機質な顔をしているのが読み取れた。

「なのに……なのに、それが亜族の手に渡って? そこまではよかった……その後人間がうまれて奴らが知って? 魔術は、魔術は穢されたっ! どんどん相手を傷つける外法に変わってしまった! ……わかる? 僕の大事なエルシャミットがつくった魔術という一つの道に、人間という下衆は汚泥をまいたんだよ。これがー、僕が人間嫌いな理由。人間を滅ぼしたい理由。はっ、理解しなくていいよ? メフィフィル・サスペンディットフォース。お前は、人間だもんね!」

 コールディマが見下すように笑う。メフィーは何も言えず、唇を噛んでいた。長い時間を生きている彼女は、見てきているのだ。魔術が、どんな使われ方をされてきたか。極稀に生まれる、彼女のように零力を持ってうまれた人間が、魔術で人を傷つけてきたことも。

「そーそー、お前、オートだっけ? 僕と一緒に人間を滅ぼさない? お前も人間を憎んでいるんだろう? 嫌いなんだろう? 亜族なんだから、人間を消す資格があるはずだよ?」

 ニマリとした笑みでこちらに手を向けてくるコールディマ。それと同じく向けられたた殺気に、俺は一瞬だけ身を震わせた。

 全身から噴き出る汗。それを気にしないようにしながら、俺は奴に反論する。

「っざけんなよ!?」

 もう、言葉をぶつけるのに敬語なんて必要ない。

「何が、人間を消す資格だ。一応聞くが、あんた、人間全滅できると思ってんのかよ? あ?」

「どーだろーね。自慢じゃないけど自信はあるよ」

「もし、全滅できなかった場合、残った人間はあんたに、亜族に復讐を始めるよな……ベタなセリフだが、復讐を一度すればずっとそれが繰り返される。俺は亜族の代表でもなんでもねぇがよ、復讐合戦なんて茶番はしたくねぇ! したいならすればいい、でもな! 亜族を巻き込むな、残った者たちで一生懸命生きている、亜族を巻き込むな!」

「……そ? ちゃぁんと向き合えばいいのに、憎しみと、恨みと! 逃げるなんて、弱いよ」

「生きるために逃げちゃいけないのか? 生き延びるために、少しでも亜族という誇り高き者たちが生きた証を後世に伝えるために、逃げちゃいけないのか!? んなの、誰が決めたんだよ。あんたか? くだらねぇなぁ、くだらねぇ野郎だな、コールディマ!」

「キレイゴトなんて聞きたくなかったよ、オート。お前も結局は人間の世界に染まった下衆野郎なんだね。いいよ、最後まで抵抗しな? 楽に消してあげないから」

 そう言うと、コールディマは右手を突き上げた。

「狂え」

 その言葉で、何かが音を立てだす。

 辺りを見ると、武具だ。飾られた無数の武具が動き始めている。

 それを見て、俺は気付く。

 奴の攻撃方法も、クロのそれと同じだと。

 クロが石を『動か』し投擲するのに対して、奴は武具、つまり凶器そのものを操って俺らを屠るつもりなのだ。

 そういうことか、奴が俺らをこの部屋に入れたのは。

 ここは、コールディマのテリトリーなのだ。

 まるでよく訓練された兵隊のように、壁から外れた武具たちがコールディマの横に並んだ。

 そくり、と背筋を何かが通り抜けた。自分が多数の刃物に串刺しになった光景が頭に浮かぶのを、必死に消して、言葉を紡ぐ。

「あんたの気持ちもわからなくはない、だけど俺は」

 そこで俺は、テイコからもらったあの言葉を言う。人間に復讐したくてたまらないはずの、彼女の決心をコールディマに告げる。

「俺は! 時代は、人間は昔のままじゃないと信じている、信じたいんだ」

「ふぅん、そう思ってればいいよ、オート。僕に消される直前、後悔することになるから」

 絶対零度の見下しを奴は笑いながら俺らに送る。

「ちょっとお喋りしすぎたかな……もう十分に僕の目的、理由、わかったよね」

「ああ。だが、一つ訊く」

「ん? なぁに?」

「お前が人間に復讐したいことと、イェナを誘拐したことがつながらない。どうしてイェナを攫った!」

 俺の問いに、奴はふざけた風に答える。

「だって容れ物にぴったりだったからー」

「容れ物?」

「僕ねー、人間を殲滅したら、世界を『動か』して、エルシャミットを蘇らせてー、僕と彼女だけの楽園を作りたいんだよね。だから、彼女の魂を入れる容器が欲しかった。彼女に似た、美しい零力を持つ亜族の乙女という、容れ物をね。で、いいのないかなー、って探していたら、ガルマスでふらふらしているアーリル、いや、イェナを見つけたんだ。だから、攫っちゃった!」

「……ごめんなさい、兄ちゃん……『友達になろう』って言われて、つい……ごめんなさい」

 友達――それは何よりもイェナが欲しがっていたものだ。俺のせいで、一人もそう呼べるものがいなくなってしまったイェナ。

 コールディマがそれを知ってそう言った可能性は低い。となると、偶然なのか。どちらにしろ、彼女が奴の言葉に魅力を感じてしまったのは確かだ。

 ……結果的にイェナを、こんな目にあわせてしまったのは、俺のせいだ。そうなる運命だなんて軽く片付けたくない。俺は、イェナに償いをしなければならない。心優しい彼女のことだ、そんなことしないで、と言うだろう。でもそれでは俺が満足しない。勝手でも罪を背負ってやる、罰を受けてやる。

「感謝するよ、コールディマ」

「え?」

「おかげで生きる意味が、増えた。俺は、死ねない。お前に消されなどしない!」

 イェナを幸せにする、俺の生きる意味はそれだけだった。しかし今、新たなる決意が芽生えた。イェナに償いをする。そう決めたからには、死ねない。死ぬわけにはいかない。

「ちょこざいなー! とでも言っておくべきかな? 皆殺ししちゃうよ! イェナは勿体ないけど、お前の代わりなんて山ほどいるしね。みんなで仲良く僕に――」

「クロのお喋りはどうやらお前譲りだったようだね」

 コツ。ずっと黙っていたメフィーが靴音を立ててコールディマに一歩近づいた。奴が彼女の方を見ると、短剣も一緒にくるりと動いた。

「オートとのおしゃべりに夢中で気付かなかった? 私がエレメンティアを蒔いていたことに」

「……は?」

「ここは源界でも創界でもないから、エレメンティアがほとんどない。なのに、さっきのイェナとの戦闘でたっぷり使いこんでしまった。お前も知っている通り、エレメンティアは少ないほど力が弱くなる。さあ、どうしよう? なら、エレメンティアを増やせばいい。ずっと静かに作業していたのに気付かないなんてねぇ。そのフード、取った方がいいんじゃない?」

 おかしいものでも見たように、ふふふと笑うメフィー。

「ご忠告どーも。でも、聞いたことないよ? エレメンティアを増やす方法なんてさ。どうせ、ハッタリでしょ」

「ふっふっふ、教えてあげる、コールディマ。私は三百年もの間、何もしないで城に籠っていたわけじゃないんだよ? ある、開発をしていたんだ」

 楽しそうに言ってメフィーはマントの中から、手に収まるサイズの宝玉を取り出した。

 そういえば、彼女は時折一人で城の地下室に閉じこもる時がある。ただ引きこもっているだけだと思っていたので、そんな開発をしていたなんて驚くばかりだった。

「名付けて、〈礎のエレメンティア・シード〉。空気に触れさせるとね、あちらこちらにエレメンティアを蒔いてくれる。いやー、初めて使ったけど、十二分の効果が発揮出来たよ」

 燃え盛る炎のような朱い宝玉を見せつけるように持ちながら、自慢げに胸を張る。

「さあ、コールディマ! 正々堂々たたか――ひゃぉ!」

 コールディマの操った短剣が、メフィーの頬を掠める。

「ちょ、人がカッコいい台詞言おうとしているときに攻撃しない!」

 頬の一筋の線から赤い血を流しながら、メフィーが怒る。

 自分もクロが話している途中に攻撃していたくせに……というのは胸の内に秘めておこう。

「何あがいてんの? うざいうざいうざい! ねぇ、本気で消えて?」

 コールディマが剣を、弓を、盾を、槍を、なんかよくわからない武器までも、全てを俺らに飛ばす。

「狂え!」

 そのうちの一本のナイフは

「っ!」

 とっさにイェナを庇った俺の肩に後ろから突き刺さった。

 貫通ギリギリのところで止まってはいる。

「兄ちゃん!」

「……いてぇじゃねえか」

「そう思ってもらえたら嬉しいな」

 コールディマの方を睨むと、奴は、なはは、と笑って手を小さく振った。

「ぐぁ!」

 それによって操られたナイフが、俺の肩から抜ける。血がそれを追うように飛んだのがわかった。

 痛いとか、そういう問題じゃない。次元が違う。敢ていうなら、痺れる。

 目を見開き、後ろに倒れかけた俺をイェナが抱くようにして支える。

 腕を、脇腹を、生温い血液が暴れるように流れていく。

 飛びそうになる意識を、涙目のイェナの顔を見てどうにか留めた。

 そうだよ、易々と殺されるわけにゃあいかないんだよ。

「次はぁ、どこがいい?」

「〈炎撃ショット〉!」

 俺に気をとられている奴に、メフィーがすかさず炎を撃つ。〈礎の卵〉でエレメンティアを増やしているおかげか、いつもの数倍もの大きさの火球だった。

「うざい」

 片手を振って襲い掛かる炎をコールディマが、ナイフを宙に浮かしたまま消す。どうやら片手一つのクロと違って奴は両手で複数のモノを操れるらしい。厄介だ。

「〈炎羽プルーム〉!」

 メフィーは消されてもあきらめずに次の手を出した。

 奴を包むように放った炎も、あっさりと消されてしまう。

「イェナ」

「兄ちゃん、動いちゃだめだよ!」

「悪い、お前を庇いながら奴を攻めることなんて出来ない。全力で自分の身を守ってくれ」

「……大丈夫。あたしも戦うから」

「無理するな」

「兄ちゃんもね。球舞一式」

 イェナが呪文の詠唱を始める。彼女の頭にポンと手を置いてから、俺は左手で肩を押さえつつ、逆の手で剣を抜いてメフィーに近寄る。

「博士、焼いて止血してくれませんか? これじゃ戦えない」

「…………いいのかい?」

 特に驚いた風でもなく、メフィーが問う。

「早くしてください」

「……〈炎獄ホール〉」

「くっ!!」

 俺の肩に、小さな炎が咲いた。

 痛い苦しい辛い痛い。俺は悲鳴を喉に閉じ込め、メフィーの処置を耐え抜く。死ぬよりは、マシだ。

「無茶したら今度は全身燃やすから」

「わかりました」

 肩で息をし、痛みに耐えるために噛んだ唇から滴る血を拭う。

 そこで、タイミングを見計らっているシャノウが目に入った。

 中々影に入れないらしい、悔しそうな面持ちで彼女はじっとコールディマを睨んでいた。

「シャノウさん、お願いします」

 小声で話しかけると、彼女はこちらを申し訳なさそうに一瞥して頷いた。

 何とかして、奴の動きを止められるようにしてほしい。

 落ち着いている暇もなく、俺は全力で走り、コールディマに肉薄した。

 そして、剣をふるう。

 コールディマは何も反応してこなかった。薄ら笑いを浮かべて、受け入れるように俺に胴を斬られる。

「痛いよ」

 紺青のコートに染みをつくらせながら、小さく呟く。

「生意気……」

 ゴッ。

 コールディマが身を屈めて俺の腹に掌底突きを決める。

 俺はつばと血と息を口から出しながら、その場に膝を付いた。

「お前が一番目、だね」

 俺の頭を思いっきり蹴り、踏んづけて奴は冷酷に言い放った。

「下衆が僕に楯突くな」

 踏む力が強められる。床のタイルに頬が押し付けられる痛みをこらえながら、俺は全力で叫ぶ。

「〈影牢ダークステイ〉!!」

 刹那、コールディマの動きが止まった。その瞬間を狙って、俺は奴の足の下から脱出。

「〈炎獄ホール〉!」

「雷球、行きなさいっ!」

 俺が抜けたことを確認したメフィーとイェナの声が同時に響く。

 朱い大輪の炎が咲き、無数の雷球が奴に襲いかかる。

 声を上げることさえ許されない、〈影牢〉。それに縛られたコールディマは倒れることも出来ない。

 攻撃され俺に集中していたコールディマの影に、疾風の如き速さで入り込んだのはシャノウ。そして俺の言葉で、彼女の術が発動する。

踏まれたのも無駄ではなかったということだ。にしても、屈辱的。そんな趣味は生憎持ち合わせていない。

「〈解除オフ〉」

 後ろに下がり、コールディマに対する拘束を解くと、奴はふらっと倒れかける。だが、倒れない。流石は司揮というところか。身体の丈夫さが違う。

「痛いうざいふざけるなぁっ! 下衆が下衆が下衆が下衆が!」

 吠えるように怒り狂う。身体を貫くような鋭い殺気を一気に飛ばす。

 どうやら本気の本気になったようだ。

 奴が両手を振って、ナイフを自らの上空へ戻す。

「刺せ踊れ貫け血を舐めろ、さあ、狂え!」

 指揮者のように手を振り、奴が武器を操る。

 それらが、俺らの上下左右、あらゆるところをランダムに高速で飛んだ。

 それらが当たる度に、刺さっては抜かれる度に身体中から血が噴き、溢れる。メフィーもイェナも同じようで、避けても避けても攻撃してくるナイフに俺らはどうすることも出来なかった。

 斬られた額から流れる血を目に入らないように手の甲で拭って、何とか動きを見極めようとするが、あまりにも速くて人間より動体視力のいい夜真族の俺でも出来なかった。

「なはははははははははっ!」

 全身をぼろぼろにしながら、床に倒れ込みながら、俺らはただ奴の哄笑を聞いていることしか出来ない。

「僕の邪魔をするから悪いんだ! 能無しの下衆が、無知な下衆が、腐りきった下衆が!! そう、誰も壊せない、壊せない! 僕とエルシャミットは永遠だ!」

「下衆はお前だ、コールディマ!」

 メフィーの怒りが爆発する。

「呼び掛けに答えよ、声に応えよ!!」

 彼女の大きな声が、木霊する。

「何だよっ……」

 気が付くと、コールディマが攻撃の手を止め、武器を戻していた。

 身体中を生暖かい血液が伝う。幸い、そこまで深い傷はない。奴が攻撃を遠慮していたということは絶対にありえないのに――

「……博士!?」

 ふとメフィーへ視線を動かすと、やはり。

 コールディマがメインに攻撃していたのは彼女だった。俺とイェナは、そのついでだったのだろう。

 立ってもいられない。片膝を付いて、何とか体勢を保っているメフィーが少しでも体を動かす度、あちらこちらから血が流れ出ている。

「何したいのか知らないけど、させない」

 いくつかの剣を彼女に向け、コールディマは両手を振るう。

 それらは今までの倍ほどの速さで、メフィーの身体をその剣が貫いた。俺が彼女のもとへ向かおうとする意識さえ出てくる間もなかった。

 貫通、である。その小さな身体の胴を、足を、腕を通り抜けたのだ。先の猛攻撃で俺、イェナ、そしてメフィーの血を浴びたと思われる真っ赤な剣は、ピタッと空中で止まり、ブーメランのようにコールディマのもとへ返る。

「博士!!」

 どばどばどば。面白いほど止めどなく溢れる血、呼吸とともに口からこぼれる血、それをものともせず、ただ攻撃された反動で後ろに倒れたまま、メフィーは力強い声で言葉を続ける。普段は意識もせずする、その「言葉を出す」という行為が、今の彼女にとってどれだけ苦しいものか、想像もつかない。

「我が魂よ! その身を削り、犠牲と成して新たなる光を灯せ! 創造するは紅き鼓動、永炎を纏う深紅の精霊!! 生み出そう、純正たるその名はっ!」

 周囲の空気が熱を帯びた。

 熱い、熱いけれど、どこか優しい、そんな温度に変化していく。

「〈永久の神子・炎精オーバー・スピリット〉!!!!」 

そこで気づく。これが彼女の最終切り札、〈炎精〉の発動なのだと。

 横たわるメフィーの身体から勢いのある炎が噴き出るように、溢れるように飛び出す。いつもの朱い炎とは違う、メフィーの色、深紅の炎だった。

 いや、正確に言えば炎ではないのかもしれない。燃え盛るその様子はまさにそれだが、何と言うか、光と表した方がしっくりくるのだ。

 深紅の光は徐々に彼女の身体から離れていく。

「何、なの?」

 俺の腕をぎゅっと掴みながら、イェナが興奮するように声を出した。

 俺は答えることが出来ない。初めて見るその光景に、彼女と同じように心を震わしていた。

 爆発音のような音を立てて炎が、部屋の全てを満たしていく。

 俺も、イェナも、メフィー自身も巻き込んで、その炎は燃え盛り始めた。どくどくと、鼓動のように一定のテンポで動きながら。

 熱がないわけではないが、熱すぎるということはない。

「百年ぶりくらいかな、これを出すのは」

 よいしょ、と立ち上がったメフィーが、全身を治癒の白い光に纏わせながら言った。

「私の魂の一部と零力とログアム様の炎を練って練って創りだした、私だけの技だ。ふははっ、ねぇ、コールディマ。お前の力、たくさん見させて貰ったから、欠点、見つけちゃった!」

「……」

「『記憶』というイメージは操れても、生命体そのものは操れない。これがお前の欠点さ。だって、それが出来たなら、私たちを空中にあげて高速で突き落せば簡単に殺せるもんね。わざわざ武器を操って攻撃という、めんどくさいこと、しないよねー」

 コールディマは何も答えない。ということは図星か。

「この炎は、比喩を除いても、私そのもの。つまりは生命体でもある。言うなれば、生きた炎、ってとこ。だから、お前には消せないよ?」

 メフィーが炎になったのか、炎がメフィーなのか。なんて小難しい疑問が出てきたが、今はそれを考えている場合ではない。

「ったく、さんざん傷つけてくれたね。おかげさんでログアム様から貰った大っ切なマントが破れてしまった。この罪は重いよ!」

「自分の身体はいいんですか」

 居たくて仕方がない身体を忘れて、思わずツッコむ。

「マントの方が大事だもん! さ、コールディマ! 今度は私の番だよ!」

「……出来るもんなら、やれば?」

 冷酷に言った奴が、手を振ってナイフをこちらへ向ける。

「僕はね、僕は! 倒されるわけにはいかないんだよ? エルシャミットのために、エルシャミットのためにね」

「知らないよ、そんなこと」

 あしらうようにメフィーが素っ気なく言い、コールディマから視線を外す。

「お前はきっと、意地になっているんだ。なぁんて言っても、無駄か……攻撃に入らせてもらうよ」

 パン、とメフィーが手と手を打ちつける。

 すると、元々俺らを包んでいた炎が凝縮して、コールディマだけを囲んだ。

「うざい……」

 奴の悔しそうに呻いた声が聞こえた。

 何とか炎から逃げようとするコールディマ。それを見て俺は残酷な決断をする。

「〈影牢ダークステイ〉、〈解除オフ〉」

 奴を動かさないようにし、すぐに解除する。一秒も動きは止めていないが、それで十分。

炎が、深紅の炎が奴を包み込み、燃え上がらせる。

「――――――!」

 声になっていない叫びをあげるコールディマ。それを見てメフィーが嗜虐的に笑う。

「さあさあ! もっと火力あげていこうか!!」

 奴を囲む炎がカーテンのようになっていて、もう姿は見えない。

 どんな格好で、どんな風に苦しんでいるのか想像もできない。想像したくない、きっとエグいから。

「あそこ、まで……?」

 イェナが不安そうに見上げてくるので、俺はため息を吐いてたしなめるように言う。

「お前をひどい目にあわせていた奴だぞ。お前も許せないって言ってただろ? 俺は奴が塵になっても許さない」

「でも……」

 唇を噛んで俯くと、イェナは何かを決心したように俺のもとを離れ、メフィーに向かって叫んだ。

「メフィフィルさん! もうやめてください、彼は、彼はやっぱり友達なの!」

 懇願するように、信じられないことを言う。

「確かにいろいろされたけど、友達だから! もうやめて!」

「……ふうん、本当にそれでいいの?」

「お願いですからっ!」

 両手を組み合わせ、乞うイェナにメフィーはパンパンと手を叩いて精霊たちを止めた。どこか物足りなそうに、彼女たちは身を引く。

「うぁぁっ!」

 コールディマがその場に倒れ込んだ。流石、司揮。特に目立つほどの大きな外傷はない。攻撃に対する抵抗値が創界の生き物とは異なるようだ。

「ボロボロになってくれないとつまらないじゃないかー」

 メフィーはそう言うが、見る限り奴の外見ではなく「中身」はかなりのダメージを受けているようだった。立ち上がってこないことがそれを示している。

「不死って、辛いよね」

 ポツリとメフィーが呟く。「どんなに痛くても死ねない。死にたくても死ねない。極上の罰だと思わない?」と淋しげに言う彼女は、少なからず生きることに絶望を感じたことがあるのか。能天気な彼女からは想像がつかない。

「ましてお前は司揮。永遠の不死を抱く、神秘の存在。殺せないけど、殺されない。……よし、お前に選択権を与えよう」

 メフィーが左手の指で「二」を示す。

「一、今すぐ望んで私に捕縛される。二、もっともっと苦しんで、無理やり私に捕縛される。ね、どっちがいい?」

 優しげに微笑みながら問うた。

「…………っ」

 コールディマは答えない。ただとても辛そうに身をよじるだけ。もしかしたら、答えることすらできない状態なのかもしれない。

「んじゃ、一でいいよね。オート」

 勝手に選択肢を決めたメフィーが俺を手招く。

 呼ばれるがまま寄ると、彼女がマントの中を漁って出したロープを渡された。

「何でも入っているんですね、そのマント」

「そ、そんなことどうでもいいから! 早く縛りたまえ!」

 マントのことはやはり秘密らしい。はいはい、と生返事をして、俺は倒れているコールディマに歩み寄った。

「あ、そうだ」

 奴の姿を見て、思いつく。

「イェナは心が広いから許しているっぽいけど、俺はお前を許さねぇからな。一発殴らせろ」

 何も反応をしない奴の首根っこを掴んで俺は持ち上げる。

 そして全力で。人生の中の最大出力で。

 頬を殴った。

「満足かい?」

 コツコツと歩いてきたメフィーが訊く。

「ええ、許してはいませんけどね」

 乱暴に手を放してから、適当にしっかりと奴をぐるぐる縛り上げた。

「お前、幸せ者だね」

 ブーツの先でコールディマの頭を軽く蹴りながら、腕を組んでメフィーが言う。

「誘拐して、記憶いじって、さらには贄にしようかと思っていた少女に、まだ友達と思われているんだもん。幸せすぎるでしょ」

 ふと後方のイェナに目を向けると、彼女は顔を赤くしてはにかんでいた。やべ、超かわいい。このままダッシュして頬ずりしたい。この顔を見たのが久しぶりなので尚更だ。でもそんなことしたらメフィーにドン引きされるのでやめておこう。

「そんな心の広いイェナちゃんに、お前は一度謝った方がいいと思いまーす」

「……」

 残っている力でそっぽを向いた奴の腹に、メフィーは無言で力強く蹴りを入れる。

「謝って済めば、お前を源界に引き渡す必要はないんだよ。でも、謝りたまえ」

 低い声で凄みをきかせたメフィー。彼女はさらにその声で続ける。

「誇り高き司揮であるお前が、いたいけな一人の少女を利用するなんてね。恥を知ったらどうだい? とにかく、イェナに謝りたまえ。でないと、彼女が止めても私はお前を燃やし尽くしてしまうかもしれない」

「…………謝るもんか」

 けっ、と血の混じった唾を吐いて、コールディマが反抗する。

「……も、もういいです、メフィフィルさん。謝られたって、私の三十年間は戻らない!」

「それでも、許すのかい?」 

 怪訝そうにメフィーがイェナを見据えた。

「きっぱり言います。私はコールディマに『友達になろう』って誘われて、とても、表現できないくらい嬉しかったんです。その後、記憶を『動かさ』れたり、魔術を教え込まれたり。あと、贄にされそうになったけど――それでも、友達。だって一緒にお茶したり、トランプで遊んだりしたことの方が私には重要だから。選ぶのなら、いい思い出を選びたい。そう思いたいんです! だ、だから、許せるとか、そういうことでもないけど、責めたくはない! ダメ、ですか?」

 強い瞳でイェナが告げた。

「……いやぁ、私友達いないから……そういう気持ちわからないけど。オートは?」

「俺も友達一人もいないので」

「え、さみしー」

「博士もでしょう!」

「それはどうでもいいとして。まぁ、一番の被害者がそういうならば、私としては『そう、わかったよ』としか言えない。うらやましいよ、オート。こんなに純粋な妹がいて」

「博士にもバカ正直な妹弟子がいるじゃないですか」

「あ、そうだね。で、これで一件落着ということでいいのかい?」

 俺らを見渡して、メフィーが微笑んだ。

「俺は、コールディマを倒せたし、何よりイェナと再会出来たのでいいと思います」

 大切な妹の顔を見て、俺は頷く。

「あたしは、大丈夫です。メフィフィルさん、いろいろお世話になりました」

 目を閉じ深く頭を下げて、イェナが言った。

『わたくしは任務を果たしました。それだけです』

 いつの間にかコールディマの影から出たシャノウが、前足で純白の毛並みを整える。

「僕は、よくないっ!」

「お前は黙りたまえ」

 身を動かして吠えたコールディマに、メフィーが冷たく言った。

「僕は! まだ諦めていないからね!」

「意思を持つのは自由。でも、きっちり源界で罰は受けてもらうよ」

 冷えた瞳で奴を見下す。

「さあ、コールディマ。空間を『動か』したお前の術を解けば、この空間は消え、私たちが逆召喚を行った場所に戻るよね。今すぐ術を解きたまえ」

「……解かなかったら?」

「お前を燃やすのみ、全力全開全身全霊でね」

「くっ……わかったよ」

 流石に観念したのだろう。コールディマはため息とともに承諾した。

「じゃあ、解くけど……あぁ、もう!」

 


 周囲がまぶしい光に包まれていく。

 ここへ来た時とは違う、どこか攻撃的な光。

 そんな中で俺は強く確かめるようにイェナの手を握った。

 以前握った時よりも大きくなった、温かくて柔らかい手。

 その感触に、思わず涙が流れたのは、きっと誰も知らない。

 


閲覧ありがとうございました。

もうちょっとだけ続きます。最後まで愛読していただけると嬉しいです!

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