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Ⅳ 秘零士の後悔と、彼の決断、そして――②

そろそろクライマックスに入ります。


 あれこれ駄弁りながら歩いているうちに、道がすっと切れている場所に辿り着いた。白い光が霧のように浮かんでいる。きっとそこが道の果てだろう。

「出口、ですね?」

「だといいね」

「は?」

「いや、陣がもし失敗していたら、きちんとした場所じゃなくて世界の狭間に道が続いちゃう可能性があるんだよ。もし、そうだったら、ねぇ……オート、先に行きたまえ!」

 ちゃっかり危険を俺に擦り付けるメフィー。自分で陣を描いたのだから、責任を持ってほしいものだ。

 ここで拒否したら、怖いんだー、ぷぷっ、と笑われるであろう。それは癪に障る。俺はメフィーにだけはバカにされたくない。

 俺が先に行くのはいいのだが、ここで一つ問題がある。まあここまで来てしないとは思うが、メフィーが城に帰ってしまうのでは? という心配だった。疑うわけではないが、不安は一つでもつぶしておきたい。

「なら、一緒に行きましょう」

 道の切れている部分を見つめているメフィーの、小さな右手を握って誘う。

 メフィーは数秒かなり嫌な顔をしていたが、「しゃーないなぁ、淋しがり屋さんだね」と渋々承諾してくれた。

「行きますよ!」

 メフィーの手を引いて光の霧へ飛び込む。

 もしこの光の先が空間の狭間だったら? だったら、無理やりにでも創界のあの城へ帰ってやる。

 イェナを幸せにするまで死ねない、こんなところで存在を消すわけにはいかない。

 どうか、どうか、メフィーの陣が間違っていませんように。

 その願いが通じたのか、俺らは無事コールディマの住処へ着地することが出来た。

 辺り一面真っ白の空間の中でそう確信出来たのは、数歩先に大きな扉がぽつんと立っていたためだった。

 ご丁寧に「ようこそ! コールディマの邸へ」と札がかけられた扉には、緻密な絵や模様が描かれている。わざわざ札を用意したり、目印となると扉をつくったりとコールディマという奴はクロと同じでアホなのだろうか。アホの主はやはりアホなのだろうか。

 俺らがここに来るのを奴は知っていたのか。はたまた、他にも来る奴がいるのか。

 真実はわからないが、とにかく、俺は世界の狭間というおぞましい場所に着かなかったことに正直に安堵していた。

「私って天才! ふっ、私に間違いなどないのさ!」

 仁王立ちで扉の前にいるメフィーが、髪を掻き揚げながら、ない胸を張る。

「ふふ、ふはははは、ちゃんと着いた! 私、超すごい!」

「ちゃんと着かないと困るんです」

 彼女の頭をべしっと叩いて、俺は扉を見据えた。

 この扉を開ければ、コールディマが、イェナかもしれない人物が、いるのだ。

 妙なドキドキ感、とでも言うのだろうか。恐怖は感じていない。あるのは、決心と覚悟だけだ。

 メフィーが扉に手を当て、押した。こんな大きな扉、彼女一人じゃ開けられないと思ったが、意外にも簡単に開いた。メフィーの力が強かったというよりは、扉がこちらを迎えようとしているように見えた。

「歓迎されているね、私たち」

 敵に歓迎されるなんて、あまりいいことじゃないとは思うが……。

 ゆっくりとメフィーが扉の中に入り、俺も続く。入ってすぐ、視界に入ったのは、どこの貴族の家だ、と突っ込みたくなるような豪奢な玄関だった。

「ほぉー」

 メフィーが感嘆の声を上げる。

 そうなるのも無理はない。天井にはシャンデリア、奥には螺旋階段、よく磨かれた床に壁。絵画のような光景が、そこに広がっていた。

「すごいね、本当に私たち、戦いに来たのかな?」

「何戯言を言っているんですか? 俺たちはコールディマを倒しに来たんですよ?」

「だけど、すごいすごい、すごいよ」

 興奮のあまりすごいしか言えなくなったメフィー。飛び跳ねたり、回転したり、幼くはしゃぎだした。

「すごいすごい、すごー!」

「はしゃがないでください」

 再び、今度は先の倍以上の力でメフィーを叩く。

「あくまでここは戦場です。ふざけるのもいい加減にしてください」

 冷たく言い放つと、あまりの痛さに涙をためた右目で睨まれた。メフィーの表情が動いても、さっきから漆黒の左目は決して動かなかった。アンバランスな表情に、違和感を覚え、気がづく。彼女は、顔の全部を使って笑うことが出来ないのだと。それは彼女にとって辛いことなのか、それとも二重契約の代償だから仕方ない、と思っているのか。自然と彼女の顔から目を逸らす。

「博士、あれ」

 メフィーから逸らした視界の中に、螺旋階段の中程で手すりに肘をついてこちらを見つめている人物が入ったのだった。

 俺らが気付いたことを確認すると、その人物は一気に己から出る気配を濃くした。殺気ではない。だけど濃厚で、威圧感のある、妙な気配だ。俺は、それを感じたことがある。いや、正しくは同じようなものを知っている。ログアムの気配に、それはよく似ていた。

 ということは、奴がコールディマだろう。暗い紺青の外套のフードを深くかぶっていて、鼻から上は見えない。身長はあまり高くなく、だからといって低くもない。ログアムが「兄」と言っていたから、もっと年を取っているのかと思っていたが、予想以上に若い。背格好から見るに、メフィーの見た目とあまり変わらない外見年齢だった。メフィーが昔言っていたことによると、司揮に本来の姿というのはないらしい。つまりは、俺らが逢っているログアムも、あの姿が変化しないわけではないということだ。

「あれが、コールディマ……」

 メフィーに確認するように顔を向けると、彼女は頷いて「まさかすぐに会えるとはね」と苦笑した。

「やぁ、お二方。僕がコールディマだよー」

 呑気に両手を振って、にこやかに微笑む。メフィーじゃないが、俺らは本当に戦いに来たのだろうか。とても人懐っこい口調でコールディマは話しかけてきた。

「もちろん、お前らは僕に消されに来たんだよね? いやぁ、クロのお喋りバカがあんな簡単にそちら側に落ちちゃうなんてねー。想像以上に、アホだったよ、彼女は」

 なはははは、と粘っこく笑い、「困った、困った」と全然そう思ってない風に言う。

「残念だね、コールディマ。私たちは消されに来たわけじゃないよ、お前を倒しに来たんだ」

「えー……そりゃそうか、自ら散りに来る奴なんていないもんねー!」

「さっさと私に倒されてくれないかい?」

「それはこっちの台詞! お前、邪魔だから消えて?」

 笑顔のまま低い声で言うと、コールディマは瞬時に気配を殺気に変えた。

「人間で、秘零士とか、厄介なんだよ。はっきり言ってうざい。ねえ、苦しみたくなかったら今すぐここで首を斬ってよ。『契約痕』、引き裂いてよ。ね?」

 感じたことのないほど凶悪で奇妙な殺気に、無意識に退く。そんな俺を嗤うかのように、また一段と、強く、濃く殺気を醸し出す。全身を舐められ、溶かされるような、気味の悪い空気に包まれて、一瞬吐き気を覚えた。

 これが、源界から堕ちた司揮、狂動のコールディマ……。

「そうだな、お前と戦って私が負けたら、潔くそうしよう。ま、負けるつもりなんてないけどね!」 

 自信満々に、メフィーは左手の食指を彼に向けた。

「お前を成敗してやるんじゃい!」

 おふざけモード全開の口調だが、ここは、実は真剣なんだと信じておこう。じゃないと、俺がいろいろと保てなくなる。叩きたい衝動とか。

「僕を倒す、ねぇ? 面白いじゃん」

 楽しそうに言うコールディマ。そんな口が叩けるほど、奴は余裕なのだろう。

「じゃ、アーリルを倒せたら、二階の僕の部屋に来て? 僕ねぇ、弱い奴と戦っていられるほど暇じゃないの……来ること、出来るかな?」

 なはっ、と笑って奴は遊びに誘うようにそう言った。

「アーリル……」

 イェナかもしれない、少女の名だ。コールディマは彼女に勝たなければ、自分と戦う資格はない、そう言っているのだ。

 たとえ、俺は彼女がイェナでも戦おう。そう決意したのだから、それを曲げたくはなかった。

「いいだろう!」

「いいでしょう!」

 俺とメフィーの声が重なる。すると嫌そうにメフィーがこちらを睨んだ。お前に決定権はない、と視線で訴えてくる。

 俺はそれを華麗にスルーして、コールディマを見た。

 始めのにこにことした笑顔から一転した、どす黒いものを纏った笑みで、俺らを階段から見下す。彼の周りだけ、空気の色が違う気がした。

「じゃ、そんな感じで!」

 大きく俺らに手を振ると、コールディマは螺旋階段を一段飛ばしでテンポよく上がっていった。

「どうやらあちらはゲーム感覚で楽しんでいるようだね」

「あ、博士は遊ばないでくださいね」

「ななな、私いつも本気だよ。今日は特別に、私の本気を見せてあげるんだから!」

 メフィーの頭を優しく叩き、楽しみにしています、と呟く。

「それにしても、アーリルは、どこにいるんでしょうか?」

 尋ねると、メフィーは驚いたように顔を上げた。そしてやれやれ、と肩をすくめる。

「彼女なら」

 扉の前にいる俺たちの右、玄関の隅を示す。

「気配を消して、ずっとあそこにいるよ」

「っ!?」

 そちらに目線を移して、驚いた。

 そこにいたのは――


まだ続きます、よろしくお願いします!

閲覧ありがとうございました。

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