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サイゴの依頼

「俺はな、もう少ししたらお前と……いや、それだけじゃない。大事なアイツらとの関わり、全部断つつもりさ」


そいつは口癖のようにそれを語っていた。


「俺もアイツらもよく頑張った。もう俺が縛る理由もない」


それは日に日に哀愁を増していた。


「俺は目指してただけだったのによ、いつの間にかこんなに背負っちまったさ」


おまえはそれを心から決めていたはずだというのに。


「さて……話しすぎたな。これで本当に最後だ……準備はいいか?」


なんでそんな引きずられた目をするんだろうか。


「俺からの卒業試験だ……。覚悟して受けろよ洋助ようすけぇ!」


なんでそんなに……拳が震えてるんだろうか……

その疑問は決して口にしても答えは聞けない。

俺はただ、そいつの……山吹やまぶき宗司そうじからの試験を受けるだけしかないんだ。

俺は静かに、片足を引いて、不器用で素人がよく間違えるようなファイティングポーズを取り、宗司をしかとにらみつけた。


「あと30秒……」


携帯電話のアラームが鳴った瞬間が開始だと宗司は言っていた。

冬の寒さを急に感じなくなる。

残り十秒ほどだろうか。

急に時間が経つのが遅く感じる。

気は抜けない。宗司の顔もより真剣さを増している。


Pipipipipipipipipi!!!!!!!


鳴り響くアラーム音に合わせて俺たちは同時に走り寄り、その拳を互いに向けて突き込んだ。





俺、春岡はるおか洋助と山吹宗司の関係は学生だったころからいたって妙なものだった。

普通の友達とも言い難く、主従関係とも言い難く、師弟関係とも言い難い。

言いえて表すならば【雇い主と何でも屋】という感じだろうか。

むろん俺のほうが何でも屋で、宗司からの依頼をこまごまこなしていた。

時には荷物持ち、時には普通に遊びに誘われ、時には暇つぶしの話し相手、時には代理購入……

報酬なんてあってないようなもの。全部宗司への借りの代償として消えていく。

事実タダ働き同然の関係ではあったが俺はそれほどいやではなかった。

言いえて妙な関係が自分にしては心地いいというのかすんなり受け入れられるというのか。


しかし俺はあいつが何をやっているのかほとんど知らないことばかりだ。

聞いてもいつも「人様には胸張れねぇ仕事さ」とばかり。

数日会わないでいると、会った時には眼帯つけてたり包帯巻いてたりで満身創痍だった。

この時だって聞いても「しくじっちまったぜ」と笑うばかり。

心配ではあったものの、宗司自身が心配無用という以上、俺は深く聞くことはなかった。


そんな最中、半年前から宗司は「もう潮時かもなぁ」と、いうようになった。

口癖のように「おまえも、アイツらも、もう俺がいなくてもやっていけるよな」というようになった。

俺に依頼をすることも極端なまでに減っていった。

だんだんと宗司から連絡が来なくなりはじめてつい一週間前に電話がかかってきた。




『よう久しぶりだな。元気してるか洋助』


その声はいつもと変わらず飄々としたものだった。


「元気してる?じゃねぇよバーカ。こちとらお前からの依頼もなくて暇持て余してるわ」

『本職やれよ本職。そんなんだからお前はいつまでたってもヒラなんだろうが』


変に痛いところを突いてくる。

確かに本業のほうをやらないといけないのではあるがここのところそれなりにしか取組めていない。


「そんなことはどうだっていい。約二週間ぶりだな、今度は何やらかした」

『おいおい、なんで俺が何かやらかした前提で話進めてるんだよ』

「いつものことだからだ。今度はどこやった?頭か。頭だろ。頭しかないな」

『お前今度会ったとき覚えてろよ……』


前に「依頼って?」と聞いたら「ああ!」としか答えなかったような奴だ。絶対今度こそ頭をやってる。

なんて弄ってみたらドスの聞いた声が返ってきた。

きっと電話の向こうでは宗司は青筋でも立ててるんじゃないだろうか。

久しぶりにやってやったと思いつつ肩をすくめる。


『んなことはどうだっていい。本題を忘れるところだったぜ』

「あぁ?なに?久々に依頼か?」


少し期待を帯びた俺に対して宗司が言ったことは……


『久々というか数年ぶりにアレ(・・)やるぞ』


心にとんでもない絶望を呼び込むには充分すぎた。




アレとは【胆力テスト】のことである。

まぁ胆力テストだなんていっても誰もわからないと思う。

説明すると、これは宗司が独自に作った、簡単に言ってしまえば【度胸試し】である。

俺はこれまでに三回ほどこの胆力テストを受けている。


一度目は地面に描いた円の中にいる宗司を出すこと。

二度目は目隠しをしながら宗司からの攻撃に膝をつかないこと。

三度目は(宗司の知り合いらしき)男たちに絡まれてる(演技をしていた)女性を助けること。


いずれも重要な点として【俺は何も聞かされずすべてが急に行われている】ということだ。

一度目の時は、宗司に急に契約破棄みたいなものを通告され、それを問いただしに行ったところ急に襲われて。

二度目の時は、宗司に呼び出された場所で待機していたら目隠しをされて始められ。

三度目の時は、宗司と普通に遊びに連れ立ってたら宗司がいない状況下でその場に居合わさせられて。


宗司に三回目の後ほどで聞いたところ「ただの度胸試しに似てるからテスト結果は有って無いようなもの」としれっと言われたのでグーパンしようとして返り討ちにあった。


ある意味俺にとってはトラウマだし恐怖だし辛くてたまらないし……

できることなら避けたいところではある。

しかし、通例どおりの胆力テストにしては今回は異常なまでに不自然である。

なぜなら……



「……え?今回は前もって言っとくの?」

『まぁな。今回はちと特別だ。卒業試験っていうんだろうかな』


いつもは胆力テストを行うことなんて一切知らされないからだ。

先述の通り何も把握できない状況下で行われる。



そして一言だけ今聞き逃してはいけない言葉が聞こえた。


「……卒業試験ぅ!?」

『そうだ』


シレッといわないでくれ。


『それについては当日にでも説明してやる。覚悟決めとけよ洋助』

「……ああ」


いやだとしても今回ばかりはそうもいっていられないのだろう。

覚悟を決めとけ。

こういうからには宗司にとっても何か大事なことがあるのだろうから。




そして……一週間先、胆力テスト当日……冒頭での開始直後に時間は進む。


今回の胆力テストのルールを説明すると……

1、どちらかが有効打を上半身……首から下、背中を除くどこかに当てれば勝負は決する

2、攻撃方法は何でもありだが蹴りを行う場合や獲物(武器)を使った際での有効打も1のルールに基づく。

3、時間制限はなし。1に基づいた決着のみ有効とする。

4、常に互いの拳が届く範囲にいなければ試験放棄とみなす。


要するに早撃ち(クイックドロー)。これが今回の胆力テストのすべての内容だ。



互いの突き込んだ拳はそれぞれの腹部を正確に撃とうとする。

だが互いが互いにその状況をいち早く察し、ともにそれぞれから見て右方向へと体をずらす。

そのことによって自然と拳の進路もずれ、結果的に互いの片腕にかすっただけとなる。


「っ……らぁ!」


右足を軸に俺は回し蹴りを放つ。

だが一回転という僅かな隙に宗司は身をひるがえし後方へと下がった。

あまりにも久し振りすぎて慣れない回し蹴りで少し目を回しそうになったところに宗司は拳を突き出してくる。

当たれば負けてしまう。それだけは避けたいところなので頭を抑えていた腕を即座に下方へとおろす。


「いってぇ!」

「おわっ!」


宗司の拳が腕の骨に直接当たったかのような痛みを感じて急いで飛び退く。

宗司のほうも感じた痛みは似たようなものらしく拳を抑えながらこちらと少し距離をあける。


「なぁ洋助、なんで一撃で決まらないんだ?」

「知らねぇよ俺があきらめ悪かっただけの話じゃねぇの?」

「こんなに拳が痛いのは久々なんだが?」

「鍛えたりねぇだけだろ山にこもってこい」

「あと俺脚痛めてるからちょっと労われ」

「それそもそも胆力テスト開催する意味がねぇっての」


互いに軽口をたたきあいながらじりじりと距離を詰めあっていく。

隙を見せたら撃たれる。

そう確信しているからこそ気は抜けない。


「……しっ!」


宗司は一瞬の隙を狙って拳を撃ち出してきた。

俺は足を引いて膝を宗司に当てようと狙った……が。


「いぎっ!?」


ゴキリと嫌な音を立てて足をひねった。

それが原因で体制を崩し、宗司の拳は脇腹にクリーンヒットしてしまった。

痛みに耐えきれず俺はそのまま地面に倒れこんでしまった……


「……おーい……お前大丈夫か……?」


地面に倒れこんだ俺を宗司が呆れた顔で見てくる。

ああ、そうか。


「結局……一度もカッコつかなかったなぁ……」


汗をかいたところに風を受け、改めて自分のカッコつかなさと寒さに身震いをした。





捻った足をかばいながらヒョコヒョコと川沿いの道を歩く。

空はもう夕焼けになっている。


「先に言っておくぜ……今までありがとうな」

「んだよ気色悪い。お前は今まで礼なんて言ったことねぇ癖に」

「お前その捻った足悪化させてやろうか……?」


今まで奇妙な形で友情みたいなものを築いてきた俺たち。

互いに礼を言う日が来るなんて思ってもいなかったのだろうなと思う。

宗司のほうを流し目に見てみると、空を見上げて何かを考え込んでいた。


「さっきの話の続きだがな……いや、やっぱりお前には言わなくていい」


ふと口を開いたと思ったら何も言わない。

だけど俺には何となくわかる気がした。

宗司には人生をかけてやるべきことがあった。

そしてそれはもう完了する……あるいはもう完了したのかもしれない。

やることが終わった宗司は……おそらく俺だけではなく、すべての人とのつながりを切るつもりなのだろう。

だからこそ、こいつが常日頃から言っていた「俺はもうお前らを縛らなくていい」ということなのだろう。


「……本当にいいのか?」


気付けば口にしていた。

俺はきっと寂しいんだなと気付いた。

なんだかんだ言って宗司は大事な……友達だったから。


「俺が自分で選んだ答えだ。変えることはねぇ。曲げねぇさ最後まで」

「本当に頑固だよなお前。まぁ、今更か」


俺は立ち止まる。気付けば目の前には湖があった。

宗司もつられて立ち止まる。

夕日がまぶしくてたまらない。


「お前……言ってたよな。『俺はただ目指してただけだ』ってよ」

「それが……なんだ?」

「お前はさ……たぶんきっと【受け継いでいたんだ】。目指してた人の魂を、意思を」

「受け継いでいた……?」

「……ああ。受け継いでいたからお前はここまで来れた。そしてよ……」


静かに宗司のほうを向く。

宗司は静かにこっちを見ている。


「……俺たちはきっと、既にお前から【受け継いでいる】んだ」

「俺から受け継ぐものなんてあったのか?そんなたいそうなことはしていないが」

「たいそうだろうがそうじゃなかろうが関係ない。俺やお前の大事な人たちは【お前の魂と意思を受け継いでいる】。ただ、このことが大事なんだ」

「……もはや何を言ってるのかさっぱりわかんねぇよお前」

「ああ、俺にもわかんねぇ。だからこの一言で終わらせる」


一息つき、空を見上げた後、俺は右の拳で宗司の心臓あたりを軽く小突く。


「お前から受け継いだ魂はほかのやつにも繋いでいく。だから安心して旅してこい」


宗司は何やら苦笑した。


「洋助……お前さ、それもっと意味わかんねぇから」

「い……いうな!そんなことはわかってるんだよ俺だって!」

「へいへい、そういうことにしてあげるわ。まぁ……」


宗司が左拳で俺の心臓の部分をどつく。


「言いたいことはだいたいわかったぜバカ。ありがとな」

「いってぇ……お前容赦ないなほんと……」

「これでも力は抜いてるほうだっての。よわっちぃなぁお前……なぁ、」


宗司の呼びかけに顔を上げると、一つのネックレスを渡された。

剣の形をしていて、その両側に羽の装飾がついている。

安物っぽいがずっしりとした鉄の重さを感じる。


「最後に一つだけ、依頼……受けてくれや」


依頼……俺と宗司を結んだ言葉。

どんな依頼が来るのか、少し楽しみである。


「そう焦るなって。そうだな…………」







一年後、宗司の親友を名乗るものからメールが届き、指定の場所まで来るように言われた。

大変大きな村のような集落。

出迎えてくれたのは、一人の日本人のような青年だった。


「ようこそ来てくださいました。春岡洋助様」

「あんたは……?」

「私は……そうですね、マトンとでも呼んでください。さて、ご案内します。はぐれないようにきてくださいね」


マトンの案内についていくと墓地までたどり着いた。

その中にひときわ大きな墓がドッカリとある。

書かれている名前は……

【山吹宗司】


「あなたに会った一か月後。彼はこれまでの体の酷使による負荷に耐えきれず、とこにふせってしまい……そのまま没しました。そして…………」


マトンの説明を聞きながら俺はあることを考えた。

宗司は死ぬ間際に俺にあの依頼をするためだけに無理をしたのかと。

しかし俺にはどうしても宗司が死んだとは思えなかった。

きっとアイツは生きてる。

生きてどこか……適当なところでもふらついている。

それが……俺の知ってるあいつだから。


「…………なのですが、彼は……洋助様、どうかなさいましたか?」

「……いや、大丈夫だ。続けてくれても構わない」


たとえ墓があってもきっとお前は生きている。

俺がそう信じているから。

例え何年先だとしても、また会えると信じて……



心なしか、ネックレスが応えるようにキラリと光った……なぜだかわからないがそんな気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 不器用ながら真っ直ぐな感情が繊細に表現されていてすばらしかったです。二人は純粋な人間だからこそ実直であり、だからこそ宗司は自分の生き様に誇りを持って生きていたのかもしれませんね。洋助の場合は…
[一言] ラストの墓地での再会シーン、じーんと来ました。 また会えるって信じてる主人公がいいなと思いました。 ラストに色んな感情が集約されてるなと……素敵な物語をありがとうございました。
2014/03/04 19:14 退会済み
管理
[一言] 最初は、どこが体験談かな? と思って読み始めたんですが、数行読んだ時点で割とどうでもよくなってました。 短い文章の中で話がまとまっていて凄いと思いました。 内容も自分なりに感じる所があり、…
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