第六章
第六章
七月五日・午前八時
「ピリリリリリリ・・・、ピリリリリリリ」
桧山の携帯電話が鳴った。
「はい、桧山です」
「おはようございます。川田です」
「おう、どうした」
「実は大変な事が起きまして」
「大変な事?」
「はい。安田正一が自殺しました」
「何!本当か!」桧山は驚いて大きな声を出した。
「はい。自宅の階段の手すりにネクタイを結び、首を吊って自殺していたそうです」
「本当に自殺なのか?殺されたんじゃないのか?」
「現場の状況から言って、間違いなく自殺だそうです」
「そうか・・・」
「あと遺書が残されていたそうなのですが、家族宛ての物と桧山さん宛ての物があったそうです」
「俺宛ての遺書?」
「はい。桧山さん宛ての遺書の内容は、『桧山さん、すみません。これ以上『連続白骨化事件』の被害者を出さないためにも、本当の事をきちんとお話したかったのですが、私は岡島義雄先生から多大なる恩を受けているため、やはりどうしても岡島家の人間を裏切る事は出来ません。どうかお許し下さい。私が犯した罪は死を持って償わせて頂きます。では失礼します』と書かれていたそうです」
「そうか・・・」
「でもこの遺書の内容を読むと、安田正一が『連続白骨化事件』に何か関係している様な感じですけど、どういう事なんですか?」
「ああ、そうか。お前にはまだ、俺がこの二日間で調べた事を話してなかったな。実はな」
桧山はこの二日間で調べた事を全て川田に話した。
「そうだったんですか。じゃあ、安田正一が死んでしまったから、香月瑠璃子の遺体を見つけるのは難しくなりましたね」
「いや、難しいなんてもんじゃないよ。もう絶対見つける事は出来ない。だから、俺は明日の深夜に死ぬ事になるし、『連続白骨化事件』の被害者もどんどん増えるだろう・・・。まあ、別に俺が死ぬのは構わないんだけど、俺が岡島明義を逮捕出来なかったせいで、『連続白骨化事件』の被害者が増えてしまうのは辛いな・・・」
「でも、『連続白骨化事件』の被害者を、これ以上出さない方法はあるんじゃないですか。例えばマスコミとかを使って、『栄道商店街の八百屋の横に居る占い師に占ってもらうと、死んでしまう』という注意を呼びかければ、もし香月瑠璃子に会ったとしても、みんな無視するんじゃないですかね」
「いや、無理だよ。香月瑠璃子が十五年前に失踪して以来、香月瑠璃子に会った事があるのは被害者だけで、それ以外の人で香月瑠璃子に会った人はいない。つまり香月瑠璃子に会った時点で死んでしまう事が決まっているんだよ。逆に言えば、自分の術中にはめて殺せると判断した相手にだけ、香月瑠璃子は声を掛けているんだ。それに今迄は、栄道商店街の八百屋の横の所にしか香月瑠璃子は姿を現さなかったようだけど、岡島明義を逮捕出来ずに時効が成立した後は、他の場所にも姿を現すと思うよ」
「えっ、どうしてそう思うんですか?」
「香月瑠璃子が今迄、栄道商店街の八百屋の横の所にしか姿を現さなかったのは、『連続白骨化事件』の捜査をしている刑事に、自分の存在と自分が殺された事を知ってもらうのが目的だったんだ。だが、もうその目的は達成した。だからもう、栄道商店街の八百屋の横の所に姿を現す必要はなくなったんだ。もしこのまま、岡島明義を逮捕出来ずに時効が成立したら、香月瑠璃子の怨霊は暴走し、色んな場所に姿を現し、沢山の人々が被害に遭う事になるよ」
「そうですか・・・。じゃあ、『連続白骨化事件』の被害者を、これ以上出さない様にするには、時効成立前に岡島明義を逮捕するしかないんですね」
「ああ。でももう無理だ。安田正一が最後の頼みの綱だったのに、自殺するなんてな・・・」
「そうですね・・・。でも、桧山さん。時効までは今日を含めて、あと二日間ある訳ですから、最後まで諦めずに頑張りましょう。もしかすると、何か決定的な証拠が見つかるかもしれないし」
「ああ、そうだな・・・」
「とりあえず僕は、十五年前の七月六日の岡島明義の行動を調べてみます」
「ああ、頼むよ・・・」
「では、失礼します」
「ああ、またな・・・」
「ピッ」桧山は電話を切った。
――― 残念だが、岡島明義を逮捕する事は百パーセント不可能だろう。十五年も前の事件だから、決定的な証拠なんて見つかる訳がない。香月瑠璃子の遺体を見つける以外に岡島明義を逮捕する方法なんてなかったんだ。だがもう、香月瑠璃子の遺体を見つける事は出来ない・・・。完全に終わったんだ・・・・・。
桧山はそんな事を考えていると、強い脱力感に襲われた。そして、座っているのもダルく感じたので、ベッドに寝転がり、何も考えずボーっとしていた。すると、桧山は知らぬ間に寝てしまった。
桧山は午前十一時半頃に目を覚まし、トイレに行って用を足していた。
「ピリリリリリリ・・・、ピリリリリリリ」
桧山の携帯電話が鳴った。用を足し終わった桧山は、急いでトイレから出て来て、携帯電話を取った。
「はい、桧山です」
「よう、桧山。俺だよ」
「おう、中野か。久し振りだな」
「ああ。元気にしてたか?」
「あ、ああ、元気だよ」
「刑事の仕事は順調に行ってるのか?」
「いや、全然順調じゃないな」
「そうか。大変だな」
「中野の仕事は順調なのか?」
「まあ、ボチボチだな」
「そうか」
「ところで桧山、今日の晩は予定とか入ってるか?」
「いや、全くもって暇だよ」
「じゃあ、今晩一緒に飲まないか?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、また『とらじ』で飲むか?」
「ああ、そうしよう」
「何時に待ち合わせする?」
「俺は何時でもいいよ」
「そうか。じゃあ、八時でいいか?」
「ああ、いいよ」
「よし。じゃあ、八時に『とらじ』で待ってるよ」
「ああ、分かった」
「じゃあな」
「おう」
「ピッ」桧山は電話を切った。
――― 中野か。あいつと会うのは、ほんとに久し振りだな。とりあえず、今日はあいつと酒を飲みまくって、事件の事は忘れるか。
午後八時過ぎになり、桧山は居酒屋『とらじ』に到着した。『とらじ』の中に入ると、カウンターの真ん中辺りに座ってタバコを吹かしている中野を見つけた。
「わりぃ、待たせたな」桧山が中野に言った。
「いや、俺も三分位前に着いたとこだよ」
「そうか」
「でもこうやって桧山と会うのは、ほんと久し振りだな」
「ああ、そうだな。二年振り位か?」
「そうだな」
「やっぱり仕事が忙しいの?」
「ああ。一昨日にやっと創っていたゲームが完成して、今は大丈夫なんだけど、完成する前の数ヶ月間は、殆んど徹夜の状態でプログラムを打ってたよ」
「そうか。やっぱりゲームプログラマーは大変なんだな」
「ああ。でも刑事も色々と大変だろ?」
「まあな」
「そういや、昼に電話した時、仕事が全然順調に行っていないって言ってたけど、何かあったのか?」
「ああ。捜査で大きなミスして、今は自宅謹慎の身なんだ」
「そうなのか」
「ああ。でも俺は自宅謹慎なんて無視して、こっそりと捜査を続けていたんだけど、完全に捜査に行き詰ったからな。おそらく俺の捜査している事件は解決する事はないと思う・・・」
「そうか・・・」
「でもまあ、しょうがないよ。だから、今日は楽しく飲もうぜ」
「ああ」
中野が店員を呼び、ビールと揚げ物などの料理を注文した。
「そういやさ、岡本と児島には最近、会ったりした?」中野が桧山に聞いた。
「ああ、アイツらとは、たまに会ってるよ」
「そうか。アイツらは元気にしてんの?」
「ああ。二人共元気なんてもんじゃないよ。元気が有り余りすぎて、週に二回は二人で風俗に行ってるよ」
「そうか。アイツらの風俗好きは、相変わらずなんだな」
「ああ。でもしょうがないよ。独身で彼女もいないんだから」
「そうだな。でも、ほんとに俺達って女に縁がないよな。大学時代につるんでた俺達四人は、それなりの年齢なのに誰一人、結婚してないからな」
「そうだな。それなりの年齢なのにな・・・」
「あっ。そういえば、明日は俺の誕生日だよ」
「そうか。じゃあ中野も明日で三十五歳になるんだな」
「ああ・・・。三十五歳か・・・。もう完全におっさんだよな」
「そうだな」
「しかも、誕生日を祝ってくれる人が誰もいないんだから悲しいよな」
「そうだな。でもなんだったら、俺と岡本と児島で誕生パーティーでも開いてやろうか?」桧山は少し笑いながら言った。
「冗談じゃないよ。おっさん三人に祝ってもらっても虚しいだけだよ。それに俺の二十歳の誕生日に、お前達三人が開いてくれた誕生パーティーの事、憶えているか?」
「えっ、全然憶えてないよ」
「あれは酷かったよ。お前達三人が俺の誕生パーティーを開いてやるって言って、俺の住んでるアパートに来たんだけど、誕生パーティーなんて名ばかりで、ただの宴会だったじゃないか。酒を飲んで踊ったり歌ったり大騒ぎして、同じアパートに住んでる人から苦情が来るから静かにしろって言ってるのに、聞く耳持たずで大騒ぎしてただろ。しかも、今でこそ俺は酒を飲めるようになったけど、あの当時は一滴も飲めなかったから、俺はお前達が酒を飲んで騒いでいるのをただ見ているだけで、面白くも何ともなかったよ」
「あっ、そういえば、そんな事あったな」
「ああ。まだそれだけならいいけど、深夜にテレビでやってた心霊番組を観てたら、『黒武山トンネルでは、血だらけの女の霊がよく目撃される』という情報を紹介してて、そしたら桧山が、『血だらけの女の霊を見に、黒武山トンネルへ行こうぜ』って言い出して、真夜中に埼玉県の黒武山まで行っただろ。俺は霊なんて信じない方だから行きたくなかったのに、みんな酒を飲んでるから、シラフの俺が車を運転するしかなくて、しょうがなく二時間も掛けて黒武山トンネルまで行ったけど、結局、血だらけの女の霊なんて見れなかっただろ」
「あー、そうだ。そうだったな」
「それでその時、一応カメラを持って行ってたから、心霊写真は撮れるかもしれないって言って、黒武山トンネルの中で何十枚も写真を撮ったけど、霊が写ってる写真なんて一枚もなかったよな」
「そうだったな」
「ほんと、ただのくたびれ損だったよ。片道二時間も掛けて行ったのにさ。何の意味もなかったよ」
「そうか。わりぃわりぃ」
「でもまあ、岡本だけは結構楽しそうだったけどな」
「えっ、そうだったけ?」
「ああ。黒武山トンネルの東側の出口を出た所に赤いフェラーリが駐車されてて、車好きの岡本は『カッコイイな』とか『スゲェーな』とか言って、楽しそうにそのフェラーリの写真を何枚も撮ってただろ」
「えっ!赤いフェラーリ?」
「ああ。最初その赤いフェラーリを見つけた時は、『全然、人が来ないようなこんな所に車を駐車してるって事は、車の中でカップルがカーセックスでもしてるんじゃないか』とか言って、俺達はこっそりと車の中を覗いただろ。そしたら、何故か車の中には誰もいなくて、『このフェラーリは捨てられてる物なのかな』とか『フェラーリの持ち主が人を殺して、その死体を林の中に捨てに行ってるんじゃないか』とか、色々推測して話をしてたけど、結局あのフェラーリは何だったんだろうな」
「・・・中野」
「ん?」
「その赤いフェラーリを見たのは、中野の二十歳の誕生日の深夜だったんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「つまり、十五年前の七月六日の深夜って事だよな?」
「ああ。赤いフェラーリを見たのは午前三時位だったから、正確に言えば、十五年前の七月七日の未明だけどな」
「そうか。ところで、岡本が撮ったフェラーリの写真は、岡本が全部持って帰ったんだっけ?」
「いや、岡本は気に入った写真を一枚持って帰っただけで、あとはカメラの持ち主である桧山が持って帰っただろ」
「そうだったっけ?」
「ああ」
「分かった、ありがとう。じゃあ、すまないけど、俺、帰るわ」桧山はそう言うと椅子から立ち上がった。
「何だよ、急に。どうしたんだよ?」
「お前のお陰で、俺の捜査している事件が解決出来そうなんだ」
「えっ、それってどういう事だよ?」
「また今度説明するよ。じゃあな」
桧山は急いで居酒屋を出て、自宅に帰って行った。
桧山は自宅に到着するとすぐにタンスの中からアルバムを取り出し、赤いフェラーリの写った写真を探し始めた。だが、どのアルバムを見ても、赤いフェラーリの写った写真は見つからなかった。
――― 赤いフェラーリの写った写真はどこに行ったんだ・・・。
桧山は部屋の中のありとあらゆる場所を探し始めた。そして約三十分後に押入れの奥に学生時代に使っていた鞄を見つけた。鞄の中を見てみると学生時代に使っていたノートなどと共に緑色の封筒が入っていた。緑色の封筒を開けると、中からトンネルが写っている写真が沢山出て来た。
――― これだ!この写真の中に赤いフェラーリの写っている写真もあるはずだ。
桧山は数十枚ある写真を次々とめくっていき、そして赤いフェラーリの写っている写真を見つけた。赤いフェラーリの写っている写真は全部で七枚あり、その中の一枚は車のナンバープレートがハッキリと写っていた。
桧山はすぐに川田に電話を掛けた。
「はい、川田です」
「川田、俺だけど。すぐに調べてもらいたい事があるんだ」
「はい、何をですか?」
「俺が今から言うナンバーの車を、十五年前に誰が所有していたかを調べてくれ」
「はい、分かりました」
桧山は写真に写っている赤いフェラーリのナンバーを川田に言った。
「じゃあ、川田、頼む」
「はい、分かりました。すぐに調べます」
桧山が写真に写っている赤いフェラーリの所有者の調査を川田に頼んでから二十分後、川田から桧山に電話が掛かってきた。
「はい、桧山です」
「桧山さん、さっき言ってたナンバーの車の所有者が分かりました」
「岡島明義か?」
「はい、そうです」
「やっぱり、そうか。川田、香月瑠璃子の遺体が遺棄されている場所が分かったぞ」
「えっ!本当ですか?」
「ああ。埼玉県の黒武山にある黒武山トンネルの東側出口辺りの林の中だ」
「そうですか。じゃあ明日、夜が明けたらすぐに捜索してみます」
「ああ、頼む。出来るだけ多くの人数で捜索してくれ」
「はい、分かりました。じゃあ、失礼します」
「ああ、頼んだぞ」