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第四章

第四章



 七月三日・午前二時


 桧山は駅前にあるコンビニへ行くため、栄道商店街を歩いていた。すると八百屋の横の所に占い師が居るのが見えた。桧山は一瞬、占い師に文句を言ってやろうかとも思ったが、そんな事をしても何が変わるという訳でもないし、占い師と話をしたら、腹が立って気分が悪くなるだけだろうから、無視して通り過ぎようと思った。そして桧山が占い師の前を無視して通り過ぎようとした時、占い師が桧山に向かって淡々と言った。

「刑事さん。私の占いは、当たっていましたか?」

 桧山はこの言葉を聞いた途端、一気に頭に血が上った。

「当たってねぇよ!お前は昨夜、『この住所の所へ行けば、犯人は居ます』と自信満々に断言していたのに、『私の占いは、当たっていましたか?』ってどういう事だよ。『私の占いは、当たっていましたか?』と俺に聞くという事は、昨夜の占いは外れるかもしれないとお前は思っていた訳だろ。だったら、自信満々に断言なんかするなよ・・・。お前のせいで俺の人生はお先真っ暗だよ」

「そうですか」占い師は、いつもの淡々とした口調で言った。

「『そうですか』じゃねぇよ。占いが外れたんだから、ちゃんと謝罪しろよ」

「占いは百パーセント当たるものではありません」

「確かにそうだろうだけど、お前の占いが外れたお陰で、俺は凶悪犯でもない男に発砲して、重い処分を受けなきゃならないんだ。だから、誠意を込めて謝罪をしろよ」

「そうですか」

「だから、『そうですか』じゃねぇよ。ちゃんと謝れって」

「すみません」占い師は無表情で桧山の胸の辺りを見ながら、淡々と言った。

「なんだよ、その言い方は。もっと感情を込めて謝れよ」

「すみません」占い師はさっきと変わらず、無表情で桧山の胸の辺りを見ながら、淡々と言った。

「ふざけるなよ。さっきと全然変わってないじゃねぇか。ちゃんと頭も下げて謝れよ」

「すみません」占い師はまた、無表情で桧山の胸の辺りを見ながら、淡々と言った。

「いい加減にしろ!」「バンッ!」桧山は机を思いっきり叩いた。

「・・・あなたも、占いが外れたと言って、私の事を責めるんですね」

「ああ、当たり前だろ。お前が占いを外さなければ、俺の人生はお先真っ暗になるなんて事はなかったんだ」

「そうですか・・・。分かりました」

「そうか。じゃあ、ちゃんと心を込めて謝罪しろ。」

「いいえ、謝罪はしません」

「じゃあ、どうするつもりなんだ?」

「近い未来、あなたの身に起こる事を教えてあげます」

「俺の身に起こる事?」

 桧山がそう言うと、また突然意識が遠くなりだし、その場に倒れてしまった。そして、遠くなる意識の中で、占い師の声が途切れ途切れに聞こえて来た。

「オマ・エ・・ハ・・・ヨ・・カゴ・・・二・・シヌ」

「ガバッ」桧山は意識を取り戻し、上体を勢いよく起こした。そして桧山は辺りを見回したが、やはり桧山が今居る場所は、桧山の部屋のベッドの上だった。そして携帯電話の日付を見てみると、七月三日・午前八時二十分だった。

――― あの占い師、途切れ途切れで聞きづらかったが「お前は四日後に死ぬ」って言ってたな・・・。という事は、あの占い師は『連続白骨化事件』に関係している占い師なのか?・・・おそらく、そうだろうな。確か、岡島和義が占い師に会っていた場所は栄道商店街の八百屋の横の所だったはずだ。俺も全く同じ所で会っていたから、間違いないな。という事は俺も四日後には死んで白骨化してしまうのか?・・・やはり最初にあの占い師に会った時に、客を装って話なんかせずに、ちゃんと事情聴取をしておけばよかったな。そしたら、こんな事にはなってなかっただろう・・・。

桧山はしばらくそんな事を考えていた。そして午前九時になった頃、川田の携帯電話に電話をかけた。

「はい、川田です」

「おはよう」

「おはようございます」

「もう体調は良くなったか?」

「ええ、お陰様で完全に良くなりました」

「そうか、良かったな」

「ええ。それより桧山さん。何で下着泥棒なんかを撃っちゃったんですか?」

「占い師だよ」

「占い師?」

「ああ。『連続白骨化事件』の占い師の指示に従ったら、そうなったんだ」

「ええっ!『連続白骨化事件』の占い師に会ったんですか?」

「ああ」

「でもどうして『連続白骨化事件』の占い師の指示に従ったりしたんですか?」

「最初に上手い事、餌をまかれたからだよ」

「餌をまかれた?」

「ああ。俺が占い師に初めて会ったのは六月三十日の深夜だった。その時に占い師が『赤い帽子と赤いTシャツと赤いジーパンを身に着けた女性の後をつけて行くと手柄をあげる事が出来る』と言っていたんだ。そして翌日、その通りにしたら山本を逮捕する事が出来た。だから俺は『あの占い師の占いは凄いな』って思って、完全にあの占い師の事を信用してしまったんだよ」

「そうだったんですか」

「ああ。そしてその日の晩に、また占い師の所に行って、『連続幼児銃殺事件』の犯人の居る場所を占って教えてくれって頼んだんだ。そしたら、ある住所を教えてくれて、翌日に俺はその住所の所へ行った。そしたら、住人の男が逃げ出し、走って追いかけても追いつけないと思ったから撃ったんだ。だが、その住所に住んでいた男はただの下着泥棒だったんだよ」

「なるほど。そういう事だったんですか」

「ああ。それに最初は占いが外れて下着泥棒の住所を俺に教えたものだと思っていたけど、今考えればそうじゃないな」

「えっ、どういう事ですか?」

「だって占いが外れて分かった住所にたまたま下着泥棒が住んで居たなんて偶然はまずないだろ。占い師はこの住所には下着泥棒が住んでいると知った上で、俺に住所を教えたんだよ。そして、俺が銃を発砲して怪我させる事も、占い師には分かっていたんだ」

「でも、占い師はどうしてそんな事をするんですかね?」

「多分、人を不幸のどん底に落としたいんだろ。占い師は最初の占いはちゃんと当てて相手を信用させ、二回目の占いはわざと外して相手に不幸のどん底を味あわせる。そして占いが外れた事に文句を言って来た人には、『お前は何日後に死ぬ』と死の予言をする。それが占い師の行動のパターンなんじゃないかな」

「・・・もしかして、桧山さんも死の予言を受けたんですか?」

「ああ、今日の午前二時頃に『お前は四日後に死ぬ』と言われたよ」

「そうですか・・・」

「まさか『連続白骨化事件』の捜査をしている自分が被害者になるなんて思ってもみなかったよ・・・。俺も四日後には死んで、白骨化遺体で見つかる事になるんだな」

「桧山さん」

「何だ?」

「俺、頑張りますよ。この事件の謎を解明して、桧山さんを必ず助けてみせます」

「そうか。ありがとう」

「とりあえず、占い師が何者なのかという事を調べないと駄目ですね」

「ああ、そうだな・・・。でも、それはかなり難しい事だな。なんせ占い師を見た事あるのは被害者だけで、他は誰一人として見た人はいないからな。非科学的な事は言いたくないけど、占い師は生身の人間ではなく、霊とかそういう類の存在なのかもしれない。お前もこの前言っていたけど、この事件は科学的には説明出来ない事が多すぎる。だから占い師が霊とかだとしたら、会う事も不可能だし、調べる事も不可能だ。つまり、もうどうする事も出来ないよ」

「でも、占い師が霊とかであったとしても、必ず何らかの解決方法はあるはずですよ。桧山さんは『リング』っていう映画、観た事ありますか?」

「ああ、観た事あるよ」

「あの映画では呪いのビデオを観て呪いにかかっても、観たビデオをダビングして他の人に観せれば、呪いが解けて助かったじゃないですか。この事件も同じ様に助かる方法はあるはずですよ」

「でも俺は『リング』みたいに、他の人を犠牲にしてまで、自分が助かりたいとは思わないよ」

「いや、『リング』はあくまでも例として言っただけで、他の人を犠牲にする事なく助かる方法を見つけてみせますよ」

「そうか・・・。そんな方法があればいいけどな」

「きっと、ありますよ。四日以内に僕が見つけてみせますから」

「そうか。じゃあ、頼むよ」

「はい。じゃあ、すぐに今日の捜査を開始しますので、電話切ってもいいですか?」

「ああ。じゃあ、またな」

「はい、失礼します」

「ピッ」桧山は電話を切った。

 ――― 『リング』の様に助かる方法か・・・。残念だけどそんな方法はないだろうな。『リング』は所詮、映画の中の話だ。現実はそんなに甘くない。間違いなく俺は四日後に死ぬだろう・・・。死ぬまでの四日間、貯金を使って、好きな事やって、好きな物食べて、出来るだけ楽しく過ごそうかな。

 桧山は本音ではそう思っていた。


 午前十一時半になり桧山は好物の焼肉を食べようと思い、栄道商店街にある焼肉屋へ向かっていた。だが、八百屋の前に差し掛かった時、色んな事を思い出して立ち止まってしまった。

 ――― まさか、こんな事になるとはな・・・。俺ってバカだよ・・・。最初にここで占い師に会った時、この女は『連続白骨化事件』に関係している占い師なんじゃないかって思ったのに、占いが当たって手柄をあげる事が出来たもんだから、舞い上がって占い師の事を完全に信用してしまったからな。しかも更に欲を出して大きな手柄をあげようとしたから、こんな事になったんだ・・・。俺ってほんとにバカだよ・・・。

 桧山がそんな事を考えていると、右横から声が聞こえてきた。

「あんた、この前の刑事さんだよね?」

 声が聞こえた右横を振り向くと、そこには三日前に聞き込みをした八百屋の主人が居た。

「役に立つ情報じゃないと思うけど、ちょっと思い出した事があってさ」八百屋の主人が桧山に言った。

「えっ、思い出した事って何ですか?」

「この前刑事さんが来た時、最近ウチの店の横で占いをしている女性を見た事ないかって俺に聞いてただろ?」

「ええ」

「最近は見た事ないけどさ、実は前にウチの店の横で占いをしていた女性が居たんだよ」

「ええっ!そうなんですか」桧山は驚いて言った。

「うん。でも十五年位前の事だけどね」

「十五年前・・・ですか?」桧山は少しガッカリした。

「うん。だから今回刑事さんが追ってる事件とは関係ないだろうけどね。でも凄かったな瑠璃子ちゃんは」

「そうですか」

「とにかく瑠璃子ちゃんの占いは凄く当たると評判でさ、色んな所から人が集まって来て、いつも行列が出来てたよ」

「へー、凄いですね」

「でも占ってもらいたい事なんてないのに瑠璃子ちゃんの所に来てる連中とかも結構いたな」

「えっ、どうしてですか?」

「瑠璃子ちゃんがかなりの美人だったからだよ。だから、占いなんかそっちのけで、必死に瑠璃子ちゃんを口説いている男が結構いたんだよ」

「へー、そうなんですか」

「でも何故か十五年前の今頃の時期に、瑠璃子ちゃんは突然失踪したんだ」

「そうなんですか」

「瑠璃子ちゃんの両親は、瑠璃子ちゃんが自ら失踪する理由なんてないから、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思って、警察の方にもそう伝えて捜査をしてもらってたらしいんだけど、結局未だに見つかってないんだ」

「そうですか・・・」

「今、瑠璃子ちゃんはどこにいるんだろう。ちゃんと生きて帰って来てくれるといいんだけど・・・」

 この時、桧山は頭の中にふとある事が浮かんだ。そしてそれを確認するために八百屋の主人に質問をした。

「ちょっとお聞きしたいんですけど、瑠璃子さんという女性は、どういう格好で占いをしていましたか?」

「そうだな・・・。そういや、いつも黒い服を着ていたな」

「そうですか。じゃあ、髪型はどんな感じでした?」

「髪型は、腰のあたりまであるロングヘヤーだった」

「じゃあ、髪の毛の色は?」

「黒だよ」

 ――― 俺が会っていた占い師と特徴が一致している。俺が会っていた占い師も、かなりの美人でいつも黒装束を着ていたし、髪はロングヘヤーで黒色だった。しかも占いをしていた場所が全く同じだ・・・。もしかすると、俺が会っていた占い師は瑠璃子さんという女性なのかもしれない・・・。

「ところで瑠璃子さんの自宅は、どこにあるかご存知ですか?」桧山が八百屋の主人に聞いた。

「ああ、知ってるよ」

「どこですか?」

「栄道公園のすぐ近くだよ。だけど今は家には誰も居ないよ」

「そうなんですか」

「ああ。瑠璃子ちゃんのお母さんは二年前に死んじゃったし、お父さんは今、入院中だからな」

「そうですか。じゃあ、瑠璃子さんのお父さんの入院している病院はどこか分かりますか?」

「ああ。栄道病院に入院しているよ」

「そうですか、分かりました。ありがとうございました。では、私はこれで失礼します」

 桧山はそう言って、八百屋を立ち去り、栄道病院へ向かった。だが大事な事を聞き忘れていた事に気付き、八百屋にUターンした。

「すみません。瑠璃子さんのお父さんの名前は、何ていう名前なんですか?」

「香月利夫だよ」

「そうですか、分かりました。ありがとうございました」

 ――― 瑠璃子さんのお父さんの名前が分からないと、病院に行っても病室がどこか聞く事が出来ないからな。

 桧山は再び、八百屋を立ち去り、栄道病院へ向かった。


 栄道病院に着くと、受付で香月利夫の入院している病室を聞き、桧山はその病室へと行った。

「瑠璃子さんのお父さんですか?」桧山は香月利夫に聞いた。

「そうですが。あなたは?」

「私は警視庁で刑事をしております、桧山と申します」

「そうですか」

「少し、瑠璃子さんの事をお聞きしたいんですけど、よろしいですか?」

「いいですよ」

「瑠璃子さんは十五年前に失踪されたそうですけど、失踪された正確な日時っていつなんですか?」

「確か・・・十五年前の七月六日の深夜です」

「最後に瑠璃子さんが目撃された時間は何時なんですか?」

「確か・・・日付が変わった七月七日の午前〇時二十分に、占いのお客さんと話をしたのが最後だそうです」

「そうですか。ところで、瑠璃子さんには自ら失踪する理由はなかったとお聞きしていますが?」

「ええ、瑠璃子が自ら失踪する理由なんて、何一つありませんでしたよ。悩んでいる事も特にはなかった様ですし、何より占いの仕事が大盛況している事を凄く喜んでいました。そんな時に自ら失踪するなんて事はありえないですよ」

「そうですね。だから、香月さんは瑠璃子さんが何か事件に巻き込まれたんじゃないかと考えてらっしゃるんですね?」

「ええ、そうです」

「では当時、瑠璃子さんに何かトラブルがあったとかいう話を聞いた事はないですか?」

「いえ、ないですね。瑠璃子は、凄く気の強い娘でしたけど、トラブルがあったという話は聞いた事ないです」

「そうですか。じゃあ、トラブルじゃないまでも、何か気になる事を言ってたりとかしていませんでしたか?」

「そうですね・・・・・。そういえば瑠璃子に対してしつこく交際を迫る男が居て困っているという話は聞いた事がありますけど」

「しつこく交際を迫る男?」

「はい。瑠璃子が交際を断っているのに、毎日のように瑠璃子が占いをしている所に来て、交際を迫ってきたそうです」

「そうですか。その男がどこの誰だかは聞いていないですか?」

「ハッキリとした事は聞いてないんですが、政治家の人らしいです」

「政治家?」

「はい。なんでもその男の父親も偉い政治家らしくて、『ウチは政治の名門一家だ』とか『俺は将来、必ず総理大臣になれる』とか言って、瑠璃子を口説いていたらしいです」

「その政治家の男の名前は聞いていないんですか?」

「はい。恥ずかしながら私は政治には全く興味がないもんで、名前は聞きませんでした」

「そうですか・・・」

 ――― 瑠璃子さんを口説いていた男は政治家で、その父親も偉い政治家か・・・。まさか、あの人じゃないよな。

 桧山の頭の中に、ある政治家の事が浮かんだ。

「すみません、香月さん。今日はありがとうございました」

「いえ、とんでもないです」

「では、失礼します」

桧山がそう言って病室を出ようとした時、香月利夫が桧山を呼び止めた。

「刑事さん」

「はい?」

「もう十五年も経ってしまったから、生きているかは分からないですけど、どうか瑠璃子の事を見つけてやって下さい」

「はい、分かりました・・・」

 桧山はそう言うと頭を下げて病室を出た。そして桧山はもう一度、八百屋へ向かった。


「何だよ、刑事さん。また来たの?」八百屋の主人が少し笑いながら桧山に言った。

「すみません、またご主人に聞きたい事が出来たので」

「で。何聞きたいの?」

「岡島明義って知ってますよね?」

「勿論、知ってるよ」

「十五年前、この場所で占いをしている瑠璃子さんの所に、岡島明義は来ていませんでしたか?」

「えっ、岡島明義が?」

「ええ」

「そうだなぁ・・・」

 八百屋の主人はそう言うと腕組みをして考え込みだした。そして数秒後、八百屋の主人は大きな声で「あっ!来てたよ」と言った。

「本当ですか?間違いないですか?」桧山は少し興奮気味に聞いた。

「ああ、間違いない。確かに来てた。岡島明義は、十五年前の二月の議員選挙で初当選して、国会議員になったんだ。その時、あの岡島義雄の息子が国会議員になったと話題になって、岡島明義はテレビとかによく出ていたんだ。それから少し経った頃、テレビで見ていた岡島明義が瑠璃子ちゃんの所に来ていたからビックリしたんだよ。俺はその時、こんな機会は滅多にないだろうと思って、岡島明義に握手をしてもらったんだけど、岡島明義は、それから毎日のように瑠璃子ちゃんの所に来ていたよ」

「それは本当に間違いないですか?」

「ああ、絶対に間違いない。岡島明義は毎日のように、乗ってきた赤いフェラーリを商店街の入り口の所に停めて、瑠璃子ちゃんの所に来ていた」

「そうですか」

「ああ」

「分かりました。ありがとうございました」

「また聞きたい事があったら、いつでもおいでよ」

「ありがとうございます。では失礼します」

 ――― やはりそうだったんだ。毎日のように香月瑠璃子の所に来て、交際を迫っていた男は岡島明義だったんだ。だが香月瑠璃子が失踪した事と関係しているかは分からない・・・。とにかく十五年前の七月六日の深夜に、何かがあった事は間違いない。とりあえず、徹底的に聞き込みをしてみよう。

 桧山は栄道商店街を中心に聞き込みを始めた。だが何人の人に聞き込みをしても返って来る答えは「知らない」か「憶えてない」のどちらかだった。

 ――― しょうがないよな。十五年も前の事だからな。そりゃ「知らない」か「憶えてない」って答えになるよ。

 桧山は諦め気味に聞き込みをしていた。


 聞き込みをしている内に午後十一時になった。桧山は今日も占い師が居るかもしれないと思い、八百屋の所へ行ってみた。だが、居なかった。

 ――― そうだ。『連続白骨化事件』の被害者は「お前は何日後に死ぬ」と言われた後は、占い師に会おうとしても会えなくなるんだった。

 桧山は聞き込みに戻った。


 時刻は日付が変わり七月四日・午前二時になった。もう商店街を通っている人は、全くと言っていいほどいない。桧山は駅方向から歩いて来ている中年男性に聞き込みをしたら、今日は自宅に帰ろうと思った。

「すみません」

「はい?」

「警視庁で刑事をしております、桧山という者ですけど。少しお時間よろしいですか?」

「は、はい」

「十五年前、この商店街の八百屋の横で占いをしていた香月瑠璃子さんという女性をご存知ですか?」

「十五年前・・・、ああ、知ってますよ。八百屋の横で占いをしているキレイな女性が居ましたね。でも俺は占ってもらった事はないですよ」

「そうですか。実はこの香月瑠璃子さんが十五年前の七月六日の深夜に失踪しているんですよ。ですので十五年前の七月六日の深夜、香月瑠璃子さんに何が起こったのかを調べているんですけど、何か知ってる事とかありませんか?」

「十五年前の七月六日の深夜ですか・・・」

 中年男性は左手を腰に当て、うつむいて考え出した。そして数秒後、中年男性は「あっ!」と言った。

「何か知ってる事があるんですか?」

「い、いや、ないです・・・」

「でも今、『あっ!』と言って、何か思い出した感じだったじゃないですか」

「それは、その・・・なんて言うか・・・」

「お願いします。知ってる事があるなら、教えて下さい」

「・・・刑事さん」

「はい?」

「窃盗の時効って何年なんですか?」

「七年です」

「そうですか」中年男性は少しホッとした顔をし、続けて話しだした。「実は俺、十年前まで泥棒をやってたんですよ」

「えっ!そうなんですか」

「でも今はやってないですよ。十年前の結婚を機に足を洗って、真面目に働いています」

「そうですか」

「実は女房とは十五年前の四月から付き合いだしたんですけど、その年の女房の誕生日に何かプレゼントをしたいと思って、女房の誕生日の前日に盗みに入る事にしたんですよ。それで、昼間に盗みに入る家を下見しておいて、深夜になって盗みに入るためにその家に向かって歩いて行ってたんですけど、栄道公園の前の道を通ってる時に、栄道公園から男女が言い争ってる声が聞こえて来たんです。でも俺は、別に気にする事なくそのまま通り過ぎて行ったんですよ。それから約一時間位経った頃、盗みを終えて家へ帰っていたんですけど、栄道公園の前に差し掛かった時、栄道公園から二人の男が青いシートに包んだ縦長の荷物を運び出しているのが見えたんです。そして二人の男は、その荷物を赤いフェラーリのトランクの中に入れ、フェラーリに乗って、走り去って行きました。でも、おそらくあの青いシートに包んだ縦長の荷物は死体だと思いますよ」

「本当ですか?」

「ええ。荷物の大きさは大人の人間位の大きさだったし、深夜に青いシートに包んだ荷物を運ぶなんて普通の事じゃないですよね。それにその一時間位前に栄道公園で男女が言い争ってたから、おそらく男が女を殺したんじゃないですかね」

「なるほど。ところでその死体らしき物を運んでいるのを目撃したのは、十五年前の七月六日の深夜だったのですか?」

「ええ、そうです」

「間違いないですか?」

「間違いないですよ。女房と付き合いだしたのは十五年前だし、女房の誕生日は七月七日ですからね。その前日の深夜に盗みに入ったんだから、間違いなく、十五年前の七月六日の深夜ですよ」

「そうですか、分かりました。じゃあ、栄道公園から男女が言い争ってる声を聞いた時刻が、何時だったか憶えていますか?」

「はい。午前〇時四十分位ですね」

「えっ。何でそんなにハッキリと憶えているんですか?」

「俺が盗みをする時は、いつも午前〇時三十分に家を出て行ってたんですよ。栄道公園までは家からだと歩いて十分位で着きますから、午前〇時四十分位だとハッキリ言えるんです」

「そうですか。じゃあ正確に言えば、七月七日の午前〇時四十分位に男女が争っている声を聞いて、その約一時間後の午前一時四十分位に死体らしき物を運んでいるのを目撃した、という事ですね?」

「はい、そうです」

「そうですか、分かりました。じゃあ、死体らしき物を運んでいた二人の男の特徴とかを憶えてないですか?」

「一人は二十代の男で、もう一人は六十歳位の男でしたね。二十代の男の方はスーツを着ていました」

「二十代の男はもしかして・・・岡島明義ですか?」

「えっ。岡島明義って誰ですか?」

「民集党の党首の岡島明義ですよ」

「すみません。俺は政治の事は全く分からないんで・・・」

「そうですか・・・。分かりました。では、また捜査に協力してもらったり、裁判で証人になって頂くかもしれないので、連絡先を教えて頂いてよろしいですか?」

「はい。いいですよ」

 桧山は中年男性に連絡先を教えてもらい、それを手帳に書いた。

「今日は捜査にご協力頂き、ありがとうございました」

「いえ、とんでもないです」

「では、失礼します」

 桧山はこの後、すぐに自宅に帰った。

 桧山は自宅に到着すると、ベッドに仰向けに寝転がり、今日得た情報を整理していた。

 ――― 『連続白骨化事件』に関係している占い師は、おそらく香月瑠璃子だろう。その香月瑠璃子に、しつこく交際を迫っていた政治家は間違いなく岡島明義だ。そして十五年前の七月六日の深夜の栄道公園で、女と言い争いをし、死体らしき物を運んでいた男は岡島明義なのだろうか?・・・残念だが、その可能性が高いな。八百屋の主人の話だと、十五年前、岡島明義は赤いフェラーリに乗って栄道商店街まで来ていたと言っていた。死体らしき物が運び込まれた車も赤いフェラーリだ。やはり、そうかもしれない。言い争いをしていた男女は、岡島明義と香月瑠璃子で、その時に岡島明義は香月瑠璃子を殺した。そして、香月瑠璃子の死体をフェラーリのトランクに乗せて運んで行き、どこかに死体を遺棄した・・・。だが、あの正義感の強い岡島明義がそんな事をするかな・・・。いや、しないだろう。殺人をするなんて事はありえない。あの人は総理大臣になって日本を変えなきゃいけない人なんだから、絶対にそんな事はあっちゃいけない・・・。でも、色んな人の証言を聞いて総合的に考えると、岡島明義が香月瑠璃子を殺した可能性は高いんだよな・・・・・。そういえば、香月瑠璃子が殺されていたとしたら時効までは、あと何日もないんだな。元泥棒の中年男性の人から聞いた話だと、七月七日の午前一時四十分位に死体らしき物を運んでいたようだから、七月七日の午前〇時になると時効成立になるのか・・・。ん・・・待てよ。俺が香月瑠璃子に「お前は四日後に死ぬ」と言われたのが、七月三日の午前二時だったから、俺が死んで白骨化するのは七月七日の午前二時という事か。つまり、香月瑠璃子殺人事件の時効と俺が死ぬ時刻は、時をほぼ同じくしている。これは偶然だろうか・・・。いや、偶然じゃないかもしれない。これは香月瑠璃子が、時効が成立する前に、俺に事件を解決してほしいという意思表示なのかもしれない。つまり、時効成立の前に犯人を逮捕して、香月瑠璃子の遺体を見つけてあげる事が出来れば、香月瑠璃子は成仏して、俺は死なずに済み、『連続白骨化事件』の被害者も今後出る事はなくなる、という可能性はある。ヨシッ。必ず香月瑠璃子の事件を解決してやる。

 桧山はそんな事を考えた後、そのままベッドで眠った。



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