第二章
第二章
六月三十日・午前十時
「おはよう」桧山刑事が川田刑事に挨拶した。
「おはようございます」
「また起こったのか?」
「ええ、この二週間で三人目です」
「それにしても凄いよな。まるでホラー映画を観ている様だよ」
「ええ。前日までは元気にしていた人が、次の日になると白骨化した遺体で見つかる・・・。しかも遺体は、頭の先から足の先まで骨が崩れる事なくキレイに人の形になっている。いったいどうやったら、こんな事が出来るんですかね?」
「普通にやったら無理だよな。誰かが被害者を殺して、遺体を焼却して、骨にしたとしても、骨の殆んどは粉々になってしまうだろうからな」
「そうですよね。だからこの遺体の骨の完璧さは異状ですよ。最初の被害者の遺体を見た時は、学校の理科室に置いてある様な骸骨の模型をベッドの上に寝かせているだけで、人の遺体だとは思わなかったですからね」
「そうだな。被害者が死んでから数ヶ月間放置しておいて死体を腐敗させれば、これに近い状態の白骨化遺体になるかもしれないが、どの被害者も一日で白骨化してるからな」
「ええ。だからとてもじゃないですけど、この事件を科学的に解明する事は不可能ですよ」
「ああ、確かにそうだが、俺達は刑事だ。どんな事件だろうが事件の真相を解明しなきゃいけない義務がある」
「ええ、分かってますけど・・・」
「それで、被害者は誰なんだ?」
「まだ、歯型の照合とかしてないんで、ハッキリ誰とは言えないのですが、前の二件の事件と同様に、この部屋に住む住人だと考えられます」
「この部屋に住む住人はどんな人物なんだ?」
「岡島和義。二十五歳。無職。かなりのギャンブル好きで、借金が千五百万円もあるそうです」
「そうか。それで遺体の第一発見者は誰だ?」
「被害者の恋人の高田さんという方です。被害者が数日前から妙な事を言っていたらしく、それが気になって、会社へ行く前に様子を見ようと、この部屋へ寄った時に遺体を発見したらしいです」
「妙な事?・・・もしかして例の占い師の事か?」
「そうです。被害者には千五百万円の借金がありますが、その内の千二百万円は占い師のせいで出来たと被害者は言っていたそうです。そして被害者は六月二十六日の夜に文句を言いに占い師の所へ行ったらしいのですが、その時に占い師から『お前は三日後に死ぬ』と言われたらしいです」
「六月二十六日の夜から三日後か・・・。つまり昨夜って事だな?」
「そうです。ですから被害者の恋人は、まさかそんな事が起こるはずがないと思いながらも、一応、今朝様子を見に来たらしいです」
「そしたら本当に占い師が言った通りに死んでいたって訳だ」
「はい」
「前の二件の事件もそうだったよな。占い師にお前は何日後に死ぬって言われたら、本当に言われた日にちに死んで、白骨化した遺体で見つかったんだよな」
「ええ」
「どうやらこの一連の事件は、この占い師が鍵を握っている様だな」
「そうですね」
「じゃあ、とりあえず、この占い師の所在をつきとめないとな」
「あっ、占い師の所在についてなんですが、前の二件の事件で被害者が会っていた占い師の所在はまだ不明なんですが、今回の被害者が会っていた占い師は、ここの近所にある栄道商店街の八百屋の横で街頭占いをしている女がそうらしいです」
「そうなのか・・・。俺もこの近所に住んでるから栄道商店街は通勤とかでよく通るんだが、占い師なんて見た事ないな」
「そうですか・・・。でも、今回の被害者の恋人が被害者からそう聞いたと言っていたんですけどね」
「そうか。じゃあ、栄道商店街へ行って聞き込みをしてみるか?」
「はい。そうしましょう」
この後、桧山と川田は栄道商店街へ行き、聞き込みを行った。だが、誰一人として、占い師を見た事があると言う人はいなかった。
「あっ、そうだ」川田がボソッと呟いた。
「何だ?」桧山は川田に聞いた。
「被害者がこの商店街で占い師に会っていたのは、深夜だって言ってました」
「そうか。じゃあ、一度本庁に帰って、夜になったらまた来てみるか?」
「はい、そうしましょう」
桧山と川田は商店街の入り口の所に停めている車の中に乗った。
「あっ、そうだ」川田がまたボソッと呟いた。
「今度は何だ?」桧山は川田に聞いた。
「被害者の家族の事なんですけど」
「被害者の家族がどうかしたのか?」
「実は被害者の岡島和義のお兄さんは岡島明義なんですよ」
「えっ!岡島明義って、民集党の党首の岡島明義の事か?」
「はい」
「マジかよ?」
「ええ」
「でもさぁ、岡島明義の家は政治の名門一家だろ。祖父の岡島一郎は外務大臣を務めた事のある人だし、父親の岡島義雄は与党である自労党で幹事長や副総裁を務めた大物政治家だし、岡島明義は第一野党である民集党の党首だ。なのに岡島和義は無職でギャンブル好きで借金持ちだろ。岡島和義が岡島明義の弟なんて事はありえないよ」
「でも本当に兄弟なんですよ。遺体が見つかった事を家族の方に連絡するために、岡島和義の家族の事を調べてもらってたんですけど、調べた結果、たどり着いたところは政治の名門一家である岡島家だったんですよ」
「そうなのか」
「ええ」
「じゃあ、岡島明義は大変だな」
「ええ、今は選挙の真っ最中ですからね」
「この事件が選挙にマイナスにならなければいいけどな」
「そうですね」
「でもマイナスになるだろうな。この事件によって、今迄世の人々に知られてなかった、ぐうたらな弟の存在がマスコミによって公表されるだろうからな」
「ええ、そうですね」
「今回の選挙は岡島明義に取って政権交代の最大のチャンスなのにな」
「ええ」
「もし事件のせいで選挙に負けたら、悔やんでも悔やみきれないだろうな」
「ええ」
「でも、大丈夫かもな。岡島明義の子供がぐうたらだったら、親の教育の仕方が悪いって話になって、イメージダウンになるかもしれないけど、弟がぐうたらなのは岡島明義の責任じゃないからな」
「ええ。・・・ところで桧山さん、さっきからえらく岡島明義の事を心配してますね」
「実は俺、秘かに岡島明義の事を応援してるんだよ」
「えっ、そうなんですか」
「だって凄いと思わないか。四十歳の若さで第一野党の党首なんだぜ。それにカリスマ性もあって、凄く弁も立つし。そして、何よりも日本の将来はどうすれば良くなるのかって事を、一番よく考えている政治家だと思うんだ。だから俺は今回の選挙で政権交代をして、岡島明義が総理大臣になる事を願ってるんだよ」
「へー、そうなんですか」
「お前はどうなの?」
「僕は選挙とか政治とかには、あまり興味がないので・・・」
「もしかして選挙の投票も行ってないんじゃないか?」
「一度も行った事ないですね・・・」
「駄目だよ川田。お前は仮にも国家公務員なんだから、選挙の投票へ行って国民の義務を果たさないと」
「すみません・・・。今回の選挙からは行くようにします」
「おう、そうしろ」
「ところで桧山さん。岡島明義に会いに行きませんか?」
「えっ、どうして?」
「だって普通は事件が起こった場合は、被害者の家族に事情聴取するじゃないですか」
「ああ、普通はそうだけど、今回の事件は家族に事情聴取したところで、何か分かる様な事件じゃないだろ」
「確かにそうですけど、こんな機会は滅多にあるもんじゃないですよ。せっかくですから、事情聴取という名目で未来の総理大臣と話をしてきましょうよ」
「そうだな・・・。会いに行くか」
「そうしましょう」
この後、川田が民集党の党本部に連絡を入れ、岡島明義とは午後八時に面会が出来る様になった。
そして午後七時四十分になり、桧山と川田は警視庁を出て、民集党の党本部へと向かっていた。
「桧山さん、正直なところどうなんですか?」川田が車を運転しながら桧山に聞いた。
「何が?」
「桧山さんて、この『連続白骨化事件』が起きるまでは、『連続幼児銃殺事件』の捜査を担当していたんですよね?」
「ああ、そうだ」
「『連続幼児銃殺事件』っていうのは、一、二歳の幼児を誘拐し、その幼児の眉間に銃弾を撃ち込んで殺害して、その遺体を宅急便とかを使って被害者の自宅に送りつける。そんな残虐非道で大胆不敵な犯行なんですよね?」
「ああ。もう既に四人もの被害者が出てる」
「しかも、その被害者の内の一人が警視総監のお孫さんで、尚且つ犯人から警視庁に挑発的な犯行声明文が送られてきてるんですよね?」
「ああ。だから警視庁は威信を掛け、総力を上げて、この事件の犯人逮捕を目指しているんだ」
「つまり、この『連続幼児銃殺事件』の犯人を逮捕した人は相当の手柄をあげた事になり、間違いなく階級が昇進する事になるでしょうね」
「ああ、そうだろうな」
「でも桧山さんは『連続白骨化事件』の捜査担当になった訳ですから、『連続幼児銃殺事件』の犯人を逮捕するチャンスがなくなった訳ですよね?ちょっと惜しくないですか?」
「ああ、正直に言えば惜しい気持ちでいっぱいだよ。俺みたいに頭の悪いヤツが昇進するには、大手柄をあげるしかないからな。だから『連続白骨化事件』の捜査に回ってくれって言われた時はショックだったよ」
「そうですか・・・」
「でも、悪い事ばかりじゃないよ。『連続白骨化事件』の捜査に回ったお陰で、岡島明義に会える事になったからな。」
「そうですよね」
車中で話をしている内に桧山と川田は民集党の党本部の前に着いた。だが党本部の前は、岡島明義の弟が『連続白骨化事件』の被害者になった事を聞きつけたマスコミで溢れかえっていた。そんなマスコミの間を掻い潜って、党本部の駐車場に入って行き、車を駐車した。そして党本部の中へ入って行くと、議員秘書の女性に党首室へと案内されたが、岡島明義は選挙の遊説からまだ帰って来てなかったため、来客用のソファーに座って、帰って来るのを待っていた。すると午後八時四十五分位になって、やっと岡島明義は帰って来た。
「はじめまして。警視庁刑事部捜査一課の桧山と申します」
「同じく警視庁刑事部捜査一課の川田と申します」
「はじめまして。私は民集党の代表をしております岡島明義です。すみません。長い時間、お待たせしてしまって」岡島明義は軽く頭を下げて言った。
「いいえ、とんでもないです」桧山が応えた。
「ところで私に聞きたい事というのは、やはり弟の事ですよね?」
「ええ」
「でも私は、もう六年間も弟とは会っていませんからね。お役に立てる情報は提供出来ないと思いますよ」
「そうですか。会っていない六年間は電話とかでの連絡も取ってないんですか?」
「取ってませんね。何せアイツはとんでもなくぐうたらな男でしたから、私はアイツとは関わりたくなかった。父も最初は生活態度を改める様にと注意をしていたんですが、結局何度注意しても言う事を聞かないものですから、父も愛想をつかして五年前にアイツは勘当されているんですよ。だから去年、父が亡くなった時、遺言状が公開されたんですけど、和義には遺産を一切渡すなと書かれていました」
「そうですか。でも和義さんは借金があったから、金の無心に来たりはしなかったんですか?」
「当然、来てましたよ。ですが、私の所に来た時は秘書を使って追い返していました。そしたら、金を借りれないと悟ったのか私の所には一切来なくなりました。でも去年、父が亡くなった後、『俺にも遺産をよこせ』と言って何度も実家の方には行っていた様ですけど」
「そうですか」
「アイツは本当にろくでもない人間です。岡島家の恥さらしですよ。しかも選挙をやっている大事な時に、世間で話題になってる『連続白骨化事件』で死ぬなんて。そのせいで私の弟がぐうたらでどうしようもない人間だという事がマスコミを通じて全国の人々に知られてしまう。私のイメージは少なからず悪くなってしまうでしょう・・・」
「でも岡島先生なら多少のイメージダウンがあったとしても大丈夫ですよ」
「そうですかね」
「ええ。今の日本を変える事の出来る政治家は、岡島先生以外にはいないですよ。それは日本国民の多くの人が思ってる事だと思いますよ」
「そうですか。お世辞でもそう言って頂けると嬉しいですよ」
「お世辞なんかじゃないですよ。もしこのまま自労党の政権が続けば、日本はおかしな事になっちゃいますよ。今の総理大臣は政権が発足した四年前、改革して日本を変えてみせると言っていたのに、現状は四年前と何一つ変わっちゃいない。今の総理大臣は、口が達者なだけで実行力のない無能な政治家ですよ。だけど岡島先生は違う。やると言った事は必ずやる、唯一の政治家です。それに何より、色々な問題を抱える今の日本を良い方向へ導きたいという思いを誰よりも強く持っている。だから今回の選挙で政権交代を果たし、岡島さんが総理大臣になるべきです。いや、必ずならなきゃいけない。そして必ず今の日本を変えて下さい」
「分かりました。そうなる様に最善は尽くしますよ」
「お願いします」
「ところでもう事情聴取の方は終わらせて頂いてよろしいですか?」
「あっ、もう結構です」
「すみませんね。実はこの後、外にいるマスコミのインタビューを受けなきゃいけないんですよ」
「ああ、そうなんですか」
「どうせ弟の事を根掘り葉掘りと聞かれる事になるんでしょうけど・・・」
「大変ですね・・・」
「いや、今日あなたとお話をして、揺ぎ無い自信を持つ事が出来ましたから、多少何かが起きても大丈夫ですよ」
「そうですか」
「ええ」
「では、そろそろ私達は失礼させていただきます」
「そうですか」
桧山と川田と岡島明義は党首室を出て、党本部の玄関の所に来た。
「今日は捜査にご協力して頂き、ありがとうございました」桧山が岡島明義に言った。
「いえいえ、とんでもない」
「では、選挙の方、頑張って下さい」
「ええ、ありがとうございます」
「では、失礼します」桧山が頭を下げて岡島明義に言った。
「失礼します」川田も頭を下げて岡島明義に言った
岡島明義は深々と頭を下げて二人を見送った。
「いやー、ほんとに岡島明義と会えて良かったよ」車の助手席に座っている桧山が満足そうに言った。
「そうですね」川田が車の運転をしながら小さな声で言った。
「岡島明義は俺と話をして揺ぎ無い自信を持つ事が出来たって言ってたな」
「ええ」川田はまた小さな声で言った。
「本当に政権交代が起きて、岡島政権が誕生すれば、俺はちょっとした功労者って事になるのかな?」
「そうじゃないですか」川田は小さな声でダルそうに言った。
「何かお前、不満そうだな?」
「そりゃ、不満ですよ」
「何で?」
「だって僕は、岡島明義とは挨拶をしただけで、一言も言葉を交わしてないんですよ」
「そうだっけ?」
「そうですよ。桧山さんがずっと岡島明義と喋りっぱなしだったから」
「でも、いいじゃねぇか。お前、政治には全然興味ないんだろ?」
「まあ、そうですけど・・・。でもこんな機会は二度とないでしょうから、少し位は話をしたかったですよ」
「そうか・・・。でも終わった事はしょうがないだろ。今日は俺がおごってやるから、車を本庁に置いたら飲みに行こうぜ」桧山はそう言って川田の肩を「ポンッ」と叩いた。
「はい、ごちそうになります」川田はイジけた感じで言った。