第一章
第一章
六月二十四日・午後十一時
「チッ、今日もツイてねぇな」
和義はそう言い、タバコを吹かしながらパチンコ屋から出てきた。
和義は無類のギャンブル好きでパチンコ、競馬、競輪、競艇など、ありとあらゆるギャンブルに手を出している。そのため、借金を作ってしまい、その額は三百万円程ある。だが、和義はそんな事は気にせず、定職にも就かず、毎日の様にギャンブルを楽しんでいた。
――― 今日の負けは、明日必ず取り返してやる。
和義は、そんな事を考えながら商店街を歩いていた。すると八百屋の横の所に街頭占い師が居るのが目に入って来た。その占い師は不気味な位に全てが黒だった。身にまとっている装束も黒、机を覆っている布も黒、椅子も黒、そして占い師の髪の毛もロングヘヤーで黒色だった。だが、占いなど全く信じない和義は、占い師の前を素通りしようとしていた。
「ちょっと、そこのお方」
占い師が和義に声を掛けてきた。
――― 何だよ。うっとうしいな。
和義はそう思いながらも、占い師の方を振り向いた。だが占い師の顔を見た時、うっとうしいという気持ちは飛んで消えた。占い師はかなりの美人だった。
「幸せになりたいと思いませんか?」
占い師は無表情で、和義の目をジッと見つめ、和義に問いかけた。
「そりゃあ、なれるものならなりたいよ」
和義はそう言いながら、占い師の対面の椅子に腰を掛けた。
「あなたは、ギャンブルが相当お好きな様ですね」占い師が淡々とした口調で和義に聞いた。
「えっ。なんで分かったんだ」
「私は霊感占い師ですから、ただ姿を見ただけで、この人はどういう人なのか、どういう過去があるのかを感じる事が出来ます」
「マジかよ、スゲェな・・・。いや、待てよ。お前、俺がパチンコ屋から出て来たのを見てたんだろ?だから俺がギャンブル好きだって分かったんだ」
「見ていません」
「いや、見ていたはずだ。この場所からだったら俺が出て来たパチンコ屋が丸見えだからな。お前、とんでもないペテン師だな。危うく騙されるところだったよ。キレイな顔してるから、話くらい聞いてやろうかと思ったけど、気分悪くなったから、帰るわ」和義はそう言って椅子から立ち上がった。
「あなたは現在、二十五歳で無職。今日は一日中パチンコをしていたが、二万三千円の負け。明日は競馬をやるつもりでいる」占い師が和義に向かって言った。
「えっ」和義は驚いて立ち止まった。占い師が言った事は全部当たっている。「お前がさっき言ってた姿を見ただけで分かるって事は本当なのか?」
「はい」
「じゃあ、俺が今朝、何を食べたか分かるか?」
「はい。あんぱんを二個食べて、牛乳を飲んでいます」
――― 当たっている。この占い師は本物なのか?
そう思った和義はもう少し話を聞いてみたくなり、椅子に座った。
「ところで、あなたが今、一番願っている事はなんですか?」占い師が和義に聞いた。
「やっぱり金持ちになる事だな。まあ、急に金持ちになるのは無理だから、とりあえず明日の競馬で万馬券でも当ててみてえな」
「そうですか。では占ってみましょう」
占い師はそう言うと、机の上に置いてある水晶玉に両手をかざした。そして数秒後、「分かりました」と言い、続けて「明日は三つのレースで万馬券がでます。第五レースは馬連で一−二、第六レースは馬連で三−四、第七レースは馬連で五−六を買えば万馬券になります」と言った。
「・・・第五レースから、三レース続けて万馬券が出るっつうの?」和義は占い師に聞いた。
「はい」
「しかも、第五レースからの馬連の番号が一−二、三−四、五−六って順番で来るってか?」
「はい」
「お前、俺の事、おちょくってるだろ?」
「いいえ」
「嘘言え!万馬券が三レース続けて出る上に、その馬連の番号が一−二、三−四、五−六って順番で来る事なんてある訳ねぇだろ!」和義は大声でそう言うと立ち上がった。そして「お前みたいなイカサマ占い師に鑑定料なんて払わないからな」と言って、その場を立ち去ろうとした。すると突然、意識が遠くなって行き、その場に倒れ込んで気を失ってしまった。だが、和義は数秒後に意識を取り戻した。しかし、意識を取り戻した和義は、自分の目に映った景色に驚いた。なんと和義が今居る場所は、和義の部屋のベッドの上だった。そして携帯電話の日付を見ると、六月二十五日・午前八時二十分だった。
――― さっきの出来事は何だったんだろう・・・。夢だったのだろうか・・・。
だが和義は、そんな事を考えたのも束の間で、早くしないと第一レースに間に合わなくなると思い、競馬場へと急いで出掛けた。
競馬場に到着すると時間は九時半になっていた。和義は第一レースに出走する馬を見るために、すぐにパドックへと向かった。そして、パドックで一通り馬の肉付きなどをチェックし、本馬場で返し馬を見た後、馬券を購入した。数分後、出走全馬がゲートインを終えると第一レースがスタートした。だが、約一分半後にレースが終了した時、予想が外れた和義の馬券はただの紙くずになった。
その後のレースも和義の予想は外れるばかりで、支出が増える一方だった。そして、第五レースを迎えた。和義はここまでの負けを少しでも取り戻そうと思い、一番堅いと思われる、四−六の馬連馬券を購入していた。レースは和義が思った通り、スタートから四番と六番の馬が抜け出し、逃げる展開になっていた。そして、そのまま最終コーナーを回り、最後の直線に入った。和義は「ヨシッ、いける」と思った。ところが次の瞬間、四番と六番の馬が失速し、一番と二番の馬が一気に追い上げてきた。最後は一番の馬が差し切り一着でゴールし、続いて二番の馬がゴールした。和義は悔しがり、思わず席の背もたれに肘打ちをした。更に悔しい事に電光掲示板の配当をみると、馬連の一−二は万馬券だった。その瞬間、和義はある事を思い出し、無意識に呟いた。
「占い師の言った通りだ・・・」
――― 占い師は、第五レースは馬連の一−二で万馬券になると言っていた。そして、その通りになった。あの占い師はペテン師ではなく本物なのか・・・。だとすると次のレースは馬連で三−四が来て、万馬券になるという事か・・・。いやっ、待てよ。これはただの偶然かもしれない。やはりどう考えても三レース続けて万馬券が出る上に、その馬連の番号が一−二、三−四、五−六って順番で来る事なんてある訳がない。これは、やはり偶然だ。
そう思った和義は、次の第六レースも一番人気である二−七の馬連馬券を買い、レースを見守った。ところがレース結果は、馬連で三−四、配当は万馬券だった。
――― また占い師の言っていた事が当たった。これは偶然なんかじゃない。間違いなくあの占い師は本物だ。
そう確信した和義は、次の第七レースの五−六の馬連馬券に有り金の五千円を全部つぎ込んだ。すると第七レースも占い師が言っていた通りに、レース結果は馬連で五−六、配当は万馬券だった。これにより和義は約五十五万円の払い戻しを受けた。
和義は払い戻しを受けると、すぐに競馬場を後にした。そして和義は何故か、都内にある消費者金融や違法貸金業者から合計千二百万円を借りた。その後、昨日占い師が居た場所へと向かった。しかし、そこには占い師は居なかった。
――― 今は午後八時か・・・。時間をつぶして、もうちょっと後に来てみるか。
そう思った和義は、時間をつぶすためにパチンコ屋へと行った。しかしパチンコは、今日も相変わらず調子が悪く、三時間程で五万円も負けてしまった。しかし、競馬で五十五万円も勝っている和義に取っては痛くも痒くもなかった。そして、午後十一時になったのでパチンコ屋を出て、昨日占い師が居た場所へと再び向かった。すると、昨日と同じ様に八百屋の横の所に占い師は居た。
「先生。昨日は失礼な事を言って、すみませんでした」和義は占い師に頭を下げて、謝った。
「いいえ、いいんですよ」占い師は昨日と同じ様に、無表情で淡々とした口調で応えた。
「これ、昨日払わなかった鑑定料です」和義はそう言って、占い師に十万円を渡そうとした。
「鑑定料はいらないです。今、無料キャンペーン中ですから」占い師は淡々とそう言って、十万円を受け取るのを拒んだ。
「いや、そんな事を言わず受け取って下さい。俺は先生のお陰で五十五万円も儲かったんですから」
「いえ、本当にいらないです」
「いやいや、そう言わずに」
「いえ、いらないです」
「・・・本当にいらないんですか?」
「はい」
「さすがだなぁ。先生は人としての出来が違う。人を幸せに導く上に、料金を取らないなんて。普通出来る事じゃないですよ」
「いえ、とんでもない」
「ところで先生。実は今日も占ってほしい事があるんですけど、いいですか?」
「いいですよ」
「そうですか。じゃあ、早速お聞きしたいんですが、明日の競馬はどのレースで万馬券が出るのか教えてもらえないですかね?」
「はい。では占ってみます」
占い師はそう言うと、昨日と同じ様に机の上に置いてある水晶玉に両手をかざした。そして数秒後、「分かりました。ですが明日は、万馬券は出ません」と言った。
「そうですか・・・。じゃあ、一番配当が高くなるレースはどのレースですか?」
「第十一レースです。馬連で三−六が来ます。配当は約五十倍です」
「そうですか。分かりました。ありがとうございました」和義はそう言って占い師に頭を下げた。そして、その場を立ち去ろうとした時、また昨日と同じ様に突然意識が遠くなって行き、その場に倒れ込んで気を失ってしまった。そして、和義は数秒後に意識を取り戻したが、やはり昨日と同じ様に和義が今居る場所は、和義の部屋のベッドの上だった。そして携帯電話の日付を見ると、六月二十六日・午前八時二十分だった。
――― 何故あの占い師に会って帰ろうとすると、こうなるんだろう・・・。
和義は競馬場に着くまで、その事をしばらく考えたが、答えは見つからなかった。
和義はこの日も第一レースから馬券を買っているが、惨敗の連続だった。そして昨日、競馬で勝って儲けた五十万円は、第十レースが終わった時点で全て使い切ってしまった。だが和義は、少しも悔しくはなかった。何故なら、第十一レースを百パーセント当てる事が出来るからだ。そのため、予想するためのパドックや返し馬も見る必要がないので、和義は競馬場に到着すると、すぐに第十一レースの三−六の馬連馬券を買っていた。しかも、昨日消費者金融などから借りた千二百万円の全てをこの馬連馬券につぎ込んでいた。
――― 馬券を千二百万円買って、配当が約五十倍だとすると、約六億円の払い戻しを受ける事になる。ヨシッ。第十一レースが終わった時、俺は金持ちになる事が出来る。
そう確信している和義は、思わずニヤけてしまっていた。
そして、いよいよ和義が待ちに待った第十一レースが始まった。レースはスタートから四番と十一番の馬が抜け出し、逃げる展開になっていた。和義の買った三番と六番の馬は馬群の中段あたりにつけている。
――― 三番と六番の馬は差し馬だから、このまま最後の直線に入ってくれればいい。
和義はそう思っていた。そして四番と十一番の馬がリードしたまま最終コーナーを回り、最後の直線に入った。三番と六番の馬は、馬群の中段あたりにつけたままだ。
――― ここから三番と六番の馬は、一気に追い上げて全ての馬を抜き去り、一着と二着になる。
和義はそう確信し、安心しきっていた。ところが、どんどんゴールが近づいているのに三番と六番の馬は一向に追い上げる気配を見せない。それどころか三番と六番の馬は、どんどん失速し、順位を下げて行った。
結局、十一番の馬が一着でゴールし、四番の馬が二着でゴールした。和義の買った三番と六番の馬は、十二着と十四着という散々な結果だった。
和義は愕然とした。まさかこんな結果になるなんて思いもしていなかった。そして、あまりのショックに、電光掲示板を見つめたまま放心状態になっていた。その後、我に返った和義は、もう自宅にもう帰ろうと思い、席に置いてあるセカンドバッグを手に取った。だがその瞬間、占い師に対する怒りが一気に込み上げて来た。
――― アイツのせいだ。アイツの占いが外れたせいで、俺は千二百万円も借金を増やしてしまったんだ。この落とし前は絶対につけてやる。
そう思った和義は、もう一度占い師に会いに行く事にした。
六月二十六日・午後十一時
「おい、お前。どうしてくれんだよ」和義は占い師に凄んで言った。
「何がですか?」占い師は、いつもの様に淡々とした口調で聞き返した。
「お前の占いが外れたんだよ!」和義は大声で言った。
「そうですか」
「『そうですか』じゃねぇよ。お前の占いが外れたお陰で、俺は千二百万円も借金が増えたんだよ」
「そうですか」
「だから、『そうですか』じゃねぇんだよ。お前、この落とし前、どうつけてくれるんだよ」
「どうする事も出来ません」
「『どうする事も出来ません』じゃ済まねぇの。お前が俺の代わりに借金を返せよ」
「無理ですね」
「だから、『無理ですね』じゃ済まねぇんだよ。お前、何とかしろよ」
「無理ですね」
「お前よぉ、さっきから淡々と同じ様な返事ばかりしてるけどよぉ、俺の事ナメてるだろ?」
「いいえ」占い師はやはり淡々と答えた。
「その返事の仕方がムカつくんだよ!」「バンッ!」和義は机を思いっきり叩いた。
「・・・あなたも、占いが外れたと言って、私の事を責めるんですね」
「ああ、当たり前だろ。お前が占いを外さなければ、俺の借金も増える事はなかったんだからな」
「そうですか・・・。分かりました」
「そうか。分かってくれたか。じゃあ、お前が俺の借金を返してくれるのか?」
「いいえ」
「じゃあ、どうするつもりなんだ?」
「近い未来、あなたの身に起こる事を教えてあげます」
「俺の身に起こる事?」
和義がそう言うと、また突然意識が遠くなりだし、その場に倒れてしまった。そして、遠くなる意識の中で、占い師の声が途切れ途切れに聞こえて来た。
「オマ・エ・・ハ・・・ミ・・カゴ・・・二・・シヌ」